ここは櫛屋。
店の中には年頃の若い女が喜びそうな色、様々な櫛が並んでいた。
それを暖簾ごしにのぞく男、ここに在り。
(・・・。くそ・・・。こんなとこ、はいれっかよ・・・)
その通り、櫛屋だけあって、中は若いかごめぐらいの年の村の女達でにぎわせていた。
(弥勒に・・・。無理矢理金渡されたが・・・。本当にこれでたりんのか?)
犬夜叉、これが初めての『お買い物』だった。
よくよく考えた犬夜叉。ここはやはり、弥勒の言うとおり、恋敵が多いのでかごめの気を惹きたくてたまらなかった。
「お客様、何かお求めでしょうか?」
「!!」
店の主が後ろから来た。
「いや・・・俺は・・・」
店主、犬夜叉の頭の耳、発見!
「わ・・・。猫の妖怪だぁ!」
「なっ。だれが猫だ!誰がっ!!」
犬夜叉、ちょっとムッとして店主に詰め寄る。
「わああ!おいぬさま〜!どうぞお命だけは・・・っ!何でも言うとおりに致しますから!!」
その言葉に犬夜叉、あおるように櫛を要求する。
「本当だな。んじゃ・・・」
犬夜叉、かごめに似合いそうな色を探す。
淡い薄紅の櫛が目に入った。
「んじゃ・・・あれ・・・あれ・・・くれ・・・」
俯いて指さす犬夜叉。
「あれでございますか?それを差し上げれば命は助けていただけるんですね?」
「お、おう」
「ですがあれはかなり値がはりますよ・・・」
「売るのか売らねーのかどっちなんだ!」
「売ります売ります!」
店主は恐る恐るその櫛を持ってくる。
「ちっ。最初から素直に出しゃいーものを!じゃ、俺は帰るぜ!」
・・・と、犬夜叉、大切な事を忘れていた。
犬夜叉は震える店主の足下にお代をおいていく。
「・・・。金・・・ここ、おいてくぜ・・・邪魔したな!」
(・・・。あのまんま帰ったら弥勒と同じじゃねぇか・・・。しかし・・・)
店主は呆然と犬夜叉の背中を見ていた。
とりあえず、櫛は手に入れた。
しかし、犬夜叉にとってはここからが問題だ。どうやって、かごめに渡すか・・・。
犬夜叉は一人、夜、近くの崖で考えていた。
「・・・。おい、かごめ!これ、くれてやる!!」
(・・・。これじゃまるで俺がおどしているみてぇじゃねーか・・・)
「かごめ・・・。これをかごめに・・・贈りたくて・・・」
(・・・。俺のガラじゃねぇ・・・)
「う``〜ん!!やっぱり俺にはできねぇ!弥勒みてぇな事は・・・」
「何が弥勒様みたいなの?」
真後ろにかごめがいた。
「かっかごめ?!あっ・・・」
かごめに驚いた犬夜叉は崖の底に櫛を落としてしまった。
「・・・」
犬夜叉、がっくりと底を覗く。
「ごめん・・・。大切なものだったの?」
「いや・・・。もういい・・・」
(やっぱり慣れねぇ事、するもんじゃねぇな・・・)
「ってかごめ!お前、何してんだ!」
かごめは自力で崖をおりていこうとした。
「この崖、そんなに深くないみたいだから、あたし、探してくるわ」
「無茶言うなむちゃ!」
(大体、かごめに見つけられても意味ねーんだよ)
犬夜叉はかごめを背負って崖の底へと降りた。
「暗くて・・・見つからないわね・・・」
崖の底は草も生えていて、なかなか櫛は見つからない。
犬夜叉はくんくんと匂いをかぎはじめる。
「ん?」
すると、草の中から赤いものが見えた。
「あった・・・」
しかし、落ちたとき壊れたのか櫛の半分が欠けていた。
「あ、見つかったの?」
「!」
犬夜叉はなぜかささっと着物の中に隠す。
「なんで隠すのよ。あたしに見せられないものなの?」
「べ、別にそんなんじゃ・・・」
「いーからみせなさい!おすわり!」
「ぐえ!」
かごめは犬夜叉の手の中から櫛を取り出す。
「こ、これって・・・」
「い、いま、ここで拾ったンでぇい!」
犬夜叉、ちょっと苦しい言い訳。
「・・・。ふーん・・・。そーなんだぁ・・・。あたしはてっきりあたしにくれるものかと思ったけど・・・」
「けっ。俺がそんなことするはずねーだろ」
「そーよねぇ・・・うふふふ・・・」
かごめは犬夜叉のそのわかりやすい態度から本当は自分のために買ってきたものだとわかったが、犬夜叉の立場もあるのでそれ以上、聞かなかった。
「じゃあ、あたし、これ、もらってもいいかな?」
「・・・。すっ好きしなっ。でもそれ、割れってぞ・・・」
「・・・あ、そうだ★」
かごめは草の中に咲いていた小さな黄色い花を一輪摘んで割れている櫛に巻き付けた。
「ほら、こうすれば、可愛いでしょ?」
「・・・」
そう言って嬉しそうに櫛を髪につけるかごめが犬夜叉は一瞬、心底、可愛いと思ってしまった。
そして、自然とその手はかごめの髪へと伸びる。
「・・・」
そして、櫛を反対側の耳の後ろにかけなおす。
かごめの髪はサラサラで『いい匂い』がする。
「・・・」
「・・・」
その自分の後ろにまわされた犬夜叉の力強い腕が頬にあたってくすぐったい。かごめの鼓動は急激に早くなった。
「とっ。と、にかく・・・。見つかったんだから早くここからでようぜ!」
「う、うん・・・」
かごめの頬がとても熱い。
犬夜叉は再びかごめを背に乗せ、崖を登る。
「・・・」
「・・・」
何だかお互い、相手の熱さを感じて気持ちが高揚している。
かごめはどうしても今、いいたい言葉があった。
「犬夜叉・・・」
「な、なんだよ・・・」
「・・・。ありがとね・・・。嬉しかった・・・」
「・・・」
犬夜叉は背中から香る優しい匂いを全身で感じながら崖を登った。
ずっとお前を側で感じたい。だから、ずっと側にいて・・・。