さほど、大きくはないが周りは松の木で覆われ、静かな湖だ。
楓の話によると、その池で一晩、日が昇るまで身を清めよ・・・とのことだったが・・・。
「畜生!早く夜になりやがれ!!」
「ちょっと落ち着いて犬夜叉・・・。」
「ちっ・・・」
焦る犬夜叉。こうしている間にもかごめの魂が・・・。
苛つく・・・。どうしてこう、かごめにばかり面倒が起きるのだろうか。
必死に守っているつもりでもいつもかごめが傷つくことが多くて・・・。
犬夜叉は早く太陽が沈めと何回も口走った。
そして、月が昇った。
水面に黄色の満月が映る。
池の周りは昼間にもまして静かで・・・水の流れる音もしない。
「犬夜叉。うしろむいてて」
「あー?なんでだ」
「なっ何いってんのよ!身を清めるって事はその・・・き、着替えなくちゃいけないでしょ!!」
「なっ・・・」
犬夜叉、ちょっと赤くなる。
「ばっ・・・。どっちにしろ、みえねーだろーが!!」
「いーから後ろむいてて!!」
「けっ・・・なんでいっ・・・」
犬夜叉、ちょっと残念(?)な顔で腕組みして後ろを向く。
「もおっ・・・」
かごめはゆっくりと服を脱ぐ。
犬夜叉、かなり気になるが、とりあえず今は我慢(?)
そしてかごめはゆっくりと湖へと入っていく。
チャポン・・・。チャポン・・・。
かごめが入る度、水面に綺麗な輪の波紋ができる。
水は丁度よく冷たく、気持ちいい・・・。まるで貸し切りのプールみたいとかごめは思った。
「ふうっ・・・」
静かだ・・・。寂しいくらいに・・・。
「・・・。かごめ。そこに・・・いるのか?」
「うん。いるよ」
「寒くねぇか?」
「うん大丈夫気持ちいいよ」
「そうか・・・」
二人だけの声が響く。
ずっと見ていたい笑顔が見えない。それだけで不安で、確かにかごめが“そこ”にいることを確認したくなる。
チャポン・・・。チャポン・・・。
かごめが動いてする水の音。
“そこ”にいるのに後ろが気になって仕方がない。
「かごめ・・・」
「何?」
「いっつもお前に面倒ばっかかけて・・・俺・・・」
「・・・。何くらい顔してんの犬夜叉。月がすっごくきれーだよ。なんだか泳ぎたくなちゃう」
「な・・・お前、こんな時に何言って・・・」
バシャン、バシャバシャバシャ・・・。
犬夜叉が振り向くとかごめは湖の中を泳いでいる水しぶきだけ見える。
「きもちいー♪」
「こら・・・てめー!何一人ではしゃいでんだ!!」
バッシャーン!!
犬夜叉、かごめから水かけられ、ほどよく水浸し。
「あははは。ぼうっとしてるからだよ」
「てんめーー・・・。人が心配して・・・」
「じゃ、一緒にはいる??」
「ばっ・・・」
「うふふふ冗談だよ。ごめん。犬夜叉。何かあたし、気分が高ぶっちゃって・・・」
「けっ・・・」
声が聞こえる。
匂いは確かにする。
それだけで『かごめ』だと分かるのに、確かにかごめなのに・・・。
姿が見えない。
霧のように消えてしまったかごめの姿が。
側にいないより、ずっと寂しい。
確かにあるはずなのに・・・見えない切なさ。
もしこれで・・・。声までもきこえなくなったら・・・。
「おい・・・。かごめ」
返事がない。
「かごめ・・・?」
声がしない。
「・・・かごめッ!!どこにいんだッ・・・!!」
「い、犬夜叉?どうしたの・・・?」
「馬鹿野郎ッ!!いんなら返事しやがれッ!!いるなら・・・ッ」
「う・・・うん・・・ごめん」
思わず声を荒げた犬夜叉。
声だけじゃ、不安だ。匂いだけじゃ、寂しい。
お前の笑顔がみられなきゃ・・・。
チャポン・・・。
「犬夜叉」
「何だよ」
「今・・・。犬夜叉には私が見えてないんだよね・・・?」
「あーそうだよ」
「あたしからは・・・犬夜叉が見えてるけど・・・。寂しいね。何だか・・・」
「・・・。何でだよ」
「こちらから見えてるのに、もし・・・相手に気づいてもらえなかったら寂しいね・・・。どんな姿でも、どんなに変わっても・・・気が付いて欲しい・・・。見て欲しい・・・」
「・・・」
これはきっと『誰か』の気持ちかも知れない。
行き場のない憎しみと愛情を抱えて彷徨う『誰か』・・・。
「・・・」
かごめは少し重たくなった空気を和ませようと思った。
「ね、ねぇ犬夜叉。もしね、あたしが魂だけになっちゃってもあんたの耳元でおすわり!!いってあげるから。安心していいよ。うふふ・・・」
ドカッ!!
犬夜叉は思わず地面に拳を叩きつける。
かごめはその音にビクッとした。
「ふさげんじゃねぇッ!!冗談でも・・・冗談でもお前がそんなこと言うな・・・っ!!」
真剣に怒った。怒鳴った。
かごめが魂だけになるなんて、考えただけでも寒気がする。もう女が死んで・・・魂が彷徨うのは沢山だ・・・。
そんな思いは・・・。
「犬夜叉・・・」
かごめは感じる。犬夜叉の痛みが。
自分のせいで死んでしまった美しき魂が、未だに彷徨い、どうしたら救えるか。自分を責めて・・・。
「ごめん・・・。犬夜叉・・・。ごめんね・・・」
切ない気持ちがこみあげて・・・。
水面に、朝露のような小さな雫が月に光って静かに2滴・・・落ちる。
「・・・。かごめ・・・ないてんの・・・か・・・?」
「な・・・泣いてなんかないわよッ・・・」
かごめが泣いている。かごめが・・・。
寂しい・・・。怖い・・・。
空高く舞い上がったシャボン玉がはじけるように、
雪うさぎが陽の光で溶けてしまうように、かごめが消えそうで・・・。
かごめ・・・。
かごめに触れたい。触れてかごめがいるのを確かめたい・・・。
「かごめ・・・。どこに・・・いる・・・?俺の・・・目の前か・・・かごめ・・・」
犬夜叉は、かごめを探すように静かにその手を水の中に伸ばす。
「かごめ・・・」
「犬夜叉・・・」
かごめは自分を捜すその手をそっと握って自分の頬に触れさせた。
柔らかくて温かい感触が伝わる。
「そこに・・・いるんだな・・・かごめ・・・」
「うん・・・。いるよ・・・。ここに私はいるから・・・」
お前が、そこに、いる・・・。
ただそれだけが、こんなに安心できるなんて・・・。
嬉しいなんて・・・。
たとえ、見えなくても絶対に見失わないその存在・・・。
見えないからこそ、伝わる、分かる・・・。
その存在の大切さ。
お前が、そこに、いる・・・。
そこに・・・。
暗闇が薄れ、空が明るく照らされている。
湖に、太陽の光が眩しく注がれ辺りは明るく生まれ変わる。、。
「犬夜叉・・・」
見えなかったその姿が・・・光と共に少しずつ見えてきた。
「・・・?犬夜叉・・・?」
犬夜叉、なぜか赤面している。
「え・・・」
かごめ、生まれたままの姿です。
「き・・・キャアッ!!お、お、おすわりッ!!」
「ぐえッ!」
朝日を浴びて、おすわりの犬夜叉。
「もーーっ!!後ろ向いててッ!!」
いつものかごめ。姿が見えた。
やっぱり本物の笑顔が一番いい。
安堵した犬夜叉。
「・・・。かごめ」
「なーに?」
「もう・・・。消えたりするなよな・・・。」
「うん・・・」
消えないで。いつも何があっても、側にいてほしい。
君が見えなくても・・・と思ったけれど、やっぱり、匂いだけじゃ、声だけじゃ、
寂しくて・・・。
犬夜叉の瞳に・・・朝日を浴びたかごめの笑顔がまぶしく映っていた。
FIN