当然、この男はいつものように井戸の周りで不満げな顔でぶつくさ言っている。
「ちきしょう!かごめの奴、まだねてんのかな・・・」
かごめの事に関しては、その短気さが3倍にもなる犬夜叉。何日も我慢できる男ではない。昨日、待てず迎えに行ってしまった犬夜叉。しかし・・・。今回は“我慢”しなくてはと思う犬夜叉。
毎度の様にかごめの部屋の窓から侵入する犬夜叉。かごめはベットですやすやと眠っていた。
犬夜叉は何だかおかしいと思った。いつもこんな明るい時間帯なら“学校”へ行っていないはずのかごめが部屋にいる・・・。
「あら。犬夜叉君」
かごめの母が部屋に入ってきた。
「かごめを迎えに来てくれたの?ごめんなさいね。かごめ、こっちに帰ってからずっと眠ったままなの。何だかとても疲れているみたいで・・・」
「・・・」
犬夜叉はかごめをチラリと見た。
無理もない・・・と犬夜叉は思った。こちらでの生活もあるのに、かごめは“学校”から帰ってすぐ井戸を通り、自分のいる時代に来ているのだから。
全くちがう時代を当たり前に様に行き来している。犬夜叉は今まで気がつかなかったがそれがどれだけ精神的にも体にも負担なことか、かごめのやすらかな寝顔を見て初めて思った。
同時に改めて感じるお互いがちがう“時代”の存在だということを・・・。
「犬夜叉君?かごめ、起こそうか?」
「いや別にいい・・・。またくるから・・・」
「あっ犬夜叉君っ・・・」
犬夜叉はうつむいたままかごめの部屋を跡にした・・・。
井戸の底を心配そうにのぞき込む犬夜叉。
本当は今すぐにでもかごめの所へ行きたい気持ちだが、今回はじっとかごめを静かに待とうと自分に言い聞かせた。
(かごめ・・・。体ちゃんと休めてやんねぇと・・・)
今までの戦いで必死にかごめを守り抜いてきた犬夜叉。しかし、“守ってきた”と言いつつ、かごめ自身の体、心を守って、いたわってきただろうか・・・。
犬夜叉はふとそう自分に問いかけていた。
「こりゃ。犬夜叉。かごめを迎えにはいかんのか?」
七宝が犬夜叉の顔をのぞき込む。
「うっせーな。ガキはその辺で遊んでな。たまには・・・。ゆっくりあっちでかごめもやすまねぇとな・・・」
「・・・。犬夜叉、お主、かごめをまた怒らせたのじゃな?」
「ああ?どーゆー意味でい」
「やけに優しいからのう。きっとかごめにまた、何か余計なことを・・・」
「そんなんじゃねぇッ!ガキが勝手に・・・って何やってんだ」
七宝、持っていたスケッチブックとクレヨンで何かを書き始めた。
「これでよし。犬夜叉。かごめの所に行くのならこれを渡してほしいのじゃ」
七宝はスケッチブックの切れっぱしを犬夜叉に渡す。
「何だ。これは」
「かごめへの手紙じゃ。オラ、字書けるんじゃぞ。かごめに教えてもろうた。犬夜叉。お前も書いてみたらどうじゃ?」
「けっ。何で俺が・・・」
「何なら私が教えてもいいですぞ」
そこへここぞというばかりに弥勒登場。
「なんでい。弥勒」
「手紙を書くと自分の気持ちを素直に相手に伝えられるもの。犬夜叉。かごめ様に書いては如何かな?私が代筆してもいいですぞ」
「それはやめといた方がいいね」
珊瑚、犬夜叉に忠告。
「何です。珊瑚」
「だって法師様に書かせたらスケベなこと書きそうだし・・・」
「ふっ・・・。まあ、いいでしょう。ではこれから皆でかごめ様への手紙を書くことにしましょうか。一言ずつ添えて・・・。犬夜叉、お前が届けてくれますね」
「・・・。でもかごめは今・・・」
「ゆっくり休むかごめ様を起こさずにお前の気持ちを伝えられるではありませんか。どうです?犬夜叉」
「・・・」
かごめを休ませたい。でもかごめに会いたい気持ちもあって・・・。
「ちっ・・・。仕方ねぇな・・・」
こうして・・・犬夜叉達はかごめへの手紙を書くことになった。
一番伝えたい言葉を・・・
「なんじゃ犬夜叉。それは“い”の字もかけんのか?」
「俺が書いたのは“こ”の字でいッ!」
「どっかみても“いの字”じゃ」
「うるせえッ!」
犬夜叉と七宝、筆を持ったままケンカして、もう顔中が墨だらけ。
まるで羽子板をした時の罰の様である。
「全く・・・。私の好きな字を教えたのですぞ。犬夜叉」
「・・・。法師様、一体どんな字を教えたの?」
「ふっ・・・。それはですね・・・」
弥勒、ばばーんと墨で「こだから(子宝)」と書いて皆に披露。
「・・・」
珊瑚、赤い墨で思いっきり弥勒の顔に変態法師退散の文字で訂正。
「珊瑚・・・。私の顔は和紙ではないですよ・・・(しかし素早い筆筋だ・・・)」
「ねぇ。犬夜叉。あんたは一体かごめちゃんに一体、何を一番伝えたいの?」
「何って・・・」
「“手紙”っていうのは相手に何を一番伝えたいかってことが大切なんだよ・・・」
かごめに今一番一番伝えたいこと・・・。
なんだろう・・・。言いたいことはたくさんある・・・。
かごめに伝えたいこと・・・。俺が・・・。
「・・・。ちょっと俺・・・風にあたってくる・・・」
犬夜叉は墨のついたままの顔でふらりと出て行ってしまった。
「犬夜叉、顔・・・洗った方がよいぞ」
「あー。犬夜叉の兄ちゃんの顔・・・。アハハハッ」
村の子供達が犬夜叉の顔を見て笑う。
「なっ・・・笑うんじゃねえよ!」
「かごめおねーちゃんにふきふきしてもらったらー?アハハハ・・・」
子供達は適当に犬夜叉をからかうと向こうへ走っていった。
「ったくガキどもが・・・」
かごめがいたらきっと子供達にすぐカッとなってしまう自分を笑顔でなだめてくれただろう。
村の中を何気なく歩く犬夜叉。
畑仕事をするもの、井戸で水をくむ者、はしゃいで遊ぶ子供達・・・。いつもと変わらぬ風景。
考えてみれば、かごめと出会う前ならこんなにも村になじんむなんて考えられなかったことだ。
村を歩くときは・・・、いつもとなりには必ずかごめがいた。
かごめが笑うと子供達も笑って・・・。
犬夜叉はいつもかごめと日向ぼっこしている野原に来た。
ごろんと寝転がる犬夜叉。
心地良い陽の光と草花の匂い。
温かさと優しい匂いが体に染みこんで、穏やかな気持ちになる。
昔はこうしてじっくりと空を見上げることもなかった。
空の色がこんなに青いなんて、深いなんて知らなかった。
“けっ・・・。空なんか眺めて何がそんなに面白いんだよ”
“別にいいじゃないの。たまにはさ、こーしてゆっくり・・・空見て、思いっきり深呼吸してさ。疲れたときは休む。人間だって妖怪だって同じでしょ?”
ありのままでいいことを教えてくれた。
“犬夜叉・・・。一人じゃないんだから・・・”
“犬夜叉・・・分かってるから・・・”
“いいの・・・。好きで一緒にいるんだから・・・”
人を憎んでも、“過去”を今だに忘れられなくても、怒っても泣いても、あるがままを受けとめてくれた。
お前と離れようと決意したときも、お前は戻ってきてくれて、
“そばにいていい??”
どんなにありがたかったか。どんなに嬉しかったか・・・。
お前のその言葉に甘えちゃいけねぇって思ったけどで
も、それでも繋いだお前の手を離すことができなかった。離したくなかった。
お前の笑顔を失いたくなかった・・・。見ていたかった。
すぐそばで。いつもいつも・・・。
「・・・」
犬夜叉は起きあがり、かごめがいつも座っている場所にそっと手をあてた。
“ここ”にかごめがいる。いつも俺を見守ってくれて・・・。
自分の隣に、いるべき人。
いてほしい人。
何よりも・・・。
「あ・・・」
犬夜叉がそっと手をどけるとそこに、小さなタンポポが咲いていた。
小さな、小さなタンポポ。
でも、黄色い小さなそのタンポポは一生懸命に笑って咲いている。
誰かの笑顔の様に・・・。
犬夜叉はタンポポを摘もうとしたが、やめた。
(かごめにも見せてやりてぇ・・・)
“お前に似てる”って・・・。
そして、伝えたい。
この“言葉”を・・・。
手紙に託して。
犬夜叉は小屋にもどり、伝えたい言葉を夜までかかって練習した。弥勒と七宝が寝た後、珊瑚に見せる犬夜叉。
「珊瑚。それで・・・読めるか?」
犬夜叉、ちょっと照れて人差し指で鼻をこすった。
「うん。まあ読める読める・・・。あんたらしい字だよ」
「けっ・・・。読めりゃ、いいんだ。よめりゃ」
「その言葉・・・。あたしもかごめちゃんに言いたい言葉だ。法師様も七宝もみんな・・・。だから、みんなを代表してあんたが伝えて」
「ああ・・・。そうだな・・・」
犬夜叉はみんなの気持ちの入った紙を丁寧に折って懐に入れると、しっかりとした足取りで井戸へ向かった。
「起きてるんでしょ。法師様」
寝たふり弥勒、パカッと目を開けて起きあがる。
「ばれていましたか。ところで珊瑚、犬夜叉はなんと書いたのです?」
「そんなの教えられるか」
「でしょうな。あははは・・・」
「でも・・・とても大切な言葉だよ・・・」
「ですな」
弥勒にも珊瑚も仲間達みんなに言いたい言葉。みんなに・・・。
「私も珊瑚に言いたいことが有るのですよ。とても大切な、珊瑚に伝えたいことが」
「えっ・・・」
弥勒は懐から昼間書いたと思われる紙を自慢げに取り出し、珊瑚に見せる。
そこには・・・。
『安産祈願』の4文字だった。
「ふっ。これでいつでも子が産めます。さあ、珊瑚、いざ、実践ですッ!!」
しかし、珊瑚、どこから取り出したか赤い墨の筆で弥勒の顔に変態法師封じ!
「珊瑚・・・。素早い・・・」
弥勒、再び、おやすみです。
ガラガラ・・・。
いつもは乱暴にあける窓ガラスも静かに開ける犬夜叉。
かごめはまだ、すやすや眠っていた。
「かごめ・・・」
(ゆっくり・・・。眠れたのか・・・?)
静かな寝息のかごめ。
「・・・」
犬夜叉はそっと枕元に手紙をおいた。
本当はもう少しかごめの顔を見て行きたいが・・・。今夜は帰ろう。かごめのために・・・。
そして静かに部屋を出ていこうとした。
「う・・・ん・・犬夜叉・・・」
かごめの寝言・・・。
「・・・」
犬夜叉、帰ろうと窓を開けかけたが、閉める。
かごめの寝顔が犬夜叉を引き留める。
(ちょ・・・ちょっとだけだ。ちょとだけ・・・)
犬夜叉、ベットの横にちょこんと座り、かごめの寝顔をじっと見つめる
起きているのかいないのか・・・。かごめの手が犬夜叉にのばされる。少し、震えて。
優しく握り返す犬夜叉。
「かごめ・・・?起きてるのか・・・?」
「・・・」
犬夜叉に握り返されて嬉しいのか、かごめの寝顔が穏やかに柔らかく笑った気がした。
「ったく・・・。にやけやがって・・・。またどんな夢見てやがるんだか・・・」
何度も見ているかごめの寝顔。
幸せな気持ちになれる。
何よりも気持ちが満たされて満たされて・・・。
安心感に包まれて・・・。
かごめの寝顔を独り占めできる貴重な時間。
(かごめ・・・ゆっくり・・・眠りな・・・。ゆっくり・・・)
部屋中のかごめの匂いに包まれてくるまれている様・・・。
(かごめ・・・)
自然にまぶたが閉まる。
体が軽くなって、犬夜叉もまた夢の中へと入っていく・・・。
しっかりと握られた二人の手に犬夜叉は顔を静かにおいて眠っていった・・・。
二人が同じ夢をみるために・・・。
FIN