あの笑顔が・・・。
“犬夜叉”
消えた・・・。
あの優しい匂いが。
“犬夜叉・・・”
どこへ行ったんだ・・・。
もう・・・何も・・・。
ねぇ・・・。
「犬夜叉は・・・?」
珊瑚は弥勒に視線で応えた。
「・・・。犬夜叉・・・」
かごめのそばから離れようとしない犬夜叉。
魂が抜けたようなうつろな目をして・・・。
「法師様・・・。もうあたし・・・見れられないよ・・・」
「・・・。皆同じです・・・」
かごめのリュックがそのままで・・・。
もう、誰も乗ることもない自転車。
かごめの荷物一つ一つが・・・寂しすぎるくらいにひとりぼっち。
目の前に横たわるかごめ。
もう、俺の背中にも乗らないのか。
おすわりの一言も聞こえないのか。
信じられない。信じたくない。
いつか見た悪夢の続きなら醒めてくれ。
醒めてくれ・・・。
「犬夜叉。少しは落ち着いたか・・・?」
「・・・」
弥勒の声も耳に入らない。
「犬夜叉・・・」
弥勒はたまらない気持ちをぐっとこらえ、犬夜叉をどかしてかごめの体を突然、おぶった。
「!?な・・・何しやがる・・・ッ!」
「いつまでもかごめ様のお体をここに置いておくわけにはいかないだろう・・・」
「ど・・・どこに連れて行こうってんだ・・・」
「静かに・・・お休みになるんだ・・・。土の中で・・・」
ドカッ!!!!
「法師様っ!」
犬夜叉はかごめの体を取り返し、弥勒を思い切り突き飛ばした。
「ふざけんなッ!!!かごめを・・・一人、冷たい土ン中入れるってのか!!ふざけんなッ!!かごめは・・・。ずっとここにいるんだ!!どこにも行かないねぇええッ!!!」
「・・・。お前の気持ちも分かる・・・。だが私達には奈落を倒すという使命があるのだッ!!かごめ様だってきっとそうねが・・・」
バキッ!!
激しく悲しい・・・犬夜叉の拳が弥勒の頬に打ち付けられた!
ぐっと弥勒のえりを掴む犬夜叉。
「俺の気持ちが分かるだって!?ふざけんなぁああ!!かごめがんな事望んでるわけ、ねぇだろ・・・。ねぇえだろおおお !!!」
バキッ!!ドカッ!!
行き場のない・・・哀しみを弥勒にぶつける犬夜叉。
どうすればいい・・・。
どうしたらいい・・・。
俺は・・・ッ!!
俺は・・・ッ!!!
「もうやめてよぉおおッ!!」
弥勒の前に両手を広げて必至にトメに入った珊瑚。
「うるせぇッ!!!どけッ!!」
「嫌だッ!!」
「どけッ!!」
「嫌だッ!!法師様まで死んじゃうよぉおおッ!!」
「・・・!」
「もう・・・誰かがいなくなるのは嫌・・・。もう・・・」
珊瑚の言葉に・・・弥勒をつかんだ犬夜叉の手が静かに離れた・・・。
「・・・。犬夜叉・・・。よかった・・・。俺を殴れる力は残っていたんだな・・・。安心したぜ・・・」
「法師様・・お前・・・」
弥勒は口元の傷の血をぺっと吐き出した。
「私を殴って少しでも気が晴れるなら・・・なんてかっこつけてみましたが、やっぱりお前の一発は効く・・・。いたたた・・・」
「・・・」
弥勒に八つ当たりしてしまった自分・・・。
かごめ・・・俺は・・・ッ!
「すまねぇ・・・。すまねぇ・・・ッ。でも弥勒・・・。お前に殴られたらかごめは生き返るか・・・?」
「なっ・・・何いってる犬夜叉・・・!」
「すまねぇ・・・すまねぇ・・・すま・・・」
犬夜叉はそうつぶやきながら・・・ふらりと小屋を出て行ってしまった・・・。
「い・・・。いかん!今の犬夜叉を一人にしては・・・痛ッ!」
「法師様!大丈夫!?」
手ぬぐいで弥勒の口元の傷を拭う珊瑚。
「どうってことないですよ・・・。犬夜叉やかごめ様に比べたらこんな傷・・・。珊瑚お前こそ大丈夫か・・・?」
「え・・・。あたしは・・・」
「大切な人を亡くす辛さは・・・。お前が一番しっているからな・・・。昨夜は・・・。寝てないのだろう・・・?」
弥勒はいたわるように・・・珊瑚の頬に触れた。
「法師様・・・」
弥勒の気持ちが手から伝わる・・・。
弥勒もまた・・・。深く傷ついていると・・・。
「う・・・っ。ううっ・・・。かごめちゃん・・・」
珊瑚はせきをきったように肩を震わせた・・・。
そして珊瑚を抱き寄せる弥勒。
本当なら、こんないい場面はないけれど・・・。
今はただ、珊瑚の嗚咽が痛いだけ・・・。
「さすがに今はセクハラできませんね・・・。珊瑚、お前の涙が・・・痛くて・・・」
そういう弥勒は・・・必至に流れ出そうな涙をこらえ、珊瑚を強く抱きしめた・・・。
「うわああああああん・・・。かごめがああああ・・・。」
そんな様子を小屋の外で七宝と楓が悲痛な表情で見つめていた・・・。
悲しさが小屋一杯に広がる。
しかし、誰がどんなに泣いても、悲しんでも・・・。
かごめが起きあがることは・・・なかった・・・。
どこをどう歩いただろう・・・。
犬夜叉は無意識のうちに・・・かごめとよく歩いた散歩道を歩いていた。
村・・・。
畑・・・。
河原・・・。
森・・・。
どこにも・・・かごめの笑顔があった。
“ほら!犬夜叉!おすわり!”
“犬夜叉!ほら!見てよ!綺麗な石、見つけたよ!”
“犬夜叉・・・。たまにはさ・・・。ゆっくり深呼吸して空見るのもいいでしょ?”
かごめと見た空だったから綺麗に思えた。でも今は・・・。
空の青さが突き刺さる・・・。
河原に来た犬夜叉・・・。この間、かごめによく似たタンポポを見つけた・・・。
必至に探す犬夜叉。
もしかしたら・・・まだ咲いているかもしれない。
もう一度見つけたらもしかしたら・・・。
モシカシタラ・・・。
かごめが・・・。
かごめがもう一度目を開けてくれるかもしれない・・・!
犬夜叉は四つんばいになって必至に探した。
河原中の草全部引きちぎる。
泥だらけにして・・・。
無我夢中に。がむしゃらに・・・。地面にはいつくばって・・・。
そして見つけた!
「・・・!」
しかし・・・やっと見つけたタンポポは・・・。
無惨に枯れていた・・・。
“犬夜叉・・・”
枯れていた。
根っこもちぎれて・・・。
“犬夜叉・・・。ずっとそばにいていい”
かごめ。
“平気・・・。好きで側に居るんだから・・・”
かごめ。
“もう・・・。一人じゃないよ・・・”
かごめ・・・!。
“犬夜叉・・・。わかってるから・・・”
かごめ・・・ッ!!!。
もう・・・。いな・・・い・・・。
どこにも。
“犬夜叉・・・”
「う・・・っ。う・・・うわあああああああああああぁぁ・・・・・ッ!!!」
何度も何度も犬夜叉は地面に拳を打ち付けた。
枯れてしまったタンポポを握りしめたまま・・・。
※
どれだけ、叫んだだろう。
泣いただろう。
叫び疲れ、泣き疲れ、もう息をする事も面倒な位に犬夜叉は力が抜けていた。
御神木に放心状態で寄りかかる犬夜叉。
どこへ行ってもかごめはいなかった。
楽しい思い出ばかりだった。
今、自分の腕の中で眠るかごめ。動かない、起きない、かごめ・・・。
こんなにそばにいるのに・・・。
抱きしめているのに・・・。・。
「かごめかごめかごめ・・・」
切れそうな声で、犬夜叉は呪文のようにかごめの名を呟いている。
そうでもしなければ、気が保てない。もう・・・。
かごめに似たタンポポを狂ったように探した・・・。
着物は汚れ、犬夜叉の顔も汚れ、やっとの思いで・・・。
見つけたのは・・・枯れてしまったタンポポだだった・・・。
探しても、探しても・・・。
笑うかごめがいない。
「なんで笑わないんだ・・・。なんで眠ってる・・・」
かごめの頬に触れても応えない。何度も呼びかけたのに。何度も叫んだのに・・・!!
どうしたらいい・・・。
どうすればいい・・・。
息が・・・できねぇよ・・・。
今が夜なのか昼なのかすらわからねぇ・・・。
かごめ・・・。お前の声がしねぇ・・・。お前が側で笑っていねぇともう・・・。
疲れた・・・。
腕の中にいるお前に・・・話しかけることさえ・・・。
「かごめ・・・。疲れた・・・眠い・・・」
かごめのまぶたに触れる犬夜叉・・・。
「疲れた・・・。眠りたい・・・」
そう・・・。眠れば・・・。永遠に・・・。
ザワザワザワッ・・・!!
その時、御神木がざわめいた。
ザワザワ・・・ッ!!
眠りそうになった犬夜叉を必至に起こすように。
犬夜叉は御神木を見上げた・・・。
御神木のがかすかに光っている・・・。
「・・・か・・・ごめ・・・?」
ザワザワッ!
まるで返事をするように光ったように見えた。
「かごめ・・・。そんな・・・。どこにいるんだよ・・・。そんなとこにいないで・・・こっちに戻って来いよ!!」
・・・。
返事がない・・・。
「かごめ・・・!!!」
御神木は静まった・・・。かごめの魂が・・・返事したのかと思ったのに・・・。
ふわっ。ふわり・・・。
「!」
犬夜叉の腕の中のかごめの髪に・・・上から小さなタンポポの花が落ちた。
「なっ・・・」
まるで・・・。
“犬夜叉・・・元気出して・・・”
とかごめが言っているみたいに・・・。
犬夜叉はそっとタンポポをかごめの耳もとににさした。
「・・・。なんだよ・・・。俺は・・・。髪に花をさして笑ったかごめが見たいんだ・・・。かごめ・・・。お前がいなきゃ、生きる力が沸かねぇんだよ・・・ッ!!」
まだ・・・。“伝えたいこと”が沢山あるのに・・・!
「戻ってこい・・・。俺のそばに・・・。かごめ・・・」
犬夜叉はかごめをしっかり抱きしめ・・・そして・・・。
「ずっと・・・。一緒だ・・・。ずっと・・・」
御神木に向かってかごめの名を呼び続けた・・・。
夢でもいい・・・。夢のまた夢でも・・・。お前に会えたら・・・。
夢でも・・・。
「はっ・・・!?」
またも目覚める犬夜叉。
そこは・・・。かごめの部屋だった。
「かごめ・・・ッ!」
あたたかい温もりが伝わる。
かごめの頬はうっすらピンクに染まり・・・。静かに寝息をたてていた。
「ふぅ・・・・」
ほうっとして・・・。全身の・・・。力がぬけた。
今度こそ本当に・・・。夢・・・だったのか。
どれが夢だか現実かわからなく感じた。
犬夜叉はかごめの顔をじっと見つめる。
「・・・」
夢の中で味わったあの魂を押しつぶされる程の喪失感と恐怖。
このにおいを感じるだけで、恐怖も喪失感も・・・。
消えた。
涙が出るほどの安心感と穏やかさが犬夜叉を包んだ。
夢でよかった・・・。なんて簡単には言えない気がした。
かごめは・・・。この時代の人間だ・・・。
この時代の家族もいるし、仲間もいる。
この時代がかごめの居場所なんだ・・・。
かごめを守りたい・・・。
守らなくてはいけない。何があっても・・・。
当たり前だけど・・・。自分の側にいる限り・・・。精一杯に・・・。
「う・・・ん?あれ・・・。犬夜叉・・・。いたんだ・・・」
「けっ・・・。いてわりぃかよ」
「あれれ?犬夜叉あんた・・・涙の跡・・・ついてる?」
「なっ・・・。んなわけねぇだろッ!」
犬夜叉、あわてて着物で顔を拭く。
「・・・。ふう・・・」
かごめはやけに深いため息をついた。
「・・・。なんだよ。どうかしたのかよ」
「うん・・・。なんか・・・。すっごく恐い夢みたせいか・・・。あんたの顔みたらホッとして・・・」
「あん?」
「あたし・・・。夢の中で死んじゃってた」
「え・・・」
嫌な夢だ。
二度とみたくない夢。
「え・・・縁起でもねぇこと言ってンじゃねぇよ」
「うん・・・。でもね。それより・・・。あたしのせいで弥勒さまとケンカしたり、悲しんだり、してる犬夜叉を見てるのが辛くて・・・。あれ?どうかした?」
あの夢を・・・。かごめも見ていたのか?
何だかかごめを失ってかなり取り乱した自分を見られていた照れくささと不思議さと・・・。やっぱりかごめが生きていてくれた嬉しさでちょっと複雑な気分・・・。
「べ、別になんでもねぇよ・・・」
「あんたがね・・・。死んだような目で“俺も疲れたから眠っていいか・・・”なんて言うからあたしあわてちゃって・・・。“バカ言わないで!”ってずっと叫んでた・・・」
「・・・」
御神木のざわめきは・・・。やっぱりかごめの“声”だったんだな・・・。
「ん・・・?」
カサッ。
枕元に、一枚の紙切れが・・・。
手紙を広げるとその中からタンポポが・・・。
「これ・・・。もしかして・・・あんたが書いたの・・・?夢で言ってた・・・手紙・・・?それにタンポポ・・・」
「・・・」
犬夜叉、やっぱり何となく、照れくさくてぷいっと腕組みして後ろを向く。
かごめはまじまじと手紙を見る。
「ねぇ・・・。これ・・・。読めないんだけど・・・。犬夜叉、何て書いたの?」
かなり乱暴な文字・・・というか線というかとにかく、最後の2文字・・・はなんとか読める。
『と』と『う』らしいが・・・。
かごめは手紙を色んな角度から眺める。
「だああッ!!もういいッ!!」
犬夜叉は怒って手紙、かごめから没収。
「ああ、返してよ!それ!あたしの手紙よ!」
「うるせえッ!俺が書いたんだからおれのもんでいッ!」
ビリリリッ!
犬夜叉の手紙・・・真っ二つに割れる。
「あ・・・。ご・・・ごめんっ。犬夜叉・・・」
「もういい・・・」
「でも・・・っ」
「いいっていってんだろ・・・。ってかごめ、お前なにやって・・・」
かごめは机の引出からセロテープを取り出し、やぶれた手紙を貼りつけた。
「これでよし・・・。読めなくても・・・。気持ちがこもってるの分かるから・・・。ね!」
「・・・。そうだ・・・な」
言葉にできない。言葉だけじゃ伝わらない。
気持ち。
犬夜叉はタンポポの花をそっとかごめの髪に添えた。
「ありがとう。犬夜叉」
この顔が見たかった。この笑顔が・・・。
この笑顔が嬉しくて・・・。
嬉しくて・・・。
言葉にできない・・・。
“ありがとう。犬夜叉”
・・・。俺のほうこそ・・・ありがとう・・・。
かごめへ・・・。
FIN