朔月。それは半妖犬夜叉が人間に戻る日だ。つい、昨日、妖怪との戦いで負傷した犬夜叉。タイミングが悪いことに今日がその朔月にあたる日だったせいか、傷の治りが遅かった。
心配そうに眠っている犬夜叉の傷の手当てをするかごめ。
血がまだ、にじんでくる。
現代から持ってきた薬等はおろか、楓の調合した薬草もあまり効き目がない。
心配のあまり、かごめは楓に尋ねる。
「もっとよく効く薬草はないの?」
「・・・。一夜草があれば・・・」
「一夜草?」
「さよう。こんな満月の一夜しか花を開かせぬという幻の薬草。その花びらに強い止血作用がある。白くて丸い花びらだ」
「それはどこにあるの?」
「この先にある崖にあるという噂があるが・・・。かごめ、一人で取りに行くのは危険じゃぞ・・・。か、かごめ!?」
もう既にかごめの姿はなく、弓矢もなかった。
「いかん・・・。法師様も珊瑚おらんというのに・・・」
弥勒と珊瑚は邪気がする方を警護しており、いない。
しかも、今は頼りの犬夜叉は動けない。
楓はすぐさま、弥勒達の所へと走った。
※
暗い。暗い。ずっと続く闇。
あたりはそれしかない。
気がつくと犬夜叉はそこに一人。
弥勒も珊瑚も七宝もいない。
そしてかごめの姿も・・・。
「かごめ!おい!どこにいる!!」
「いくら、呼んでも応えぬぞ」
「!!?奈落!」
闇の奥から姿を現した奈落。
「奈落、てめえっ!!かごめをどこへやりやがった!!」
「ふっ。どこへもやりわせん。見ろ。あそこにかごめはいるぞ」
「!」
奈落の指さす方にかごめの後ろ姿が見える。
「かごめ!」
「どうした。犬夜叉。愛しいかごめはあそこにいるぞ。追いかけぬのか」
「うるせえっ!まずはてめえをぶったおしてからだ!!」
ザシュッツ!!
犬夜叉の振り払った鉄砕牙は奈落の切り裂いた。
しかし、それは幻影。
「ふはははは・・・。貴様はかごめにはたどり着けぬ。絶対にな・・・フハハハハ・・・ッ!」
不気味な奈落の笑い声。
犬夜叉はずっと先に見えるかごめを目指して追いかけた。
「かごめーっ!!聞こえねーのか!かごめ!」
走る、走る
犬夜叉。かごめを求めて走るがいくら走ってもかごめには届かない。
「かごめーっ!!」
手を伸ばそうとするとまた、遠くへ行ってしまう。
それでも犬夜叉は何度も何度も手を伸ばす。
「かごめーっ。俺の声が聞こえねーのかあ!!」
なんでた!なんで振り向かない!かごめ!
こんなに追いかけているのに・・・。
「かごめえええええーーーーッ!!!」
声がかれるくらいに呼ぶ、叫ぶ。
かごめへ届け!!
届け!この切なる想い・・・。
その時、後ろ姿のかごめが立ち止まった。
「かごめ!」
犬夜叉はやっとかごめの腕をつかんだ。やっとお前のそばに・・・。
振り向くかごめ。優しい笑顔のかごめ。
「よかった・・・。やっとつかまえ・・・」
しかし、その瞬間、犬夜叉の前には桔梗がいる。
「き・・・桔梗!」
「・・・。犬夜叉・・・」
「桔梗ッ!」
「いまでもお前を・・・」
哀しいその桔梗の魂はゆっくりと闇に落ちていく。
「桔梗ッっ!!」
犬夜叉も闇へと落ちていく。しかしその奥底に見えたものは・・・。
赤く染まったかごめの服。
かごめの体から流れ出る血。
もう、動かぬかごめ。
鼓動がが止まる。
冷や汗が出る。
「か・・・か・・・かご・・・め・・・?」
震える手でかごめを抱える犬夜叉。
しかし、その体は既に冷たく優しい匂いもしない。
「お・・・おい・・・かごめ・・・。おきろよ・・・。かごめ・・・。かごめ・・・」
幾度と呼んでもその安心できる声は応えない。
「こ・・・こんなとこで寝てんじゃねえよ・・・。かごめ・・・。」
体を揺すっても揺すっても動かぬかごめ。二度とは起きぬかごめ。
「う・・・嘘だろ・・・。おい!誰か嘘だと言ってくれ!!」
誰もいない。ここにはかごめと犬夜叉の二人しか。誰も犬夜叉の問いには応えない。
「嘘だと言ってくれええええ!!かごめえええッーーーーー!!」
闇に、犬夜叉の哀しい叫びだけがいつまでもこだましていた・・・。
「かごめえええッ!!」
そう叫びながら目が覚めた犬夜叉。
気づくとそこは楓の小屋だった。
「ハアハア・・・。何だ・・・夢かよ・・・。フウー・・・」
夢だとわかって深く安堵する犬夜叉。あまりに衝撃的な夢をみたせいか汗が額に流れる。
そして、汗と共に流れ落ちるものがもう一つ。
(ん?なんだこりゃ・・・)
犬夜叉が安堵したのもつかの間、辺りを見回してもかごめの姿はない!
(そうだ!かごめはどこいった!?)
ずっと自分の横にいたかごめがいない。
再び、深い不安が犬夜叉を襲った。
その時、弥勒達を探しに行っていた楓が帰ってきた。
「犬夜叉・・・。目が覚めたか」
「おい!楓ばばあ!かごめはどこ行ったんだ!?」
「それが・・・。お前のためにこの先の森に生えている幻の薬草を取りに一人でいってしもうて・・・」
「ひとりで!?」
「すまぬ。犬夜叉・・・」
犬夜叉はいてもたってもいられない。痛む傷をひきづって小屋を出ようとした。
「いかん。その体では・・・・それに今は人間の姿なんじゃぞ!かごめは法師様達に探してもらっている!」
「離せ!楓ばばあッ!俺は行かなきゃなんねえっ!!あいつをつかまえなきゃなんねけんだよっ!!」
「犬夜叉・・・おぬし・・・」
「あいつを死なせたくないんだよッ・・・!」
犬夜叉は楓の制止を振り切って小屋を飛び出した。
「もう・・・。いけどもいけども森が続くだけじゃないの・・・」
大分森の奥まできていたかごめ。引き返そうかと思ったが、犬夜叉の傷を早く治したい。
かごめは草をかき分けながら先に進む。
すると、ちょうど、行き止まり。崖が見えた。
早速そこをのぞき込むかごめ。
すると、崖と崖の間に白くて丸い花びらの花が咲いていた。
「きっとあれが一夜草ね・・・。ではさっそく、一枚花びらを・・・えいっ!」
手を伸ばすがもう少しの所で届かない。
「もう少し・・・」
腕が痛いが身を乗り出してかごめは腕を伸ばす。そして一夜草の茎をつかんだ。
「あ、やった!」
「かごめーっ!」
「えっ。犬夜叉・・・?きゃ・・・」
犬夜叉の声に気を取られたかごめは体勢をくずした。
「かごめ!」
犬夜叉の脳裏にさっき見た夢がオーバーラップされる。
スローモーションの様に重なる場面。
「きゃーッ!」
「かごめええーっ!!」
ドサササッ・・・!
つかみそこなったかごめの手。犬夜叉は夢中でがけの下に降りた。
「おい!しっかりしろ!かごめ!」
鼓動が早くなる。怖い。かごめが・・・。かごめが・・・。夢の中の冷たい体のかごめの姿が浮かんで不安が襲う。
「かごめ!」
犬夜叉はかごめを助け起こす。
「う・・・うん・・・いたたた・・・あれ・・・?犬夜叉、どうしてここに?あ、そうだ、犬夜叉、ほら、これ、一夜草。これがあれば・・・って、犬夜叉、あんたケガは?!」
「俺のことなんかどうでもいいっ!!」
「え・・・」
かごめは血がにじむ犬夜叉の胸の中へひっぱられる。
「犬夜叉・・・?」
「ったく・・・。あんまっ・・・心配かけんじゃねえっ・・・!死んだかと思っ・・・!」
「犬夜叉・・・?あんた、一体、どうしたの・・・?何かあった・・・。犬夜叉あんた・・・!」
かごめが犬夜叉の顔をのぞき込むと何か、光ものが一筋流れた。
「・・・。あんたもしかして・・・泣いてんの?」
「ん・・・んなわけねーだろ!汗だ汗!」
犬夜叉、顔をゴシゴシこする。
「ふーん・・・。ふふっ」
「なッなんだよ!」
「んーん。何でもない」
「んだよっ・・・。痛っ!」
着物にまで血が染みこんで来ている。
「ちょ・・・。大丈夫?犬夜叉!」
犬夜叉はそのままフラッとかごめのひざに倒れ込んだ。
「犬夜叉・・・」
「すまねぇ・・・。しばらくこのままでいてくんねぇか・・・」
「うん・・・」
かごめは一夜草を犬夜叉の傷口にあてる。
「こうしていれば・・・止まるって。楓おばあちゃんが言ってた」
「ああ・・・」
かごめは上を見上げる。登れない高さではないが・・・。
「・・・。弥勒様達を待つか、あんたの妖気が戻るまで待つか・・・。どちらにしてもここは動けないか・・・」
いつだったか・・・。前にもこんな夜があったっけ・・・。
「ねぇ、犬夜叉。前にもこんな事、あったよね」
「・・・あ?」
「ほら・・・。あたしが初めて人間のあんたを見た日」
「ああ・・・。蜘蛛の妖怪寺のやつか・・・」
「あんたってば、いきなりあたしに膝、かしてくんねぇかって・・・。弱気なあんたを初めて見たわ」
「んなこと、言ってねぇっ!」
「ふふ・・・。あれから、色んな事、あったねぇ・・・。その後、桔梗の魂が復活して、奈落が本当の的だってわかった・・・。そして弥勒様と珊瑚ちゃんが仲間になって・・・。なーんか短い間なのに何年も経った気がしない?」
「・・・。ああ・・・そうだな・・・」
出会って何日、何時間だったのだろう。
あの御神木が始まりだった。
はじめはケンカばかりしていた二人。
そしていつの間にかその存在を確信し始めた・・・。確かでとても必要な存在に・・・。
「ねぇ・・・。犬夜叉あんた、今でもやっぱり、完全な妖怪になりたいわけ?」
「・・・ああ。だから四魂の玉を集めてんじゃねぇか・・・」
「・・・。それだけ?」
「・・・」
『お前を守るためだ』
その台詞を言いたい犬夜叉だが、言えない。だって、もう一人・・・。守ると決めた女がいるから・・・。
「・・・。あたしはどっちでもいいの。半妖でも完全な妖怪でも・・・。心がありのままの犬夜叉でいてくれたら・・・。それだけで・・・って。聞いてんの?犬夜叉?」
かごめの優しい匂い。あたかいぬくもり・・・。
犬夜叉はそれらに包まれて眠っていた。
「・・・。何よ。この先の台詞が大事なのに・・・」
『今の犬夜叉が一番好き』
「・・・。くやしいから起きても言ってやんないから・・・」
かごめは犬夜叉の黒髪をそっと撫でた。母親の様に、姉のように、そして・・・恋人のように・・・。優しく・・・。優しく・・・。