他の誰でもない。
誰かの生まれ変わりであったとしても、この心は私の心。
私が感じた喜びも悲しみも・・・。
私は私でいたい。
ずっと。そしてこれからも・・・。
「大丈夫か」
「うん・・・」
犬夜叉の背中のかごめは額にひどく汗をかいている。息も少し荒い。
七人衆の匂い辿り、奈落を追っていた犬夜叉一行。
途中、かごめが突然熱を出し、とりあえず犬夜叉とかごめは楓の小屋へ戻ることにした。
帰るとすぐにかごめを寝かせ、楓は熱冷ましの薬草を煎じた。
「かごめ。早くこれを飲め・・・」
「ゴホ・・・ッ!!」
「あわてるな」
犬夜叉はかごめの背中をさすりながら薬草を飲ます。
「しばらくすれば、じきに効いてくるじゃろう。しかし、かごめ。最近、よく熱をだすな・・・。体が弱っているのではないか?」
楓が心配そうに聞いた。
「さぁ・・・。でも、万年体力オバケの誰かさんと違うから」
「誰が体力オバケだ。コラ」
「うふふ・・・。ねぇ。それより、七人衆の奴ら、まだ、そんな遠くに行ってないんでしょ。あたしの事はいいから追って」
七人衆の気配を強く感じた所で引き返した来た犬夜叉達。今から戻れば追いつけるかもしれないが・・・。
「だけどかごめ・・・」
「あたしはここでゆっくり休ませてもらうから。ねっ。何?そんなにあたしの事が心配?」
「ばっ・・・」
「なら、早く行って!ね?珊瑚ちゃん達待ってるから」
かごめの目は、“あたしは大丈夫”と真剣だった。
「わかった・・・」
犬夜叉は心配そうな表情をしながら小屋を出ようとした。
そして、もう一度振り返りかごめを見つめた。
かごめは深く強く、こくんと頷いた。
“いってらっしゃい”と言うように・・・。
犬夜叉もかごめに頷く。
互いの気持ちを、しっかり確認しあって。
かごめは出ていく犬夜叉の背中が何だか大きく広く感じた。
初めてあった頃よりずっと心も体も強くなってたくましくなったと思うかごめ。
それが嬉しくあり、ちょっぴり寂しくもなり・・・。
「まるで、妻が夫を戦に送り出す様じゃの」
「や、やだ。楓おばあちゃんたら何言うの」
かごめは照れくさくて布団で顔を隠す。
「ふふ。しかし犬夜叉は大人になったな・・・。まぁ単純で短気なのは変らんが瞳が澄んでおる」
「え?」
「自分をちゃんと見据え、自分が何をすべきか、何が大切かちゃんと知っているのじゃなきっと・・・。かごめが側におるからじゃろうな・・・」
「楓ばあちゃん・・・」
楓は囲炉裏にまきを入れて火をおこしながら話す。
楓と二人きりでじっくり話すのは久しぶりだった。桔梗の過去を知る数少ない人物。おのずと、話は桔梗の話になるのだった。
「以前・・・。ワシがかごめが犬夜叉の心を癒していると言うと・・・桔梗姉さまは・・・」
″私がしたかったことをあの女がしているのか・・・
「と・・・言っておった・・・。とても寂しそうな目で・・・。でもそれはワシには逆に思えた・・・。桔梗姉さまが癒されたかったのではないかと・・・」
一人今も彷徨う魂。
その心うちは誰にも分からない。けれど、その妹は何時もその悲しい魂の行方を案じていた。
「今頃は何を考えておられるのか・・・。ワシは姉様を尊敬しておった。何事にも毅然とし、村を守っていた姉さまを。それ故に、巫女という立場がどれほ寂しく孤独であるか、そしてそれを分かち合う誰か欲していたことも・・・」
「・・・」
かごめは熱で少し息が荒いが、黙って楓の話を聞いていた。
「はっ・・・。すまん。かごめの前で姉さまの話など・・・。無神経じゃった」
「・・・。楓おばあちゃんは、桔梗の事が好きなんだね」
「え・・・?」
かごめは寝返りをうって楓の方に顔を向けた。
「だって・・・。桔梗の事の気持ちそれだけわかるのは桔梗の事を本当に大切な姉さんと思ってるっていうことだもの・・・」
「かごめ・・・」
「多分、楓おばあちゃんの気持ち、桔梗だってわかってると思うよ・・・。どうしてって言われても応えられないけど、ただ、何だかそんな気がするから・・・」
かごめの言葉がすうっと楓の複雑な心を柔らかくした。
かごめにとって桔梗の話は少なからず聞いてみたい話ではないかもしれないのに・・・。
「不思議じゃな・・・。かごめがそう言うと本当にそう思える・・・。犬夜叉もそんな所に癒されたのじゃな・・・」
「・・・」
「かごめ・・・?」
安らかな寝息を立てているかごめ。
実に穏やかな寝顔をしている。
楓は手ぬぐいで汗をふいてやる。
昔、自分もこうして姉に介抱してもらった・・・。
その姉の生まれ変わりを今度は自分が・・・。
不思議すぎる運命。
姉の生まれ変わり。
しかし、全くちがう心。
その心の強さと優しさがいつか、桔梗にも伝わって欲しいと楓は強く思った・・・。
青空だった空が暗くなってきた。
次第に外は雨風が強く吹いていた・・・。
御神木も激しく揺れている・・・
「ん・・・?」
居眠りをしていた楓を激しく起こす犬夜叉。
「おい!ばばあ!かごめはどこ行った!!」
「なに!?」
布団の中はもぬけの殻。
かごめの姿はどこにもない。
布団の中は少しあたたかい。いなくなって間もない。
「七人衆の手がかりが途絶えてしまったので、戻ってきたのですが・・・」
弥勒と珊瑚はかごめの荷物を見ながら心配している。
「まだ、もうそろそろ薬草が効く頃だが・・・」
「探してくる!」
「犬夜叉!」
楓が呼び止める。
「かごめを・・・。労ってやってくれ。頼む・・・」
「・・・。けっ・・・。ばばあに言われるまでもねぇ・・・」
犬夜叉はかごめの匂いをだどってを探しに出た。
「ふっ・・・。犬夜叉の奴。“やっぱりかごめが心配だ”って顔して慌てて引き返してきたのです。やっぱりかごめ様がそばにいないと落ち着かないのでしょうねぇ」
「法師様は女がいないと落ち着かないんでしょ」
「あのねぇ・・・」
“一人じゃない”
かごめの言うとおりだと楓は思う。
桔梗を救えるが犬夜叉だけだとしたら、その犬夜叉にはかごめがいて、弥勒がいて、珊瑚がいて・・・。
自分にも遙かに若い仲間だが心強い仲間が、いる。
「オラもおるぞ」
七宝が楓の肩にのっかってきた。
「七宝、なんじゃお前、どこにおったんじゃ」
「ずっとかごめの布団の中におった。楓を起こさぬようにとオラ、かごめから言いつかったんじゃ」
「そ、それでかごめはどこへ・・・」
かごめは・・・。森にいた。
かごめはなんと木によじ登って枝の先に手を伸ばしていた。
「もうちょっとなんだけど・・・」
かごめは何かを両手につかんだが一瞬バランスを崩す・・・。
「きゃ・・・」
かごめが落ちる!と目をつぶった。
「かごめ!」
犬夜叉が下でナイスキャッチ!
「犬夜叉・・・」
「バカ野郎!お前、何やってんだ!!こんなとこで・・・」
「この子が気になって・・・」
「は?」
かごめは手の中の小さな小鳥を犬夜叉に見せた。
白色の小鳥。ピーピーと鳴いている。
「お前・・・。もしかしてこいつのために・・・」
「だって。心配だったんだもん。やっと少し飛べるようになった所なのに」
犬夜叉はあきれ顔。
かごめが気になって七人衆を追うのをやめ、引き返してきたというのにとうのかごめは、こんな小鳥一匹を助けるために・・・。
「てめっ。バカか!!自分の体考えもしねーで・・・」
「バカとは何よー!バカとは!」
「バカはバカってんでいッ!!」
「ふんっ」
かごめが小鳥を抱いて小屋へ帰ろうと歩きだしたが・・・。
かごめの視界がぐらっと歪んだ。
「かごめ・・・!」
抱き留める犬夜叉。
その体はまだ、熱い。
「かごめお前、まだ熱が・・・」
「・・・。犬夜叉。もう少し、ここにいさせて。お願い」
「けど・・・」
「お願い」
犬夜叉はともかくかごめを木に寄りかからせて休ませる。
そしてかごめは手の中の小鳥を放した。
小鳥はかごめの肩にちょこっと止まる。
「だめでしょ。ほら・・・。もう飛べるんだから」
小鳥はちょこちょことかごめの肩や頭に止まった離れたり・・・。
「この子ね・・・。渡り鳥なんだけど、ケガして群れから離れちゃってずっと一人でこの森を彷徨ってたの。それでずっと飛ぶ練習してたの・・・ ・・・」
「ったく・・・。この前は海で今度は森でかよ・・・」
「ごめん・・・。心配かけて・・・」
「別に謝ることねぇ・・・」
旅をしていて、奈落とは関係のないことでも犬夜叉が毛嫌いしていた“人助け”をかごめが“お願い”言うから自分がいつのまにかしていた。
例え、自分の体が傷ついていても、血が出ていても気がつかずに相手に駆け寄ってしまう。
それが“かごめ”だ。
ありのままのかごめだ・・・。
「ちっ。仕方なぇな・・・」
犬夜叉は自分の上着を脱いでかごめに着せた。
「犬夜叉・・・」
「けっ・・・。おめーがいねーから七人衆の奴らの居所がわからねー。早くそのガキ鳥とケリつけな」
「ありがと」
犬夜叉はかごめの横に座ったとたん、小鳥は犬夜叉の耳にとまった。
「な、どこにとまってやがる!!」
「よっぽどとまりやすかたのね」
「けっ・・・」
「うふふ。でも、もうこの森に居ちゃだめだよ。ここから飛び立って行かなくちゃ」
小鳥はかごめの言葉がわかっているようないないような、とにかくピーピーと鳴きながら二人が寄りかかる木の枝に止まった。
「犬夜叉。あたしね・・・。最初この子見つけたとき、あの海鳥の“生まれ変わり”かなって一瞬思っちゃった」
「はー?」
「だって、色も姿もすごく似てるから」
確かに真っ白で、瞳が赤い小鳥。似ている。
「でもやっぱり違うのよね・・・。当たり前だけど」
姿形が似ていても。その温もりは全くちがっていて。
この小鳥は間違いなく“生きている”から・・・。
「それにあの子はあの子だけの翼をもっているから」
その翼でどこへ行くのか。どこへ向かうのか。
自分の還るべき場所があるのなら、いつかはそこへ帰らなければならない。
「・・・。やっぱりお前の言ってること難しくてわからねぇ・・・」
「そうだね。難しいね・・・」
考えれば考えるほど、難しくて不思議でそして、悲しい縁(えにし)。
悲しくて辛いこともあるけど、“小鳥”は、色々な人達に出会った事に感謝したい。
誰かの生まれ変わりでも、そうでなくても、大切な人と出会ってその人をを好きになれたことが嬉しい。
「あ・・・」
バサバサバサッ!
枝にとまっていた小鳥が高く舞い上がった。
小さな翼を音が出るくらいに力強く羽ばたかせて。
ピピピ・・・!
かごめに何か伝える様に激しく鳴く。
「行くんだね。自分の翼で」
ピーィ・・・。
木と木の間の青いそらに、小さな白い羽根が高く高く消えた。 一枚、白い羽根がかごめの手の中に落ちる。
「どこへ行ったのかな・・・」
「さぁな・・・」
「あの子ならどこへ行ってもきっと頑張れる。強い翼、持っているもの」
「・・・。けっ。どうせ妖怪に喰われるのがオチだろ」
かごめ、横目で犬夜叉をにらむ。
「どーしてあんたってそうひねくれた事しか言えないのよ!おすわ・・・ゴホッ。ゴホッ」
咳き込むかごめ。
「しゃべりすぎなんだよ・・・。ガキ鳥のために・・・」
「仕方ないでしょ。嬉しかったんだから・・・」
犬夜叉はかごめの背中をさする。
いつも自分の背中に乗せているが、かごめの背中はこんなに小さかったのか。
かごめの背中の翼は、今までの戦いで弱り切っている・・・。
「え・・・」
「寒いだろ・・・」
犬夜叉は上着を脱いで、かごめを包んだ。
「・・・。ありがとう・・・。犬夜叉・・・。少し・・・寄りかかっていいかな・・・」
「お・・・おう・・・」
かごめは頭を犬夜叉に胸に寄せた。
犬夜叉は自然とかごめを両手で包む。
小さい体はまた、細くなった気がした・・・。
「こんなんじゃだめだね・・・。飛んでいったあの子みたいに強くならなきゃ・・・。強い翼で・・・」
羽根が生えて帰るべき場所へ帰っていく・・・。
飛んでいって欲しくない。
できることなら、こうして腕の中に捕まえておきたい。
「かごめ・・・?」
かごめは休む。
白い小鳥がこの森で休んだように。
犬夜叉の胸で。
眠る。
「けっ・・・。眠ったりしゃべったり忙しい奴だぜ・・・」
疲れたら、休めばいい。
自分だけの翼を大切にして。
誰でもなく、誰のものでもない、自分の翼を。
私の翼を・・・。