支えたい・・・。お前を
〜だから、その身を委ねて〜


かごめが犬夜叉を見つめている。

じっと・・・。

ひどく、虚ろな顔をしている。

「・・・。かごめ。どうしたんだ。何か話、あんのか?」

「・・・。帰る・・・」

「え?」

「あたし・・・。帰る・・・。元の時代に・・・」

犬夜叉に背を向けるかごめ。

「な・・・。どうしたんだ。突然・・・」

犬夜叉はかごめの腕をつかむ。

しかしかごめはそれをそっと離した。

そしてつぶやく・・・。

「あたし・・・。疲れちゃった・・・」

「え・・・」

「何か・・・。全部・・・。疲れた・・・。もう・・・。」

「かごめ・・・。おいっ・・・」

犬夜叉の声にも応えず、かごめは犬夜叉に背を向け、歩き出す。

「かごめ・・・。待てよ・・・!かごめ・・・!」

かごめが遠くなっていく。

かごめが・・・。

もう、戻ってこない・・・

“疲れたの・・・”


はっと目を開けた。犬夜叉。まだ夜中だ。

鉄砕牙を抱えたままうとうとしてしまっていた。

(ゆめ・・・)

確かに夢だったが、なんだか妙にリアルで。

かごめの本心ではないのかという犬夜叉の不安が胸に残った。

「疲れたなぁ・・・」

「!」

かごめが背伸びをしながらつぶやいた。

犬夜叉、かなり、ドキリとした。

「あ・・・。犬夜叉・・・」

「か・・・。かごめ。お前・・・。い、今、疲れたって・・・」

「うん。ちょっとね・・・。しなくちゃいけないことあったし・・・。って犬夜叉。どうしたの?」

犬夜叉、呆然としている。

夢の続きなのかとかなりショックを受けている。

おすわりの体勢で。

「ちょっと・・・。あんたどうしたのよ?なんかすごく俺は傷ついてますって顔しちゃって・・・」

傷ついています。犬夜叉。

ブレイクハート。

「つ・・・。疲れたって・・・。お前・・・。疲れたって今・・・」

「うん・・・。今度またテストがあるから勉強してたのよ。ちょっとやりすぎて疲れたって言ったんだけどそれがどうかしたの?」

「・・・。それだけか?」

「え?」

「ホントにそれだけ・・・か?」

犬夜叉はひどく不安げな顔で聞く。

かごめは何を言いたいのか分からずただ、深く頷いた。

「なら・・・。いいけどよ・・・」

「?変なの・・・。さ、もう少し、続きやろっと・・・」

ペラペラと教科書と問題集を広げ、再びペンを走らせる。

「えっと・・・。公式がこうだから・・・」

かごめを見つめる犬夜叉。

・・・。また・・・。痩せた気がする。

やはり。疲れているのだろうか・・・?

「・・・」

疲れているのは・・・。体じゃなくて・・・。

心も・・・。 “あたし・・・。もう・・・。疲れちゃった・・・”

夢の中のかごめの言葉が犬夜叉の胸にずしりと残っていたのだった・・・。


ポチャン・・・。

「・・・」

ポチャン・・・。

ぼんやりした顔の犬夜叉。

投げた石は勢いもなく、川の中へ消えていく。

“あたし・・・。もう・・・。疲れちゃった・・・”

かごめの言葉が頭から離れない。

かごめの心が疲れている・・・。

それは・・・。やっぱり自分のせいなのか。

「はぁ・・・」

ため息が止まらない。

「なーにため息ついてんだか。二股男が」

「珊瑚・・・」

ちょっとあきれ顔の珊瑚。

犬夜叉はぷいっと横を向いた。

「あててやろうか?あんたのため息の理由。“かごめは俺と一緒にいるのが疲れたのか ”でしょ?」

「!」

犬夜叉、ひきつった顔で思い切りYESと言う。

「な・・・。なんでわかったんだ・・・!」

「夜中の二人の会話聞いてりゃだれだって分かるわよ。 はぁー・・・。あんたって男はさぁ・・・。ホントに考え方が狭いよね。かごめちゃんの心疑ってばっかりで。疲れてるって思うならどうしてかごめちゃんのために何かしようって支えになろうって思わないの」

「うっせーな!俺だって考えてる!でも何していいかわかんねーんじゃねーかっ!かごめのために俺はっ・・・。俺は・・・」

犬夜叉、思いのたけを力説。

だが、気持ちが空回りして言葉が続かない。

「・・・」

珊瑚はふうっと一つ息をついて、再び話し始めた。

「なんでかごめちゃんあんなに我慢強いのかな・・・。どうしていつも笑顔でいられるんだろう・・・。犬夜叉、あんたのこと支えてるのはかごめちゃんなら・・・。かごめちゃんを支えているのは一体なんなのかな・・・」

「・・・」

“私は大切な人を支えられる自分になりたい・・・”

犬夜叉はこの間、かごめが紅葉に言った言葉を思い出した。

かごめは“支えたい”ではなく、“”支えられる自分になりたいと言った。

じゃあ、俺は・・・。

考え込む犬夜叉。

「だーー!もう!!たまにはさ、変な意地とか照れとか捨てて、かごめちゃんに素直にぶつかってみたらどうなの!かごめちゃんの支えになりたいと思うなら・・・!」

「けど・・・」

うじうじ犬夜叉に、珊瑚、最後の渇を入れる。

「ああ!もう!イライラする!そういえばね、さっき鋼牙がかごめちゃんの所に来てたっけな・・・。だから早く行け・・・ってもういない・・・」

鋼牙の名を耳にしたとたん、犬夜叉は風の如く消えた。

「・・・。何よ・・・。アイツ・・・。ちゃんとあたしの話、分かったのかな・・・。ったく・・・」

「私は分かっていますよ。珊瑚」

「きゃあ!」

これまたどこからともなく、弥勒、セクハラして登場。

バキッ!

弥勒の頬に見事に咲いた珊瑚の手跡。

「突然なんて登場の仕方、すんのさ!」

「はは・・・。ちょっと突然すぎましたかな・・・。それにしても・・・。鋼牙の姿など見ていませんが・・・」

「・・・。だって・・・。犬夜叉に考えて欲しかったんだ・・・。かごめちゃんが犬夜叉の支えになっているように、犬夜叉もかごめちゃんの支えに・・・。法師様・・・。あたし、余計なこと、言ったかな・・・」

珊瑚はしゃんがんで、川の水をすっとすくった。

珊瑚の複雑な顔が映る。

「いや・・・。珊瑚は犬夜叉と思って言ったことです・・・。ただ・・・」

「ただ?」

「犬夜叉がかごめ様に優しくすればするほど・・・。かえって傷つくこともありますからね・・・」

「うん・・・。でも・・・。それでもかごめちゃんはきっとこう言うと思う」

“それでもそばにいる。あたしが決めた事だから・・・。居続ける・・・”

かごめは珊瑚に色々話す。女同士でしかいえない気持ち。

いつか珊瑚はかごめに聞いたことがある。

『どうしてそんなに我慢できるの?健気でいられるの?』

珊瑚の質問にかごめはしばらく間をおいてから話し始めた。

『珊瑚ちゃん・・・。あたし・・・。我慢強くなんかない・・・。健気だなんてないよ・・・。もっと泣きたいし・・・。叫びたいし・・・。そういう時もあるよ・・・。でも・・・』

『でも?』

『でも・・・。やっぱり・・・。あいつの側にいたいし・・・何より・・・。あいつの側で笑ってる自分がすごく好きなんだ・・・!』

そう言ったかごめは、実に穏やかでそして晴れ晴れとした顔だった。

優しい太陽を背にしょって・・・。

「誰かを好きになって、そんな自分も好きになれるなんて・・・。あたしにはきっと絶対にできない・・・」

「・・・」

珊瑚はなにげに弥勒に視線を送った。

そして、弥勒は珊瑚に笑い返す。

「ふっ・・・。少なくとも私は・・・。誰かを想っている珊瑚の顔は、とても好きですよ・・・。相手によりますがね・・・」

「な・・・。何よ。急に」

弥勒は珊瑚の横にしゃがんだ。

「人が・・・。自分の事で心が目一杯の時の顔はなんとも歪んだ顔しているものです・・・。自分以外の誰かの事で悩んだりしている時の顔は少なくとも“歪んで”はいない・・・。分かり易い例が犬夜叉です」

「ふふっ・・・。本当に『分かり易い例』だね」


まだ・・・。出会って間もない頃の犬夜叉は、自分の心の位置でしか人を見られなかった。自分の目的以外の事から避けていた。そして自分の弱みは絶対に相手には見せなかった。

それがいつの間にか・・・。

何よりも信頼できる“仲間”になっていた。

互いに危機になったとき命をあずけられる“仲間”に・・・。

「今、あいつはいい顔をしている・・・」

「うん・・・。特にかごめちゃんを守ろうとしてるときは正直すごく格好いいよね・・・。かごめちゃんが・・・。変えたんだね・・・」

「ふ・・・。誰でも“愛されている”という実感を感じたとき、最高にいい顔になるのだろうな・・・」

一人じゃないって分かったとき、誰かに必要とされていると感じたとき・・・。

石のように固くこわばっていた顔も、柔らかく、優しくなる・・・。

「・・・。私はどうですか。いつもどんな顔してます?」

「・・・。スケベな顔・・・。でも・・・。でも・・・。優しい顔・・・」

「そうですか・・・。よかった・・・」

弥勒の左手がごく自然に珊瑚の肩にまわされた。でも、珊瑚は抵抗しなかった。

抵抗したくない・・・。


弥勒の隣には珊瑚がいて。

珊瑚の隣には弥勒が・・・。

誰でも大切な人の支えになりたいと心から想う。

たとえ、その人に他の『支えたい人』がいたとしても。

見返りを求めないないなんてきれい事は言えないかもしれない。

こっちだけを見て欲しいっていつでもおもってる。

でも、それでもそばにいたい。

大切な誰かのそばで笑っていたい。

そんな自分が・・・。好きだから・・・



「ふぁーあ・・・」

御神木の前で、教科書やら問題集やらを広げ、背伸びをしているかごめ。

この間、学校に行ったら、遙かに内容が進んでいて驚いてしまった。

少しでも追いつこうと必死に問題を解いているが・・・。

「あーあ・・・。マジで今度の試験危ないかも・・・」

この時代に来てからというもの、学校を休みがちなのは勿論、今は四魂のかけらが七人衆に奪われてあちらに帰っていない・・・。

かごめは教科書を閉じ、御神木に寄りかかった。

サワサワ・・・。

葉と葉の間からキラキラと光の粒がかごめに話しかける。

向こうでもきっと同じように太陽の光をいっぱい浴びているんだろうな・・・。

不思議だ・・・。

戦国時代で受験勉強しているなんて・・・。

普通なら、学校の教室で英単語を必死に暗記して・・・。

「ふー・・・」

勉強と奈落を追いかけて・・・。

そんな中学生、自分だけだろうな・・・と思うかごめ。

「おい」

物言いたげな顔した犬夜叉がかごめの横にどすんと座る。

「ま・・・。またべんきょーしてたのかよ・・・」

「うん・・・。でも、なかなか進まなくて・・・」

“べんきょー”がかごめにとって大事なことなのかは犬夜叉にはわからないが、こちらの居ることで妨げになっている事だけはわかる・・・。

「すまねぇ・・・」

「へ?何が?」

「だから・・・。すまねぇって言ってンだ!」

「だから何がよ。あたし謝られることなんて何も・・・」

「すまねぇもんは、すまねぇんだ!いいから黙って俺の話聞いてろ!」

犬夜叉、謝っているのやら怒っているのやら・・・。

かごめは言われるまま犬夜叉の話を聞く。

「あの・・・。その・・・」

“俺はお前の支えになりたい・・・”

その一言が言いたくて、かごめの所に来たのに犬夜叉、面と向かうとやっぱり言えない。

「だから・・・。俺は・・・。お前の・・・。支えってなんだ?」

「え?あたしの支え?」

「いや、だから、そうじゃなくて・・・」

文章が全く違ってかごめに伝わってしまった。

「あたしの支えって・・・。今、あたしが何を支えにしてるかって事?」

「・・・。ええい!そうだよ!」

(違う。本当はそうじゃないのに・・・)

でも、聞いてみたい。かごめの支えって・・・。

「うーん・・・。何だろう・・・。うーん・・・」

かごめ、考え込む。

犬夜叉はてっきり、“犬夜叉よ”なんて応えを密かに期待していたせいかちょっとがっかり。

「あ、そうだ」

かごめは何を思ったか突然ノートをビリビリとちぎりだした。

「?」

犬夜叉、全くわからない。

そして、あっというまに紙飛行機を作った。

「なんだ、それ」

「・・・。何やってんだよ。一体」

「あのね。ここからこの紙飛行機飛ばしてあの切り株の上に乗るかどうかと思って」

向こうの切り株まで5メートル以上はある。

「は〜?けっ・・・。ガキじゃあるまいし・・・」

「へぇ〜。じゃ、犬夜叉、やってみてよ」

「ふんっ。こんなもん。簡単でいっ」

かごめは犬夜叉に紙飛行機を手渡した。

「ねぇ・・・。犬夜叉」

「なんだよ」

「絶対のっけてね」

「?」

犬夜叉は狙いを定めてちょっと乱暴に飛ばした。

紙飛行機は風に乗って切り株一直線に飛んだ。

真っ直ぐに!

しかし、一瞬、地面に落ちそうに!

「お願い!乗って!」

「のりやがれ!」

ひゅうッ・・・。

かごめの声が風に通じたみたいに、紙飛行機はふわりと切り株に舞い降りた。

「やったね!」

「けっ。当然でい。俺がしくじるわけ・・・って・・・何お前・・・」

かごめ、なぜだか涙が・・・。

「あらら・・・。どうしてだろ・・・。あたし・・・。一瞬願掛けしちゃって・・・。紙飛行機が切り株に乗ればずっとあんたのそばにいられるかな・・・。なんて・・・。えへへ・・・。変だね・・・」



「・・・」

かごめの光る涙の粒に・・・。

犬夜叉はがむしゃらにがばっとかごめを抱きしめたくなった。

「さ。勉強のつづきしよ・・・」

かごめの足下がぐらついた。

「かごめ・・・!」

受けとめる犬夜叉。

「ごめん・・・。ちょっとふらついちゃった・・・」

「お前・・・。やっぱり疲れてんじゃねーのか」

「・・・」

犬夜叉はかごめを抱きしめたままそっと御神木に寄りかからせた。

「ごめん・・・。犬夜叉・・・」

「・・・」

自分は・・・。

“かごめの支えになりたい”

そう言うつもりだったのに。

俺は・・・。こんな風にしか『支え』になれないのか・・・。

「犬夜叉・・・。さっきあたしの支えって何かって聞いたよね・・・」

「別にもういい から・・・。しゃべんなよ。休んでろよ・・・」

「今・・・。こうしてる一瞬一瞬かな・・・。今が・・・。今こうしてる全部が・・・。あたしを支え・・・て・・・る・・・」

かごめは・・・。つぶやきながら・・・。眠る。

犬夜叉に身を委ねて・・・。

「・・・」

これでかごめを支えていることになるのか・・・。

なるのなら、どれだけでもこうしていたい。

疲れた体をやすめられてくれるなら・・・。

ザワザワッ。

御神木が優しくざわめいた。

御神木・・・。

自分で堂々とりりしく立っている。

しかし、その体を支えているは、土深く眠る根であり、その根を育てる土であって・・・。

見えない場所で当たり前に支えている存在が必ずある・・・。

犬夜叉は眠るかごめを見つめた。

こうして、自分に寄りかかって眠っていても、その温もりだけでも支えられている気がする。

俺は・・・。

お前の支えになれているかわからねぇけど・・・。

せめてそれに値する奴になりてぇと思う・・・。

だから・・・。疲れたときは・・・。その身を委ねて・・・。

かごめの細い体を犬夜叉はいたわるように、なでるように、静かに抱いた・・・。

『あたし・・・。あいつの側にいる自分が好きなんだ。だから・・・。頑張れる・・・』

FIN