私の願いは犬夜叉に生きて欲しいこと・・・。
何があってもたった一つの命、心だから・・・。
でも・・・。犬夜叉は桔梗と共に永遠の闇に逝くことを決めている。
“俺は命がけで応えなくちゃならねぇ・・・”
犬夜叉はそう言った。
確かな決意で。
誰にも止められない。犬夜叉の意志だから。
二人が共に闇へ逝くとき、あたしは・・・。あたしは一体、どうするだろう。
何ができるだろう・・・。
あたしは一体・・・。
「かごめちゃん!かごめちゃん!」
「ん・・・?」
御神木によりかかり、うたた寝をしていたかごめは珊瑚に起こされる。
「あ、珊瑚ちゃん・・・。ごめん!あたしったらついうとうとと・・・。あ、洗濯物・・・」
「かごめちゃんの着物もほしておいたよ」
「ありがとう。珊瑚ちゃん」
御神木の枝ととなりの木の枝に縄をつなげて簡易物干し竿のできあがり。
かごめのセーラー服とスカート、珊瑚の着物が縄に引っかけて干してある。
パタパタを風に揺れている・・・。
緑の間だから見える真っ青な空に・・・。
珊瑚はかごめの横に静かに座った。
「いい天気だね・・・。綺麗な青空・・・」
「うん。そうだね・・・」
空はあんなに澄み切っているのにかごめは少し曇り気味。珊瑚はそう感じた。
「・・・。かごめちゃん、どうかしたの?」
「ううん。何でもないよ・・・」
「・・・。桔梗の夢でも見たの・・・?」
「!」
桔梗の夢・・・。
犬夜叉と桔梗の・・・。
「ごめん・・・。でも寝言で“桔梗・・・”って言ってたから・・・」
「・・・」
同じ敵を追い、ずっと共に闘ってきた仲間・珊瑚。
同じ仲間として、そして女として、かごめの恋の事がとても気になっていた。
そして、ずっとかごめに聞きたかった事を今、聞いてみたいと強く思った。
「かごめちゃん・・・。やっぱり辛いよね・・・。桔梗の事を考えると・・・」
「・・・。たまにね・・・。でも・・・。前にも言ったけど、これはあたしが選んだ事だから・・・。辛いのも覚悟の上なんだ・・・」
かごめは強い・・・。強くて優しい・・・。珊瑚はそう思う。自分は弥勒が他の女にちょっかいするたびにカッとなって・・・。
「かごめちゃんが羨ましい・・・。あたしなんてすぐ感情的になっちゃって・・・」
「そこが珊瑚ちゃんの素敵なところだと思うよ」
「え?」
「自分の感じたままをそのままを表に出せる・・・。意地をはってもいい。怒ってもいい。泣いてもいい・・・。それはとっても素敵なことだもの」
“それはかごめちゃんよ”
と言いたいと思った珊瑚。
相手の感情をありのまま受けとめられるかごめが珊瑚は逆にうらやましい。
それがどれだけ人を癒すか、あたためるか・・・。
犬夜叉もきっとこんな気持ちなのかな・・・。と珊瑚は強く思った。
「だいじょうぶ!弥勒様はいつもはあんなだけど、珊瑚ちゃんしかいないよ!自信を持って・・・!」
珊瑚の肩をポンとたたくかごめ。
かごめにそう言われると不思議と心に自信がふわりと湧いてくる。
今は自分が少し虚ろなかごめを気にして声をかけたのに・・・。
なぜ、そんなに強いのか、なぜ、こんなにあたたかいのか・・・。
珊瑚はかごめにずっと聞きたかったことがある。
それはかごめにとってはとても辛い質問かも知れないけれど、尋ねずにはいられなかった。
そう・・・。究極の質問を・・・。
「かごめちゃん・・・あたし・・・」
「おう!女共はまだかえってこねぇのか!」
「おなごは念入りに洗いますからなぁ・・・」
たらいの中の自分の法衣をジャブジャブと裸足で踏んで洗濯をする弥勒。
その横では七宝も自分の服の汚れを丹念にたらいの中でこすって洗っていた。
犬夜叉は・・・。
「かごめの奴!おせぇ!!」
と、ただ、あぐらをかいてすねていた。
「お前・・・。七宝でさえ自分の着物を洗っているというのに拗ねていないで、すこしは手伝ったらどうだ。只でさえ、お前の着物は血を浴びたりしているのだから・・・」
「けっ!!めんどくせぇ!!」
「安心しろ。弥勒。犬夜叉の着物はかごめがちゃんと洗っておるぞ。この前も・・・」
バキ!!
七宝、久しぶりにまあるいたんこぶができました。
「何すんじゃいッ!!」
「うるせえ!!」
「ったく・・・。相変わらず、痛いところを突っ込まれるとすぐ殴るのですから。かごめ様も大変だ・・・」
「ふん!!珊瑚がいるのに目の前で女ひっかける奴に言われたかねぇッ!!」
ドカバキ!
今度は犬夜叉のあたまにもまあるいお山ができました。
「かごめ様の目の前で桔梗様に口づけされたお前に言われたくないですな」
「なんだとてめえ!!」
空しい男たちの言い争いを横で七宝は冷静に見物中。
(オラ・・・。絶対にこんな男たちにはなりとうないのう・・・)
「それにしてもかごめ達、本当に遅いのう・・・」
「おなご同士でしか話せない事もあるのでしょう・・・。特に色恋の事など・・・」
色恋のこと・・・?
犬夜叉、ちょっと想像してみる。
“あのね珊瑚ちゃん、あたしやっぱり犬夜叉より鋼牙君のほうが好きなのどうしたらいい?”
“やっぱり鋼牙の方がいいよ。かごめちゃん一筋だし。強いし”
“やっぱりそうよね。じゃああたし鋼牙君とつきあっちゃおう♪”
「・・・」
犬夜叉、速攻かごめの元へダダだッと走る!
「七宝、今、犬夜叉がどこへ行ったかわかりますか」
「分からない奴はおらんじゃろう」
「ですな。さ、私達は洗濯の続きを致しましょう・・・」
弥勒と七宝、改めましてお洗濯開始したのでありました★
一方、犬夜叉。御神木の裏に座って珊瑚とかごめの会話に聞き耳をたてていた。
「かごめちゃん・・・。あたし・・・」
珊瑚とかごめの間にかなりピリピリした空気が漂った。
犬夜叉もそれを感じ取る。
(珊瑚の奴・・・。一体、かごめに何聞くつもりなんだ・・・)
犬夜叉も緊張する。
「どうしたの・・・?真剣な顔して・・・」
「あの・・・」
珊瑚は息をのんで思い切って究極の質問をかごめにぶつけた。
「犬夜叉と桔梗が一緒に死のうとしたとき・・・。かごめちゃんはどうするの・・・?」
「!!」
真剣な眼差しでかごめに尋ねる珊瑚。
かごめは核心部分をつかれるような質問にかなり驚いた。
しかし、かごめ以上に驚き、面食らった男がここにいる。
(なっ・・・!!珊瑚の奴・・・!なんちゅう事を・・・!!)
しかし、それより犬夜叉はかごめがどう応えるか気になり気になり思わず息をのんだ。
「・・・」
「ごめんね・・・。でもあたしずっと聞きたかったんだ・・・」
「・・・」
かごめは少し何かを考えた後、静かに立ち上がった。
大きく深呼吸し珊瑚に振り向く。
そして真っ直ぐな姿勢でかごめははっきり言った。
「二人とも逝かせはしないよ・・・!絶対に・・・!」
かごめは真っ直ぐに迷いもなく珊瑚に言った。
さっき夢の中で自分に尋ねていた応えを・・・。
「二人ともって・・・」
「・・・。死なせない・・・。二人とも・・・。だって・・・。桔梗がすくわれなきゃ・・・犬夜叉も救われない。犬夜叉が救われなくちゃ桔梗も救われない。もう・・・。誰の心が悲しむのはたくさんだから・・・」
哀しい重い運命を断ち切るために、死を選んだとしても、それは何の解決にもならない。
断ち切るには・・・。犬夜叉自信の、桔梗自身の心で断ち切らない限り・・・。
ただ、残されたもの の哀しみが新たに生まれるだけ。深まるだけ・・・。
そんなのは絶対に嫌・・・!!
「かごめちゃん・・・。でも・・・。でも犬夜叉は桔梗と一緒に死ぬつもりなんでしょ。桔梗がそうして欲しいと願っていても・・・?」
「桔梗の意志も犬夜叉の意志も関係ない。これはあたしの意志。二人がどうしても死ぬって言ってもあたしは、二人の手でも足でもを掴んで阻止する!命を張っても絶対に絶対に二人を逝かせはない・・・っ!」
これは誰だろう・・・?
いつも優しい穏やかなかごめ・・・。
こんなに激しく険しい感情を見せたかごめは初めてだ・・・。
犬夜叉も珊瑚もそう感じた。
「って・・・。格好いいこと言ってるかもしれないけどでもね・・・。でももうあたしは誰が死ぬのも悲しむのも嫌なの・・・。犬夜叉には生きて欲しい・・・。何が何でも生きて欲しい・・・。これはあたしの願い、誰にも譲れない願いだから・・・」
そう・・・。誰にも譲れない、変えられない願い。
大切な人に生きていて欲しい。
それだけ・・・。それしかない・・・。
「・・・。じゃあもし・・・。あのままで二人が一緒に生きていくって言ったら・・・どうする・・・?かごめちゃんはそれもかごめちゃんの“願い”なの・・・??」
「・・・」
かごめの願いは犬夜叉に生きて欲しいこと。生きて幸せになる事。
もし・・・。珊瑚が言ったことで犬夜叉が幸せなるならば・・・。
それで犬夜叉が幸せになるなら・・・。
あたしの願いは・・・。
「ご・・・。ごめん、今のなし!!今の質問は・・・」
「ジャンケンしよっかな」
「え?」
「犬夜叉とジャンケンしてあたしが負けたら・・・。あたしは犬夜叉の手を離す。あたしが勝ったら・・・」
「勝ったら・・・?」
「おすわり10回させてやろうかな。長いこと二股かけてた罰として。えへへへ・・・」
かごめは舌をペロッとだして笑う。
珊瑚は思った。
かごめはきっと勝っても負けても犬夜叉の手をそっと離すだろう・・・。
犬夜叉が幸せになることがかごめの願いならばきっとかごめは・・・。
それがどんなに身を切られるくらいに辛く切なくてもかごめは・・・。
“恋”をしている同じ女としているからこそわかる・・・。かごめの辛さも悲しさも・・・。かごめの犬夜叉に対する強い想いも・・・。
自然と・・・。珊瑚の瞳から涙がこぼれた。
「や・・・。やだ珊瑚ちゃん、どうしたの?あたし何か変なこと言った・・・?」
珊瑚は俯いたまま首を横に振った。
「ち、違う違うよ。かごめちゃん何でもないから・・・。何でも・・・」
励ますかごめの優しさが切なくて。分かりすぎて・・・。
涙が止まらなかった。
「ん・・・?」
俯く珊瑚の視線に赤い着物の裾がチラリと見えた。
「・・・」
間違いない。こんなにまでかごめに切ない思いをさせている張本人。
珊瑚は無性に腹が立ってきた。
「あれ?珊瑚ちゃんどこ行くの・・・?」
珊瑚は御神木の裏にまわり、その“張本人”の襟をぐっとつかんだ。
「盗み聞きなんてしてんじゃないよ!この両手に二股かけた贅沢ものめ!」
「犬夜叉!?あんたいつからそこに・・・」
「かごめ・・・」
「何が“かごめ・・・”だ!!あんたのせいでかごめちゃんはかごめちゃんは・・・!」
女の気持ちを女の気持ちを・・・!珊瑚は弥勒への想いも混じった感情で犬夜叉にぶつかった。
女ばっかりいつもこんな・・・。どうして切ない思いばかり・・・。
襟をつかむ珊瑚の手にチカラがグッとはいる。
犬夜叉は黙って何も抵抗せず、ただ、されるがままだ・・・。
「珊瑚ちゃん・・・」
“もういいから・・・”とかごめの顔が言っている。
珊瑚は手をゆるめ離した・・・。
そして一言つぶやく・・・。
「犬夜叉・・・。あんたって本当に幸せものだよ・・・。かごめちゃんに傷つけたら・・・。あたしが許さない・・・。いいね!?」
犬夜叉は深く深く頷いた。
「ならいい・・・。かごめちゃん、あたし先行くね・・・」
珊瑚は目をこすりながら楓の小屋へと戻っていった・・・。
「・・・」
「・・・」
犬夜叉とかごめ。
御神木をはさんで二人座る。
「・・・」
「・・・」
何も言えない。何を話せばいいかわからない。
ただ・・・。互いに背中の温もりを感じあっている・・・。
「・・・ねぇぞ・・・」
犬夜叉が何かボソッと言った。
「え・・・?」
「俺は・・・。絶対にお前とジャンケンなんてしねぇッ!!死んでもするもんか!!」
「犬夜叉・・・」
「何が犬夜叉とジャンケンしよっかな・・・だ!ふざけんじゃねぇ・・・!!俺は・・・。そんなもんでお前が離れていくなら俺は自分の手をぶった切る!!」
犬夜叉はかごめの手をぐっと掴んだ。
激しい想いと一緒に・・・。
「犬夜叉・・・」
「珊瑚に何言われたってかまわねぇ・・・。わがままでもかまわねぇ・・・。お前の手を離せなねぇんだよ・・・」
わがままだってわかってる。卑怯なのはわかってる。どれだけそれがずるいかもわかってる・・・。
でも・・・。
この温もりがなくなってしまったらと思うと怖くて怖くてたまらない。
誰もいない闇に一人置いて行かれたようで・・・。
「犬夜叉・・・。。ありがとう・・・。そんな風に言ってくれてとても嬉しい・・・。それだけで充分だから・・・。あたしは・・・だから・・・」
かごめは握られたその手を犬夜叉の心臓のあたりにしずかにあてた。
「犬夜叉・・・。犬夜叉の命はね一つしかないんだよ・・・。ここに・・・。一つしか・・・。だから、自分の命を・・・。尊い命を絶対に自分で消しちゃだめだよ・・・。何があっても・・・」
「・・・」
犬夜叉は応えられない。どうも言えない。
でも自分の心臓にあてられたかごめの手から、かごめの真摯な想いが伝わってくる。
たったひとつしかない命をかごめは・・・精一杯に愛おしんでいると・・・。
「犬夜叉の命は誰のものでもない・・・。でも犬夜叉だけのものでもない・・・。あたしも弥勒さま、珊瑚ちゃん、七宝ちゃんみんなが犬夜叉の命を大切に思ってる・・・、かけがえのないって思ってる・・・」
“お前の命が桔梗、お前のものならば、お前の命も俺のものだ”
以前、桔梗に言った言葉。
ただ一つしかない命だから、その命をかけて桔梗に応えなければいけないと思った。
でもかごめは違う。
かごめはみんなの“命”だという。
命を懸ける・・・。
懸ける・・・。それは自分の命を失っても、どうなっても大切なものを守ることだと思ってきた・・・。
でも・・・。
“犬夜叉の命はみんなの命”
かごめは言う。
本当に命を懸けるということは、自分の命も他の命も守り、“尊い、敬う”ことだと・・・。
「ほら・・・。トクントクンて言ってる・・・。犬夜叉がどう思ってもね。犬夜叉の意志とは関係なく動いてる・・・。ここは・・・。ここは、“生きてる”って言ってるんだよ・・・。粗末にしちゃいけない。絶対に・・・。自分の体も心も粗末にしちゃいけない・・・。“代え”はないんだから・・・」
かごめはそっと犬夜叉の胸に耳をあてた。
「かごめ・・・」
犬夜叉の鼓動を聴くとかごめは体中が安心する。
これが聞こえなくなったらと思うと血が止まるくらいに怖い。
自分と犬夜叉の手が離れたとしても、絶対に生きて欲しい。
だって・・・。せっかく犬夜叉と築いてきた思い出が、時間が無くなってしまうから・・・。
「じゃあ・・・。どこにある・・・?」
「え?」
「かごめの“命”の音はどこにある・・・?かごめの命の言葉はどこにある?」
感じたい。かごめの命を・・・。
かごめはそっともう片方の犬夜叉の手をとり、自分の首にあてた。脈うつ場所に。
犬夜叉は瞳を閉じて感じようとした。
ピクン、ピクン、ピクン・・・。
かごめの脈の鼓動がかごめの体温と一緒に犬夜叉の手に伝わる。小さくて、集中しないと分からないくらいに小さな鼓動だけど・・・。
確かに感じる・・・。かごめの命の音・・・。言葉・・・。
かごめは今、ここで生きていると・・・。
「人間は・・・。生きている間に何億回もこうして鼓動をうつんだって・・・。すごいね・・・。すごいね・・・」
「・・・」
その何億回の何回め鼓動だろう。かごめが生きていると心の底から実感する。
それだけの事がこんなに嬉しいなんて。
そう感じられるのは今、自分が“生きている”からこそだから・・・。
「犬夜叉・・・。桔梗にも“鼓動”はあるよ・・・。桔梗の心を死なせちゃいけない・・・。犬夜叉の“命”じゃなくて“心”で救わなくちゃいけないね・・・」
かごめの心が鼓動と一緒に伝わる。犬夜叉の命に。心に・・・。
ピクン、ピクン、ピクン・・・。
母のお腹にいる時の様・・・。
自分の誕生を待つ・・・。
生きることを強く望んで・・・。
「犬夜叉・・・。もういいかな・・・。手・・・離しても・・・」
「もう少し・・・。もう少しこのままで・・・」
「・・・。うん・・・。あたしも・・・。もう少しこのままで・・・」
お互いが感じ合う。
生きてること 。
今、ここにいること・・・。
命の音と言葉で・・・。
二人がの命が・・・一つになる・・・。
魂と魂で・・・。