こんなに穏やかな夜なのに・・・。
頼もしい仲間も、
一番大切な人も側にいるの。
なのにひどく不安になる。
ただ、無性に心持ちが月に架かる黒い雲の様に不安定になって・・・。
眠れない。
湖のほとりで野宿している犬夜叉一行。
かごめは寝袋から静かに抜け出し、湖のほとりを一人歩いていた。
波音も無いくらいに静かだ。
そして、小さな星々は遠くに見えて・・・。
こうしてじっくり一人になるのは久しぶりだ。
かごめは太い流木に腰を下ろす。
「ふう・・・」
四魂の玉を七人衆に奪われてから、かごめは現代へ一度も帰っていない。
「きっとおじいちゃん達心配してるだろうな・・・」
かごめの家族達は、何が在ろうとかごめは帰ってくるだろうと信じているだろう。
「・・・」
かごめは急に自分のこのホームシックの様な感情が恥ずかしくなった。
珊瑚や弥勒、七宝は自分とは違い、それぞれ家族もなくし、それでも皆運命に負けじと闘っているのに・・・。
そう思うと・・・。やはり自分はこの時代の人間じゃないことをどうしても感じてしまう。
500年前にいるという現実。それを『運命』という言葉で括るのはあまりに簡単すぎる。
犬夜叉のこと、桔梗のこと、四魂の玉の事・・・。
偶然のめぐり合わせではない確かな“何か”を感じてならない。
自分が桔梗の生まれ変わり・・・。
外見が似ている、桔梗と同じ邪なものを浄化するという力を持っている。共通することはそれだけで、自分が昔は桔梗だったという実感がまるでない。いや、ないという事実の方が遙かに自然に感じる。
もし、自分が・・・桔梗の生まれ変わりでなく、他の誰かだったとしたら・・・。
500年前のこの月を今、見ていないのだろうか・・・?
桔梗の生まれ変わりではなかったら自分は犬夜叉と出会ってはいなかったのか・・・。とうことは、犬夜叉と自分の出逢いはもしかしたら桔梗の魂が呼び寄せたから・・・?だったらはあたしは・・・。
「・・・」
かごめは鬱な思考をかき消すように激しくクビを横に振った。
「あー!もう!何考えてんの!あたし!!」
今日の夜空はどこか重たい・・・。
綺麗だった月に黒い重い雲がかかっていた。
そのせいだろうか。訳もなく、不安な気持ちになる。
理由のないこの不安感。
あてもなく森の中を彷徨っている様な行き場のない不安感は、心の奥にある嫌な感情を呼び覚ます。
「あたしはあたし・・・。日暮かごめ 15歳、受験生!只今、戦国時代にて妖怪・奈落を倒すべく只今、仲間と共に旅の途中!恋も順調に・・・」
『順調』なんて言葉は当てはまらなく・・・。
遙かに・・・前途多難・・・。
「・・・」
何かが歯がゆくて。何かが不安で。
ずっと消えはしないこの自分でも嫌な感情があふれそうで、必至に闘う。この感情と・・・。
「何。一人でぶつぶつ言ってンだ」
かごめがいなくなり、すぐさま後を追ってきた犬夜叉。
かごめはすぐに気持ちを切り替えようと笑って犬夜叉に振り向いた。
(こんな気持ちでいたなんて犬夜叉には知られたくない・・・)
「犬夜叉こそどうしたの?」
「お、俺はおめーが急にいなくなるから・・・」
「あ、ごめんね・・・心配かけて。何だか眠れなくて・・・」
「・・・。かごめ、お前、昼寝でもしたのかよ?」
「・・・」
鈍感、いや、洞察力のなさならばきっと日本一だと思うかごめ。
まぁそれが犬夜叉らしいといえば、そうなのだが・・・。
「犬夜叉は・・・。眠れないなんて事ないよね」
「あったりめーだ!いつどこから妖怪どもが襲ってくるかわんねーしな!だから、いつもお前らは安心して寝てられんだよ」
「・・・。そうですね・・・」
「何だよ。浮かない顔して・・・。お前こそ、ここで一人座って何考えてたんだ・・・?」
「うん・・・。色々・・・」
かごめの少し虚ろな瞳に犬夜叉は・・・。
「かごめお前・・・。もしかしてまだ、心がどっかいっちまったのか!?まだなおってなかったのか?!」
犬夜叉は心配そうにかごめを見つめる。
「う、ううん。もう全然平気だってば。不安になったりするっていうことはちゃんと『感情』があるって証拠でしょ?だから大丈夫よ」
「不安って・・・。かごめ、お前、不安なのか?」
「えっ・・・」
犬夜叉は更に心配そうに、かごめをみつめる。
かごめが不安になると自分も不安になる。
不安にさせているのは自分なのが分かるから。
そしてかごめが“何”に不安なのか・・・。
側にいるのに、かごめの心が見えない。
悲しませているのも、苦しめているのも自分なのに・・・。
こんなに近くにいても、かごめの心の奥にあるものを知る事は自分にはできなくて・・・。
「・・・。ちょっと・・・ね・・・。ここ・・・。あんまり静かだから色々・・・考えちゃって・・・。でも贅沢だよね。珊瑚ちゃんや弥勒さま七宝ちゃんもいるのに・・・。自分の感情だけに振り回されるなんて・・・」
「かごめ・・・」
「普段は偉そうに犬夜叉のこと怒ったりするけど、人のこと言えないよね。あたしも自分だけのことしか考えてなくて・・・。えへへ・・・」
かごめの切ない笑顔が痛い・・・。
こんなとき素直に、かごめを抱きしめてやりたいと強く思うが、妙な意地が先立って何もできない。
「あ・・・。きれい・・・」
かごめは足下に落ちていた、空の巻き貝を拾う。
真っ白だ・・・。
それを耳に当ててみる・・・。
「?なにやってんだ?」
「波の音聞いてるの・・・」
「そんなもんの中から聞こえるのか?」
「耳を澄ませばね・・・」
貝の中から聞こえてくる微かな音を聴く・・・。
空気がかすれるような音。
それでも、目をつむり音に集中すると、妙に心が落ち着く・・・。
嫌な感情も忘れて・・・。
「おいかごめ・・・」
「犬夜叉、あんたも聴いてみる?」
かごめは犬夜叉の耳にも貝をあてる。
「何もきこえねぇじゃねぇか」
「そう・・・?ま、あんたには分かんないかもね」
「どういう意味でい!」
「ふふ・・・。でもやっぱりあんたとこうして笑っているのが一番ホッとする・・・」
「・・・」
“それは俺も同じだ”
そのセリフを言いたくて。口まで出かかっているのに、いつも肝心な一言が言えない。
もどかしい自分。意地っ張りな自分。
全部捨てて時には、大切な人に自分の本音をぶちまけたい。
耳元で、普段は言えないような恥ずかしいセリフでもなんでもささやきたい。
照れも意地もすてて、大切な人に・・・。
「・・・。眠れない夜があったっていいじゃねぇか・・・」
「え?」
「ねむっちまったらもったいない・・・。お・・・お・・・お前とこうしていられるから・・・」
「犬夜叉・・・。ぷ・・・。くはははは・・・。なんか犬夜叉らしくないセリフ・・・」
「わ、わらんじゃねぇ・・・!!」
照れながら、話す犬夜叉が可愛くて可愛くて笑ってしまう・・・。
必死に励まそうとしてくれるのがわかるから・・・。
「た・・・たまには俺だって・・・」
「・・・。じゃあ・・・。5分だけ・・・甘えても・・・いい?」
「え・・・?」
フワリ・・・。
あぐらをかく犬夜叉にかごめは、そっと頭を乗せ、横になった。
「な・・・」
「ごめん・・・。嫌ならやめるから・・・」
「べ・・・。別に・・・」
そんなわけがない。
愛しいかごめの顔が、
優しい瞳目が
柔らかそうな唇が
自分の膝の上に・・・。
胸の奥で高鳴る衝動を必死に抑える自分。
でもだめだ・・・。
少しだけあふれ出る衝動が犬夜叉の手をかごめの髪に触れさせて・・・。
「あ・・・。あんまり触らない方がいいよ・・・。ぼさぼさだし・・・」
「う、うるせえ・・・。黙ってろ・・・」
「うん・・・」
かごめの髪は、作りたての真綿の様に柔らかく、サラサラで・・・。
髪が流れに合わせて犬夜叉は・・・かごめの髪に手を滑らせる・・・。
耳の横のほつれがみをそっと耳にかける・・・。
「・・・ちょっとくすぐったいな・・・」
犬夜叉は何も言わない・・・。
今はお互いを触れあうことしかなくて・・・。
犬夜叉の手の甲をそっとかごめの頬にあてた・・・。
「少し・・・つめてぇ・・・」
「うん・・・。でも犬夜叉の手があったかいから大丈夫・・・」
「・・・。けっ・・・」
目も・・・。
頬も・・・。
髪も・・・。
全部今だけ自分のもの・・・。
かごめの目も かごめの頬も かごめの髪も・・・
それを確認するように犬夜叉は手の甲で、撫でる・・・。
みずみずしくて、はじける様な肌。
何もかも・・・。忘れるほどに・・・。かごめの全部が愛しくて・・・。
人差し指でなぞる唇さえ・・・。
「・・・やっぱりくすぐったい・・・。でも・・・」
でも・・・。
「とっても・・・気持ちいい・・・」
あったかい犬夜叉の手・・・。
好きな人に触れてもらうのがこんな嬉しいなんて・・・。
こんなに切ないなんて・・・。
体がふわふわしてきて・・・。
夢の中にいるみたいに・・・。
「犬夜叉・・・」
「なんだよ・・・」
「眠れなくなったらまた・・・こうして欲しい・・・な・・・」
「・・・。だったらずっと眠るな・・・。俺だけ・・・。見てろよ・・・」
「う・・・ん・・・」
“愛してる”
絶対に自分は口にしないような言葉で二人の胸は一杯で・・・。
言いたい。言いたい。けど、どうしても言えなくて・・・。
そんなもどかしささえ、愛しい。
言葉はいらない。今はこの夜が明けないでと願って・・・。
今だけ・・・。強烈に触れあいたいという願いを許してください・・・。
黒い雲から顔を出した月に願って・・・。二人はいつまでも、互いを見つめ合っていた・・・。
※
「・・・ってやっぱし・・・。ねちまいやがった・・・」
いつのまにか閉じてしまったかごめの瞳・・・。
それにしても・・・。
可愛い寝顔が自分の膝に・・・。
静かな寝息さえ、たまらなく可愛く・・・。
どんな夢をみているんだ・・・?
眠れないと言っていたかごめ・・・。
「かごめ・・・」
眠れる夜も眠れない夜も・・・。お前と一緒にいたいよ。ずっと・・・。
限られた時間なら・・・。
限られた時間だから・・・。
かごめ・・・。
愛してる・・・。
その想いをこめて犬夜叉は再び・・・。
かごめの髪を何度も何度も撫でた・・・。