奈落の城。
一度中に入れば、死骸と強い邪気に満ちている。
誰もない。生気などなく、どんより重たい闇だ。
「ちっ・・・。いつもながらこの城は居心地わりぃねぇ・・・」
城の人間の骨を蹴飛ばす神楽。
奈落がいる部屋をふと覗く・・・。
(・・・ん?)
格子の間から漏れる、月明かりに照らされる奈落・・・。
暗闇に浮かぶ月を見ているようだ。
(・・・アイツでも物思いに耽ることあるんだねぇ・・・。ま、あたしには関係ないけど・・・)
神楽がその場を去ろうとしたとき。
「神楽。そんなにワシの顔に見とれているのか?」
「!」
奈落の声にビクッとする神楽。
「な、なにさ・・・!」
「・・・。かごめをここに連れてこい」
「かごめを・・・?なんだい。また何か企んでるのかい?」
「余計な詮索はするな。とにかくかごめ一人、ここに連れてくればよいのだ。犬夜叉に気づかれずにな・・・。フッ」
神楽は不気味に微笑む奈落にゴクッと唾を飲んだ。
「・・・わかったよ。ちっ。人使いの荒い奴だぜ・・・!」
舌打ちしながらも神楽は奈落の言うとおり、かごめの元へ向かった・・・。
そしてまた、月を見上げる奈落・・・。
かごめを連れてこいと言ったその真意は一体・・・。
「よいしょっと」
リュックを背負ったかごめが井戸から出てきた。
「ふう・・・。遅くなっちゃった。犬夜叉の奴、また怒ってるかな・・・」
かごめが楓の小屋に向かおうとしたその時。
ビュウッ!!
「きゃ!何!?」
突風が吹き、目の前に神楽が現れた!
「か、神楽!?」
「久しぶりだねぇ」
かごめはとっさに弓を構えようとするが神楽に腕をぐっと掴まれる。
「な、なにすんのよ!!また何か企んでるの!?」
「暴れんじゃないよ。お前を連れてこいって言われただけさ。一緒に来て貰うよ!」
かごめは神楽の風と共に、奈落の城へと連れて行かれてしまった・・・。
井戸の前にリュックだけを残して・・・。
「きゃ・・・!!」
ドサッと乱暴に広い座敷に放り投げられるかごめ。
「痛いじゃないの!あたしをどうする気!?」
「ったく小うるさい女だねぇ。おとなしくしてりゃ生かしといてやるさ。あたしはただ奈落にお前を連れてこいって言われただけなんでね」
神楽はかごめの背中の矢を奪い、扇を広げてどこかへ行ってしまった・・・。
「・・・」
一人広い部屋に残されたかごめ・・・。
目の前は真っ暗で、強い邪気しか感じなく・・・。
(・・・。どうしよう・・・。矢を取られてしまった。それにしても・・・一体・・・。奈落は何を・・・)
不安な気持ちを抑えつつ、かごめはギュッと拳を握る・・・。
「久しぶりだな。かごめ」
「!!」
暗闇の中からすぅっと奈落の長い髪が現れ、不適に笑う奈落が出てきた・・・。
「奈落・・・!あんた、一体何を企んでるのよ!!」
「ふっ・・・」
「な・・・何が可笑しいのよっ!?」
かごめの顔をじっと見つめ、腰を下ろしてかごめの顎をくいっと持つ奈落・・・。
「同じ顔をしていても、全く違うものだな・・・。お前と桔梗は・・・」
「・・・。何いってんのよ!!あたしに触らないでッ!!」
パンッ!
かごめは思い切り奈落の頬を打った・・・。
キッとにらみつけるかごめ。
「・・・。フッ。フハハッハ・・・!!」
奈落は不気味に高笑い・・・。
かごめの不安は一層深くなる。
「フッ・・・。威勢がいいな・・・。かごめ・・・。お前はどうして犬夜叉のそばに居るのだ?」
思いも寄らない奈落の問いにかごめは驚く。
「お前だって知っているはずだろう・・・。犬夜叉と桔梗の絆を・・・。断ち切れない・・・。なのになぜお前は犬夜叉のそばにいる・・・」
「あ、あんたに応える筋合いはないわッ!!」
「悔しくはないのか・・・?憎くはないのか・・・?あの二人のせいでお前はどれだけ心を傷つけられたか・・・。少なからずワシには分かるぞ・・・」
再び顔を近づける奈落にかごめは手を挙げようとしたが、グッとつかまれてしまう・・・。
「・・・。ふっ。気の強さは桔梗と同じだな・・・。だが所詮お前は桔梗の生まれ変わりに過ぎない・・・。犬夜叉との間には割り込めぬ・・・」
一瞬かごめは奈落の瞳が切なげに見えた・・・。
「余計なお世話よ!!あたしはあたしよ!!あたしの意志で犬夜叉の側にいるのよ!!アンタなんかには一生かかってもわからないわッ・・・!!」
かごめは奈落に両手をグッとつかまれたまま身動きが取れない・・・。
「分かりたくもないわ・・・。強がりはよせ・・・。ふっ。どうだ・・・?かごめ。お前ワシの元へ来ぬか・・・?」
「・・・じょッ冗談じゃないわよッ!!何さっきから寝言ばっかり言ってんのよ!!」
「ワシの所にくれば妙な嫉妬はもうせずにすむ・・・。どうだ?手を組まぬか・・・?お前が協力すれば邪魔な桔梗を消せるぞ・・・?」
「・・・!」
奈落の言葉にかごめの心はドキンと波打った。
確かに・・・。犬夜叉と桔梗を見ているのは辛い・・・。
逃げ出したいときもある・・・。
でも・・・。
でも・・・!!
「・・・。言ったでしょ・・・。あたしはあたしの意志があるって・・・。自分の決めた事から逃げたくないだけよ!!それだけなのよーーッ!!!」
「!」
バチ・・・ッ!!
かごめの霊力が奈落の体をはじき飛ばした!!
「・・・。その力・・・。ワシの体を貫くその力・・・。脅威だが・・・。手に入れたいものだ・・・」
更にかごめに近づこうとする奈落・・・。
(犬夜叉・・・!!!)
「・・・!おい、奈落!いいところちょいと邪魔するが、犬夜叉の奴らが来たみたいだぜ?ついでに何でか殺生丸もこっちに向かってるとさ。どするんだい?」
「・・・」
奈落はかごめから離れ・・・。
「・・・。桔梗もお前もいつか我が手中に収めてやるぞ・・・。フフ・・・。行くぞ。神楽・・・」
「・・・。だ、誰があんたなんか・・・ッ!」
怪しく笑いながら奈落と神楽は闇に消えた・・・。
「かごめーーーーっ!!」
ほぼ同時に犬夜叉達が駆けつける。
「犬夜叉・・・」
「かごめ・・・。怪我はねぇかッ!?平気か!?」
「う・・・うん・・・」
犬夜叉はかごめの無事を確認すると安堵の表情を浮かべた。
「にしても奈落の野郎・・・っ!!かごめを怖い目に遭わせやがって!!今度面拝んだ時はぶっ殺してやる・・・!!」
鉄砕牙を握る手に力が入る犬夜叉・・・。
「かごめ、すまねぇ。あぶねぇめに遭わせて・・・。楓の小屋に戻ろうぜ・・・。やすまねぇとな・・・」
「うん・・・。ありがとう・・・」
犬夜叉に背に乗り、かごめは奈落の城を離れた・・・。
犬夜叉の背中の温かさに安心していた・・・。
けれど・・・。
かごめは制服の袖をそっとめくる・・・。
奈落に握られたあ跡がくっきりと赤く残っていた・・・。
(・・・)
”ワシの元へくればもう傷つかずにすむぞ・・・?”
その時の奈落の瞳が焼き付く・・・。
不気味さとその奥にある切なさと・・・。
(・・・。奈落。あたしはあんたとは違うわ・・・。あたしは・・・)
かごめの思いとは裏腹に・・・。
手首の跡は暫く消えなかった・・・。
奈落の屈折した想いの様に・・・。