冷たい手

数多くの料亭が営まれている集落『花 子夢』。

『花子夢』では武士も庶民も商人も関係い、

歌い踊り、酒を飲む。

とんちんしゃん・・・。

三味線の音色が響く。

鮮やかな着物をきた芸者達が舞う。

『花子夢』

町の名前の通り、芸者達はこの町の花だ。

鮮やかに咲く花。

一夜の夢を見るところ・・・。

「おっ。そこのお侍さん!一杯やっていかないかい?」

中年の女中が通り過ぎた一人の男に声を掛けたが一向に無視。

「ちょいと無視するなんて!うちの店を無視するなんて言い度胸じゃないか。うちには『花子夢』一の芸者・かごめ姐さんがいるってのにさ!」

男はピタッと止まり、振り向いた。

銀の色の腰まである長い髪・・・。

細く冷たい視線で見下ろされる女中は息をのんだ。

「今、かごめ・・・とか言ったな・・・。この店にいるのか・・・?」

「・・・い、いますとも・・・。かごめ姐さんなら・・・」

「・・・」

男は女中の着物の襟をパッと離した。

腰を抜かす女中。

「・・・寄ってやる。案内しろ」

男は料理も芸者もなにも注文しなかった。

ただ・・・。一言。


「かごめという女をここに呼べ」

恐ろしく冷たい声で言った・・・。

腰には大きな剣を差して・・・。

”だたの侍じゃない”

直感した女中は、かごめに取り次ごうかどうしようか迷った。

「銀髪の男・・・と言ったわね?はつ(女中の名前)」

「かごめ姐さん!」

廊下でひそひそ話している女中達の後ろから、湯上がりの浴衣をきたかごめが。

「でも姐さん、あの男・・・。何だか危険な気がします。血の匂いがして・・・」

「大丈夫よ。はつ。これでも武芸も嗜んで(たしなんで)いるわ。それに・・・。多分その侍は私も知っている人かもしれないの・・・」

そう・・・。

同じ銀色の髪をした男を自分は知っている。

今はもう・・・自分の側にはいないけれど・・・。

「姐さん、くれぐれも気をつけてくださいませっ。隣の部屋にうちの男達をつけておきますから・・・」

「ありがとう」

かごめは浴衣から、桃色の着物に着替えた。

桜の花が舞う絵柄・・・。

かごめの一番好きな着物だ。

かごめには銀髪の男の目的がわかっていた。

何故自分を訪ねてきたか・・・。

白粉を塗り、紅をさす・・・。

芸者・かごめとして、凛とした面もちでかごめは男の部屋に向かう・・・。



「・・・来たか」

人の気配を感じた男・・・。

「かごめ、参りました」

「・・・入れ」

細い指で障子を開け、膝をついて静かに閉める。

上座に座る男の前にかごめは三つ指をついて挨拶。

「ご指名頂きましたかごめでございます」

かごめが顔を上げると・・・。

確かに髪の色は銀の色。

しかし、かごめがしっている男とは似てもにつかない・・・。

”何だかあの男からは血の匂いがするんです・・・”

訳ありの男達をかごめは何人も見てきている。

血の匂いだけではない・・・。

この男からは・・・。


人の『温度』が感じられない・・・。

「お前が『かごめ』か・・・?」

「そうです。貴方様のお名前も存じ上げております。表の顔は気高い貴族様。しかし裏の顔は”100人斬りの銀狼の殺生丸”その刃に懸かった者は血すら斬られてしまう・・・と」

「ふっ・・・。余計な説明はいらない様だな・・・。ならば話は早い。犬夜叉はどこだ」

「・・・」

殺生丸は犬夜叉の兄。

かごめは以前に殺生丸の事を聞いていた・・・。

殺生丸は犬夜叉が持ち出した名刀『鉄砕牙』を探していると・・・。

「申し訳在りませぬ。犬夜叉の行方は知りません」


ヒュンッ・・・!


一瞬、閃光が走った。

腰から抜かれた刀・・・。

結ったかごめの髪がほどけ・・・。

黒い髪が・・・一房畳に落ちた・・・。

ふわりとした真綿の様な髪が下ろされて・・・。

「・・・言わぬとその『この町一の美貌』が傷つくぞ・・・。私は女とて容赦はせん・・・」

「・・・。例え知っていても教えませぬ。人を売るような真似は絶対にできません」

チャキ・・・。

瞬時にかごめの後ろに回り込み、背中から喉につきつけられた刃・・・。

まるで鏡の様に自分の顔が刃に映る・・・。

「言え・・・。でないと・・・。斬る」

冷たい・・・。

刃先・・・。

少しでも動けば血が出るだろう・・・。

しかしかごめは微動だにせず、恐怖を感じているような面もちではない。

「『名刀鉄砕牙』この世のありとあらゆるものを斬り捨てる・・・。ですが、目に見えぬものは斬れませぬ。人の心、想いは・・・。貴方はそんなに犬夜叉が憎いのですか?」

「・・・」

かごめの問いに・・・。

殺生丸は応えない・・・。

かごめはそっと刀を握る殺生丸の手を包んだ。


「・・・何の真似だ?」

「冷たい手・・・。まるで氷のよう・・・。でもこの下に流れる血は皆温かい筈・・・。人を殺めてきた人とて変わないもの・・・」


「・・・」


払えない・・・。

かごめの手を払い、刀をもっと腹に突きつけることもできるのに・・・。


握られた手を払えない・・・。


不思議な感覚・・・。


妙に心が落ち着く・・・。


何事も動じない殺生丸の心が動揺している・・・。


「・・・。殺生丸様。例えあなたが何人人を殺めても、その人の心までは斬れぬ事を承知してください・・・。私をこの場で斬ったとしても・・・。私の心は消えませぬ。この町が在る限り」

「・・・」


殺生丸はかごめから刀を離し、鞘に収めた。

「・・・。もういい。女に構っている程私は無精ではない。犬夜叉の行方など自分で追う・・・」

殺生丸は静かにたち、部屋を出ようとした。

「お待ち下さい」

立ち止まる殺生丸。

「また・・・。お越し下さいやす。私の舞を是非お見せしとうございます」

かごめは柔らかく微笑んだ・・・。

「・・・。知らん・・・」


一言だけ言い残し・・・殺生丸は出ていった・・・。


「・・・」

斬られた髪を拾うかごめ・・・。

「・・・。似てない兄弟だけど・・・。無愛想なのは似ているわね・・・」

同じ銀色の髪。自分の元を去っていった犬夜叉・・・。

もう思い出だ・・・。

ただ、どこかで無事でいることを願うだけだ・・・。


一方、殺生丸は・・・。


河原で一人、自分の手を見つめていた。


”手の下に流れる血の温もりは皆同じです・・・”


冷たいはずの手のひら・・・。

だがかごめの温もりがまだ残り・・・火照っている・・・。


(なんなのだ・・・。この感覚は・・・)


他人の事など自分に刃向かうものは女だろうが容赦はしない。

だが・・・。かごめの手を払えなかった・・・。


いや・・・。もう暫くあのままでいたかった・・・。


(・・・馬鹿な・・・)

自分で否定しても心はかごめの温もりを忘れない・・・。


「・・・かごめ・・・か・・・。妙な女だ・・・」


その妙な女が気になる・・・。

”私の舞を見て欲しゅうございます”

「どんな舞か・・・。見てやろうじゃないか・・・。ふっ・・・」


長い銀髪を靡かせ・・・。殺生丸が人混みに紛れて消えていく・・・。


この直後から、『花子夢町』一の料亭「ひぐらし」に殺生丸の姿が頻繁に見られるようになったのだった・・・。