花の酒
チョキ・・・





摘んできた菊の花。





かごめが剣山に一本一本挿していく。






客間の生け花はすべてかごめは生けている。





それが女将としての仕事だからだ。








「・・・つまらねぇことしてやがる」






酒のつまみの生け作りを口に放り込んでごろんと布団に寝転がる蛮骨。





天下の七人隊の頭領・蛮骨が目の前にいるというのに
この女は恐れるどころか、蛮骨がいようがいまいが関係のない顔をして
自分の仕事を淡々とこなす







(度胸のすわった女だぜ)





普通なら多分、即斬っているはず。



だが、不思議にそんな気も起きず、こうして
かごめの側にいるだけで落ち着く自分に蛮骨は戸惑いを感じていた。







(それにしても・・・)






かごめのぴんと伸びた背筋。




白い手・・・







(これほどの女はそうはいねぇな・・・。男が群がるのも
無理ねぇか)






容姿だけでも”極上”な女はいない。





(だが所詮女は女・・・。男にとっちゃぁ一時の見る”夢”さ)




だが



”夢”は




あまりにも魅惑的で・・・




かごめの後姿をみつめながらお銚子の酒をぐいっと勢いよく飲み干す蛮骨・・・。








「・・・。蛮骨さま。お酒がなくなりましたか?ならば
もう一本おつけいたしましょうか?」








「いや。いい・・・。それよりお前・・・。花なんぞ生けてなにが楽しい」






「・・・花は・・・。花は元気をくれます。見ているものに
”懸命に私は咲いている”と・・・」






「・・・くっ・・・。お前らしい発想だな・・・。だが花はいずれ散る・・・」










ザンッ!!!








「!」







蛮骨は小刀でかごめの生けた白菊を切り裂いた・・・







「たわいもないだろう・・・。人も同じことだ。斬ってしまえばそれまで」







「・・・」






蛮骨はかごめがどう応えるか楽しくて仕方ない。




かごめの言ったことを否定することが・・・




思いもよらない応えが返って来るのがどこか快感になっている・・・





「・・・。私の心にはいまの白菊の花の記憶がくっきりと残っております・・・。
いくら蛮骨さまでも人の”こころ”までは斬れますまい・・・?」






かごめは少し皮肉っぽく微笑んだ・・・






「・・・くっ・・・」






かごめのこういうところが蛮骨は気に入っている。





男の帰りをひたすら待つ健気で儚い女ならどこにでもいる。




だが。




男と対等に向き合い、卑屈にならない強い女・・・




そんな女は初めてだ。







(もっとオレを驚かせろ。もっとオレを・・・)







子が親に何かを求めるように



蛮骨もかごめに何かを求めている







「・・・確かにな。お前の言うとおり目に見えないものは斬れん・・・。だが
思い出を”汚す”ことはできるぞ」








「きゃ・・・。何を・・・!」







蛮骨はかごめの手をぐいっと引っ張り、自分に引き寄せた。








「・・・今ここで。お前が待つ愛しい男に会えない体にしてやろうか・・・?」






「・・・」





シュル・・・。





帯をとる蛮骨・・・






「・・・。他の男のものになった女なんか、誰が抱くものか」







パサ・・・








襦袢姿(じゅばんすがた)にさせる・・・








かごめは抵抗もせず、ただ、蛮骨を射抜くように見つめる・・・









「・・・顔色一つ変えんところが苛苛させる・・・。お前は魔性か?それとも
ただ強がりだけの女か・・・?」






小刀をかごめの頬につきつけながら
足を撫でる蛮骨・・・









「・・・私はワタクシでございます・・・」







「・・・」





蛮骨の挑発に乗らず、かごめの強い意志を秘めた瞳は揺るがない。







小刀の刃先にかごめの小指が触れ、血が出た・・・



「私を傷つけてお気がおすみならそれでもよろしいでしょう。でも
約束してくださいまし・・・」





「何をだ」






「もう人は絶対に斬らぬと・・・。私で最後にすると・・・。
ならば私は喜んで斬られましょう」







「・・・斬られては犬夜叉にはもう会えないぞ」





「・・・私の愛した犬夜叉は・・・。瞼の奥に住んでおります。いつでも会えまする・・・」








”私が愛する”





そのフレーズに蛮骨の心はなんともいえぬ苛立ちを感じた。





(このオレが嫉妬・・・?ふっ・・・)





「・・・お前は・・・。本当にオレをイラつかせるのが旨いな。だが嫉妬というのも
悪くはねぇ・・・」








「・・・」








「お前の血の味はどんな味がするか・・・?かきたてられるな・・・」

















蛮骨はかごめの人差し指を口に含み
傷口の血を吸う・・・









チュッ









「・・・!」






吸われる感触にかごめが敏感にはんのうする・・・








チュッ





「・・・っ・・・」






肩をぴくっと震わせ・・・





自分が与える刺激に反応するかごめの姿に・・・






快感を覚える・・・







反抗的な態度でも。






愛の刺激には普通の女と変わらない、いやそれ以上に可愛らしい反応を見せるかごめ。







かごめという女にどんどん
のめり込んでいく自分を止められない蛮骨・・・









「・・・なんなら体に全部吸い付きたいところだが・・・。まだ完全にオレのものにはしねぇ。
”旨い酒”はじっくりあじわねぇと・・・」






徳利の残り酒をぐいっとのみほす蛮骨。






「もう人は斬らない。約束してやる。そして犬夜叉が戻るまで待ってやるぜ・・・。
お前の惚れた男の前で。お前を奪ってやる。お前を惚れさせてやる・・・」






「・・・」





「くっくっく。面白いだろ?これはお前とオレの勝負だ。
男と女はこうでなくっちゃな」








時々見せる少年のような微笑。




その奥にどのくらいの悪意と無邪気があるのか。




かごめは恐怖を感じながらも





どこか憎めないと感じていた。









「かごめ。次の酒飲みてぇ。付き合ってくれるだろ」






「はい。承知いたしました・・・」







天邪鬼。




お酒つきな少年。






つかみ所のない蛮骨に惹かれている自分を・・・




かごめは確かに感じていたのだった・・・








ひらり。




お銚子に花びらがおちた。