「どこへ行ったの?」
と仲間達に聞くが目線を反らされてしまう。
その瞬間、犬夜叉の行き先を察知したかごめ。
「もう全く。犬夜叉ッたら・・・。きっとそのうち帰ってくるよね。あたし、ちょっと散歩してくるね!」
仲間達に気を使わせないようかごめは小屋を出ていった・・・。
そんなかごめの後ろ姿を切なそうに弥勒と珊瑚は見送ったのだった・・・。
「・・・」
ぼんやり川面に映った自分の顔とにらめっこするかごめ・・・。
こんなことは初めてじゃないのに。
チクチク、ズキズキ痛む心は一年生だ。
(・・・。今頃・・・。二人は・・・)
こんな時に働く想像力なんていらない。
見たくもないシーンがかごめの心の中で無理矢理上映される・・・。
バシャン!!
川に映った自分の顔を消すようにかごめは思い切り水を叩く・・・。
バシャンッ
バシャンッ
バシャンッ!!
何度も何度も何度も・・・。
置き所のない想いをぶつける様に強く水面に打ち付けるかごめ・・・。
その速度は次第に速くなり・・・。
「ワァーーーーッ・・・・ッ!!!」
胸の内の切なさが声になってあふれ出した・・・。
大声を上げても堪らない気持ち。
壁に向かってぶつけても跳ね返ってくる。
置き場所は結局自分の心の中・・・。
かごめはしばらくうつむいたままだった・・・。
「!」
その時、背後から四魂のかけらの気配が!
振り向くと鋼牙がかごめをじっと見つめていた・・・。
かごめは出そうだった涙をささっと制服の袖口で拭い、鋼牙に笑いかける。
「鋼牙くん、どうしたの?いつからそこにいたの・・・?」
「・・・ずっとだ」
自分の心の葛藤を一部始終見られていたと感じ、かごめは恥ずかしさが込み上げた。
「・・・や・・・。やだな・・・。変なとこ見せちゃって・・・」
「・・・。何か・・・。あったのか?犬っころと・・・」
「・・・。ううん・・・。何でもないよ。何でも・・・」
かごめの小さな背中が震えているのに・・・。
何でもないわけがない・・・。
抱きしめてつつんでやりたい気持ちでいっぱいになる鋼牙だが・・・。
ただ突き進むつむじ風もかごめの前では消えてしまう・・・。
「鋼牙君、銀角さん達は?」
「俺の足についてくられなくてはぐれちまった」
「ふふ・・・。でも絶対についてくるって信じてるんでしょ?鋼牙君」
「まぁな・・・。足は遅くても仲間だからな・・・」
鋼牙は必死にかごめにかける言葉をさがしたが見つからない。
二人・・・。
ぼんやり暫く川を眺めていた。
考えてみたらこうして、かごめと二人、ゆったりと時間を共に過ごすのは初めてだ。
じっとかごめの横顔を見つめる鋼牙。
「かごめ」
「なあに」
「お前・・・。何で俺の事怖がらない?」
「え・・・?」
「俺達妖狼族は人間達を喰って生きてる一族だ。なのにお前はどうして俺のことを怖がらない?嫌がらない?」
ずっと感じてきた疑問。
自分は”人間”のかごめに惚れてしまった。
だがその自分は”人間”を『食料』としてきた・・・。
かごめは自分のことをどう思っているのか。
ずっとずっと気になっていた・・・。
かごめはこの問いにどうこたえるのか・・・。
鋼牙は少し緊張していた。
「・・・。鋼牙君は『鋼牙君』でしょ・・・?」
「・・・え?」
「最初に遭ったときは怖かった・・・。鋼牙君は本当は仲間思いを大切にしてるんだなってわかったの。だからこの人は根っからの悪い人じゃない信じられるって・・・」
思いがけないかごめの応えに鋼牙は驚いた。
「人間だってね・・・。動物の命を貰って生きてる・・・。妖怪の事を責められないかも・・・。でも鋼牙君はもう無闇に人間を襲ったりできる人じゃないって私そんな気がしたの」
「・・・。どうしだ?」
「どうしてって言われても・・・。鋼牙君はそういう人よ。あたしは信じてる」
鋼牙は何も応えられなかった。
ただ・・・。
”信じてる・・・”
かごめの言葉が鋼牙の心に響いた・・・。
仲間にも言われたことのない言葉だったから・・・。
「川の透明な水見てたら何だか入りたくなって来ちゃった。入っちゃお」
かごめは靴下をポイポイッとぬいた。
「わっ」
かごめのルーズソックスがなんと鋼牙の頭にひっかかる。
「あ、ごめん。鋼牙君・・・」
「・・・。い、いや。別に・・・」
仄かに甘いかごめの香りと温もり・・・。
(・・・いい匂いだな・・・)
鋼牙はしばしの間、かごめのぬぎたてのソックスをキュッと握って見つめていた。
バシャバシャッ。
かごめは足首まで水に浸かり、気持ちよさそうに浅瀬を歩いた。
「冷たくていい気持ち・・・。鋼牙君も入ったら?」
「お、俺は遠慮する」
「そう・・・?」
何だか今はかごめをここから見ていたい気分・・・。
太陽をいっぱい浴びるかごめを・・・。
きらきら・・・。
水面に反射する陽の光。
かごめが一層輝いて見える。
”信じてる・・・”
かごめに言われると心の奥がくすぐったくて。
(・・・。犬っころも・・・。こんな気持ちなのか・・・)
初めて感じる気持ち。
目の前で笑うかごめから目をそらせなくなって。
かごめの笑顔の側にいられる犬夜叉が急に憎らしくなってきた。
この心地よい太陽の陽のぬくもりを犬夜叉はいつも感じている・・・!
(・・・かごめ・・・ッ!)
バシャ・・・ッバシャバシャ・・・!
突っ走る感情のまま、鋼牙は川に入っていく・・・!
「鋼牙くん・・・?どうしたの?」
「・・・」
今、目の前に目の前に大好きなかごめがいる。
「鋼牙君・・・?」
くらくらするかごめの艶めかしい香り・・・。
愛しい香りが、鋼牙の中の”男”を狂わせる・・・。
「かごめ・・・ッ!!!!」
鋼牙にもう迷いはない。男の強引な腕力でかごめの引き寄せ、自分の懐に閉まってしまう・・・。
正面からかごめを抱きしめた感触は想像以上に柔かくて、もっと包み込みたいと思ってしまう・・・。
羽交い締めするようにかごめを抱きしめる・・・。強く。強く・・・。
「こ・・・。鋼牙君、いた・・・い・・・。鋼牙君・・・」
離れようとするかごめを更に隙間がないように閉じこめる。
もうどこにもやらない。
どこにも・・・。
「・・・。犬夜叉・・・ッ」
「!」
その言葉で、かごめを絞めていた鋼牙の腕が少し緩んだ。
鋼牙の中で暴走しかけていた”何か”が止まった・・・。
「・・・。かごめ・・・」
「・・・」
かごめは鋼牙から少し離れ・・・脱いだ靴下をはいた。
「・・・すまねぇ・・・。かごめ、俺・・・」
「・・・」
かごめは何も言わない・・・。
何も・・・。
その沈黙が鋼牙には尚更痛い・・・。
「・・・。すまねぇ。かごめ。俺・・・。何だか訳が分からなくなっちまって・・・。お前を困らせるつもりはなかった・・・」
「・・・」
「・・・。すまねぇ・・・。すまねぇ・・・」
子供のような掠れ声にかごめは鋼牙に振り向いた。
「・・・。鋼牙君・・・」
「・・・。かごめにはそんな顔させたらいけねぇのにな・・・。お前は笑ってるのが一番いいのに・・・」
そうだ。
かごめの笑顔を守るのが俺の役目なのに・・・。
鋼牙の心にに自責の念の津波が襲う・・・。
「かごめ・・・。もう馬鹿なことはしねぇから・・・。だから笑ってくれねぇか・・・。笑ってくれ・・・」
犬夜叉に向けられている笑顔をほんの少しだけ・・・。
かごめはフッと朗らかな笑顔を鋼牙に見せた・・・。
「・・・。かごめ・・・」
かごめの笑顔を心に焼き付ける鋼牙・・・。
「じゃあかごめ・・・。本当にすまなかった・・・。じゃあな・・・」
鋼牙が背を向けたとき、かごめは呼び止める。
「鋼牙君!!」
立ち止まる鋼牙。
「・・・。また・・・。一緒にここで空・・・。見てくれる・・・?」
「・・・」
鋼牙は何も言わず、ただ右手をスッと挙げて、つむじ風と一緒に走り去った・・・。
(・・・鋼牙君・・・)
かごめの鼓動は明らかに早く打っている。
鋼牙の腕の強さがいまでも体に残って・・・。
(・・・だめ・・・!ドキドキしちゃ・・・。あたしは犬夜叉が・・・)
かごめの意志を無視するように鼓動はまだおさまらない・・・。
鋼牙の強引さに・・・。
激しく揺れる・・・。
また抱きしめられたら・・・。
きっと拒めないかもしれないとかごめは思った・・・。
(ドキドキ止まれ・・・!止まれ・・・)
しかしかごめの鼓動は止まらない・・・。
止まらなかった・・・。