長い間お前だけを見てきた・・・。
お前の気持ちが他の男にあった時も・・・。
だけどもう限界だ。
お前の許しはいらない。
俺はお前を・・・奪う。
霧雨の中・・・。
鋼牙とかごめ・・・。
紫陽花の花が咲く寺庭を赤い番傘を差して二人・・・。ゆっくり歩く・・・。
静かな寺・・・。
湿った冷たい空気が心を落ち着かせる。
紫、蒼・・・。
沢山の紫陽花が咲いている・・・。
しっとりと雨の露で濡れた花びらは一層、紫陽花の美しさを引き立てて・・・。
「綺麗・・・」
かごめはしゃがみ、そっと紫陽花の香りをかぐかごめ・・・。
「かごめ。お前は本当になんにでも驚いたり喜んだりするんだな」
「鋼牙さまったらそれ、誉めてるの?もう・・・」
「ふはは。誉めてるに決まってんじゃねーか。お前をみていると飽きねぇよ・・・」
「・・・やっぱり誉められてる気がしないな。でも一応、誉め言葉ってことにしておくね。ふふふ・・・。あ、雨蛙!かわいい!」
紫陽花の葉にひょこっと緑色の蛙が一匹・・・。
蛙一匹にこんなに楽しそうな顔をして・・・。
くるくるいろんな顔をするけれどやっぱりわらったかごめが一番・・・
愛しいと思う鋼牙だった・・・。
「・・・痛・・・ッ」
かごめが痛そうに右足の指をさすっている。
「かごめ、どうした!?」
「ちょっと下駄の鼻緒が指に食い込んで・・・。でも大丈夫たいしたことないわ」
「たいしたことねぇって・・・。ともかく見せてみろ」
鋼牙はしゃがみ、かごめの下駄を脱がせ、そっと右足を持った・・・。
小指の付け根が赤く染まり少し血が滲んでいる・・・。
「傷が広がっちゃいけねぇな・・・。かごめちょっと沁みるかもしれねぇが我慢しろよ・・・」
「えっ・・・」
チュッ・・・。
小指の傷口を自分の口に持っていく鋼牙・・・。
傷口の中心をを吸われる感覚が全身に走ってかごめの鼓動を早めた・・・。
熱くて・・・。
熱くて・・・。
足の先まで熱くて・・・。
体が火照りそう・・・。
ビリッ。
鋼牙は自分の着物の袖を引きちぎりかごめの小指に巻きつけた。
「これでよし・・・。じき、血は止まるぜ。」
「ごめんなさい。鋼牙さま・・・。大切な着物を・・・」
「へっ・・・。この位破けれたほうが俺らしくていいぜ」
「鋼牙さま・・・」
少年のようにはにかむ鋼牙の笑顔がかごめは好きだ。
まっすぐで・・・。
「うっし!かごめ、おぶんしやる!」
「え!?ちょ、ちょっと・・・」
無理やりかごめを背に乗せ、鋼牙は境内を走り回る。
「こ、鋼牙さま、お、降ろしてったら!もうっ」
「ふっ。いいが、降ろしたらかごめ、おめぇびしょぬれだぞ」
「・・・」
石畳には水溜りが・・・。
「ふはは!それにしてもかごめ、おめぇ結構重たいなー!」
「もうー!鋼牙さま!おなごにそんなこと言うもんじゃないわよ!」
「ふはは・・・」
傘もささず、鋼牙はかごめをおぶったまま境内を走り回る。
二人で笑いながら・・・。
だから冷たい雨もあったかい・・・。
お互いのぬくもりを感じているから・・・。
「わ・・・っ。急にひどくなってきやがった・・・!」
雨は本降りになってきた。
鋼牙はかごめをおぶったまま古寺に駆け込んだ。
古寺の中は無人。
奥に釈迦像が一体奉られていた。
「あーあ・・・。びしょ濡れ・・・」
鋼牙とかごめは水分で重たくなった着物を絞った。
「くしゅんッ」
可愛いくしゃみがひとつ。
鋼牙はすぐに釈迦像の横に置いてあった蝋燭(ろうそく)に火をともす・・・。
「かごめ、すまねぇ。つい雨の中浮かれちまって・・・」
「ううん・・・。私も楽しかった。雨がこんなに気持ちいいなんて思わなくて。鋼牙さまが雨っていいなって思わせてくれました。だから平気・・・」
「かごめ・・・」
もかごめの笑顔は鋼牙の心を捉えて離さない・・・。
「寒くねぇか?こっちにこいよ・・・」
鋼牙は愛しいの笑顔を自分の懐へ寄せ、包んだ・・・。
「鋼牙さまの胸はあったかいな・・・。広くて・・・。安心する・・・」
二人、身を寄せ合い・・・じっと蝋燭の炎を見つめる・・・。
小さい炎を・・・。
炎をじっと見つめるかごめの瞳・・・。
その瞳の奥には・・・。奥には・・・。
誰が映っているのだろう。
誰が・・・
「・・・。かごめ・・・。お前・・・まだ・・・。あいつの事・・・」
鋼牙はそこで聞くのを止めた。
聞くのが怖い・・・。
怖いのだ・・・。
「鋼牙さま・・・。私・・・」
「言うな・・・!わかっているから・・・。お前の気持ちは・・・!」
鋼牙はかごめの言葉をさえぎるように強く、強くかごめを抱きしめた・・・。
「かごめ・・・。お前の心の片隅でいい・・・。片隅でもいいから俺に・・・居場所をくれねぇか・・・」
「鋼牙さま・・・」
「ほんの少しでいいから・・・」
鋼牙の切ない声が痛い・・・。
鋼牙の声が痛い・・・
痛くて・・・。
「・・・。片隅なんかじゃない・・・」
「え・・・?」
「片隅なんかじゃない・・・。私の心には・・・。鋼牙さまがちゃんと・・・。います・・・。だからそんな悲しい顔しないで・・・」
かごめはそっと両手で鋼牙の頬に触れて呟いた・・・。
これは夢ではないか・・・。
今の言葉は夢ではないか・・・。
鋼牙の心は喜びと焦りで激しく揺れた。
「・・・嘘じゃねぇな・・・?今の言葉うそじゃねぇな・・・?嘘っつっても・・・もう俺は・・・。俺は・・・かごめ・・・ッ!」
ガタン・・・ッ!
かごめを抱いたまま二人は倒れ・・・。
その拍子に蝋燭も倒れ、炎が消えた・・・。
真っ暗闇・・・。
格子から細く入る薄明かりで見えるのは・・・。
まだ少し濡れたお互いの瞳だけ・・・。
「かごめ・・・。もう・・・俺はとまらねぇ・・・。お前の心に誰がいようと俺はお前を奪う・・・。お前が許さなくても俺はお前の全てを・・・奪う・・・」
鋼牙はスッとかごめの簪をとり、ふわりと柔らかな髪が床に流れた。
「もう・・・容赦はしねぇ・・・。もう・・・だれもやらねぇ・・・。この髪も・・・。唇も・・・」
鋼牙は静かにかごめの唇をなぞってそして・・・。
「ん・・・ッ」
激しく唇を塞いだ・・・。
愛しいという感情を注ぎ込むように・・・。
激しく相手を求める心はまだとまらない・・・
激しく燃える炎の様に。
全てが欲しい。
体も心も全て・・・。
「かごめ・・・。俺・・・寒い・・・。あっためてくれ・・・。お前の肌で・・・」
シュル・・・。
そっと帯を解き・・・。
濡れた着物を開く・・・。
涙が出るほどに綺麗な肌が現れ・・・。
鋼牙はその全身を宝物を抱えるように包んだ・・・。
「かごめ・・・。やべぇぐらいお前が・・・好きだ・・・。かごめ・・・」
まるで呪文のようにかごめの耳元で何度もそう呟きながら・・・。
二人は甘く、切なく激しく・・・。
互いを求め合った・・・。
雨が止むまで・・・。