秘密雨

絶対に秘密の一夜。

雨が降り、きっと何もなかったように洗い流してくれると思っていたのに。

忘れられない。

あの一夜・・・。


「すまねぇかごめ・・・」

ご神木の前。

犬夜叉はかごめにそう一言言い残し・・・。

桔梗に会いに行ってしまった。

行ってしまった・・・。


何度だろう。

何度だろう。

犬夜叉の背中をこうして見送るのは。

行って欲しくないのに 止めたいのに


止められない。止めちゃ行けない・・・。

「う・・・ッ」

堪えられない涙。

雨が激しく降るのと同時に


あふれ出す。

哀しくて 悔しくて。


「行かないでよ・・・。どうしていっちゃうの・・・?どうして・・・っ!」


手が泥だらけになる位に雨でよどんだ土をくじって


引っ掻いて


爪が割れるほどに引っ掻いて・・・。

「・・・!」

泥だらけの土に生えていたのは・・・。

しっとりと雨に濡れる桔梗の花・・・。


(桔梗・・・)


痛い痛い痛い


その名前。


自分がその生まれ変わりだとしても


全く違う魂。


痛い痛い痛い・・・。


その名前は痛い・・・!

ブチ・・・ッ。

気がつくとかごめは桔梗の花の茎を持ちを根っこごと引き抜いていた・・・。

「やだ・・・。あたし何やってるの・・・?やだ・・・。こんなこと・・・」

花には何の罪もないのに。


黒くて重い嫉妬が


ただ咲いていた花の命を絶ちきってしまった。


「やだ・・・。あたし何やってるの・・・。あたし・・・っ」


自分が嫌になる。

隠したくなる。

隠れたくなる。


「ごめんね・・・。ごめんね・・・」

誰に謝っているのだろう。


誰に・・・。

シャリン・・・。


シャリン・・・。


錫杖の音が聞こえてきた・・・。


「弥勒・・・様・・・」


「かごめ様・・・」


もしかして・・・。ずっと見ていた・・・?


「こないで・・・!!」

見られたくない所を見られた・・・。


かごめの体に羞恥心が駆けめぐる・・・。


「こないでといわれても・・・。ずぶ濡れのかごめさまを置いてはいけません・・・」

弥勒は懐から手ぬぐいを取りだし、かごめの頬を拭った・・・。

「弥勒様・・・」

「ふふ。まだこの花は大丈夫ですよ。ほら・・・。まだ根が付いている。また植えれば大丈夫です」


弥勒はそっと桔梗の花を元の場所に埋めた・・・。

「弥勒様・・・。あたし・・・」

「何もおっしゃいますな・・・。今はただ冷えた体を温めねば・・・。帰りましょう。槙を焚いてあります・・・」


弥勒はかごめを背負い、洞窟へ歩く・・・。


「犬夜叉の様には早く走れませぬ・・・な。やはり」


「・・・そんなことない・・・。ありがとう・・・」


桔梗と犬夜叉の事を知っているのは楓と弥勒だけ・・・。


弥勒が一番今は犬夜叉の気持ちも


かごめの気持ちも冷静に・・・解っているのかもしれない・・・。


洞窟に着いたかごめ。


中は弥勒が火をずっと焚いていてくれたのか温かい・・・。


弥勒はかごめを寝袋に寝かせた。

「弥勒様・・・。ごめんね・・・。心配かけて・・・」

「いいえ・・・。私はかごめさまと犬夜叉に救われた身・・・。それにおなごを丁重に扱うのは私の主義ですから・・・」

「・・・弥勒様・・・」


弥勒の冗談がかごめの心を和ませた・・・。


いつもおちゃらけている弥勒だが、本当は優しい人なのだとかごめは思う・・・。


パキ・・・。


火の粉が洞窟の天井に飛ぶ・・・。


「弥勒様に嫌なところ・・・。見せちゃったな・・・。あたし・・・。花に八つ当たりしちゃってさ・・・」

「・・・。かごめ様は嫌なおなごなどではありませんよ・・・。嫉妬をする。そんな自分を嫌悪する・・・。それが人を好きになるということです・・・。って私が言っても説得力ありませんが・・・」

「そんなことない・・・。弥勒様はホントは優しい人だもの・・・。過酷なものを背負っているのにいつも冷静で・・・。あたし時々すごいなって思うんだ・・・」


パキッ。

弥勒は枯れ木を折って火に入れる・・・。


「あまり買いかぶらないでくだされ・・・。臆病者ほど強がる・・・。私の事ですよ。いつもこの右手を恐れている・・・。気の弱い男ですよ・・・」


「弥勒様・・・」



「・・・。弥勒様・・・。あたし・・・。犬夜叉の事・・・。好きでいていいのかな・・・」

「かごめ様・・・」

「犬夜叉はそばにいてほしいって言ってくれたけど・・・。言ってくれたけど・・・」


言ってくれたけど・・・。


行ってしまった。その犬夜叉が。


「・・・。ふ・・・。ごめんなさい・・・。なんか弥勒さまの前だと弱音ばっかりだね・・・。ふ・・・」


制服の袖口で涙を拭うかごめ・・・。


犬夜叉の前では、絶対に言えない。嫉妬する心も態度もみせられない・・・。


「私でよければ、弱音強気なんでも受け付けますよ。かごめ様。おなごの涙は美しいから好きですし」

「弥勒様ったら・・・。うふふ・・・」

かごめは起きあがり、火に手をあてる。

「あったかい・・・。弥勒様のおかげで心もあったまった。ありがとう・・・。・・・。」


弥勒を見ていてかごめは思い出した・・・。


小学生の時、好きだった上級生の男の子の事を。


「弥勒様って・・・あたしの初恋の人に似てるな・・・」

「え・・・?」

「子供の頃に好きだった年上の男の子がいたの。とっても優しくてしっかりしてて・・・。あ、女の子好きなところは違うけどね」


「はは・・・」


苦笑いの弥勒。


「とても優しくて・・・。「好き」って告白したけど・・・。他に好きな子いるって降られちゃった・・・。へへ・・・。何か思い出しちゃった・・・。思い・・・」


ポタ・・・。


また涙が溢れだした・・・。


火があんまり温かくて痛んだ心が溶けていく・・・。

「・・・ふ・・・。ごめんない・・・。弥勒様。あたし、今日・・・。変だ・・・」


胸が痛い。弥勒の優しさが尚更染みて切なくて・・・。


「泣いてばかりでごめんなさい・・・ごめ・・・。きゃっ・・・」


かごめはいきなり弥勒の両腕に包み込まれた・・・。


「弥勒・・・様・・・?」


「・・・。私の方が変になりそうです・・・」

「え・・・?」

「惚れたおなごの涙を見ているなんて・・・」


ドキッ・・・。


(惚れたおなご・・・?)


「かごめ様・・・。お気づきになりませんでしたか・・・?貴方は犬夜叉しか見られておられない・・・」


「だ・・・だってそんな・・・」


「・・・わかっています。私の想いは封印しなければ・・・。でも・・・。今宵一夜だけ・・・。印を解いてもよろしいですよね・・・?いや、解かせて下され・・・」


かごめの細い体は・・・。


紺の法衣に更に強く包まれる。


「弥勒様・・・」


「片思いの辛さは私がよく分かります・・・。でも自分の想いを捨てないでくだされ・・・。負けないで・・・」


弥勒の言葉はまるで自分に言っているよう・・・。


弥勒の優しさにかごめは・・・。


「ごめんなさい・・・。ごめんなさい・・・。それから・・・ありがとう・・・」


何度も呟くかごめ・・・。


”自分の想いを捨てないでください・・・”


弥勒の精一杯のメッセージ・・・。


弥勒に抱きしめられながらかごめは・・・。


しっかり受け止めようと思った・・・。


弥勒の胸にほほをあてるかごめ・・・。


「心臓の音聞こえる・・・」


「・・・嫌ですか・・・?」


「ううん・・・。このままでいい・・・」


犬夜叉はこうして正面から堂々と抱きしめてくれない・・・。


初めて知ったヒトの心の音が心地良いことを・・・。


雨の夜・・・。


二つの切ない想いがずっとずっとだきしめあった・・・。


弥勒はかごめの柔らかい髪を撫でながら・・・。


かごめは弥勒の心臓の音を聞きながら・・・。





「おい、かごめ。弥勒。おめーら何雨、じっとみてんだ?」


犬夜叉の言葉にハッと我に返る弥勒とかごめ。


神社の境内で雨宿りしていた犬夜叉一行・・・。


あの秘密の夜の事を思いだしていた・・・。


「優しい雨だなぁと・・・思ってみていたのですよ。ね、かごめ様」

「え・・・。あ、うん・・・。そうだね・・・。優しい雨だね・・・」


焚いてくれた火の温もりと・・・。


心臓の音がまだ残っている・・・。

「雨は雨じゃねーか。何が面白いんだ。わかんねーな。俺には」

「ま、お前には分かるまい。情緒というものが」

「オラは分かるぞ♪雨は気持ちがいいのじゃ。な、弥勒ー」

弥勒の肩に乗っかっている七宝が自慢げに言った。

「けっ。雨がなんだ。雨がー!早く止んでくれりゃーいいさ。な、かごめ」

「・・・。うん・・・。そうね・・・」

晴れた日も好きだ。でも・・・。


ずっとかごめと弥勒の心には秘密の雨が今も降り続けている・・・。


ずっと・・・。