その琥珀が自分の目の前に立っている。
「琥珀・・・」
だまって姉・珊瑚を見つめる琥珀。
その瞳は自分が知っている弟でない程に虚ろな瞳だ。
「琥珀・・・。帰ってきたの・・・?」
珊瑚は琥珀に触れようとするがつかめない。
「琥珀・・・!」
「姉ちゃん・・・。さよなら・・・」
琥珀は鋭い刃を珊瑚にかざした。
「琥珀・・・!」
「さよなら・・・」
ザシュッ!!!
「琥珀ーーーー!!!」
「琥珀!」
弟の名を呼んで目覚めた珊瑚。
額にぐっしょりと汗をかいていた。
「夢・・・」
久しぶりに琥珀の夢を見た。
いつも夢の中の琥珀は奈落に操られている時の琥珀。触れようとしても触れられない。
目の前にいるのに・・・。
そう目の前に・・・。
「お目覚めですか。お姫様」
目の前には弥勒がいた。
「な・・・。法師様どうして・・・?」
「珊瑚、お前は熱を出したのです。それで私が介抱に・・・。って何です。その冷たい視線は」
「・・・。何もしてないでしょうね」
「ふっ。風邪をひいたおなごに手を出す程血迷ったりはいたしませんよ。もっとも相手が珊瑚ならどうかわかりませんが・・・」
珊瑚、怖い顔で飛来骨を弥勒に見せる。
「じょ・・・冗談ですよ」
「それより・・・。犬夜叉とかごめちゃんは?」
「犬夜叉は風邪をかごめ様の元へ直行しましたよ。おなご衆は風邪にやられた様ですな・・・」
「そう・・・」
体全体がだるい・・・。
そういえば・・・。珊瑚は久しぶりに風邪をひいた。
「珊瑚・・。琥珀の夢を見たのですか・・・?」
「え?」
「寝言で何度も琥珀の名を・・・」
夢の中で、何度も呼んだ。
しかし、振り返るどころか自分を殺そうとする琥珀。
今も夢の中の様に奈落に操られたままなのだと考えると胸が締め付けられた。
「うらやましいですな・・・」
「え?」
「私には・・・。夢にまでみる程思う相手がいませんからちょっと琥珀に嫉妬してしまいました・・・」
「や・・・。やだ・・・。何言ってンの・・・」
珊瑚は照れくさくて布団をがばっとかぶる。
(ふう・・・。只でさえ体ほてってんのに法師様ってば・・・)
ピー・・・。
(え・・・?)
ピー・・・。
珊瑚は何の音かと布団の隙間から弥勒の方をのぞくと・・・。
「ふむ・・・。なかなかよい響きですな」
弥勒は笹の葉を口にあて、吹いていた。
「法師様それ・・・」
「ああ。草笛です。この笹は良い音がでるんですよ」
「へぇ・・・」
そういえば・・・。昔、よく琥珀と一緒に大きな葉っぱを見つけては吹いていたっけ・・・。
「どうです。一曲如何ですか?」
「え?」
「今作ったんですが・・・」
「うん。聞きたいな・・・。」
「はい。分かりました。では・・・」
弥勒は目をつむり、そっと草笛を吹き始めた。
ピー・・・。
・・・。優しい音色だ・・・。
子供の頃・・・。琥珀が珊瑚に作ってくれとせがんだっけ・・・。
『姉ちゃん、“俺、すっごく上手くふけるようになったんだよ!“
“姉ちゃん!姉ちゃんのために吹いてやるな!”
“姉ちゃん・・・!姉ちゃん・・・!”
琥珀の笑顔が・・・草笛の音と共に珊瑚に蘇る・・・。
「珊瑚・・・。お前・・・」
「え・・・」
珊瑚の瞳からいつの間にか涙が流れていた・・・。
「や・・・。やだ・・・。何これっ・・・。べ、別に法師様の草笛に感動した訳じゃないから・・・」
あわてて涙を拭く珊瑚。こんな涙なんか見られたくない・・・。
好きな人には・・・。
涙を隠すために自分に背を向ける珊瑚の背中がたまらなく愛しく見える・・・。
いつも強がってでも、時々見せる弱々しさが弥勒の心の奥を熱くする・・・。
その弱い珊瑚は自分だけに見せて欲しいと・・・。
「ゴホゴホッ・・・」
珊瑚はひどく咳き込んだ。
「珊瑚、大丈夫ですか・・・?」
弥勒は珊瑚にお茶をひとくちのませた。
「ありがとう・・・。法師様・・・」
「珊瑚・・・。今は何も考えず、休みなさい・・・。琥珀はきっとお前の元に還ってきます・・・。だから・・・。早く風邪を治して元気になってください・・・。ね?」
「うん・・・」
そして弥勒は再び珊瑚を寝かせる・・・。
「・・・」
「・・・」
瞳と瞳がつながる・・・。
弥勒の優しい瞳が珊瑚の心が引き付けられて・・・。
弥勒静かに珊瑚の髪を静かにすくう・・・。
「やっぱり・・・。好きなおなごには血迷ってしまいそうですな・・・」
「なっ・・・」
「眠ってください・・・。私はお前の寝顔に酔っていますから・・・」
「・・・。好きに・・・すれ・・・ば・・・」
弥勒の手の大きくて温もりが心地よくて珊瑚のまぶたは自然と閉じていく。
「ふっ・・・。風邪を引いていなかったら・・・。きっと・・・」
弥勒は珊瑚の額にそっと触れ、冷やした手ぬぐいを置いた。
「今度は・・・私が介抱していただきたいな・・・ふ・・・」
二人きりの時。
相手がが苦しいとき、側にいてくれるだけでどんなに心強いか・・・。
弱い部分も全部貴方に預けたくなる・・・。
だからそばにいて・・・。
静かだけど何かが二人の胸を熱くしたた夜だった・・・。