悲しみの果てに・後編

ろうそくが風で揺れる。異様ななま暖かい風が吹く。

弥勒は北海の衝撃的な申し出にただ、唖然とその場に立ちつくしていた。

「・・・。そんな事・・・私にできるわけがないではないですか!北海法師!あなたは私の数少ない家族なのですぞ!そんなことを・・・私に頼むなんて・・・。はっ」

男の顔がだんだんと獣のような凄まじい顔つきになっていく。口からは牙が出て、体全身が黒い毛で覆われていく。

「ほ・・・北海さま・・・」

「よく見ていろ。弥勒。ワシのこの醜い姿になるのを・・・。そして、お前のその風穴で永遠の闇にほおむってくれ・・・」

男は息を荒くして話す。残り少ない意識で。

「この妖怪に憑かれて20年・・・。ワシは自分の中で闘ってきた・・・。しかし、もう限界なのだ・・・。ワシの中のコイツは外へと出たがっている!ぐああっ!!」

「北海法師!!」

「み・・・ろく・・・たのむ・・・ぐああっ・・・。ワシはもう・・・つかれ・・・たのだ・・・。ぐあああッ!!」

男の着物が破れ、その下から完全に黒い大きな猿のような獣の姿を表した。

「北海法・・・師・・・」

兄貴的存在の北海法師。その豪快だが、どこか優しい瞳の面影は既に無く、餌を求める妖怪だった。

「グワウッ!」

鋭い爪が弥勒を襲う!!

「法師様っ!!」

ドカバキッ!!

その時、外から障子戸を破って珊瑚の飛来骨が飛んできた!

「ギャア!!」

飛来骨は見事に獣に命中したが、すぐに立ち上がる!

「法師様!大丈夫?!」

「珊瑚・・・」

「法師様・・・?」

「・・・」

弥勒はただ、俯くだけ・・・。

「グワウゥ・・・」

獣は再び、二人に襲いかかる!

「なんてしぶとい奴なの・・・。飛来骨まともうけたのに・・・。法師様!ここは一旦、犬夜叉達の所へ・・・!!」

「・・・」

その時、珊瑚に背後に黒い影が!

「法師様!!」

「グワウッ!!」

「キャアアッ!!」

獣は珊瑚をその大木のような太い両手ではさみ、押しつぶそうとした!

「珊瑚ーっ!!」

珊瑚は必死に抵抗するが、すればするほど苦しくなる。

「ほう・・・しさま・・・」

「グルルル・・・」

獣は口から大量のよだれをだし、今にも珊瑚を食べようとしている。

「珊瑚!!」

弥勒はとっさに風穴を使おうとした。

「法師様だめッ・・・」

「し、しかし・・・珊瑚が・・・!!」

「あたしは大丈夫だから・・・。風穴をそんな哀しい使い方しちゃ・・・だめ・・・」

「珊瑚お前・・・話を聞いて・・・?」

獣はグッと手に力を入れた。

「キャアッ・・・!」

「珊瑚ッ!!」

「ぐ・・・。法師様・・・。大切な・・・家族を・・・手にかけるのはダメ・・・!そんなの哀しすぎ・・・るッ・・・。キャアッ!」

「珊瑚!」

珊瑚の脳裏には琥珀の姿が浮かんでいた。

そして、弥勒は・・・苦しむ珊瑚を前に、昔、北海法師が自分に言った言葉を思い出す。


『いいか。弥勒。確かのお前のその風穴は恐ろしい能力だ。使えば使うほど自分の命が削られていくように・・・。だからこそ、自分の大切な者のために使うのだ。そして、守れ。自分も。大切な者も・・・』

「・・・」

“大切な者”

弥勒は苦しむ珊瑚を見た。

「・・・」

ジャラッ。

弥勒は数珠を握りしめ、懐から破魔の札をだした。

「北海法師・・・。すみませぬッ!はっ!」

弥勒の放った破魔の札は獣の額に命中!

「グアアアッ・・・」

苦しむ獣の手から珊瑚は開放され、その場に倒れた。

「珊瑚!!」

弥勒は珊瑚に駆け寄った。

「法師・・・様・・・」

「すまん珊瑚・・・。私のせいでこんな・・・」

「謝らなくていいから・・・」

「すまん・・・」

弥勒は珊瑚をきららの背中に静かに乗せた。

「グワウ・・・グルルル・・・」

そして、弥勒は決意をしたかのように獣に立ち向かう。

「北海法師・・・。あなたの言葉が今まで私を支えていてくれたのです・・・。大切なものを守るため・・・私は・・・」

弥勒は獣に向かって右手をかざした。

「貴方を・・・倒す・・・!風穴っーーーー!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・!!

凄まじい風が獣を襲う!

「グアアアアアアアーーーーッ!!」

獣の巨体はまるで、ちりの様に弥勒の手の中へと吸い込まれく!

「!」

その時、一瞬弥勒は懐かしい声がきこえた気がした。

“世話かけたな・・・弥勒・・・”

「北海法師・・・」

手の風穴を見つめる弥勒。

「・・・」

そして、横たわる珊瑚を抱き上げた。

「法師・・・さま・・・」

「大丈夫か?」

「うん・・・。法師様こそ・・・大丈夫なの・・・?」

「・・・。半分・・・な・・・」

「法師様・・・」

見つめ合う二人。大切な人を失う悲しさ・・・。

それを二人は身に染みるほど知っている。

「珊瑚ちゃん!弥勒様!!」

救急箱を持ったかごめが走ってきた。

「はは・・・。これはかごめ様・・・なんとタイミングのいい・・・」

「だって・・・犬夜叉が弥勒様がカタつけるまで行くなって言うから・・・」

「ふ・・・。何もかもお見通しって訳ですか・・・。でも、見ていたなら、もう少し早く出てきてもいいではないですか」

「・・・なんでい。しってたのか。へっ・・・。俺が相手する程の妖怪じゃねえしな」

「ふ・・・」

いつでも加勢できるように、犬夜叉は鉄砕牙を構えていたのを弥勒は知っていた。

「珊瑚ちゃん・・・寝ちゃったみたい・・・。雲母、珊瑚ちゃん運んであげ・え・・・?」

「私が運びます」

弥勒はそっと両手で珊瑚を抱きかかえて、外へと出ていった。

「・・・。さすが弥勒様・・・。格好いい・・・」

「ごく自然に抱きかかえていったぞ。オラもちと感動した」

かごめと七宝は、なぜだか犬夜叉を見る。

「何だよ。七宝」

「はあ・・・」

「何だ!そのあきらめたようなため息は!!」

「はあ・・・。行きましょう。七宝ちゃん」

「あ、こら、待て!!」

風がふく。

空の雲の隙間から薄明かりがさしていた・・・。

そして・・・ようやく哀しい夜が明けた。


あったかい・・・。

誰かがあたしを包んでくれてる・・・。

一体・・・

「う・・・」

珊瑚が目を覚ますと宿屋の天上が見えた。

「おはようございます。珊瑚」

そして、真横には弥勒の顔が・・・。

「え・・・?法師様・・・」

そして、同じ布団に二人が・・・。

「どうしたのです?珊瑚?」

「き・・・き・・・きゃーーーーーーーーーっ!!っ・・・痛ッ!!」

思わず珊瑚は布団から出たが、腕の傷が痛んだ。

「こらこら。けが人が暴れてはいけません。大人しく布団に戻りなさい」

弥勒は珊瑚の体をひょいっと抱きかかえて布団に戻し寝かし、弥勒はまた、掛け布団をめくっている。

珊瑚、「大人しくするのはお前だ」といわんばかりに睨む。

「・・・。はいはい。大人しくします」

弥勒、今度は神妙に珊瑚の横で座った。

「・・・。法師様・・・」

「ん?何だ?」

「・・・。法師様って・・・どうしていつもそんな明るくいられるの?辛いときだって・・・」

「さあな・・・。自分でも不思議なんだが・・・。癖になっちまったのかもな・・・」

「・・・。北海法師・・・。これからゆっくり休むんだよね・・・。やすらかに・・・」

「ああ・・・」

風穴に吸い込まれた最後にきこえた懐かしい声。

“世話かけたな・・・。弥勒・・・”

「・・・」

「法師様?」

「いや・・・何でもない・・・。それより珊瑚」

「なに?」

「ありがとう」

「な、何急に・・・」

「お前が居なかったら俺はきっとやられていただろう・・・」

「そ、そんなことないでしょ・・・」

弥勒が自分のことを『俺』と言った。いつもと違う雰囲気を感じた珊瑚は、急に鼓動が早くなる。

「珊瑚」

「だから何よ・・・」

「・・・。もう少し・・・お前のそばにいたい。だめか?」

「な、なな・・・」

弥勒の優しい声に珊瑚は恥ずかしさのあまり、布団をガバッとかぶって顔を半分隠した。

「・・・。顔をみせてくれないか。珊瑚・・・」

弥勒は掛け布団をそっとめくって珊瑚の額に風穴のある手を置いた。

「お前の寝顔を見ていたい・・・」

「・・・。法師様・・・」

自分の額に置かれた右手が痛々しい。

風穴が泣いているみたい。

珊瑚は抵抗することもなく、じっとしていた。

いや、していたかった。

そして、いつのまにか・・・そのあたたかさで眠っていったのだった。

哀しみの夜が明け・・・残ったもの。

それは、あたたかな手と穏やかで限りなく優しい寝顔だった・・・。