そこへかごめがやってきた。
「珊瑚ちゃん?どうしたの?一体?」
「・・・」
時間だけ止まっているように動かない珊瑚。
かごめは珊瑚の顔のまで手を振ってみる。
「珊瑚ちゃん・・・?」
「あたし・・・ちゃった・・・」
「え?何?」
「あたし・・・結婚申し込まれちゃった・・・」
「えええええーーー!?」
ドタタタッ!!
屋根で昼寝をしていた犬、落下。
「け、結婚って・・・珊瑚ちゃんあの・・・」
話の始まりは、ついさっきのこと。
珊瑚は村の若い男から、呼び出されたことだった。
「突然、呼び出してすみません・・・。オラ・・・真太郎っていいます・・・」
「あの、どういう用事?私、忙しい・・・ってえ!?」
突然、男は珊瑚の手をにぎり、真剣な眼差しでこういった。
「さ、珊瑚さんッ・・・。オ、オラの・・・嫁になってはくれませぬかッ!?」
「へっ・・・??」
珊瑚、青天の霹靂(せいてんのへきれき)。唖然としてしまった。
「お・・・オラずっと・・・。珊瑚さまがこの村にやってきてから、ずっとその・・・お慕いしておりました・・・。オラの嫁は珊瑚様しかいないと・・・。へ、返事はいつでもいいです。ずっと・・・まっています・・・じゃあッ」
男は顔を真っ赤にしてその場を立ち去ったのだった。
「ふうん・・・。そんな事が・・・」
「あたし・・・ただただ、びっくりしちゃって・・・」
困惑しながらも、珊瑚はなぜだか弥勒の事が気になって、視線を送る。
「真太郎か・・・。そういえば、珊瑚、お前は真太郎の死んだ母親に少し面影がにておる・・・」
「え?そうなの?」
「ああ・・・。真太郎は母親孝行な息子でな・・・。誰より慕っておった・・・」
母親に似ているから・・・。珊瑚は少し、複雑な気持ちだ。そう思いつつも、珊瑚は弥勒の反応が気になるらしく、ちらりちらりと視線を送る。
それに気がついたがごめ。それとなく弥勒に尋ねる。
「ねぇ・・・。弥勒様。弥勒様はどう思う?」
「どういいますと?」
「だから、珊瑚ちゃんがどう返事したらいいかって・・・」
「ふむ・・・。それは珊瑚次第だと思いますが・・・」
「珊瑚ちゃん次第って・・・。弥勒様、他に言うことないの?」
「特には・・・」
「弥勒様ッ・・・」
「かごめちゃん、もういいから!自分で・・・自分で考えるからいいよッ!」
珊瑚は、複雑な表情で楓の小屋を出ていった・・・。
しかし、弥勒、涼しい顔でお茶をすすっている。
「嗚呼、実にうまいお茶ですな・・・」
「弥勒さま・・・何落ち着いた顔しての!」
「さて・・・と」
弥勒はよっこらしょといわんばかりに立ち上がった。
「弥勒様?」
「こういうことはタイミングが肝心。珊瑚の事は私におまかせくだされ。では」
なんとも悠々と弥勒は珊瑚の跡を追った。
かごめはなぜだか、横でごろ寝する犬夜叉を見る。
「なんでい。その目は」
「ハァ・・・。不器用な相手だと色々と苦労するなぁっと思って・・・」
「どーゆー意味でいッ!!」
かみつく犬夜叉に一発おすわりさせながら、かごめは珊瑚と弥勒が上手くいってほしいと思うのだった。
「くおら!かごめ!」
「おすわり!」
珊瑚はこの場所が好きだ。
昔、琥珀と一緒によく遊んだ川に似ているせいか・・・。
“あなたをずっとお慕いしておりました。オラの嫁は珊瑚様しかいねぇと・・・”
そんなこと急に言われても・・・。
珊瑚はただ、困惑するだけだった。けれど、嫌な気持ちはしない。
(あたしだって女の子だもの・・・。“お嫁さん”になりたいって思ったって変じゃない・・・好きな人の・・・)
『好きな人・・・』
その時、水面に弥勒の顔が映った。
「なっ・・・」
バシャン!
珊瑚は川に映った弥勒を必死に消した。
「べ・・・別にあたしは・・・」
珊瑚が思い浮かぶ弥勒の顔は優しいがいつもどこか遠く感じる。
どれが本当の顔なのが、本心なのか掴みきれない。
『私のこころろはお前のものだよ』
だなんてセリフ聞いても・・・。
本気の法師様が知りたいのに・・・。
「!」
その時背後に妖気を感じた珊瑚。
「誰だッ!?」
「わっ・・・」
「真太郎さん・・・?!」
真太郎は腰をぬかしている。
「大丈夫?」
珊瑚は真太郎に手をさしのべて体を起こした。
「さ・・・珊瑚さま・・・す、すいませんッ・・・オラ・・・。珊瑚さまがこっちに来るの見てついてきてまったんです・・・」
変だ。さっき、確かに自分のすぐ後ろで妖気を感じたはすなのに・・・。
まさか真太郎が妖怪のはずはないし・・・。
「あの・・・。真太郎さん・・・私・・・」
「珊瑚さん・・・誰かを想いながら川を見ていたんでしょう?」
「!!」
珊瑚、確信をつかれる。
「実はオラ・・・わかっていたんです・・・。珊瑚さまの心には誰か他の男がいると・・・」
思わず珊瑚、うつむく。
「法師様・・・。オラとは大違いでお強くて格好良くて・・・。おなごなら、きっと誰でも法師様を好きになる・・・」
「そ、そんなことないよ!法師様なんて名前だけでンとはすごく不良だし、その上、女に見境なくてすぐスケベな事するし・・・ッ」
力説する珊瑚。思わずこぶしを握る。
「・・・。珊瑚様は法師様の事がお詳しいのですね・・・」
「なっ・・・」
墓穴を掘ったと思う珊瑚。
「いいんです・・・。でもオラ・・・どうしても珊瑚様をあきらめられない・・・」
「真太郎さん・・・?」
真太郎の声色が微妙に変わった。
「珊瑚様はオラのもの・・・。ずっと狙っていたのに・・・」
「!?」
再び妖気を感じた珊瑚。やはり妖気は真太郎からする!
「珊瑚・・・。お前は俺の獲物・・・。逃しはせん・・・」
ザシュッ!
真太郎はいきなりふところから鎌を取り出し、珊瑚に襲いかかった!
「はッ・・・」
珊瑚はすれすれの所で交わした。
「ど・・・どういうことだ!?どうして真太郎さんが・・・。きゃッ・・・」
考える暇もなく、真太郎の鎌が珊瑚を攻撃する!
「お前は俺のもの・・・俺の・・・ッ!!」
ザンッ!
「きゃああッ!」
丸腰の珊瑚!着物にかすり、転倒した!!
追いつめられた珊瑚!
珊瑚の頭上に鎌の刃先が光った!
バシッ!!
「ウガッ」
その時、真太郎の顔面に一枚のお札が張り付いた!
「これこれ。私の未来の奥さんに手荒なまねはよしてくだされ」
「法師様!!」
美味しいところで弥勒登場。
弥勒は手に2,3枚のお札を持って、余裕の表情だ。
「最近、この辺りで妖怪に取り憑かれた人間が鎌をふりまわしていると噂がありましてね・・・。密かに調べておりました。やはり・・・。真太郎でしたか・・・」
「なっ・・・。最初から知ってたの!?」
「ええ。すみません。珊瑚・・・。別にお前をおとりにしたわけでは・・・はッ」
珊瑚を抱えてジャンプする弥勒。
ザッシュッ!!
破魔のお札に苦しむ真太郎!だが攻撃はまだ続く!
「・・・。みんな知ってて黙って見てたんだ・・・」
「申しわけありませんが、珊瑚、今はそれどころじゃ・・・」
「ウガガガガ・・・」
真太郎はまだ、こちらをにらみつけている。
「・・・。珊瑚、お前は真太郎の気をひいてくれ。私はその間にもう一枚札を投げる・・・」
「わかった・・・」
珊瑚はむっつりした顔で言った。
「真太郎さん!あたしはこっちだよ!!」
珊瑚は真太郎に呼びかける!
「ウガガガ・・・」
弥勒は真太郎の背後から忍び寄り、お札を貼りつけた!
「成敗!!はッ!!」
「ウガアアアアアッ!!!」
ジュウウッと真太郎の額のお札が効いたのか、真太郎はもとの顔に戻り、その場に倒れた。
「真太郎さん!!」
駆け寄る珊瑚。
「う・・・。あれ・・・オラ・・・」
「よかった・・・。無事で・・・」
「真太郎殿。あなた、最近、動物を殺めたことはないですか?」
弥勒はお札をべりっと取った。
「はあ・・・。実は妖怪と間違えて山犬を鎌で・・・。あの・・・それが何か・・・?」
「いえ・・・。真太郎殿、できればその山犬の墓をたて、供養してもらえまいか」
「はい。法師様がおっしゃるなら・・・」
「かたじけない」
真太郎は珊瑚の腕の中にいるのに気づいてバッと離れる。
「あの・・・オラ・・・これで失礼します・・・。お邪魔みたいですし・・・」
「真太郎さん!あの・・・ッ」
去ろうとする真太郎を呼び止める珊瑚。
「・・・。くやしいですけど・・・お二人はお似合いです・・・。オラ・・・。自分の気持ち言えただけで充分です・・・。そうだ。法師様」
「はい」
真太郎は弥勒に手を差し出し、握手を求めた。
「オラ・・・。珊瑚様を想う気持ちはあなたに負けない・・・。でも・・・。珊瑚様が法師様を想う気持ちにはかなわないってわかりました・・・。だから、珊瑚様を・・・絶対に幸せにしてあげてください。でないとオラ・・・その時は、珊瑚さまをかっさらってでも嫁にします」
「それは困りましたな。でも私も男です。盾になってでも阻止しますよ」
弥勒ははっきりとそして堂々と言った。
そして二人はしっかりと握手し、真太郎は村へと戻っていった。
「・・・」
「・・・」
弥勒に背を向ける珊瑚。
背中がなぜだか怒っているように見える。
「珊瑚・・・あの・・・」
「ふん!一人で帰れば!!」
(何、男どうして勝手に握手なんかしてんだか・・・!あたしの気持ちなんて・・・)
珊瑚が走ろうとしたら、足下の石に躓いて転んだ。
「きゃあッ!」
「珊瑚!」
珊瑚は右足をぐっとひねったらしい。
「・・・。珊瑚、ケガは?」
ぷいっと横をむく珊瑚。
どうしても・・・。素直になれない。真太郎が妖怪に憑かれていたのを知っていたクセに、知らん顔で・・・。
「やれやれ・・・。骨には異常ないらしいですな。まあとにかく、手当せねば・・・」
弥勒はひょいっと珊瑚を抱き上げた。
「ちょ・・・。ちょっと降ろしてよ!」
「今の珊瑚に何を言っても通じないらしいですからな。強制連行です」
弥勒は強引に珊瑚を木陰に連れて行った。
珊瑚の右足は骨に異常はなく、弥勒は自分の法衣の裾をちぎって木の枝をはさんで足を固定した。
「これで・・・よし。しばらく痛むだろうが我慢しなさい」
「・・・」
珊瑚はまだ、つんとした顔をしている。
「まだ・・・。機嫌を直してもらえませんかな・・・」
「別にあたしは・・・」
弥勒は珊瑚の横に静かに座った。
「・・・。私は時々、犬夜叉が羨ましくなる」
「え?」
「単純で直情的で・・・。思ったことがすぐに顔に出る・・・。そんなあいつの素直さが羨ましくなります。私はできないから・・・」
「法師様・・・」
「さっきだって本当は、真太郎と二人のお前を見て、頭がカッとなりそうだったのに・・・。」
ポチャン。
弥勒は小石を一つ投げた。
「急に・・・。素直になられたってわからない・・・。どの言葉が“本心”なのか・・・。法師様の言葉がわからない・・・。ドキッとするようなこと言ってみたり、かと思えばすぐ他の女にちょっかい出すし・・・。こっちの気持ちなんかお構いなしで・・・」
「すみません・・・。でも、女好きは先祖代々ですし・・・(はっ)」
弥勒、余計な一言を・・・。
珊瑚、また、目が三角になってしまった。
「そういう所が分からないっていうのに・・・!やっぱり全然分かってない・・・法師様・・・ッ」
弥勒は珊瑚の腕をぐっと掴んだ。
「珊瑚、お前を喜ばす言葉は見つからない。でも・・・。さっき、真太郎に言った言葉に、嘘偽りはありません。絶対に・・・」
弥勒の自分をまっすぐに見る目に珊瑚の体は固まってしまった。
そして、自然に両肩をぐっと触れられて・・・。
(え・・・?な、何・・・)
弥勒の真剣な顔が段々珊瑚の瞳に吸い込まれていく。
(え・・・!?ええええーー!?)
珊瑚は戸惑いながらもグッと目を閉じた。
(ほ・・・法師様・・・)
ふわり。おでこに触れた。
「え・・・?」
「はは・・・。すいません。本当はやっぱり唇にしたいのは山々なのですが、ケガをして動けないお前にそういう態度はフェアじゃない気がして・・・」
「・・・」
珊瑚の顔がカアっと火照った。
時々見せる誠実さと優しさにいつもどきまぎして・・・。
「さ、帰りますか。みんなが待っている」
弥勒は背中を差し出した。
「犬夜叉の様に早くは走れませんが」
「・・・」
珊瑚はそっと弥勒の背中に身をあずけた。
意外に背中が広い・・・。
「犬夜叉はいつもこんな気持ちなのだな・・・。惚れたおなごを乗せるというのは実に気持ちがいい・・・」
「ばっ・・・。やらしー言い方しないでよっ・・・」
「はは。すみません。なら、降ろしましょうか・・・?」
「・・・」
珊瑚はきゅっと弥勒の首に手を回して耳元で言った。
「降りない・・・」
「・・・。珊瑚。くすぐったいですよ」
「なっ・・・だからやらしー言い方しないでって・・・!!」
「はいはい」
「もーーー!」
やっぱりまだ、法師様の本気がわからないでも・・・。
自分の気持ちは分かってる。
あたしにとって法師様は大切な人・・・。
それだけは確かだから・・・。
珊瑚は改めて自分の気持ちに気がつき、弥勒の側にいたい・・・と強く思ったのだった。