中規模の城下町があった。昼間は宿や土産物屋でにぎわい、旅の者や行商人が行き交っている。
しかし日が暮れ、空に悩ましい月が昇る頃。
町の奥の一角が昼間とは違った風景に。
三味線を弾く芸者。
「そこのおさむらいさん、いい娘いますよ〜」
白粉を塗った芸者達の三味線の音が響く。。
そんな色香漂う町。
『花子夢』
芸者の園と言われるほどに美形揃いの芸者が集まる。
その中でも料亭『ひぐらし』のお抱え芸者。『かごめ』。
目当てに来る男達が絶えない。
「今日も月が綺麗・・・。でも私はお天道様の方が好き」
小さな格子から空を眺めるかごめ。
柔らかい髪に桃色の小花をつける。昼間河原で積んできた花で首飾りを作っていた。
かごめの素性は誰も知らない。どこのうまれかも。
ただ、陽の様なぬくもりを感じさせる笑顔が周りの人々に不思議な心の和みを与え、老若男女問わず、誰からもすかれる人柄だった。
「かごめ姐さん、お客様です。妖狼屋の若旦那様が」
「・・・」
妖狼屋。この界隈を牛耳っている染め物問屋だった。
「鋼牙様・・・」
「かごめ・・・」
長い真っ直ぐな黒髪を後ろで束ね、土色の着物。切れ長の目の男。鋼牙。
鋼牙は妖狼屋の一人息子。昔から、この界隈で暴れ回っていたが、かごめに一目惚れしてからというもの、毎日のようにかごめを訊ねてきていた。
「鋼牙さま、まぁお座りくださいな。一杯如何ですか?」
かごめはお猪口を鋼牙に渡し、徳利で酒を注ぐ。
「かごめ・・・。俺は酒を飲みにきたんじゃねぇ。お前を落籍(身請けすること)させるために来たんだ」
「・・・。お気持ちは嬉しいですが、私など鋼牙様には不釣り合いな女です。鋼牙様にはもっと陽の当たる所のおなごの方が・・・」
「俺の陽はお前だ、かごめ・・・!」
カタン・・・ッ。
お猪口が畳に落ち、酒が染み込む・・・。
「鋼牙様・・・」
「・・・やっぱりアイツの事がわすられられねぇんだな・・・」
途端にかごめは切なげな表情に変わった。
かごめには想い人がいる。
流れ者・犬夜叉。
異国人との間に生まれた男で髪は銀髪。
それだけで目立つ男だった。
犬夜叉もかごめの温もりに触れ、心惹かれていたが犬夜叉には・・・。
「犬夜叉は昔の女のことが忘れられねぇんだってな・・・!その女を今も探しているって話じゃねぇか・・・。なのにあの野郎はかごめの事を・・・」
「犬夜叉は悪くないのです。私が諦められぬだけ・・・。犬夜叉に忘れられぬおなごが居るのを承知でそばにいると決めたのですから・・・」
強い意志を秘めたかごめの瞳に鋼牙の嫉妬心が一気に燃え上がった。
「どうしてそこまでアイツを・・・ッ!お前を想うこの気持ちは誰にも負けねぇ・・・!命をかけてお前を守る・・・!だから俺のことも見てくれ・・・ッ」
鋼牙はかごめの手を不器用に握りしめる。
「鋼牙様・・・」
「・・・無理強いはしねぇ。だけど今宵だけは・・・俺だけをみてくれねぇか・・・」
そっと解れた髪をかごめの耳にかける鋼牙。
まるで母親にすがるような少年の寂しげな瞳にかごめの心は少なからず揺れた。
犬夜叉を想う気持ちは本当だが、いつも待ってばかり・・・。忘れられぬおなごを探していつ帰ってくるか分からない。
そんな切なさに耐えきれないかもしれないとこの頃感じているかごめ・・・。
「・・・あいつの事なんて忘れてちまいな・・・。心を俺で埋め尽くしてやる・・・」
一度に少年から男のまなざしに変わった。
激しく自分を求めている目だ。
その激しさに強引さに負けそうな自分。
「かごめ・・・」
太い腕にギュッと抱きしめられる。
冬に咲く椿の花さえ枯れて見える程に美しいと言われるかごめ・・・。
自分が抱いている・・・。
花でもない、蝶でもない・・・。
『生身』のかごめに触れている・・・。
思ったより華奢で力を入れると折れそうで・・・。
だが抱きしめている感触は赤子の肌のように柔らかで病みつきになりそうなほどに・・・。
「今宵一夜だけでも・・・。アイツを忘れてくれ・・・。俺だけを・・・」
鋼牙はフッと蝋燭の火を消し、労るようにかごめの身を布団に寝かせた・・・。
薄い月明かり・・・。
見つめ合う・・・。
かごめのを照らして・・・。
静かに赤い腰帯をほどく・・・。
ハラリ・・・。
粉雪の様な白い肌が露わになって・・・。
「・・・かごめ・・・。愛しいかごめ・・・」
鋼牙は呪文の呟きながら・・・。
真綿の様に柔らかい肌の谷間に顔を埋めた・・・。
「こう・・・が・・・」
逞しい浅黒い背中に手を回す・・・。
自分を激しく求められ・・・。
あの人を忘れられる・・・?。
あいつ忘れさせられるだろうか。
いいえ・・・。
忘れさせて・・・。
ああ・・・。忘れさせてやる・・・。
寂しい心と心を埋め合う・・・。
きっとその先には新しい愛があると信じて・・・。