第79話  夜
「こちらでございます〜」 仲居が『春風の間』にかごめたちを案内する。 「わー!眺めいいー♪」 窓を開け、風を感じるかごめ。 直そこが、海岸で砂浜が見える。 「日本海が一望できます。朝日がとっても綺麗なんですよー」 仲居はお茶を注ぐ。 「朝日か。わぁ。明日の朝が楽しみだ♪」 (あ、明日の朝・・・って) 犬夜叉、妄想始まり・・・。 「犬夜叉ったら!」 「なっ。なんだよ」 犬夜叉、ぴしっと背筋を伸ばす。 「ではごゆっくり・・・」 パタン・・・。 仲居が出て行き、部屋に二人きり・・・。 「あー。本当に眺めいいなぁ・・・」 かごめは景色を堪能しているが、犬夜叉は・・・。 ズズッと正座してお茶をすする。 (ど・・・どういつもりなんだ・・・) 「あ、お茶、私ももーらおっと」 くいっとお酒を飲むようにお茶を含むかごめ。 「ふぅー・・・」 妙に落ち着いている。 「・・・。おい」 「なぁに?」 「な・・・なんでそんなくつろいでんだよ」 「えー?温泉きたのにくつろがないでどうするのよ」 「・・・そ、そういう意味じゃなくて・・・」 犬夜叉もじもじする。 「ようし!早速お風呂、はいってこよーよ!露天風呂あるんだってさ♪」 かごめは浴衣とタオルセットを抱え、一足早く風呂場に向かう。 「・・・一人はしゃぎやがって・・・」 かごめの妙なテンションの高さにちょっと呆れ顔の犬夜叉。 (・・・露天風呂か・・・) 犬夜叉君、ちょっぴりドキドキ。 綺麗にたたまれた浴衣をきゅっと可愛く両手でもち、 3階にある男湯へ・・・。 岩でできた内風呂。 まだ時間が早いのかだれもはいっていない。 (露天風呂か・・・) ガラ・・・。 ガラス戸をあけると岩風呂が・・・。 更に向こうには日本海が広がり・・・。 「きゃー♪海が見えるー★夕日が綺麗ー!!」 かごめのはしゃぐ声にドキっとする犬夜叉。 「おーい。犬夜叉、いるー?」 「・・・お、おう・・・(照)」 「夕日、きれーだねー・・・」 「・・・ま、まぁな」 「ふー・・・。お湯も綺麗だし・・・肌、つるつるするね」 「・・・ま、まぁな・・・(ドキドキ)」 犬夜叉、さらにドキドキ・・・。 「・・・ねぇ。犬夜叉・・・」 「な、なんだよ」 「・・・。思い出すよね。ほら。去年の冬。みんなで温泉に行って・・・そのときも露天風呂はいった・・・よね?」 「そうだっけか・・・?」 今は思い出話より・・・竹の柵一つ向こうのかごめのことでいっぱい・・・。 犬夜叉は夕焼けどころじゃない。 「楽しかったねぇ・・・。みんな・・・。みんないい思い出・・・。大切な・・・。 犬夜叉もそうでしょ・・・?」 「な・・・何しんみりしてやがんだ。たかが去年のことだろっ。な、なんか 変だぞお、お前・・・っ(ドキドキ)」 「・・・そうだね・・・。あたし・・・変・・・だよね・・・。おかしいよね・・・」 かごめの声・・・。 声が・・・何だかとても・・・遠くから聞こえるようにか細く聞こえた。 透明なお湯に 不安げな犬夜叉の顔が映る・・・。 「お、おいかごめ・・・」 「・・・」 返事がない。 「かごめっ!!」 「あ・・・。ごめん・・・。ちょっとぼうっとしちゃった・・・」 「大丈夫かよ・・・」 「うん・・・。大丈夫だよ・・・。犬夜叉。私、のぼせちゃったみたい 先にあがるね・・・」 「・・・ああ・・・」 浴衣に着替え、部屋に戻ったかごめ・・・。 「きゃっ」 入り口に置いてあった犬夜叉のバックにつまづく。 「こんなところにおきっぱなしで・・・」 かごめはこぼれたバックの中身を元に戻す・・・。 (あ・・・) 一つだけ、元に戻せなかったもの。 犬夜叉の・・・携帯。 旅行へ来る前。桔梗と話していた。 ”・・・何を?”  ”私と旅行する前に一体、何話してたの!?” 知りたい、知りたくない、知りたい、知りたくない・・・ 両方の気持ちが湧き上がって携帯を持つかごめの手を奮わせた・・・。 P! 震える指は勢いで略歴ボタンを押してしまった。 ・・・押してしまったのが最後。 見てしまう。見たくないのに見てしまう・・・ 『犬夜叉へ。 明日の飛行機の時間が早まった・・・。すまない。 こちらの都合ばかり言って・・・』 (飛行機の時間って・・・何・・・?) かごめは桔梗からのメールを、濡れた髪も乾かさず くいいるように読む。 読む 読む・・・。 目がメールの字を追う。 ”お前はお前の想うとおりにすればいい。頑張ってくれ・・・。 俺はちゃんと見ているから・・・” ”お前の新しいアルバム、今日買った・・・。まだ俺にはくらっシックはよく わかんねぇけど、なんか・・・すげぇ気持ちが落ち着く気がした。 ・・・お前の音が伝わってきたよ” ”桔梗・・・”  ”桔梗・・・俺は・・・” こんな    こんな優しげに語り掛けるような物言いは聞いたことがない。 桔梗には”バーカ”なんて絶対にいわない。 桔梗には・・・ どこが違うの? 何が違うの? 二番目なの・・・? 桔梗には 桔梗には 桔梗には・・・ッ (・・・もう嫌・・・っ!!!) 自分の心の声を遮るように両耳を塞ぐ・・・ しゃがみこむかごめ・・・。 パサ・・・。 頭に巻いていたタオルが落ち・・・半乾きの 髪がふさりと・・・ 流れた。 犬夜叉の携帯・・・ 「・・・。何やってるの・・・私・・・。勝手に人の 携帯見て・・・。こんなことして・・・」 そっと元通りにバックに戻すかごめ・・・。 そして暫くうつむいたまま・・・動かない。 うな垂れるように座り込む柱によりかかるかごめ・・・ (・・・もう・・・やめにしよう・・・もう・・・もう・・・) 窓の外は穏やかなオレンジ色の海・・・。 静かに波は少しだけ・・・荒れはじめていた・・・ 夕食。 「きゃー♪この山菜おいしいーーvv犬夜叉の、もーらい」 「あっ。こら、てめぇっ」 まぐろの脂身の乗ったお刺身。 ぱくぱく食べる、食べる・・・。 「さすが海の側の旅館。たくさんたべようっと♪うーん。 お酒もおいしいわ」 「飲みすぎだぞ、てめぇ」 「いいじゃないの。私だって飲みたいとき、あるんだからさー。 誰かさんのお陰で気苦労が多くて」 (う・・・) 痛いところを突かれました、犬夜叉君。 「仲居さーん。お銚子、もう一本おねがいしまーす!」 にこにこしながら、かごめはくいくい飲みます。 かごめのはしゃぎように、犬夜叉も驚く・・・。 「うー・・・。やっぱしちょっぴり飲みすぎちゃった。ふー・・・」 顔が桃色にくっきり染めたかごめ。 酔いかごめです。 「ふぅー・・・あっつい・・・」 「ったりめーだろ。たっくのめねぇのに飲むか・・・」 (!) 浴衣の襟をたてて、パタパタ片手で仰ぐ・・・ 白い鎖骨がチラリ・・・ 犬夜叉はさっとかごめに背中を向ける。 「・・・(照)と、とにかく・・・。飲みすぎは、やめとけ」 「・・・うん・・・。じゃあ・・・。犬夜叉、寝ようか」 「えっ!???」 (ね、寝るって・・・) 犬夜叉、ドギマギ。思わず正座してしまう。 「ね、ね、寝るって、お、お前・・・(緊張)」 「ほうら。あんたも手伝ってよ」 かごめは押入れをあけ、布団を引っ張り出す。 (俺はてっきり廊下ででも寝させられるのかと思っていたけど・・・) 犬夜叉君、めくるめく想像・・・。 「か、かごめ、や、やっぱり駄目だ。お、俺達まだ・・・。お、俺やっぱ廊下で寝る・・・だから・・・ これなんだ?」 犬夜叉、黒い紐を持たされる。 「あ、そっち柱にちゃんとしばってね」 8畳の部屋。 浴衣の黒い帯が二つに遮られる。 そして布団のシーツがカーテン代わりにかけられて・・・。 「・・・明らかにお前の方が面積広いだろ。おい」 犬夜叉、畳3つ程の広さで身をすくめて不満そうに可愛く枕を 抱えております。 「文句言わないの。廊下じゃないだけ、いいと思いなさい」 「廊下の方がまだマシだ。けっ・・・」 ”一つのお布団に二つの枕”な光景、敗れ去り、無念の犬夜叉 君でありました・・・” それでも。 白いシーツの向こう かごめがいる・・・。 犬夜叉の鼓動はかごめの存在を意識せずにはいられない 早くなる・・・。 「ねぇ」 「なっなんだよっ」 (急に声、かけんな!) 「・・・。犬夜叉はさ・・・今の自分・・・好き?」 「きゅ、急になんだよ」 犬夜叉、緊張しているのをかごめに悟られまいと必死。 「私・・・はちょっと自信・・・ないんだ・・・。今の自分に・・・」 「お前はお前だろ。どっしり構えてりゃいいんだ。弱気になってんじゃ ねぇよ」 「・・・そう・・・だよね。うん・・・。ごめん。しんみりして・・・」 「・・・。お前。なんかあったのか?急に旅行だなんて・・・」 「・・・。旅行したら少し気分変わるんじゃないかって思ったの。 締め切った部屋は風通しよくするみたいに」 空気が変われば、きっと新しい気持ちになれる・・・ ”何かが”変わるかも・・・ そう思った。 思った・・・。 「・・・。とにかく・・・元気、だせ」 「うん・・・。そうだね・・・」 かごめが弱音を吐くなんて・・・。 弥勒や樹のように、上手な言葉も浮ばない。 シーツのカーテンを挟んで二人。 天井をじっと見つめている。 「犬夜叉。あたし・・・もっと強い人間にならなくちゃね」 「・・・かごめ・・・?」 「・・・ごめん・・・。犬夜叉・・・。ごめん・・・」 声が上擦って、震えている・・・ 「・・・なんで・・なんで・・・・謝るんだよ・・・。かごめ・・・っ」 犬夜叉は堪らなくなってシャッ・・・とシーツをめくった。 「かご・・・」 かごめは犬夜叉に背中を向けるように眠る。 「ねたのか・・・?」 「・・・」 (かごめ・・・) かごめの背中は・・・何も言わない・・・。 「・・・。おや・・・すみ・・・」 (・・・かごめ・・・一人になりてぇのかな・・・) 犬夜叉は静かに・・・ 犬夜叉はそうっと部屋を出た・・・。 (犬夜叉・・・) 自分に気を使い、廊下に出た犬夜叉に申し訳ないと 感じるかごめ。 (ごめんね・・・) 犬夜叉の携帯を見てから 感情がコントロールできない。 この旅行で”決意”しようと思ってきたのに・・・。 「・・・」 かごめは起き上がり、布団から出るとバックから桃色の便箋と黒のペンを を取り出した。 そしてペンを走らせる・・・。 自分の想いを・・・。 「・・・ん・・・」 廊下の壁にもたれかかって眠っていた犬夜叉が目を覚ました。 (この毛布・・・) 枕しか持って出ていなかったのに、誰かがかけてくれた毛布。 (かごめか・・・。ん?) ドアの間にメモが挟んであった。 『早く目が覚めたので、砂浜を散歩してきます。朝食は7時半からだから それまでには起きて、着替えておいてね かごめ』 「・・・」 胸騒ぎがする。 (なんか・・・怖い) 今、かごめを見つけないと・・・ (かごめ・・・!) 犬夜叉は浴衣のまま、旅館を飛び出した。 飛び出した・・・。