第79話 バイバイ
ザザン・・・
朝の海にしては・・・
打ち寄せる波は少し荒い。
かごめは一人、流木に座り、まだあがらぬ朝日を地平線にそって
見つめている。
「かごめーーー!!」
振り返ると、浴衣のまま突っ走ってくる犬夜叉。
「ハァハァ・・・。かごめ・・・!お前なぁ・・・!!」
足元を見ると、スリッパのまま・・・
「ふふ・・・。あははは・・・なーにその格好」
犬夜叉、かごめに言われ、はっと気がつく。
「お前な!!笑ってんじゃねぇよっ。いきなりいなく
なりやがって・・・」
「メモ見なかったの?」
「あんな紙切れ一枚で・・・」
「・・・」
かごめは犬夜叉の顔をじーっとのぞいた。
「んだよっ」
「あんたもしかして・・・。あたしが海で一人寂しく死のうと
したとかって思ったわけ・・・?だからそんな血相抱えて
探しにきたの?」
「なっ。だ、誰が・・・」
そのとおりでございます。かごめちゃん。
「じょーだんじゃないわよ!あのね、あたしは海が見たかっただけよ。
誰かさんの”いびき”のせいで眠れなくて、海を見て落ち着きたかったのよ」
「ばっ・・・。ま、まぎらわしいんだよッ・・・。き、昨日の夜は妙
だったし・・・突然姿消したら誰だって・・・」
「・・・”俺のせいで思いつめたんじゃないか”そう思ったわけね?
悪いけど、それってかなりの自惚れよ。犬夜叉」
「・・・う、うるせぇ・・・(汗)」
朝からかなりのかごめの毒舌に犬夜叉、たじろぐ。
「あんたのことでいちいち思いつめていたら、命、いくらあっても
足りないわよ。っていうか色々危ない目にあって度胸ついちゃった。
それにーvあんたと別れたって
もっといい男の人と出会えるかもしれないし、生きてなくっちゃ!」
「そっ、そんな・・・」
(そーなのか?かごめは俺といなくっても平気なのかー??)
ショック!犬夜叉君、かごめちゃんの強気の言葉に
ずーんと落ち込みます。
「何もそこまで落ち込まなくても・・・(汗)でも嬉しいな。なんか」
「ばっ・・・(照)お、男をからかうもんじゃねぇッ」
犬夜叉は腕を組んでかごめの横にどすん!とあぐらをかいて座った。
ザザン・・・。
少し、沈黙が流れる。
海を眺めるかごめの横顔を・・・
犬夜叉はじっと見つめた。
スッと通った鼻筋に・・・
桃色の唇・・・
率直に・・・
綺麗だと・・・思った。
「・・・なんで人って海・・・見たがるのかな」
「あ?」
「ドラマでも小説でもさ・・・。何かに迷ったとき、海見て語らうシーンって
多いでしょ?どうしてかなぁって思って・・・」
「・・・さぁな。俺にはわからねぇ。メンドクサイこと」
「よっく言うわね。都合が悪いとすぐ、自分の殻に篭る
タチのくせに・・・。それでどれだけ周りの人間を巻き込んでるか
自覚がない分、こっちも責められなくて本当・・・困っちゃう」
「・・・」
本当のことなので、何も言い返せません、犬夜叉君。
「・・・。でも私も人のこと言えないね・・・。ちょっと
色々迷ったから・・・。それで昨日めそめそしちゃって・・・ごめんね」
「・・・別にお前が謝ること・・・」
かごめは立ち上がり、白い靴をぬく・・・
チャプ・・・。
素足を波にひたして・・・
「私・・・。もう迷わないから・・・。決めた」
「決めたって・・・何を」
「・・・。当てて・・・みなさいッ、えいッ!!」
バシャッ・・・
かごめは犬夜叉に海水攻撃。
「つめてぇっ。何すんだ・・・!」
「悔しかったら当ててみなさい。ふふ」
「わかるかよ。そんなもんっ。わっ・・・やめろ」
バシャッバシャ・・・
海ではしゃぐ子供のように
戯れ合う
笑い合う・・・
そして・・・
切なさを胸に秘めて・・・
海は、朝日に照らされてきらきら光っていた・・・。
朝食を済ませ、荷物をロビーに運ぶ。
「犬夜叉。忘れ物、ない?私、先、玄関行ってるね」
「おう」
かごめが部屋を出て行ったのを見計らって
犬夜叉はポケットの携帯を見た。
(桔梗からは連絡ねぇか・・・)
「・・・」
つい、こんなことをやってしまう自分がいやだ。
だが、かごめのことも、桔梗のことも気になってしまう
のが今の自分。
偽れない真実。
この悶々とした感情から逃げないのが
今、自分にできることだと
結論つける
「・・・。悪い。んじゃ行くか」
「うん」
荷物を持って旅館を出る。
「ありがとうございましたー!またのお越しをお待ちしております」
仲居一同が二人を笑顔で見送る。
かごめも笑顔で手を振って旅館をあとにした。
今日は海沿いにある海浜博物館に行こうとかごめは昨夜行っていた。
だが・・・
かごめが向かったのは。
駅。
「おい・・・。何で切符買ってんだ・・・?」
「・・・。だって切符買わなきゃ電車乗れないでしょ」
窓口で切符を二枚、買うかごめ。
「博物館行くんじゃなかったのか?」
「うん。でも・・・なんとなく帰りたくなったの。ごめんね。勝手な
こといって」
「い、いや別にかまわねぇけど・・・」
かごめの”ごめんね”が辛い。
早く帰ることになってどこか、ホッとした犬夜叉。
飛行場へ行く時間に間に合うからだ・・・。
二人は切符を手に、改札口をとおってホームにあがった。
ホームには誰もいない。
波の音と潮の香りだけ・・・。
「ふー・・・。きもちいいーねー」
かごめは両手を伸ばし深呼吸。
「犬夜叉」
「あ?」
「一緒に旅行に付き合ってくれて・・・ありがとう。楽しかったよ」
「けっ・・・(照)」
「・・・。本当に・・・いい思い出ができた・・・」
しんみり・・・噛み締めるようにかごめは言った。
「・・・。なんだよ。思い出思い出って・・・。旅行なんかまた
弥勒たちさそってくりゃいーだろ」
「・・・うん・・・。そう・・・だね・・・」
カンカンカン・・・。
電車が来る案内音。
「来たよ」
「おう」
プシュー・・・。
電車が入ってきて、自動ドアが開く。
犬夜叉が先に乗る。
「・・・。おい。かごめどうしたんだよ」
「・・・」
かごめは黙してただ犬夜叉を見つめる・・・
「何してんだよ。早く乗らねぇといっちまうぞ!!」
「私・・・は乗れない・・・」
「おい、かごめ?忘れ物でもしたのか!??」
かごめは首を振る。
「とにかく早く乗れ!!早く!」
「・・・。桔梗のところへ行ってあげてね」
「え!?」
”まもなくー。発車いたしマース”
車掌がホームを点検し、車内に乗り込む。
「か・・・かごめ、お、お前・・・」
「犬夜叉・・・」
「・・・か・・・かごめ・・・」
プシュー・・・
ドアが・・・閉る。
ドアの向こう・・・。
かごめが・・・何かをつぶやいた。
かごめの口は四文字を犬夜叉に伝えた・・・
”バ イ バ イ”
(えっ・・・)
ガッタン・・・ゴトン・・・
ゆっくり・・・電車は動き出す・・・
ガッタンゴトン・・・
ホームの・・・
かごめが小さくなっていく・・・。
(か・・・かごめ・・・っ)
犬夜叉はすぐさま窓をガラッと開け、ホームの先端にいるかごめを見つめた。
(そ・・・そんな・・・。なんだよっ。一体なんだよ・・・っ)
遠ざかっていく電車をずっと
見送るかごめ・・・
(かごめ・・・!)
ガッタンゴトン・・・。
窓にはりついく犬夜叉・・・。
どんどんホームはみえなくなり・・・
かごめの姿も・・・
小さくなって・・・
消えた・・・。
「・・・どういうことだよ。突然・・・かごめ・・・」
混乱し、ずるっと床に座り込む犬夜叉・・・。
力が抜けた。
あまりにも突然。
あまりにも唐突。
あまりにも・・・
(・・・。様子が変だとは思っていたけど・・・。なんだよ。これは・・・)
訳が分からない犬夜叉・・・。
足元に置いたスポーツバックに一通のピンクの封筒に気がつく。
『犬夜叉へ』
(かごめの字だ!)
カサッ。
苺の香りがする便箋を開く・・・
かごめの細く、しっかりした綺麗な字・・・
「・・・」
『犬夜叉・・・。ごめんね・・・。でも・・・これが私が出した結論なの・・・。
私は・・・一人になってみようと思う・・・。
今の私じゃ・・・きっと駄目になる・・・
ごめんね・・・
ごめんね。
勝手なことしてごめんね・・・
・・・バイバイ』
数行だけだった。
「・・こんだけかよ・・・たった・・・」
手紙をグシャリと握り締める・・・。
「なんで・・・ないんだ」
一人になりたい・・・かごめの気持ちはわかったけれど・・・
”バイバイ”
の後に続く言葉・・・
”またね”
「どうして・・・。どうして。どうして・・・どうして・・・。
俺が・・・悪い・・・のか・・・俺が・・・」
またね・・・がない。
もう会うことはない。
会う意志はない・・・
”バイバイ”
笑顔で言った・・・
”犬夜叉・・・バイバイ”
(かごめ・・・っ)
ガタンゴトン・・・
列車は揺れる・・・
髪を掻き毟るように座り込んだ犬夜叉・・・
暗いトンネルに電車は入る・・・
電車が到着しても・・・
立ち上がれなかった・・・。
ザザン・・・
一人・・・波打ち際を歩くかごめ・・・。
波が緩やかな所で立ち止まり、バックから
もう一通の封筒を取り出す。
『犬夜叉へ』
最初に書いた犬夜叉への宛てた手紙だ。
昨夜・・・書いた手紙。
自分の想いを全て・・・書いた。
便箋2枚にもなった。
いや、2枚じゃない。3枚、4枚・・・
何枚あったって足りない。
伝えたかった自分の想いの全て。
でも渡せなかった。
・・・別れを決めたのは自分だから・・・
ビリ・・・っ。
ビリビリッ。
かごめは犬夜叉に認めた(したためた)手紙を
一枚一枚・・・破っていく。
一枚
一枚・・・
舞い上がっていく
刻んだ想い・・・
”お前はお前でいいんだ・・・。元気だせ”
自分を励ましてくれた犬夜叉・・・
(・・・。ごめんね・・・)
一緒に
お揃いのキーホルダーを買ってくれた。
「ごめんね・・・。逃げてしまって・・・」
お揃いのキーホルダー・・・
いるかのキーホルダー・・・。照れながらもつけてくれた・・・
「ごめんね・・・。そばいるっていったのに・・・。できなくて・・・」
犬夜叉と楽しかった思い出・・・
いっぱいできた・・・
いっぱい・・・
「ごめんね・・・。ごめんね・・・ご・・・ごめ・・・」
波のように押し寄せる涙を
両手で押さえる
押さえる・・・
「ほんとに・・・ごめ・・・んね・・・」
破った便箋・・・
吹き上げる海の風に舞い上がる・・・
切ない想いを乗せて・・・
「バイバイ・・・犬・・・夜又・・・バイバ・・・」
キラキラ光る波に・・・
かごめの涙の粒が溶けいった・・・