第84話 お前に・・・逢いに・・・来たんだよ
「ごちそうさまでしたー!」
星の子保育所ではこの日、月に一度のお泊り会の日だった。
子供達はにぎやかしくお風呂に入り、布団の上でひとはしゃぎして
ようやく眠った・・・
だが、ただひとり。
部屋の隅っこで縮こまっている少年。
「あきらくん・・・」
「かごめ先生・・・っ。ママが・・・。ママが・・・っ」
かごめに抱きつくあきら。
泣きじゃくり、鼻水が出ている。
「ほら、お鼻、チーンってして」
あきらの小さな団子っ鼻にはなかみをあてるかごめ。
「黒い服を着た”地獄の番人”がママを
つれていっちゃったんだ・・・。ボクがいい子にしてなかったからつれていっちゃったんだ・・・」
「大丈夫・・・。ここには地獄の番人は来ないから安心して・・・。大丈夫・・・」
アンパンマンのパジャマを着たあきらの背中をそっと撫でるかごめ・・・
実はあきらの母親が最近、突然亡くなって・・・
それからずっと誰かがそばに寄り添わないと眠れなくなっていたのだ
「本当・・・?本当にもう来ない・・・?」
「うん。もし、きたとしても私が追い返してやるわ!強いんだから!」
拳をグーにしてにこっと笑うかごめ・・・
「うん!かごめ先生強いもんね!」
あきらの顔にも笑みが戻った・・・
かごめはあきらと一緒に小さな布団に入った。
「あったかいなぁ。かごめ先生はね、ママと同じにおいがするんだ」
かごめの胸に頬をあて甘えるあきら
「そう・・・?嬉しいな」
あどけない微笑を、かごめは優しく抱きしめる
「・・・。あのさ。かごめ先生・・・」
「なあに?」
「”地獄の番人”ってトマト持ってるかな・・・?」
「え・・・?」
あきらの言っている意味がわからないかごめ。
「あのね、さっきね。玄関に来てたんだ。黒い服で
長い髪の男の人が・・・」
「・・・!」
(髪の長い・・・男の人って・・・)
かごめの心臓は一気に緊張した。
「かごめ先生の写真をボクに見せてね、”この人ここにいるか”って
聞いたの・・・。何度も」
「!!」
(ま・・・まさか・・・まさか・・・)
かごめの鼓動は早くなり、動揺を隠せない
「・・・どうしたの?先生」
「えっ・・・。な・・・なんでもないわなんでも・・・」
あきらに動揺する心を見透かされまいとかごめは必死に正気を保つ
「ボクね・・・。あのお兄ちゃん黒い服着ていたからてっきり
”地獄の番人”だと思ったんだ。かごめ先生をつれて行こうとしたって・・・。
だから嘘ついちゃったんだ・・・」
「あきらくん・・・」
「でもあんなに美味しいトマトくれないよね・・・”地獄の番人”は・・・。
また探しに来るかな・・・。どうかな」
「・・・どう・・・かな・・・」
返答に困るかごめ・・・
「今度来たときはちゃんと教えてあげるね」
「・・・そ・・・そうね・・・」
「おやすみなさい。かごめ先生」
「お・・・おやすみ・・・」
騒ぐ心を必死に抑え・・・かごめはあきらを寝かせる・・・
ビュウウウーー!
窓の外は荒れ模様・・・
かごめの心にも嵐が吹いていた・・・
(まさか・・・。犬夜叉が・・・この近くに・・・)
「・・・行けども行けども何もねぇ・・・へっくしぃ!」
軽トラで来た道を歩いて戻る犬夜叉・・・。
革ジャン一枚にビニール傘。
とてもじゃないがこの雨風に耐えられるものではない。
(・・・どうする・・・。ここで車が来るのでも待つか・・・。
それにしても・・・。なんでこんなに熱いんだ・・・)
冷たい雨で体は冷えるはずなのに・・・
体の芯が熱い。
だるい。
重い・・・。
視界が・・・ぼやける・・・
「う・・・」
犬夜叉の足元がふらつく・・・
蛇行しながら犬夜叉歩いて・・・
林道のガードレールの隙間に足がかかったとき・・・
「わッ!!!」
ガサササササササーーー・・・ッ!!!!
杉林の緩い坂を犬夜叉の体が枯れ葉を巻き上げ
転げ落ちていく・・・
杉林の坂の底。浅い小川が流れており、そこで犬夜叉の体は止った・・・。
「う・・・う・・・」
額から少し血が流れる・・・
犬夜叉は意識があるものの、体の熱で動けず・・・
(ここまできてこんな目に・・・俺は
アイツを探さなきゃいけねぇんだ・・・。探さなきゃ・・・。逢わなけりゃ・・・)
”逢いたい・・・”
その想い一つでここまで来たのに・・・
朦朧とする意識の中つぶやいた言葉は・・・
「・・・ごめ・・・」
・・・かごめ・・・
「・・・!?」
誰かに呼ばれた気がしてはっと起き上がるかごめ・・・
(今の・・・何・・・?あの声は・・・)
確かに聞こえた。
絶対聞こえた
ビュウウウウウッ!!
窓の外の散ってしまった桜の木。枝が折れそうなほどに強い風と雨・・・
・・・嫌な予感がする・・・
(犬夜叉・・・!)
かごめは紺色の雨合羽を着て懐中電灯、携帯電話を自転車のかごに突っ込んだ。
「かごめ先生?今頃どこへ・・・」
「すみません!園長先生。子供達のこと、お願いします!!」
ガラガラッ
バタン!
かごめは自転車のヘッドライトを照らし雨の中、
保育所を出て行った・・・
向かい風。
風を掻き分けるようにかごめは自転車を走らせる。
暗い林道・・・
(まさかとは思うけど・・・。でも・・・でも・・・何だか胸騒ぎが収まらない・・・!)
夢なのか
犬夜叉の声・・・
「犬夜叉ーー!!犬夜叉ーーー!!」
大声で叫ぶ。
「いぬ・・・。あ・・・!」
林道のガードレールの下に見えた赤いトマト。
”地獄の番人があんなに美味しいトマト持ってるわけないよね”
あきらの言葉が浮んだ。
(・・・犬夜叉・・・!!)
ガシャン!
かごめは自転車を乗り捨て、杉林の底をゆっくりと降りていく・・・
(犬夜叉・・・!犬夜叉・・・!犬夜叉・・・!)
滑りやすい濡れた枯れ葉の坂・・・
焦る気持ちを抑えつつゆっくり・・・ゆっくりおりていく・・・
まさかここまで犬夜叉が来るとは思わなかった。
いや、思えなかった・・・
自分から別れを切り出したのに
別れた瞬間から逢いたい気持ちが募った
そんな気持ちと闘うことが大切なのだと自分に言い聞かせた。だけど・・・
だけど・・・
逢いたかった
逢いたかった
逢いたくて苦しかった・・・
(・・・犬夜叉・・・!)
底の小川をバシャバシャと走って探すかごめ・・・
(何処・・・!?何処・・・!!)
小川の中を走るかごめ・・・
「・・・!?」
懐中電灯の光が岩陰にスニーカーが捉えた。
「犬夜叉・・・っ!!!」
懐中電灯を小川にポシャン!と放り投げ、枯れ葉まみれの犬夜叉にかごめは
駆け寄った。
「犬夜叉!!犬夜叉!しっかりして・・・!!」
優しい声・・・
ゆっくりと目を開ける犬夜叉だが・・・
(昨日見た夢の・・・続きか・・・?)
そう思ってしまうほど・・・
かごめの泣き顔が切なく・・・
「しっかりして・・・!!お願い・・・!!」
(・・・夢・・・。じゃねぇのか・・・?)
夢ではない感触を・・・
犬夜叉はかごめの手を握り締め確かめる・・・
「・・・かごめ・・・。お前・・・なのか・・・?やっぱり・・・」
「え・・・?何言ってるの・・・。私に決まってるじゃない・・・」
「そうか・・・。やっぱりお前だったんだな・・・」
(・・・夢・・・。じゃねぇ・・・)
やっと逢えた・・・
安堵と懐かしさと愛しさと・・・
犬夜叉の心が包まれた・・・
「犬夜叉・・・。しっかりして!!」
かごめははっとした。
犬夜叉の上半身を抱き上げた瞬間、体の熱さに・・・
(すごい熱だわ・・・!!どうしよう・・・!!どうしよう・・・!!)
かごめは自分が着ていた合羽を脱ぎ、犬夜叉に着せようとした
「・・・!」
犬夜叉の手がかごめをとめた。
「・・・。バカやってんじゃねぇよ・・・。お前が濡れるだろ・・・」
「で、でも・・・」
「へっ・・・。心配すんな・・・。こんなもんでくたばりゃしねぇよ・・・」
「犬夜叉・・・」
犬夜叉の優しさがしみこむ・・・
かごめは力の限り、冷えぬようにと犬夜叉の体をぎゅっと抱きしめた・・・
「・・・。もう・・。無理して・・・こんな・・・」
「無理なんかじゃ・・・ねぇ・・・」
息が荒い・・・
「犬夜叉・・・」
「ただ・・・・・・逢いたかった・・・お前に・・・ただ逢いたかった・・・」
顔が見たかった
声が聞きたかった・・・
「・・・文句あっ・・・か・・・」
「犬夜叉・・・ごめんね・・・。ごめんね・・・」
かごめの温もりに
犬夜叉の力が抜ける・・・
「犬夜叉っ・・・」
犬夜叉は熱と疲れで・・・
深い眠りに落ちた・・・
(犬夜叉・・・)
嬉しさと切なさと・・・
溢れる想い
いっぺんに込み上げてくる・・・
「犬夜叉・・・。あたしも・・・ずっと逢いたかったよ・・・。
ずっと・・・」
雨に打たれ、冷えるはずの体・・・
かごめは助けが来るまでずっとずっと
犬夜叉が冷えぬようにと犬夜叉の体を抱きしめ続けたのだった・・・