第88話 ラスト・メロディ
〜変わらぬ愛〜

 
”絶対また逢おうね・・・” かごめの声が耳から離れない・・・ 二度も別れを告げられてしまった (違う・・・。別れなんかじゃねぇ・・・) 星の子保育所から帰ってきて1週間。 犬夜叉は何事もなかったように仕事に出ていた。 最初・・・温泉旅行で突き放されたときは ただショックだった ・・・自分の情けなさだけを悔やんで・・・ けれど今は・・・ 「犬っころ。どうした」 「なんでも・・・」 「なんかうかねぇ顔してんな。お天道様はからっからに晴れてるぜ! すっきりケリつけねぇとな!!」 「ケリ・・・か」 造りかけの家の屋根の上。 見上げる。 同じ空の下でかごめが生きている・・・ (俺は変わってねぇ・・・。そうだ・・・。まだ俺には・・・) 向き合わなければいけない人物が居る ”一本の紐の端” 切れない紐でも・・・ ”一本”つずの強い紐にならなくてはいけない。 「・・・。犬夜叉。久しぶりだな・・・」 「桔梗・・・」 アメリカツアーが終わり、帰国した桔梗。 犬夜叉は”ある場所”に桔梗を呼び出した。 「・・・”ここ”にもう一度お前と来られるとは思わなかった・・・」 「・・・」 長い黒い髪をそっと耳にかける桔梗。 二人が来た場所・・・ それは二人が出会って・・・ 別れた場所だ・・・ 桜並木。 この場所で待ち合わせた・・・3年半前。 「3年・・・。長いのか短いのか・・・。色々なことがあった・・・」 「・・・そうだな・・・」 「・・・。桜は・・・。人の出会いと別れを意味する花・・・。 ふっ・・・。この場所には似合いの花か・・・」 「・・・」 既に桜の季節はすぎ、初夏の香り だけど変わらない・・・ 風景は・・・。 「・・・。桔梗・・・。俺は・・・。お前に・・・。何もしてやれなかった・・・。 今も昔も・・・」 「・・・」 「俺は・・・。お前のためなら・・・。何でもする・・・。いや・・・。したい・・・ そう思ってる・・・」 桔梗はただ黙って・・・ 犬夜叉の言葉に耳を傾けている・・・ 「けど・・・。駄目なんだ。俺は・・・。俺は・・・!」 「・・・犬夜叉。聞いてくれないか」 「え?」 桔梗はバイオリンケースを開け、 弦とバイオリンを取り出した。 「新曲を作った・・・。タイトルは・・・『変わらぬ愛』」 「・・・桔梗・・・」 「・・・聞いて欲しい・・・。私の3年。お前と共にすごした3年を・・・」 桔梗のその瞳は・・・ 何かを悟ったようなすんだ瞳・・・ (桔梗。お前・・・) 背筋を伸ばし 手を伸ばし 桔梗は バイオリンをまるで娘のように優しく奏ではじめる・・・ 3年前のどこか張り詰めた音ではない 優しい凛とした音色・・・ (桔梗・・・) 思い出す・・・ このバイオリンの音色が 初めて自分以外の”誰か”を信じた 信じるきっかけを与えてくれた・・・ 犬夜叉にも 桔梗にも・・・ ”一緒に・・・生きてくれるか・・・。お前のために生きたい・・・” ”桔梗・・・” ”何もかも捨てられる・・・。お前のために・・・。だから・・・” ”わかった・・・。お前と一緒に行く・・・。お前となら俺は・・・” 交わした約束・・・ けれど 約束は実を結ぶことはなかった・・・ ”お前が生きていてくれてよかった・・・。本当によかった・・・” 再会して 流れてしまった時間 何度も時間が戻ればと思った・・・ 新しく始められると思った・・・ (桔梗・・・) 風に揺れる若木。 桔梗の奏でる音色にも揺れて・・・ 清清しさすら感じる 響きだ・・・ 音色が終わっても犬夜叉の心に響き続けている。 「・・・。いい・・・音だ・・・」 「・・・。お前のためだけに作った・・・。私の全てを込めて・・・」 桔梗は楽譜を犬夜叉に手渡した・・・ その楽譜のタイトルは・・・ 『変わらぬ愛』 「・・・。お前と共に生きたいと願った私の想いは・・・。 今も変わらない・・・。だが・・・お前が違うのだな・・・」 「・・・。桔梗・・・」 ビリ ビリリリ・・・! 「き・・・桔梗・・・!?」 桔梗は突然、楽譜を破き始めた。 「いいんだ・・・。もう・・・”想い”は伝えられた・・・」 やぶられた楽譜は・・・ 風に乗り・・・ 川の水面に舞い落ちた・・・ 「・・・。私の想いは永久に変わらん・・・。それだけで 充分だ・・・」 「桔梗・・・」 「犬夜叉・・・。行け・・・。私は一人でもう立てる・・・」 「桔梗・・・」 「お前を愛した自分も・・・。今の自分も・・・。私は好きだ。 だから・・・もう・・・。お前はお前の望む道を行け・・・」 バイオリンをしまう桔梗・・・ その靡く黒髪は より一層・・・ 誇り高く美しい。 「・・・お前・・・最初から何もかもわかって・・・」 「・・・。一週間後。私はヨーロッパに発つ・・・。武者修行してくる・・・」 「桔梗・・・」 光る。 川面が・・・ 「犬夜叉・・。私の音色だけは・・・忘れないでいてくれるか・・・?」 「・・・忘れるわけねぇだろ・・・。一生・・・覚えてる・・・」 「・・・。ありがとう・・・」 桔梗は静かにバイオリンをしまい、 その場を立ち去ろうとした・・・ 「桔梗・・・っ!!」 桔梗の手を掴む犬夜叉。 「もし・・・。なんか辛いことがあったら・・・。いつでも 言ってくれ・・・。ずっと俺はお前の味方だ・・・」 「犬夜叉・・・」 「桔梗の支えになりたい・・・。それは今もこれからも 変わらない・・・」 ”あたしは何があっても犬夜叉の味方だからね” 不思議だ。 かごめと同じ台詞を 自分が口にしている 「お前は・・・私の全てだった・・・。本当に・・・本当に・・・」 犬夜叉の胸にしがみつく桔梗・・・ 「桔梗・・・」 一本の紐・・・ 切れることない 切られない 縁。 それでも気がついてしまった 時間という流れと運命で・・・ 一本の紐が 二本になってしまっていることを・・・ 「すまん・・・」 桔梗は犬夜叉から離れた 「今日はお前にそれをいいにきたんじゃない・・・。 お前と出会えて・・・よかった・・・。そう言いたかった・・・」 「・・・。ああ・・・。俺も同じだ・・・」 「犬夜叉・・・。ありがとう・・・」 「桔梗・・・。俺も・・・」 犬夜叉に手を差し出す桔梗・・・ 握手した細く白い手は 確かにあたたかく 生きている・・・ プップー・・・! 土手に止まっていた黒塗りの車からクラクションが 「行かねば・・・。もうメールもしない・・・」 「桔梗・・・」 「犬夜叉・・・。ありがとう・・・」 桔梗は歩く 犬夜叉にそう告げ 離れる・・・ 振り返らず 桔梗は・・・ (桔梗・・・) 桔梗の花言葉。 変わらぬ愛。 その変わらぬ愛は今・・・ 新しい第一歩の糧となり美しい花を咲かす・・・ 「桔梗・・・。俺も・・・ありがとう・・・」 一度は共に生きようと誓い合った女・・・ もし これから・・・ 桔梗が自分に救いの手を求めてきたとき 自分はできるかぎりのことをしようと思う・・・ 例え 共にいきられなくとも・・・ 人と人のつながりは簡単に消えはしない・・・ ”私・・・は慣れていてもそばにいる・・・。ずっと一緒にいる・・・” 初夏の空。 かごめの言葉を想い・・・ 犬夜叉は見上げた・・・ どこまでも青い空を・・・