第40話 突然消えた隣の灯り

大学へ行く途中の朝。かごめはコンビニに寄り、あのかごめは手当たり次第に雑誌をめくった。

週刊誌全部・・・。

しかし、桔梗の事は大々的に載っているが自分や犬夜叉の事はどの雑誌にも載っていない。

(おかしいな・・・。まだ発売されていないのかしら?)

その次の日もそのまた次の日も。

コンビニや本屋に行って雑誌を見るが一向にかごめと犬夜叉の事は載らなかった。

そして。いつも通り楓の部屋にて犬夜叉達が記事の事について話をしていた。

「もうあれから一週間以上経つのに・・・。変でしょ?珊瑚ちゃん」

「そうだよね。何の音沙汰もないなんて・・・」

考え込む弥勒と珊瑚の横で寝転がっていた犬夜叉がぼそりと言った。

「樹の奴だよ」

「え?」

「樹の奴があのカメラマンが所属する出版社に掛け合って差し押さえたんだ・・・」

「でも犬夜叉。樹さんは私と犬夜叉が写真撮られたこと知らないはずなのにどうして・・・」

「”樹、頼む。せめてかごめの事だけでも記事にならねぇようになんとかしてくれねぇか。俺の事はかまわねぇから・・・。俺のせいでかごめが世間に曝(さら)されるのだけは嫌なんだ・・・”こんな台詞を何日か前に言っていましたな、犬夜叉」

弥勒がニヤッと笑ってこれ見よがしに言う。

「みっ、弥勒てめぇッ・・・!!立ち聞きしてやがったな・・・!!」

「お前の地声がでかいんですよ。ったく。照れ屋ですなぁ。わざわざかごめ様に聞こえない様にと私の部屋の前で携帯かけてるんだから・・・」

「・・・けっ・・・。(照)」

照れくさそうにごろんと背を向けて寝転がる犬夜叉。

「犬夜叉・・・。でも私だったら大丈夫だよ」

「な、何が『大丈夫』なんだよ。お前の過去も全部かかれちまうんだぞ。草太やお前のオフクロさんにだって影響するじゃねぇか!何より・・・。お前の写真が沢山の心ない奴らに見られると思ったら俺はそれが・・・」

「犬夜叉・・・。ありがとう・・・」

「・・・んなっ(照)な、何回も礼なんて言うな・・・。けっ・・・」

自分を心配して気遣う犬夜叉の気持ちが伝わってかごめは嬉しかった・・・。

感謝の気持ち一杯のかごめの視線に犬夜叉もまんざらではなさそう・・・。


何だか犬夜叉とかごめの周りだけ、ふわふわとした二人だけの空気がだだ寄う・・・。

「コホン。お二人さん。ラブラブモードはその辺に。しかし、犬夜叉、かごめ様。マスコミは蛇の様にしつこいですぞ。くれぐれも気をつけてくだされ」

弥勒の忠告。確かに樹が出版社に圧力をかけたとはいえ、それが何回も通用するかといえば・・・不安が残る。

「でも何か腹立つよね!!盗み撮りなんてさ!ねぇ弥勒さま、警察とか弁護士とか・・・。専門家に相談とかできないのかな」

「無理でしょうな。記事が出て、それがよほどかごめ様と犬夜叉の人格を傷つけるような内容の記事が出た・・・とかならともかく・・・。ただ、写真を撮られそうになった・・・だけでは法律は動かせません」

「でもさ、実際かごめちゃんは尾行されたりしてるんだよ?ストーカーみたいじゃないか!それでも駄目なの?」

「多分『相談』には受け付けてくれるでしょうが・・・。でも実際動いてくれるかどうかは・・・。それにですね、警察や弁護士をやとって事を大きくすればするほど、内容がセンセーショナルになって相手側を喜ばせるだけだと・・・」

「くそう!!もう・・・!取材される側の権利とか身の安全とかってのは保証されないのか!!もう・・・っ。歯がゆい!!」

正義感が人一倍強い珊瑚。

親友達の困った状況に何もできない自分が歯がゆくて、拳をぐっと握りしめる・・・。

「珊瑚ちゃん、弥勒様ありがとう。二人の気持ちだけで私、すごく心強いよ。大丈夫、私、負けないから。だって一人じゃないもの・・・。ね!犬夜叉!」

「あ・・・ああ・・・。そうだな・・・」

「じゃ、みんな、夕飯にしましょ♪今日は、お久しぶりのすき焼きでーす♪」

心強い友達の存在にかごめは本当に嬉しそうだ。

にこにこ笑いながらすき焼き用の鍋に油をひいて、肉や野菜をもりつける・・・。

(かごめ・・・)

だがかごめの笑顔を見れば見るほど、溜まらない気持ちになる。

(俺がこのままかごめのそばに居たんじゃ・・・。この先もどんな事が起きるかわからねぇ・・・)

犬夜叉の一抹のその不安はすぐ的中することになる。


それから何日かしたある日・・・。

アパートの近所どなりの家々から楓の元に苦情の電話が何本もかかった。

内容は。

『あの、最近アパートの近くをカメラをもった妙な男達がうろうろしてるんですけど、どういったご事情なのでしょうか?気味が悪くて子供を外に出せません』

『変な男達、なんとかしてください。ごみ置き場にたばこの吸い殻が捨ててあったんです。まだ完全に消えてなかったんですよ?火事になったらどうするんですか?一体、貴方のアパートにはどういった方がお住まいなのですか?』

こんな苦情の電話が何本もかかってきたのだ。

楓は犬夜叉達にはこのことは伝えなかったが、近所の主婦達の噂話はすぐ犬夜叉やかごめの耳にも入ってきた。

「すまねぇ、楓ばばあ・・・。俺のせいで・・・」

「自分を責めている暇があったらかごめ助けろ」

「かごめ?かごめがどうかしたのか!?」

「マスコミの奴らがゴミ置き場からカメラを向けていることに気づいて怒って出ていった珊瑚を心配してかごめも追いかけていったんじゃ」

「!!」

ガタガタガタ・・・!

犬夜叉はすぐさま楓の部屋を素早く走って出ていった・・・。

「・・・犬夜叉。しっかりな・・・」

楓はお茶を一口飲んでそう呟いたのだった・・・。



「かごめー!!」

犬夜叉が慌ててアパートの裏のゴミ置き場に行ってみると、そこでは竹ぼうきとちりとりを持たされた男二人がゴミ置き場を掃き掃除していた・・・。

「おい・・・。かごめ、珊瑚、これは一体どういうことだ・・・」

「あ、犬夜叉。見ればわかるだろ。公共の道路を汚した罰として、奉仕活動だよ」

腕組みをした珊瑚は仁王立ちして堂々と言った。

「奉仕活動って・・・」

「こいつら、盗み撮りしてる最中、煙草の灰やら吸い殻やらこの辺りを汚したんだよ。だから掃除させてるんだ」

「う、うん。でも珊瑚ちゃん、もうその辺でいいよ」

「駄目だよ。かごめちゃん、甘やかしちゃ!もし火事になったらどうするのさ!おい、あんたたち、いい大人なんだから常識ってもん考えなさいよ!!近所から苦情きてるんだから!!」

珊瑚の言葉にカメラマン二人はかなり神妙に俯く・・・。

「あの・・・。カメラマンさん達・・・。お願いです。私に取材したいのならちゃんと申し込んで下さい。こそこそしたりしないで・・・。他の人に迷惑かける事だけはやめてください。あなた方が捨てた煙草でもしここが火事になったらどうしますか?あなた達が消してくれますか?あなた方だってカメラマンで在る前に最低限の常識の在る方々ですよね?お願いします。もうこそこそするのはやめてください・・・。お願いします・・・!」

かごめはカメラマン二人に深々と頭をさげて頼んだ・・・。

「止めろ、かごめ!頭なんか下げる必要ねぇ!!こいつらになんか・・・」

カメラマンにくってかかろうとした犬夜叉をカメラマンの前に立って止めるかごめ。

「犬夜叉。いいの」

「何がいいんだよ!!」


「人に・・・。人に何か伝えるときは誠意を持たなくちゃ・・・。どれだけ腹が立っても、哀しくても、人に何か伝えるときはね誠意を持って・・・。真っ直ぐに伝えなくちゃ・・・。相手に自分の本当の真意、伝わらないと思うから・・・」

「だけど、こいつらにそんな真面目な理屈通らねぇよ!」

「そうだとしても・・・。私は自分の気持ちを真っ直ぐに伝えたいの・・・。それが大切だって思ってるから・・・」

「かごめ・・・」


例え・・・。自分の気持ちが相手に通じなくても。

馬鹿にされても。貶(だま)されても。裏切られても・・・。


誰かに何かを伝えたい時は素直に、ありのままを言葉にしたい・・・。

誠意を持って。諦めずに・・・。


「おい、あんた達、今のかごめちゃんの言葉聞いただろ?メディアってそういう事が大事なんじゃないの?犯罪まがいな事して、誰か傷つけて、迷惑かけてまで取材して写真撮って・・・。何の意味があるのさ?」

「フン・・・。小娘が偉そうな事いきまいてんじゃねぇよ。俺らの仕事ってのはな、”恨まれてなんぼの世界なんだ。それにな、世の中ってのはな、人の不幸やスキャンダルを見たがる奴ばっかりなんだよ。だから俺ら応えてやってるんだ」

カメラマンの片方の一人が唾を吐いてそう言った。

「なんだって・・・この・・・ッ!」

「なんだよやんのかよ!!」

珊瑚にくってかかろうとした小太りのカメラマンをもう一人の痩せたカメラマンの男が止めた。

「やめとけ。大野(小太りカメラマンの方の名前)」

「で、でも・・・っ」

「・・・。もう、このネタは俺は降りた」

「ええッ。でも、編集長は何が何でも月島桔梗ネタをとってこいって・・・」

「何か・・・。しらけちまった」

痩せた方のカメラマンは自分のカメラからフィルムを取り出して、ゴミ箱に捨てた。

「な、なんて事するんですか!!やっと撮れた一枚なのに・・・」

「・・・月島桔梗似の若い娘撮っただけじゃねぇか。なーんかしらけたな。おい、飲み行くぞ」

「ええッ、ちょ、ちょっと・・・!!」


小太りのカメラマンの首根っこをつかんで痩せた方のカメラマンはその場を離れていく・・・。

しかし去り際にかごめ達に一言。

”あんたらの『説教』。むかついたけど説得力あったぜ・・・”

と言い残し、かごめ達の前から姿を消したのだった・・・。

「・・・わかって・・・くれたのかな。あの人達・・・」

「さあね・・・。でも少なくとももう、道路に煙草の吸い殻を落とす事はないだろうね・・・」

ごみ置き場は綺麗になっている。

吸い殻は全部、本人達が持って帰った・・・。

「・・・じゃ、帰ろう。犬夜叉。珊瑚ちゃん」

「そうだね」

かごめと珊瑚がアパートへ帰ろうと歩き出したとき犬夜叉が言った。


「出る・・・」


「何、聞こえなかった・・・」

「かごめ・・・。俺・・・。今夜アパートを出る・・・」

「え・・・!?」


突然の犬夜叉の申し出にかごめと珊瑚は後ろの犬夜叉に振り返る。


「で、出るって。犬夜叉・・・」

「実は工務店の従業員寮に空きが出たんだ・・・。いつでも体一つで入居できる・・・」

犬夜叉は今日、その手続きをしてきたばかりだった。


「そ、そんな・・・!犬夜叉、どうして・・・!」

「もうこれ以上・・・。これ以上、お前らに迷惑かけられねぇ・・・」

「迷惑だなんてそんな事全然気にしてないわ・・・!私なら大丈夫って言ってるじゃない・・・!」

「だけど・・・。今夜みてぇな事が何回起きるかわからねぇじゃねぇか。近所にまで影響出てきたんだぞ。もう限界だろ・・・」

「・・・」


確かに・・・。自分は大丈夫といっても、無関係な人達を巻き込むわけにはいかない・・・。

「だったら私が出るわ」

「なっ。何いってんだよ!お前が出る理由はねぇじゃねぇか」

「でも写真を撮られたのは私よ!私が出るのが筋ってもんでしょ・・・!?」

「そもそもの原因は俺だ!!俺があそこにいるかぎりお前を巻き込むんだよ!何でそれがわからねぇ!」

「だから私は平気って何度も言ってるでしょ!!」

「うるせえッ!!もういいッ!!俺は出るって決めたんだ!!」

強情な犬夜叉にかごめはプチンと切れた。


「あーそうですか!分かったわよ!そこまで言うなら出ていけばいいじゃない!!もう知らないッ!!」


「あ、かごめちゃん!!」


俯いたまま・・・。

かごめは一人、先に部屋に戻ってしまった・・・。


どうしてケンカになってしまうのか・・・。

お互いを気遣い合っているだけなのに・・・。


「犬夜叉。あんたの気持ちも分かるけど。何も今夜ってのは急すぎだよ・・・」

「うるせぇ・・・」

「・・・かごめちゃん・・・。あんたの側にいたんだよ・・・。なのに・・・」

「うるせえッ!っていってんだろ!!俺はもう・・・。決めたんだ!」

犬夜叉の背中が震えている・・・。

きっと犬夜叉もかごめちゃんと同じ気持ちなんだ・・・。


珊瑚はそう感じた・・・。


そして。アパートに戻った犬夜叉。

着の身着のまま、着替えが少し入った紙袋一つ。

弥勒と珊瑚、楓、そしてゴマちゃん(アパートで最近飼いだした犬です。詳細は第37話にて)が犬夜叉を見送ることになった。

「犬夜叉。本当に行くのか・・・?」

「ああ・・・。後の荷物はまた取りにくるさ」

「・・・そうか。じゃ、気をつけてな・・・」

「ああ・・・。お前達もな」

「犬夜叉!!待ってよ!かごめちゃんに何も言わなくていいの!?」

珊瑚の声に立ち止まり、チラッと二階のかごめの部屋に視線を送る犬夜叉・・・。

(かごめ・・・。すまねぇ・・・。だけどこれ位しか俺は・・・お前にしてやれねぇんだ・・・)


「かごめの事・・・。よろしく頼む・・・!」

そう弥勒達に言い残し・・・。


犬夜叉はその夜、楓荘を去ったのだった・・・。



一方・・・。かごめは・・・。



犬夜叉が出ていったその日の夜中・・・。

かごめは犬夜叉の部屋いた・・・。


殺風景な部屋・・・。

冷蔵庫を開けるとビールとつまみしかなくて。


押入にはため込んだ洗濯物・・・。


テーブルの上にはカップラーメンばっかり山積み・・・。


まだこんなに犬夜叉がついさっきまでいた形跡があるのに・・・。


犬夜叉の姿はどこにもない・・・。


出ていってしまったんだ・・・。


もう・・・。犬夜叉はこの部屋にはいない・・・。


明日の夜も明後日の夜も・・・。


この部屋の電気が灯ることはない・・・。


(犬夜叉・・・)


いつも隣にいた筈の犬夜叉がいない・・・。


出ていってから時間がたっていないのに、部屋の暗さがかごめに言いようのない寂しさを与えた・・・。


クワン・・・。


かごめに抱かれたゴマちゃんがかごめの唇をぺろぺろ舐める。


「ゴマちゃん・・・。励ましてくれてるの・・・?ありがと・・・。そうよね・・・。別に寂しいことなんかないよね・・・。会おうと思えば会えるんだし・・・。今生の別れって訳でもないんだし・・・」


でも・・・。


この部屋に・・・犬夜叉がいない・・・。


朝起きてもおはようと声をかけられない・・・。


寝癖つけたまま、起きてくる犬夜叉はもういない・・・。


(犬夜叉・・・。犬夜叉・・・)



ゴマちゃんをギュッと抱きしめるかごめ・・・。


ゴマちゃんの体に・・・。

ポタっと一滴の滴が落ちて濡れたのだった・・・。