第48話 つきまとう影 

桔梗のコンサートのチケットは販売三日で完売。

『月島桔梗のチケット譲ってください』と、インターネットでオークション高値で売買されるほど。

ワイドショーや雑誌にもにも取り上げられ、巷は桔梗ブームだった。


県立総合会館。

戦国町で一番大きいコンサートホール。

収容員数1000人を誇る。

大きく広い舞台。

チェロ、バス、ドラム、ハープ・・・。

一流の演奏者達が練習のため楽譜をセットしたり、楽器の手入れをしている。

コツ・・・。

白いロングスカートが揺れる。

バイオリンを片手に現れた桔梗に皆はシーンと一瞬静まる。

「どうしたんだ。みんな」

指揮台に樹があがる。

「早速、音あわせしてみようか。桔梗」

桔梗は静かに座り弦を持つ。

背筋が直線に伸び、バイオリンを持つ桔梗の姿は実に美しい。

そして樹がタクトを振り上げるとホールに楽器たちの音色が響く。

間奏の桔梗のバイオリンソロの部分。

見事な伸びやかな音色。

他の楽員達に桔梗のバイオリンの音色はやはりその天才的な才能に改めて驚かせた・・・。


「いやぁ。やっぱり月島さんのバイオリンはすごいなぁ・・・。圧倒されちゃいますよー」

少しなれなれしい若い楽団員たちに囲まれる桔梗。

その輪をすっとすりぬけ、クールさをあたりに振りまく。

(ああいう部分は変わってないな・・・)

と思う樹。

一人の楽員が桔梗に花束を持ってきた。

「あの・・・。月島さんに花束が届けられ居ます」

「・・・花束・・・?」

季節外れの桔梗の花・・・。

それには不気味なメッセージが・・・。


『目覚めた桔梗の花に災いありたし』

「なんだ 。薄気味悪いな・・・」

メッセージカードには差出人の名はない。

「ただのいたずらか・・・。それにしたって何だか・・・」

ビリッ・・・。

桔梗は済ました顔でカードを破り捨てた。

「くだらないことに気をまわさなくていい・・・。樹、練習を続けよう・・・」

周囲の心配も気にしない桔梗・・・。

「さすが・・・。月島先輩・・・」


今の桔梗にはこのコンサートを成功させることだけしか頭にない。

このコンサートを成功させて自分の中で何を変わりたい・・・。


そう、桔梗は強く思っていた。


(桔梗・・・)

桔梗の意気込みを感じる樹だったが・・・。


微かに、嫌な不安を感じていた・・・。



「は〜。ゴマちゃん、夕陽が綺麗ねー・・・」

橋の上から川に映る夕陽をゴマちゃんを抱いて見つめるかごめ。

ここはゴマちゃんのお気に入りのお散歩コースでもある。

「こうして太陽が沈んでいってまた明日、朝日になるのね。そうやって日が過ぎていく・・・。なーんてちょっと詩人になってみたりして(笑)」

ワンワン!【かごめちゃんには結構そういうセンスあると私、思うわよ!ま、アイツ(犬)にはないだろうけどね!】

「ふふ。ありがとゴマちゃん」

かごめはゴマちゃんをぎゅっと抱きしめた。

「さ、帰ろう!今日は美味しいミートボールつくってあげる!」

ワン!【イヤッホー!かごめちゃん、最高!】

元気に走って橋を渡ってアパートに向かうかごめとゴマちゃん。

その50メートルほど後から一人の若いスーツをきた男がじっとかごめ達のあとをつけている。

かごめも気がつくがたまたま行く方向が同じだろうと思い直した。

しかし、若い男もアパートの方向へ歩く。

(・・・なんか気味悪いな・・・。早く帰ろう)

かごめは少し小走りにアパートを目指した。

すると男も小走りになり、かごめとの距離を縮めてきた・・・!


(や、やだ・・・。何!?)

かごめは全速力で走るが男が追いついてかごめの手をつかんだ!

「お嬢さん!」

ドン!

「わッ」

かごめは両手で男を突き飛ばし、男はコンクリートの塀にとんだ。

「いっとくけど、私、珊瑚ちゃんから空手の技習ってるのよ!変なことしたら承知しないから!!」

珊瑚から伝授された技を両手構えるかごめ。

「な、何か勘違いされていませんか?僕はただ、貴方が落とした定期入れを拾って・・・」

「え」

ポーチの中をあわててみると、確かに定期がない。

「あ・・・。や、やだあたしったら・・・。ご、ごめんなさいッ。突き飛ばしたりして・・・」

「いえいえ・・・。それよりなかなか勇ましいですね。ハハ」

なんとも人当たりのよさそうな笑顔。

男はスーツのズボンをパンパンと払いながら立ち上がった。

「あの・・・。本当にすみませんでした。なんておわびしていいか・・・」

「気になさらないでください。とにかく定期入れ、お渡ししました。よかったですね」

「ありがとうございます」

「では僕はこれで」

本当に『いい人』の笑顔で男はかごめに定期を渡し、去っていった・・・。

「あーあ。やだ。あたしったら・・・」

かごめが何気なく定期入れをあけると・・・。

ヒラッ・・・。

何か落ちた。


「・・・?」


紫色の花びら・・・。


(・・・これは・・・。もしかして桔梗の花の・・・)


何故だかその時、かごめは微かに不安を覚えた。

偶然はいったなんて考えられない・・・。

ワンワン!【かごめちゃん?どうしたの?不安そうな顔して・・・】

心配そうにかごめを見上げるゴマちゃん・・・。

「え?なんでもないわ・・・。そうきっとなんでも・・・」

ゴマちゃんをぎゅっと抱きしめるかごめ・・・。

「おう。どうした?」

仕事帰りの犬夜叉。

ほんのり日焼けしている。

「あ・・・。おかえり」

「なんだよ。元気ねぇかおして。悪いモンでも食ったか?」

ワンワンッ!【相変わらず鈍感男ね!かごめちゃんの様子をもっと察しなさいよ!!】

ゴマちゃんのアドバイスもなかなか通じない。

「ちょっと疲れただけ・・・。あ、今日の夕飯、マーボー豆腐にしよ。食べる?」

「・・・食ってやってもいいけど」

「全く素直じゃないんだから・・・。さッかえろッ!」

犬夜叉の腕にかごめは手をかける。

ちょっと嬉しそうな犬夜叉。

二人は夕飯のおかずについてもめながらアパートに帰って行った・・・。



1DLの暗いマンションの一室。

暗い部屋に電球一つ、明かりがついて・・・。

フローリングの冷たい床に

上半身裸の男。

大の字なり、ぼんやり天井を見ている。

昼間、かごめの定期を拾った男だ・・・。

「フフ・・・。兄さん・・・。順調だよ・・・。何もかも・・・」

男の手には犬夜叉、かごめ、桔梗3人の写真を手にして不気味に微笑う・・・。


「だから安心してくれ・・・。兄さん・・・」


グシャッ・・・。


写真をねじ伏せるように右手で握りつぶす・・・。


深い憎しみを込めて・・・。