第50話 見えない溝 

雨の中。

樹の心中を知ったかごめ。

樹の寂しさ、虚しさ、

どれも分かる気がする・・・。


どれだけそばにいても

どれだけ想い人のために何かしても


心だけは動かせない。


その心は変えられない。


犬夜叉の心から桔梗がいるように・・・。





チュン・・・チュン・・・。


雨上がりの朝は雀も少し濡れている。


カーテンを開け、外は何もかもまだ濡れ、朝日に反射して光る・・・。


「まぶしい・・・」

目を閉じる。

今朝の朝日は目に沁みる・・・。


ガラガラッ・・・。


「あ・・・」


前髪がピンと跳ね、寝癖の犬夜叉が登場。


「おはよう・・・」

「お・・・おう・・・」


久しぶりに面と向かっての”おはよう”


ぎこちない空気が流れる・・・。


”昨日はどこへいってたの?”

いつもならそんな台詞がすんなり出るのに今日は・・・。


「雨・・・あがってよかったね」

「お・・・おう・・・」


会話が続かない・・・。

視線もなんとなく合わせづらい。

ピー・・・。

かごめの部屋の台所から湯が沸騰した音が。

「あ・・・。あたし、お湯沸かしてたんだ、行くね」

「お、おう・・・」

ガラガラ・・・ッ。

その場の空気から逃げるようにかごめは窓を閉めた・・・。



「かごめ・・・」


犬夜叉はしばらく、かごめの部屋の窓をじっと見つめていた・・・。




カチッ。


ガスの火を止めるかごめ・・・。

「ハァ・・・」

重いため息・・・。


こころのもやもやも、ガスの火の様にすぐに消せたらいいのに・・・。

言葉にできないいろんな想いが

かごめのこころに沸く。


いつまで続くのだろうか。

・・・犬夜叉を好きな自分の気持ちが在る限り・・・。


かごめは冷蔵庫の前に座り、よりかかる。

「ハァ・・・」

言葉にできないもやもや。

ため息にして吐き出す。


(・・・。ねぇ・・・。誰か教えて・・・。私は・・・これからどうすればいい・・・?)


いるはずのない存在にかごめはそうつぶやいて天井をぼんやり見つめていたのだった・・・。









大きなクレーン車が鉄板をつりあげる。

駅前の開発ビルの改装工事。犬夜叉の工務店も建設会社から建設への参加を依頼され、犬夜叉も
働いていた。

昼になり、近くのコンビニに買い物へ行く。

おにぎりの棚をじっと見る犬夜叉。

(あ・・・。これ、この間かごめが好きって言ってたな・・・)

えびマヨのおにぎり。かごめお勧めの新商品だった。

犬夜叉はえびマヨのおにぎりを3つとハンバーグ弁当を買った。

(今日の晩飯に・・・って渡そうか)



なんとかかごめと話のきっかけを探す。


このまま気まずいのはやっぱり耐えられないから・・・。



「ありがとうございましたー・・・」

コンビニを出る犬夜叉をスーツを来た男がよびとめる。

「犬夜叉さん・・・ですか?」

「あん?誰だ。てめーは」

男の顔をじっと見つめる犬夜叉。

どこかで見たことがるある気がした。

「突然で申し訳ありません。私は篠原っていいます。あなたに渡したいものがありまして」

篠原と名乗る男は一見、社会人一年生の若いサラリーマンの様に見えるが。

「オレになんの用だ?渡したいものって何だ」

篠原はスーツの内ポケットから茶封筒を取り出し犬夜叉のズボンの後ろポケットに入れた。

「あ、今は見ないほうがいいですよ。私がここを去ってから見ていただけると助かります。ここで貴方に殴られかねない」

「どういう意味だ。大体てめぇは一体・・・」

「・・・。また、きっと”近々”会う事になるでしょう・・・。では・・・」

篠原はまるで何かを”予告”しに来たように奇妙に笑った。

そして、コンビニの前に止めていた車に乗った。

「あ、おい、まちやがれ・・・!」

犬夜叉は追いかけようとしたが車はかなりのスピードで車道に出て、走り去ってしまった・・・。


「・・・。あいつ・・・確か・・・」

見覚えのある顔。

そう・・・。

この間、かごめがハンカチを落とし拾ったと言って、かごめの跡をつけてきた男に酷似していた。


妙に嫌な予感を感じる犬夜叉。


ポケットに入れられた封筒をゆっくりひらくと何枚かの写真が・・・。


そこには・・・。



「・・・!」




激しい雨の道路で抱き合うかごめと樹の姿だった・・・。






動揺する。




しかも。写真の日付を見ると、昨日だ。


桔梗に会っていた昨日・・・。





激しい雨の昨日。


かごめは樹と共にいた・・・?





心臓が重く、一瞬のうちに体が硬直する。




嫉妬というより


大きな衝撃で・・・。





微かに樹はかごめに少し気があるんじゃないか・・・とは感じていたけれど・・・。


自惚れだったのか。


かごめの心は自分に在ると・・・。


犬夜叉は写真をポケットの奥へくしゃくしゃにして突っ込んだ。


心の動揺を必死に抑え犬夜叉は現場に静かに戻った・・・。



そんな犬夜叉の後姿を。


篠原が車の中から不敵な笑みを浮かべ見ていた・・・。




(やっぱり犬夜叉に謝ろう・・・。今朝、変な態度とってごめんねって・・・)

肉じゃがをつくりながらかごめはそう思っていた。

(一緒に食べようって誘えばきっと許してくれるよね・・・)

心のもやもやはあるけれど。


犬夜叉とずっとあのまんま行き詰る関係じゃいけない・・・。

自分がもっと強くならなくちゃ・・・。

そんな想いをこめながら肉じゃがをつくるかごめだった。



そして夜。

犬夜叉の部屋の明かりがついた。

かごめは早速つくった肉じゃがをお皿に持って部屋を訪ねる。


コンコン。


ノックする。

「あ・・・。あの犬夜叉・・・ちょっといい・・・?」

キィ・・・。


犬夜叉が出てきた。


「・・・。何の・・・用だよ」

「あ、あの・・・。肉じゃが・・・。作ったの。よかったら・・・食べない?」

「・・・別に今は・・・いい・・・」


何だか犬夜叉の態度が余所余所しい。いやトゲトゲしいと言ったほうがいい。

今朝より更にかごめと視線を合わそうとしない。

「どうしたの?犬夜叉。あたし・・・何か怒らせちゃった・・・?」

「・・・。そんなんじゃねぇよ・・・」

「だけど。なんか怒ってる・・・」

「起こってねぇよ・・・ッ」


ひらり。

ドアを閉めようとした犬夜叉の足元に写真が一枚落ちた・・・。

それを拾うかごめ。


「犬夜叉・・・。これ・・・」


犬夜叉は完全にかごめに背を向けた。


「どうしたの・・・。これ・・・。誰が・・・」

「昼間・・・。妙な男が来て・・・」

「男・・・?」

「・・・。ああ・・・」


犬夜叉の背中はかごめに対してとても何か言いたげだ。


”お前、樹と何があったんだ!”


”お前、樹のこと、どう思ってんだ!”


かごめにはそう聞こえる。

「犬夜叉・・・。もしかして・・・あたしのこと疑ってるの・・・?」

「・・・」


「確かにこれはあたし樹さんよ・・・。でもこれ、あたしをひこうとしたバイクを樹さんが助けてくれたの。
それで樹さん怪我して・・・。樹さんに抱きしめられた・・・けど。でも私は・・・!」


「・・・」


”だからって抱き合うのか!?お前だって本当は樹のこと・・・”


犬夜叉は何も言わないがかごめにはそう犬夜叉が思っているとすぐ分かる。



「・・・。何よ・・・。犬夜叉・・・。私のこと信用してない・・・の?」


「・・・べ、別に・・・」


強張った犬夜叉の声・・・。

疑ってしまう心。


動揺する気持ち。


強張った声に現われる・・・。



「あたしだって・・・。言いたいこといっぱいあるよ。あんたに言いたいこといっぱい・・・。
でもずっと我慢してるのに・・・」


「だ・・・だったら言えばいいじゃねーか」


「いえるわけないでしょ!あたしがあんた追い詰めるようなこと言える・・・!」


「だから言えって!それでお前の腹ン中すっきりすんならな」


「何よ・・・!何、その投げやりな言い方・・・!」


ガシャンッ!


かごめは一瞬カッなった瞬間、肉じゃがを持っていた手が揺るで地面に落としてしまった・・・。

中身のじゃがいもや肉が飛び散る・・・。


まるでずっと溜めていたかごめの心の襞が破裂したように・・・。


「・・・。あ・・・。かごめ。すまねぇ。オレ・・・」


「もういいわよ・・・」

かごめは犬夜叉に背を向け、逃げるように自分の部屋に入ろうとした。


犬夜叉はかごめの手を掴もうとするが




パシ・・・ッ。




思い切り力をいれて手を振り払うかごめ・・・。




「かごめ・・・」







バタンッ・・・。




激しく閉めたれたドアの音が犬夜叉の心を締め付ける・・・。



足元に散らばった肉じゃが。


そういえば前にもこんなことがあったような・・・。


まだこのアパートに来て間もない頃・・・。


あの時はもう一度部屋を訪ねてくれたが・・・。


今は・・・。





かごめの部屋のドアが重い。




どうしてこうなるんだろう。


どうして・・・。



かごめも犬夜叉も仲直りしようとしたのに。


溝が。


見えない溝が深く深く・・・。



「かごめ・・・」



そう、小さくつぶやくしか術がない犬夜叉だった・・・。


















ベットに顔を埋めたままのかごめ。


自分さっき犬夜叉にとってしまった態度一つ一つ思い出し、後悔
する。

”私のこと、疑ってるの!?いい加減にしてよ!!”

(あんなこと言うつもりじゃなかったのに・・・)



”あんた、人のこと言えないでしょ!私だってずっと我慢してるのに!”


(犬夜叉ばかり責められないのに・・・。誰が悪いわけじゃないのに・・・)


”犬夜叉の馬鹿ッ!!!!!”


(ひどいことした・・・。幾ら腹がたったからって
熱いもの落とすなんて・・・。子供みたいに・・・)




嫌な自分が見えて苦しい。


こんな自分だったのか。



こんな私だったのか。



一番大切な人の前で、嫌な姿になってしまった。



どうして・・・。



なんで・・・。



どうして・・・?




苛立ちの置き場がない。



どうして・・・。



さっきのシーンにビデオのようにまき戻せたら。


落ち着いて話してきっと犬夜叉と仲直りできていたかもしれない。



嫌な自分が見えて


出てきて・・・。





どうして・・・。



自分を目一杯嫌いになる・・・。



グッと白いシーツを握り締めるかごめ・・・。



自己嫌悪の固まりをそこに練りこむように・・・。




そのままかごめは・・・。


夢の中に入り・・・。


時計の短針が八時から九時を指した頃。



ドンドンドン!


「かごめちゃん!大変なの!」



珊瑚の声とノックで目を開けるかごめ。


ドアをあけると血相かかえた珊瑚がたっていた。


「どうしたの・・・?珊瑚ちゃん・・・」


そういえば、一緒にビデオを見ようと約束していたっけ・・・。

でも今はそんな気分じゃ・・・。


「悪いけど今夜ビデオは・・・」


「ビデオ?そんなの見てる場合じゃないよ!いいから楓ばあちゃん
の部屋まで来て!」

「え?ちょ、ちょっと・・・」


珊瑚は強引にかごめをひっぱり、楓の部屋にばたばたと
スリッパを一回におりていく。

早寝早起きの楓。この時間帯はもうねむっているのに・・・。

部屋にはあかりがついていて、人の声がする。


こんな夜に客人・・・?

「なんだよ。いってーな!離せ。弥勒!」

「いいからお前も来い。一大事なのだ」


かごめ達の跡から弥勒に襟をひっぱられ犬夜叉も楓の部屋に。


(・・・。犬夜叉)



(かごめ・・・)


鉢合わせの二人。目を互いにやはり逸らす・・・。


かごめと犬夜叉の間の重い空気に珊瑚と弥勒は不思議に思う・・・。




「な・・・。なんじゃと!?このアパートの土地を売れだって!?」



驚きの楓の声。


バタンッ。


楓の言葉に犬夜叉達も一斉に中に入るとそこには・・・。



(あ・・・アイツは・・・!)

(あの人・・・!)



犬夜叉もかごめも見覚えの在る顔・・・。


かごめの跡をつけ、犬夜叉に写真を見せつけた男・・・。



篠原だった・・・。




「おお・・・。これはこれは。住人の方達。すみません。こんな夜分にお伺いしまして」


ふてぶてしい挨拶。


「すみませんじゃねぇ。てめぇ、一体どーゆーつもりだ!このアパート売れって・・・」

篠原のスーツの襟を掴む犬夜叉。


「申し送れました。私はこうゆう者です」


篠原は犬夜叉の手を離し、内ポケットから名刺入れを取り出し犬夜叉達にみせた。



『弁護士・篠原 忠』


「弥勒さま
、篠原ってもしかして今、若手弁護士で雑誌なんかで女性に有名な・・・」

「ああ。大手企業なんかの顧問をしている・・・」

弥勒も何度か銀行ですれ違ったことがあることを思い出す。


「その”女性に人気”で有名な弁護士の先生がどうしてうちのアパートへ・・・?楓さま」

「・・・。それは私の方からご説明しましょう。これを見てください」


篠原はバックの中から一枚の薄い紙をとりだした。


茶色に変色している。かなり古いらしい。

そこには『借用書』と一行目に・・・。


「これは・・・」


「今から50年前の話です。こちらの管理人・楓さんのご友人が私が顧問している
会社の社長から借金をしたのです」


「でもそれがこのアパートとどういう関係が?」

「最後の行の『連帯保証人』欄に楓さんのお名前と捺印があります」

「!」


犬夜叉達は借用書を覗き込むとそこには確かに楓の字で印もあった。


「しかし、篠原殿。わしの友人は20年前に全額返済したはずじゃが・・・」

「いいえ。現実は半分だけでした。先代の社長は温厚な方で借金は帳消しにされていたようですが
今の社長は”会社の経費から出た金だ。返済してもらうのは当然”と言っています」


「でも、50年も前のことでしょう!時効じゃないの!」

「珊瑚さん・・・とおっしゃいましたね?借金に時効はないですよ。フフ・・・」

小馬鹿にするような笑い方。

珊瑚は思わず拳に力が入った。


「でも、借金っていったって。たかがこれだけでしょ・・・!こんなのすぐ返せる・・・」

「珊瑚・・・。当時のこの値段を今の金額にすると・・・。5000万になるんだ・・・」


「ご、ごせん・・・ッ」


珊瑚は思わず指を数えた。


「それも。3ヶ月以内に返済お願いしたいのです。できない場合は・・・。この土地を売っていただくしかない」

「なッ・・・」


「住人の方々には申し訳ないが、それが現実なんですよ。借りたものは返す。当然です。
それとも貴方借金返済、お願いできるんですか・・・?
学生と、見習い大工と、若い銀行員・・・にねぇ・・・。フフフ・・・」




かごめたちを見下すような笑いの篠原・・・。




”近々あなたに会うことになります・・・”



篠原の言葉を思い出す犬夜叉・・・。



「返済・・・できますか?フフフ・・・」






篠原のべたつくような笑いは・・・。




これから篠原の復讐劇の一部でしかない・・・。