第49話 今、守るべき女(ヒト)は・・・ 

「またか」

樹が顔を曇らせる。

『コンサートはヤメロ。でないと地の雨が降る』

樹の楽団の事務所宛てに最近頻繁に届く嫌がらせの手紙。

普通の茶封筒に新聞や雑誌の文字を切り抜いて貼ってある・・・。

「樹さん、やっぱり警察に届けたほうがいいんじゃないでしょうか・・・。この間の花のこともあるし・・・」

心配そうに事務所のスタッフが言う。

さすがに何通もこんな手紙を送られたら一応、警察に連絡を入れたほうがいいのではと思い始める樹だったが・・・。


「そんな必要はない」

「桔梗・・・」

手紙をポイッとゴミ箱に捨てる桔梗。

「気にするな。こんなことは初めてではない。それよりコンサートを成功させることに重点をおこう。樹・・・」

「だが念のため・・・。桔梗。気をつけろ」

「・・・。ふっ。いつからそんなに心配性になったんだ。樹。私はだいじょうぶだ・・・」


パタン・・・。

スタジオを出て行く桔梗。

凛とした背中・・・。

ちょっとした嫌がらせにも気に留めない凛々しさは今も昔も健在・・・。

だが、今回ばかりは一抹の不安を消せない樹・・・。

それはすぐに現実となる。

コツ、コツ・・・。


ホールへと続く階段。

エレベーターを使わずバイオリンケースをもってホールへと向かって階段をおりる桔梗・・・。

「・・・」

(・・・なにか人の気配を感じる・・・)

桔梗が後ろを振り向こうとした瞬間・・・。


ドンッ・・・ッ!

「・・・!」

ドタタタタ・・・・ッ。


桔梗は体を回転させてそのまま踊り場まで落ちてしまった・・・。



(コンサートを・・・成功させて・・・。私は・・・。私は・・・)

「う・・・」

桔梗が目を開けると・・・。

そこは病室。

ベットの上だった。

「桔梗!大丈夫か!」

ベットの横には心配そうに自分を見つめる犬夜叉の姿があった。

「犬夜叉・・・。どうして・・・」

「僕が連絡したんだよ」

樹から桔梗が何者かに突き落とされたと聞いた犬夜叉はすぐに病院に駆けつけたのだった。

「犬夜叉・・・」

「桔梗。お前、一体誰にやられたんだ・・・。心辺りはねぇのか?」

「・・・私を毛嫌いする者など腐るほどいる・・・。嫌がらせなら初めてじゃない」

「初めてじゃねぇっていったって・・・。手首、怪我してんだぞ!」

右手首の包帯に気づく桔梗。

「・・・うっ」

少し動かすと痛みが走った。

「すこしひびが入っているそうだ・・・。完全に治癒するまでは二週間はかかるらしい。残念だが桔梗・・・。コンサートは・・・」

「コンサートは予定通り開く。チケットを買ってくれた人達を裏切るわけにはいかない」

桔梗は起き上がりベットを出ようとした。

「まだ寝てなくちゃ駄目だ。桔梗」

「離せ犬夜叉。私は弾かなければならないんだ。バイオリンの元へ・・・」

「だけど手首を痛めちまってちゃあ・・・」


自分を止めようとした犬夜叉の手にそっとはずす桔梗。

「犬夜叉・・・。今・・・。今なら私は自分の奏でる『音』がつかめそうな気がするのだ・・・。私に『欠けていたもの』が・・・」

「桔梗・・・」


訴えるように犬夜叉を見つめる桔梗・・・。

こんな瞳の桔梗は初めてだ・・・。


桔梗が”生きよう”としている・・・。

大げさだけど犬夜叉にはそう感じられて・・・。

「ふッ・・・。わかったよ。お前がそこまで言うなら俺は止めなねぇ。その変わり、お前のことはオレが守る。だからお前は思う存分バイオリン、弾きまくれ!」

「犬夜叉・・・」

犬夜叉の言葉に安堵の表情を浮かべる桔梗・・・。

自分の気持ちを汲み取ってくれたことが嬉しい・・・。

二人の空気が病室にながれる・・・。

入り込めない・・・。

改めてそう感じさせられる樹・・・。


強固たる意志を持つ桔梗を受け止められるのはやはり自分ではない・・・。

自分では・・・。


パタン・・・。

静かに病室を出る樹。

深い嫉妬心より・・・。

今は自分の無力さを感じる・・・。

(守る・・・。か・・・。オレは・・・。一体誰を・・・)


何故だかフッとかごめの姿がその時浮かんだ樹だった・・・。

”桔梗が怪我!?”

犬夜叉の携帯に樹からの一方が入り、犬夜叉はかごめのいない間に病院へ飛んでいってしまった。

アパートに帰りそのことを珊瑚から聞かされたかごめ・・・。

「全く・・・。あいつったら・・・」

「・・・仕方ないよ。緊急事態だもの・・・」

「かごめちゃん・・・」

マグカップにコーヒーを注ぐかごめ。

湯気の向こうの表情が少し珊瑚は切ない・・・。

「あ。ごめん珊瑚ちゃん。お砂糖きらせちゃってるみたい。私、コンビにいって買ってくるね」

「えっ。いいよ。わざわざ・・・。外、雨だし・・・」

窓の外は小雨だが・・・。

「でも、おしょうゆも切らせてるからついでに買ってくるね!少しお留守番おねがいしまーす!」

財布を片手にかごめは部屋を出た・・・。

「かごめちゃん・・・」


「ありがとうございましたー・・・」

コンビニの自動ドアが重たく開く・・・。

かごめのつく息も重い・・・。


「あれ・・・。雨・・・」

小降りだが激しく降っている。

かごめはコンビニに戻り、傘を買う。

透明な傘。

ぼんやりしたかごめはゆっくりとアパートへ帰る・・・。

白のブラウスの肩口が少し濡れる・・・。

と。

「・・・え?」

煙草屋の軒先の前に通ったかごめが足を止めると・・・。

ぼんやり煙草の自販機の前にたたずむ樹の姿が・・・。

(樹さん・・・。どうして・・・)

「樹さん」

「あ・・・。かごめさん」

「どうしたんですか・・・?こんなところで・・・」

「いや実はかごめさん達を訪ねようと想ったんですが車が突然エンストして・・・。修理工場に預けてきたんですが、急に雨が・・・」

古めかしいさびた煙草屋のシャッターの前で。

あの有名なクラッシク界の貴公子がぼんやり立っている・・・。

あまりにも不釣合いな光景・・・。

「かごめさんの方こそこの雨の中、どちらに?」

「あ・・・。えっとコンビにまで・・・」

「そうですか・・・」


かごめは傘を閉じ、樹と共に雨宿り。

「肩が濡れてますよ。はい。使ってください」

スッとハンカチ差し出す樹。

「あ、ありがとうございます・・・」


高そうなシルクのハンカチ・・・。

樹の気遣い。あまりにもスマートでかごめは少し戸惑う・・・。

小降りの雨・・・。

やむ気配はない。

樹とかごめ・・・。しばらく雨を眺めている・・・。

二人とも・・・。

知っている。

今日、今、こうしている時間も互いの想い人が会っている・・・。

切ない沈黙が数十秒・・・。

「・・・よく・・・降りますね」

「ええ・・・。でも雨は嫌いじゃない・・・」

「え?」

「雨はいろんな音を・・・くれますから・・・」


「音・・・?」


ポチャン・・・。


ポチャン。

屋根瓦から流れ落ちる雨の雫。

コンクリートの水溜りに一滴、一滴・・・。

ポチャン・・・。


リズムを奏でるように・・・。

「子供の頃・・・。雨が降ってくるとキッチンに走って鍋や皿を持ち出して、落ちてくる音を聞いていました・・・。ふふっ。変な子供ですよね」

「そんなこと・・・。晴れの日には聞こえない音ですよね。聞いていると落ち着く・・・」


ポチャン、ポチャン・・・。


一定の感覚でおちる雫・・・。

天然の木琴のような音だ・・・。

かごめと樹は二人、しばらくその音色に耳を傾けていた・・・。


心のもやもやが薄れていく・・・。


二人だけの雨音のコンサート・・・。


ドドド・・・ッ。

雨音の混じってけたたましいバイクのエンジン音が大きくなって聞こえる。

「・・・なんだ・・・あのバイク・・・?」

黒いバイクはかごめたちの方へめがけて走ってくる!

赤いヘルメットの男が突然、バットを取り出し二人めがけてふりかざす!


「あぶないッ!!」


樹がかごめをかばって二人は水溜りに倒れこむ!

ブロロロ・・・ッ。

バイクの男はそのまま雨の中を走り去った・・・。

「樹さん!大丈夫!?」

「だ・・・大丈夫です。それよりあなたこそ怪我は・・・」

「平気です」

「・・・よかった・・・」


しかし、樹は右腕を左手でおさえている。

「大変・・・っ。もしかして腕が折れて・・・。・・・!」


樹は痛いはずの右腕でかごめを引き寄せた。


「い・・・樹さん・・・?」


「貴方が無事ならそれでいい・・・。貴方が無事なら・・・」


「樹さん・・・でも腕が・・・」


「・・・腕なんかどうでもいい。僕は・・・。犬夜叉さんのように・・・。誰かを命がけで守る術なんて・・・知らなかった。でも今・・・。体が勝手に動いたんだ・・・。無意識に・・・」


痛むはずの右腕・・・。


かごめをぬくもりでみも和らいで・・。

「かごめさん。僕は・・今は初めて感じた。本当に”誰かを守りたい”ってこういう気持ちなんだって・・・。わかったことが嬉しい・・・。僕にもあったことが嬉しい・・・」

桔梗を想って、彼女のためならなんでもしようと思っていた。

全財産はたいても。

彼女に降りかかるもの全てを。


でもそれは。

彼女が望んでいたことじゃなかった・・・。

「樹さん・・・」


「想う人が・・・。健康で・・・。いつも笑顔で暮らしてくれたらそれでいい・・・。たとえ僕の想いが届かなくても・・・。・・。想う人が・・・元気で笑っていてくれことが嬉しい・・・」


想う人の幸せを”守る”こと・・・。


幸せを願うこと・・・。


それが大切だと・・・。


かごめのぬくもりが教えてくれた・・・。


激しい雨が少し弱まり霧雨に変わる・・・。


優しい霧雨・・・。


「かごめさんが教えてくれたんです・・・。人としてとても大切なことを・・・」


「・・・」


”好きな人が望むこと・・・それが一番大切・・・”


かごめの心にも響く言葉・・・。


「僕にもあったんだ・・・。僕にも誰かの幸せを願う本当の気持ちが・・・。教えてくれてありがとう・・・」

かごめを抱きしめる右腕が一層優しくなる・・・。

決して圧力がかからないように・・・。

樹の何かを祈るような言葉。


心に響いて


樹の腕を振り払えないかごめだった・・・。


限りなく優しい霧雨が二人を濡らした・・・。




「ほう・・・。これはまた意外なストーリー展開だな・・・」


ジュウ。

煙草の火が水溜りに落ちて消える。

塀の影から赤いヘルメットがかごめたちを見ている。

「くだらない・・・。実にくだらない人間模様だな・・・。だったらもっとくだらなくオレがしてやる・・・。クククク・・・」


赤いヘルメットの蛇のステッカーが不気味に雨に濡れていた・・・。