第53話 蛇の悪意 ”ゲームはまだ始まったばかり・・・ククク・・・” 篠原の胸にやきつくような 生ぬるいねばねばした声・・・。 かごめの耳から離れない・・・。 朝。ドレッサーの前に座り髪を櫛でとく。 ”かごめさん、もし、めんどくさい三角関係に疲れたらいつでもいらしてください。 犬夜叉と月島桔梗の熱烈テープいつでもかしますよ” 一体どんな内容だったのか・・・? 犬夜叉と桔梗の・・・ ふたりきりの会話・・・。 「・・・。もおおおッ・・・!」 バタン! 荒々しく鏡を両手で閉めるかごめ・・・。 自分の頬を叩いて、篠原の雑念を払う。 (しっかりしなくちゃ・・・!気にすることがアイツの 思う壺なんだから・・・!) それでも・・・。 気にってしまう。 自分の居ない場所、時間。二人はどんな話をし、どういう風に過ごしたのか・・・。 何度も自分の頬を叩く。 「今日から新しい講義も始まるんだし・・・。しっかりしろ、かごめ!」 新しいヒールの踵を鳴らし、 かごめは大学に向かったのだった・・・。 その頃。 休日出勤した変わりに平日が休みの犬夜叉。 「そうですか・・・」 樹の屋上で樹と犬夜叉、桔梗の3人が話している。 犬夜叉は、樹や桔梗に篠原の一件を説明しに事務所に来ていた。 樹は桔梗からこの事務所が盗聴されていたことを聞き、さすがに警察に連絡をいれ、 事情を話した。 「警察には話したんですが・・・。あまり突っ込んでは受け付けてもらえませんでした。 ったく・・・。なにか”事”がおきなけりゃ動かないんだから。日本の警察は・・・」 「サツなんかあてにならねぇ。それより樹・・・。桔梗。本当に篠原って男には 覚えがねぇのか?」 「ないです。しかし僕や桔梗を妬む奴は割りと多いですから・・・」 「それを言うなら俺も同じだ・・・。こっちがしらねぇだけかもしれねぇ・・・」 「ともかくだ。コンサートはやめたほうがいいな。桔梗」 「樹。相手はきっとそれも目的の一つだろう。それではチケット買ったお客に申し訳ない」 「しかし・・・」 腕を組み、考え込む樹。 「桔梗。やっぱりコンサートはやめてくれ。いや、せめて今は・・・。 お前がコンサートを大事に思ってるのは分かってる・・・。誰よりオレが。 だから、せめて篠原の正体が分かるまでも待ってくれねぇか」 「犬夜叉・・・」 「頼んでるんだよ。頼む・・・」 懇願する犬夜叉・・・。 真剣に自分の身を案じる犬夜叉の気持ちが桔梗は感じた。 「・・・わかった。だが1ヶ月だけだ。それまで、私ももっと練習しておく・・・。 それでいいか・・・?」 「ああ。そして聴かせてくれ。お前のバイオリンを・・・」 見詰め合う二人。 一瞬にして自分たちだけのの空気を作ってしまう。 「・・・」 これを間近で平気で見られるようになるにはまだ・・・。 時間がかかりそうだと樹は思った・・・。 「月島さーん。ちょっとお話が・・・」 女子職員が桔梗を呼びに来た。 「すまない。犬夜叉」 「いいさ。行けよ。桔梗。また来るから・・・」 「ああ・・・」 少し名残惜しい表情を浮かべ桔梗は屋上をあとしにした・・・。 屋上に、樹と犬夜叉二人きり・・・。 「犬夜叉さん。何かわかったら連絡してください。僕もできる限りのことは しますから・・・」 「ああ。わかった」 「それから・・・。かごめさんのことも」 樹は少しだけ・・・嫉妬が混ざったような鋭い瞳で犬夜叉を見つめた。 かごめのことか桔梗のことか。 自分が欲しかったものを全部持っている犬夜叉に対しての嫉妬・・・。 (樹・・・) 犬夜叉の脳裏に篠原が犬夜叉につきつけた かごめと樹の写真が浮かぶ。 「樹、お前・・・」 ”お前・・・かごめのことが好きなのか?” そう聞きたいのに言葉が出ない。 なんだか怖くて・・・。 「なんですか?犬夜叉さん」 「いや・・・。何でも・・・」 はっきりしたいのにはっきりするのがこわい。 「犬夜叉さん」 「な・・・ッ何だよ」 「僕は・・・。かごめさんが好きです」 「・・・!」 犬夜叉は思わず、樹の顔がまともにみられず背を向けた。 「桔梗の事を・・・まだ引きずっていないといったら嘘になるけれど・・・。 でもかごめさんを好きという気持ちも嘘じゃない。貴方と同じだ」 「・・・」 「男ってずるいですよね・・・。でも自分に嘘はつけない・・・。犬夜叉さんの 気持ちもわかるんですよ・・・」 樹はフェンスによりかかって空をみあげるように言った。 「だけどいつかはけじめをつけなければ・・・。僕にとって桔梗はこれからも大切な妹だと そしてかごめさんは・・・」 「も・・・もういい・・・!」 樹の言葉を遮る犬夜叉。 「いえ、聞いてください。これだけは・・・。かごめさんは僕にとって”好きな女性”です。たった 一人の・・・」 「・・・」 犬夜叉をまっすぐ見つめ、樹は告げた・・・。 迷いがない樹の瞳。 犬夜叉はまともにみられない。 自分ができないことを樹はしている気がして・・・。 「僕の気持ちだけは貴方に言っておきたかったんです・・・」 「・・・」 「ともかく今は二人を守らないといけない。だけど・・・。 貴方もいつか、自分の気持ちと向き合わなければいけない・・・。そうでしょう・・・?犬夜叉さん・・・」 「・・・。お、お前に言われる筋合いじゃ・・・」 「でないと・・・。僕は前へ、進みますよ。かごめさんへと・・・」 「樹・・・」 ゴー・・・。 樹と犬夜叉の頭上を・・・。 ジェット機が飛んでいく・・・。 そのけたたましいエンジンの音は・・・。 犬夜叉の混乱する心のようだった・・・。 ザワザワ。 大きな黒板と横には大きなスクリーン。 講義のために使うものだ。 今日から新しい講義がスタートする。それは全学生取らねばならない、必須科目で 『現代経済T』、 かごめと珊瑚もルーズリーフと教科書を持って 教員を待っていた。 「かごめちゃん、大丈夫?昨日眠れてないんじゃない?目が赤いよ?」 「うん。大丈夫・・・」 しかしかごめの目のしたには少しくまができていた・・・。 「もし疲れてるなら早退してもいいんじゃない?講義ならあたし、写しておくから・・・」 「でもこの科目は必須だし・・・。心配しないで。あたしは大丈夫だから・・・」 「かごめちゃん・・・」 かごめの”あたしは大丈夫・・・”が返って痛々しく感じる珊瑚・・・。 無理をしているんじゃないかと心配になった・・・。 教員が入ってきた。 眠そうだった学生たちも目を開けノートを開ける。 「えー。皆さん。おはよう。今日の講義は特別な講師をお呼びしました。どうぞ・・・」 ガラガラ・・・。 講義室内がざわつく。 メガネをかけ、ブラウンの少し落ち着き目のスーツを着ている人物は・・・。 ”ゲームは始まったばかりです” 纏わり突く声の主だ・・・。 「初めまして。篠原 忠です」 さわやかな笑顔。 著作本の表紙と同じだ・・・。 女子学生達は思いもかけない有名人を目の前に 騒ぐ。 「私が私情により休職する間、代わりに担当していただくことになりました。 篠原君は私の教え子でもあってね。よろしく頼むよ。篠原君」 「僭越ながら教授の代理を務めさせていただきます。皆さん、 よろしくお願いします」 パチパチパチ・・・! 学生達は拍手で篠原を迎えたが・・・。 かごめと珊瑚は拍手などしない。 お辞儀をし、顔をあげた篠原の視線は かごめと珊瑚を・・・見つめ嫌な笑みを浮かべたのだった・・・。 「一体・・・。どういうつもりなんだ!!あいつは!」 ドン! 食堂のテーブルを叩く珊瑚の拳。 勢いでカレーの皿が浮く。 「・・・。これじゃあストーカーじゃないか・・・。蛇みたいだ」 「でも蛇なんか私、怖くないわ! 蛇なんか私の田舎じゃうじゃうじゃいるし。ふふ」 かごめはそう言っておいしそうにカツカレーをほおばる。 「かごめちゃん・・・」 自分の方がかごめにいつも励まされている・・・。 珊瑚はかごめの内面の強さを感じた。 「お嬢さん方。お隣はいいですか?」 「・・・!!」 ”蛇”のように気配を全く感じさせずかごめたちの前に座る篠原。 「あ・・・あんた・・・」 「いやー。ここの学食はなかなかですねぇ」 「ふざけるな!どういうつもりなんだ!」 珊瑚が篠原に詰め寄る。 「どうって・・・。僕はただ、世話になった教授に頼まれただけですよ。 偶然、そこにあなた方がいた。ただそれだけのことだ」 「偶然だって・・・?偶然なもんか!いいかい? もし、かごめちゃんにまた何かしようとしたら今度こそ容赦しないよ・・・!」 バキッ。 珊瑚は怒りのあまり持っていた割り箸を折った。 「珊瑚さんは本当に力が有り余ってるんですねぇ。フフ。あ、そうだ。 僕、弥勒さんの過去も色々知ってるんです。特に女性関係。なんなら教えて差し上げようか。 ククク・・・」 バシャ・・・!! コップの水を篠原にかけたのはかごめだ。 「・・・。やれやれ。暴力的なのは珊瑚さんだけじゃないみたいですね」 篠原はふてぶてしい顔でハンカチで顔を拭く。 「篠原さん・・・。貴方、可哀想な人だわ・・・」 「・・・可哀想・・・?僕が?」 「ええ・・・。何か大切なものを失くして気持ちのやりどころがないみたいな・・・」 「・・・。何を根拠に」 「一人が怖いのね。だから子供が暴れて大人の気を引きたいのと同じ。 でも貴方には誰も構わないわよ。ゆがんでいる貴方には誰も・・・。 ただ去っていくだけ・・・」 「カウンセラーですか?かごめさんは。フフ・・・」 かごめの言葉が少し的を得ているのか。 篠原のふてぶてしい表情は変わらないが声のトーンが少し下がった。 「・・・。どれだけ暴れても人に当り散らしても誰も振り向かない。置き去りにされるだけよ。 結局一人なのよ・・・。そんな子供に・・・私は負けない。負ける気がしない・・・!」 「・・・」 「アパートのことも、きっとなんとかなるって信じてるから・・・」 「信じる、信じてないで世の中動けば苦労はないですよ」 「信じてる・・・。絶対に・・・!」 かごめのまっすぐな瞳。 自信に満ちた力強い瞳は篠原を射抜く・・・。 「・・・フッ。まぁせいぜい頑張ってくださいな。僕もまだまだ 楽しみたいのでね・・・」 「珊瑚ちゃん、行こう」 「う、うん・・・」 食べかけのカツカレー。 かごめたちは篠原から離れた席に座った・・・。 二人の背中をギロッと睨む篠原・・・。 「・・・子供の癇癪ってか・・・。ふッ・・・。じゃあもっと 暴れてやるさ・・・。みんな巻き込んでな・・・!」 スプーンを握る篠原の手は・・・。 深い深い憎しみでものすごい力で握られ震えていた・・・。 蛇は、その細い長い体で獲物を巻き込み、食らう。 篠原の悪意もまた・・・。 容赦なく獲物を追い込んで巻き込んでいく・・・。 次の日の朝。 楓荘の周辺がなんだか騒がしい。 かごめと珊瑚、犬夜叉達が何事かと部屋から出てくるとアパートの前に 柄の悪い男達数人がうろついていた・・・。 男達に手には拡声器が。 「ここの家のアパートにはー!なんとー! あの月島桔梗の元カレが住んでいますー!」 「さらにー!。月島桔梗の男だと言われていた 坂上樹の現在の惚れている女も住んでいますー!」 「なんとも面白い三角関係ならぬ四角関係ー!ご近所のみなさーん! ご存知でしたカー!」 拡声器でしゃべる男達の声がが響き渡る。 「・・・あいつら・・・。篠原のしわざか・・・!弥勒さま」 「でしょうな。金でその辺りのチンピラを使ったんでしょう。 全く姑息な・・・」 「・・・ざけやがって・・・ッ!ぶっ殺してやる!!」 ぶち切れた犬夜叉。階段を下りて行こうとしたがかごめが腕を掴んで止める。 「離せかごめ!!」 「あいつらに怪我でもさせたらそれこそ篠原の思う壺よ!」 「だったらあのままにしとけってのか!?」 「・・・。私に考えがあるの。任せて」 そういうかごめの手には・・・。 デジカメとカセットテープが持たれていた・・・。 |