第55話 蛇が狙っているものは・・・ 篠原の正体、それは犬夜叉と桔梗を罠に嵌め仲を引き裂いた ”無双”の弟だった。 「・・・言われてみれば異常な執着心持ってるところなんてそっくりだね」 腕を組んで珊瑚は少し怒りの篭った声で言った。 「でも分からないですな。犬夜叉と月島桔梗に対するただの恨みや妬み してはあまりにも深すぎるというか・・・」 「ええ。僕もその辺りがイマイチ分かりません。今、無双自身は行方不明で・・・」 「・・・。ともかくだ!アイツの正体が分かったんだからもう俺達に手出しできねーように オレが一発しめてやるぜ!」 犬夜叉は拳を握った。 「だからまちなさいって!あんたはどうしてそう学習しないの。 アイツはあたしたちが動揺したりバラバラに行動することを狙ってるんじゃないの」 「うるせー!めんどくせーことばっかりいってられねぇ。 やられる前にやるだけだ!」 「もう!あんたが突っ走るからいつもあたしは危ない目にあうんじゃないの!」 「んだとー!かごめ、大体な、おめーだってこの前俺がくれてやった ラーメン食ったけど太ったの、あんたのせいよ、とかいって俺のせいにしやがったじゃねーか!」 「・・・み、みんなの前でなんてこと言うのよ!デリカシーってもんがないの!?馬鹿!」 向かい合って至近距離で口げんかする犬夜叉とかごめ。 言いたいことを、おもいきいり言い合って。 喧嘩なのにどこか じゃれあっているようにも見える。 自然体で・・・。 同じ空気を感じる・・・。 (・・・) 二人の様子を複雑そうに樹は見つめていた・・・。 ”ともかく、篠原が何を言ってきても 無視。無反応。また何か仕掛けてきたら証拠になるものは必ずとっておく” 楓荘住人会議はそういう結論に達した。 が。まだ問題が一つ。 そう、楓荘自体のこと。借金問題が残っている。 「僕・・・いや坂上プロモーションでこの『楓荘』を 買い取らさせていただけませんか?」 「樹さんが?」 「はい。お金のことは心配しないでみなさんは、それぞれの身の安全を第一に 考えてください」 樹はスーツの内ポケットから小切手を取り出し、ボールペンに 数字を書いた。 「ここに管理人さんの名前を記入していただけたらあとはこちらで全て 手続きをすませます」 「・・・。坂上殿。申し訳ないがその申し出は断る」 楓はボールペンをジャブ台の上に置いた。 「な、何故ですか?」 「借金はワシの問題じゃ。篠原とかいう奴のこととは関係ない」 「ですがその借金は・・・」 「坂上殿。あんたにとっては”金”はすぐどうにでもなるものかもしれんが 世の中には金だけでは動かないこともあるんじゃよ。ま・・・年寄りのわがままと思って くだされ」 楓はお茶を静かにすすった。 「楓ばばあ!何悠長なこと言ってんだよ!樹がせっかく 借金チャラにしてくれるっていってんのに」 「犬夜叉。自分の始末は自分でつける・・・。お前の母はそんな人間に なってほしいと言っておったぞ。だからワシの借金はワシ自身でつける」 「・・・ばばあ・・・」 若い犬夜叉達。この楓荘は戦争が終わって すぐに出来た。まだ貧しかった頃。 金があれば何でもできる・・・そんな感覚が当たり前の今の世は 何か大切なものを忘れているのかもしれない。 楓の言葉に樹は反省していた。 裕福さなんて自慢しているつもりはないけれど、裕福な環境が当たり前 になっていた自分を・・・。 「でも楓さん。何か困ったことがあったらいつでも仰ってください。 出来る限りご協力しますから・・・」 「心強い言葉、有難く頂戴しておきます。坂上殿」 アパートの前に止めておいた銀色のベンツの助手席から顔を出す樹。 「じゃ、皆さん。くれぐれも気をつけて・・・」 「樹さんも・・・」 「・・・ありがとうございます。かごめさん・・・」 心配そうに樹を見つめるかごめ・・・。 気持ちがないことはわかっているが 自分を注がれるかごめの気遣いが嬉しい・・・。 優しい瞳が・・・。 プップー! 後ろから来た車のクラクション。 「樹。さっさといかねーとやべぇぞ」 「ええ。じゃあ皆さん、失礼します」 去り際にもう一度チラッとかごめに視線を送って樹の銀色のベンツは アパートを跡にした・・・。 ポツ・・・。 雨が降ってきた。 「やだ!洗濯物!」 かごめはあわててサンダルパタパタ鳴らして階段をあがっていった。 「ったく・・・。何度も狙われてるつーのにアイツには危機感 ってもん、ねーのか」 「・・・それはアンタでしょ。篠原だけじゃなく恋愛においても」 「は?」 呆れた視線を犬夜叉に送る珊瑚。 「ですなー。特にさっき、坂上樹の別れ際のかごめさまへの視線。 かなり危機的だぞ。犬夜叉」 「・・・だから何が」 鈍感というより、ここまでくると犬夜叉が鈍感な男を 演じているのではないかと疑いさえしてくる珊瑚と弥勒。 「もう私達の手にはおえんな。アドバイスも効き目がないだろう珊瑚。行きましょう」 「そうだね」 恋愛アドバイザーの二人も呆れ顔でそれぞれ自分達の部屋に戻ってしまった・・・。 一人残された犬夜叉。 「けっ。なんでい・・・何が危機なんだ。何が・・・」 ”僕は進みますよ。かごめさんへと・・・” 屋上で言われた樹の言葉が浮かぶ。 そしてさっきの樹のかごめへの視線・・・。 (・・・) 理由の分からない焦燥感が犬夜叉襲う。 かごめを好きだという男は鋼牙だけだと思っていたのに。 かごめを・・・。 「きゃー!濡れちゃった!」 かごめの部屋から声が聞こえてくる。 かごめの部屋を見上げる犬夜叉はひどく切なかった・・・。 蛇は。 常に獲物を狙っている。 獲物をとるためにはどんな手段でも使う。 本当に狙っている獲物のために、別の”獲物”をおとりにすることだって・・・。 「かごめちゃん。アイツ(篠原)はいない?」 「うん。いないわ」 講義室の入り口から顔をひょこっと出してあたりをうかがうかごめと珊瑚。 「よし。じゃあ、行こう」 篠原の正体がわかった今、尚のこと危機感をふかめる二人。 ましてや同じ建物の中にいる日もあるかごめと珊瑚は周囲から怪しまれる程に 警戒を深めていた。 親子のカエルのようにぴたっとくっつく女二人。 「ねぇ・・・。珊瑚ちゃんあの、私を守ってくれるのは嬉しいけどちょっと いや、かなり私達、挙動不審じゃない?」 「そ、そうだね・・・」 さすがに二人は離れた。 「はー。全くアイツ(篠原)のせいでせっかくのキャンバスライフが 台無しだよ」 「そうね。ねぇじゃあ、キャンバスライフを取り戻すために 今日帰り、美味しいケーキでもたべていこっか!珊瑚ちゃん」 「うん!」 辛いときこそ甘いものが欲しくなる。 いや年頃の女の子はみんなすきだけど。 ”元気だそう!” そう気持ちを切り替える二人に息を切らせて走ってくる人物・・・。 「待ってください!かごめ姐さーーん!!!」 かごめと珊瑚が振り向くとユニフォーム姿の鋼牙の後輩・銀太が。 「ど、どうしたの。そんなに慌てて・・・」 「大変なんです!鋼牙先輩が・・・」 「鋼牙君がどうかしたの!?」 「・・・今度の大会の検査でドーピング疑惑がもちあがって・・・。出場停止になったんです」 「・・・!」 今度の陸上大会といえば。 オリンピック選考会もかねているはず。 その大会を出場停止になったということはオリンピックへの切符を 取り上げられたともどうぜんだ。 「そんな・・・。鋼牙くんに限ってそんなこと・・・」 「オレだってそう思ってますよ。でもどう、大会事務局に 説明しても取り合ってもらえないんです。結果は結果だって・・・」 「・・・で、当の鋼牙くんは今どうしてるの?」 「・・・それがなんか昨日から姿が見えないんです。それで かごめ姉さんなら何か知ってると思って・・・」 「鋼牙くんはアパートにも来てないし、会ってないわ・・・」 かごめの言葉に銀太はがっくり・・・。 「そうですか。また他あたってみます・・・。あ、もし 先輩見たらオレの携帯に連絡くれっていってください・・・じゃ・・・」 銀太はの落胆した背中が事の大きさをかごめに感じさせる。 果たして今、鋼牙は・・・? 「ちッ。事務局長のじじいめ・・・」 噴水のある公園の芝生に寝転がる鋼牙。 陸上協会の事務局長にまでかけあって自分の無実を証言したが 一行に耳は傾けてもらえなかった。 「くそうッ!!一体、どうなっちまってるんだ!!」 ブチっと芝生の草をむしる鋼牙・・・。 いかにオリンピックが夢だったとはいえ、不正などするはずがない。 した覚えもない。 なのに・・・。 鋼牙は行き場のない苛立ちを何度も草をむしっておさめた。 その鋼牙に近づく一匹の蛇・・・。 鋼牙の顔の真上に”アイツ”の顔が。 「狩屋さん。このたびは災難でしたね」 「ん?なんでいてめぇは」 いやらしい笑いを浮かべるのは 篠原。 「いやいや。貴方のFANの者です。同じ大学に 勤めている篠原と申します」 「オレになんのようだ」 今は誰とも話をしたくないのか篠原に背を向ける鋼牙。 「貴方のFANとして・・・。その今回のことが気になりましてね」 「てめぇが心配したところでどうにかなることでもねぇ。 オレはいまいらついてんだ。消えてくれ」 「僕なら貴方の無実を証明できる」 「うるせぇな。オレにかまうなっていってんだろ!」 「・・・代わりに犬夜叉さんから日暮かごめを奪ってください」 「!??」 篠原の突然の申し出に鋼牙は起き上がり、篠原に振り向いた。 「・・・。てめぇ・・・。一体なにモンだ・・・」 「・・・。狩屋鋼牙のFANと、犬夜叉が少々嫌いな者、ただそれだけです」 蛇が獲物を狙い、舌をシュルル・・・と 出すように。 篠原のしつこい微笑みが鋼牙を巻き込んでいく・・・ 蛇と狼が対峙した。 |