第58話 夕暮れの音楽室
ゴロゴゴロ・・・。 雷の音は まるでこの先くる嵐を予感させるほどに 激しかった。 ”かごめを力ずくでも奪うぞ!!” 鋼牙の強い決意の言葉に、 殴られた犬夜叉は言い返すことができない。 「おう。応えろ。犬っころ。てめぇ、月島桔梗と 付き合ってんのか!!」 「んなことてめーに関係ねぇつってんだろ!!!ともかく かごめ・・・。帰るぞ」 かごめの手を掴もうとした犬夜叉。 だが鋼牙の拳が遮る。 バキッ!!!! 二発目を犬夜叉の頬にお見舞いする鋼牙。 「気安くかごめに触るな!!他に惚れた女がいる奴に かごめは渡せねぇッ!!!」 「・・・るっせぇな・・・。事情も知らねぇのに 首つこんでんじゃ・・・ねええッ!!!うあああ!!!」 ドカッ!! 犬夜叉も頭に血が上り、鋼牙にまるでラガーマンのように タックルした。 「てめぇに何がわかる!!」 「わかりたくもねぇ!!かごめを他の女と天秤に描けるやつ なんか気持ちなんて!!」 バキッ!! ドカッ!! 犬夜叉も鋼牙も互いに襟を掴み、 床で殴り合い。 「や・・・やめて!!二人とも!!」 かごめはなんとかやめさせようとするが 床で転げ周り、容赦のない殴り合いに近づけない。 「やめて・・・やめてったら・・・!」 かごめの声も聞こえず、二人は ただ、殴りあう・・・。 複雑な気持ちをぶつけあうように・・・。 かごめはなんとかやめさせようと、台所に行き、バケツ に水を入れた。 「やめてったらーーーー!!!」 バシャッ!!! バケツの水を思い切り二人にかけるかごめ。 「・・・。殴り合いなんてやめて・・・。お願いだから・・・」 かごめの上ずった声に犬夜叉も鋼牙も我に返った・・・。 つかみ合った襟を静かに二人は離した・・・。 「・・・私は大丈夫だから・・・。だから殴り合いなんてやめて・・・」 「かごめ・・・」 犬夜叉と鋼牙。 二人が一番つらいもの。 それはかごめの涙だ・・・。 目の前で。 自分達がかごめを泣かせてしまった・・・ 「・・・かごめ。すまねぇ・・・オレ・・・」 「犬夜叉。・・・もういいって・・・。謝らないで・・・」 指で涙をぬぐうかごめ。 「・・・犬夜叉も鋼牙くんも・・・。私は本当に大丈夫だから・・・。 アイツの罠になんて負けないから・・・。だから冷静になって・・・。お願い・・・」 ”私は大丈夫・・・” 声が震えている。 でも全然大丈夫じゃない・・・。 「・・・。かごめ。お前は本当にそれでいいのか? 二股なんて宙ぶらりんな・・・」 「・・・私が選んだことよ・・・それに・・・。誰が悪いわけじゃない もの・・・。悪いとしたらそれは・・・。人の弱み付け込む奴よ・・・」 そう。 この状況を きっとどこかで楽しんでいるような・・・。 「・・・お前がよくてもオレが我慢できねぇ。かごめ、お前が悲しむ顔なんて・・・!!」 「・・・。ありがと。鋼牙くん。でも私、案外今の自分、嫌いじゃないんだ・・・。 むしろ強くなってる気がする。だから、本当に心配しないで・・・」 「かごめ・・・」 ”心配しないで” 鋼牙には遠まわしなかごめの自分に対しての気持ち を言われた気がした・・・。 「さ・・・。雨があがったし。犬夜叉、帰ろう!みんな待ってる」 「あ・・・ああ・・・」 犬夜叉はゆっくり立ち上がった。 「まちやがれ。犬っころ」 犬夜叉を睨む鋼牙にかごめは二人の間に割って入った。 「・・・万が一。またかごめを泣かすようなことしたときは・・・。 本当にオレはかごめを力ずくで奪うぞ・・・。覚えとけ・・・」 「・・・けッ・・・。うるせぇっての・・・」 パタン・・・。 去っていった切なげなかごめの背中・・・。 鋼牙は見えなくなっても暗い部屋で見つめていた・・・。 (・・・かごめ・・・) 「雨上がりの空って綺麗ー!」 パシャン! 水たまりを嬉しそうに覗き込む。 かごめの嬉しそうな声。 嬉しそうな声なのに。 犬夜叉には辛く聞こえる・・・。 かごめをまた・・・置いていってしまったから・・・。 「ねぇ。犬夜叉。ほら、見てみて。水たまりに虹が見えるよ」 「かごめ・・・。オレ・・・」 「・・・いいから。もう。ほんとに・・・」 かごめは犬夜叉の言葉をこれ以上聴きたくない というように遮った。 「・・・かごめ・・・」 「・・・。もういいから・・・。私は大丈夫だって・・・。言ったでしょ・・・」 「・・・」 ポタ・・・。 雨はあがったはずなのに・・・。 水溜りに雫が・・・。 落ちて・・・。 雨があがったはずなのに・・・。 (かごめ・・・) 犬夜叉は。 何も言えなかった・・・。 「・・・それで。お前はかごめさまと別々に帰ってきたのか」 ジュルルル。 カップラーメンをすする弥勒と犬夜叉。 なんとも寂しい男二人の夕食です。 「仕方ねぇだろ・・・」 一瞬犬夜叉の箸が止まる。 「全く。お前はどうしてそう本能的でしか行動できないんだ。 かごめさまの見習え。殴りあうお前と鋼牙を涙でなだめるなんて 大人ですなぁ」 カップラーメンの汁をごくごく 飲む弥勒。 「るせぇ・・・。それにしてもアイツ(篠原)め・・・。 いつか、いつかぶちめしてやる・・・!」 割り箸をボキ・・・っと折る犬夜叉・・・。 その様子をみて弥勒は・・・。 「・・・やれやれ・・・。大人になれという台詞は無駄みたいですな・・・」 男衆が寂しいカップラーメンならば。 おなご衆は。 「すごい。おいしい・・・。珊瑚ちゃん、ごちそうになっていいの?」 「うん。親父さまが送ってきたんだ」 豪華な飛騨牛のステーキ。 肉汁がじゅわっと出ている。 「でも弥勒さまや犬夜叉には内緒ね? あいつらにあげたらきっとなくなるから」 「うふふ。そうね」 フォークとナイフをもってささやかなディナー。 ミートソースの香りがただよう。 「・・・珊瑚ちゃんありがと」 「え?」 「気を使ってくれて・・・」 「そ、そんな・・・」 「珊瑚ちゃんと私、友達で本当によかった・・・」 反対にかごめに慰められてしまった。 夕方、暗い顔で帰ってきたかごめに・・・。 「珊瑚ちゃん、せっかくお肉、硬くなっちゃうよ!たべよ!」 「う、うん・・・」 人は。 本当に辛い時、 笑顔になる。 辛ければ辛いほど。 誰にもいえない自分の嫌な気持ちを抱えてしまう。 「・・・。ふう・・・。元気・・・ださなくちゃ・・・」 ベットに入っても。 寝付けない。 何度も寝返りを打つかごめ・・・ ”結局こいつは月島桔梗のところへいっちまったじゃねぇか!” 鋼牙の言葉が突き刺さる。 (・・・やっぱりあたしって・・・。二番目なのかな・・・) 「あー!!もう!!マイナス思考は駄目!! 元気・・・ださなくっちゃ!!これじゃあアイツ(篠原)の思う壺じゃない!寝よ!!」 電気を消し、無理やり目を閉じるかごめ・・・。 だけど・・・その夜はなかなか寝付けなかった・・・。 「ねぇ、日暮さん。ちょっといい?」 かごめの大学。 講義が終わり、かごめの友人が声をかけてきた。 「何?」 「あのさ、児童心理科の松村先生がかごめのレポートについて 話があるから第二音楽室まで来てくれ言ってわよ」 「ふーん・・・。わかったわ。ありがとう」 前に出したレポート。 今になって一体なんだろうと一瞬思ったが松村先生はかごめが尊敬している 講師。 (・・・まさかアイツの罠・・・なんてことないわよね。ちょっと疑心暗鬼になりすぎ) 一瞬感じた不安を取っ払い、かごめは第二音楽室まで行った。 ガラ・・・。 誰もいない音楽室。 グランドピアノだけが不気味においてある。 ガチャッ。 「!?」 かごめが音楽室に入ったとたん、外から誰か、鍵を閉めた。 「ちょっと!!どうなってるの!!」 「かごめさん。あと2時間は開きませんよ」 「!!」 ドアの外から聞こえた声・・・。 それは篠原の声だった。 「どういうつもりよ!!私を閉じ込める気!?」 「ちょっとだけ待っていただければ結構です」 「何をする気よ!?」 「何も。言ったでしょう?あなたはヒロインだ。だから 助け出す王子様を待つだけですよ。くくく・・・」 いつもの嫌な笑い声・・・。 ドア越しににやつく篠原の顔が浮かぶ。 「オオカミの王子がくるか喧嘩っ早い犬が来るか・・・。 どうです?ヒロイン冥利につきるでしょう?」 「・・・あんたこそ少女趣味なんじゃないの!こんな こそくな事ばかり・・・変な趣味あるんじゃないの!」 「人間なんて所詮姑息で変な生き物です。ふふふ。じゃあ、 待っている間、お暇でしょうから”これ”聞いててください」 音楽室。黒板の横の黒いステレオから・・・。 『桔梗・・・』 (・・・犬夜叉の声!?) 「どうです?この間の『白雪姫ゲーム』で聞けなかった 犬夜叉と桔梗、『愛の密会』テープ。いいBGMでしょう?」 『桔梗・・・』 低い声・・・。 切なさを秘めた声・・・。 「・・・じゃ、オオカミが早いか。犬が早いか・・・。 ヒロインさん、ごゆっくり。フフフ・・・」 カツカツカツ・・・。 遠ざかっていく靴音・・・。 『桔梗・・・』 胸が詰まる声・・・。 (聞きたくない・・・。こんな声・・・。篠原の悪趣味な罠に まけてたまるか!) かごめは耳を押さえてステレオのスイッチを探す。 (確か、音楽準備室に・・・) 黒板の横の掲示板の横のスイッチをオフにするかごめ。 ステレオから聞こえてきた犬夜叉の声が消えた・・・。 「ふう・・・」 教壇に座り込むかごめ・・・。 シーン・・・。 夕暮れの誰もいない音楽室に一人・・・。 (なんか・・・。急に疲れが・・・) 「ふう・・・」 次から次へと篠原の罠が降りかかる。 自分の中の心の中 もやもやした物を無理矢理引っぱり出そうとする。 ”桔梗・・・” 自分は聞いたこともないような優しい声。 どんな顔をしてその名を呼ぶの? どんな想いを秘めて・・・。 (・・・やめよ。これがアイツが狙っていることなんだから) かごめは顔を振って雑念を振り払う。 だけど・・・。 振り払っても、 消えない。 犬夜叉の心から桔梗が消えない以上に 自分のこころの中のモヤモヤは・・・。 (・・・きっと・・・一生消えないんだろうな・・・) 嫉妬という名の気持ち。 理屈なんかじゃ押さえ込むことはできない。 乗り越えることも・・・。 ポロン・・・。 グランドピアノを鍵盤を一つ、鳴らす・・・。 ポロン・・・。 ポロン・・・。 ポタ・・・。 鍵盤が濡れる・・・。 (やだ・・・。一人でしんみりしちゃって・・・) 「泣いてたまるか・・・」 あんな奴のために・・・! 今は信じよう。 きっと来てくれる・・・。 バタバタバタ・・・。 大きくなる足音。 音楽室に近づいてくる・・・。 ガラガラ・・・!! 「かごめーーーー!」 ヒロインを助けに来たのは・・・。 |