第61話 ひとかけらの愛
ザザン・・・。
夜の海は穏やかだ。
海岸線を一台のタクシーがひた走る。
そして。
海岸線どおりに『レストハウス・クール』
という看板の前でタクシーは静かに止まった。
「お客さん、着きましたけど・・・」
「ありがとう!はい、これ」
かごめは一万円を運転手に手渡した。
「お客さん、これ多すぎます、おつり、おつ・・・」
運転手がおつりを代金袋からだすが、すでにかごめは車を降りて姿がなかった。
「・・・妙な客だなァ・・・。ま、いいか。この所、売り上げも落ちてたし」
運転手は思わぬ収入で上機嫌になり、ラジオをつけ
走り去っていった・・・。
カントリー風の建物。
ガラスドアの二枚戸の入り口が・・・。
ギィ・・・。
かごめは恐る恐る開ける・・・。
中は暗く、テーブルや椅子もない。
レストランを今、営んでいるようには見えない。
(・・・。冷凍室って多分調理場の方よね・・・)
かごめは薄暗い中をレジを通り抜け、調理室へ向かう。
やはり今、レストランなど開いていないようで、
調理器具など一切ない。
ガスコンロと水道だけ・・・。
奥へと懐中電灯を照らすと・・・。
(・・・。あったわ!)
『生鮮食品貯蔵庫』
銀色のドア。
大きく固い取っ手。
ガチャガチャ!
(開かないじゃないの!!早くしないと!!)
ドンドン!
「樹さん、樹さん!大丈夫!??返事して!!樹さん!!」
しかし重く分厚いドアの向こうの音は耳をあてても聞こえない。
「もう!!空いてよーーー!!」
ガチャリ・・・ッ!!
両手で左に取っ手を思い切り回すと、
分厚いドアはいとも簡単に開いた。
(・・・反対にまわしてたのね。そ、それより早く樹さんを助けなくちゃ!!)
ドアを開けるともわっと白い冷気が這い出て来た。
(冷たい・・・!これじゃあ真冬じゃないの)
「樹さん!!」
かごめがドアを開け、中に入るとすぐドアの内側に真っ青で
寒そうに体をチヂコませて座る樹。
「樹さん、しっかりして!!樹さん!!」
ペチペチと樹のほほをたたくかごめ。
「・・・か・・・か・・・」
あまりの寒さで言葉がすぐでてこない樹。
口を震わせて・・・。
「早く出なくちゃ!!」
かごめは樹の腕を肩にかけ、背負う。
「よ・・・。樹さん・・・今、助けるから!かんばって・・・!!」
ギィ・・・。
バタン!!
銀色のドアは閉まり、かごめはゆっくり、樹をレストランの方へ
連れて行った。
静かに床に寝かせる。
だが樹は相当に寒く、体を九の字にして
がだがた体を震わせる・・・。
(早く体を温めなくちゃ!)
かごめは自分が着ていたカーディガンを
着せるが・・・。
(だめだわ。これじゃあ全身温められない・・・)
レストラン内を見渡すかごめ。
布のテーブルクロスが目に入り、テーブルから
はがし、樹にかけた。
更にかごめはもっと体をすぐに温められるものはないかと
レストラン内に何かないかと探し回る。
スタッフルームの奥に電気ストーブがあった。
(あれだわ!!)
すぐに小さいが電気ストーブを樹の側まで持ってきてコンセント
にコードをさした。
「早くついてよ!!」
電気ストーブの電気がつくのが遅くイラつくかごめ。
(かごめさん・・・)
焦るかごめの声・・・。
寒さで朦朧とする中、必死でかごめが自分のために室内を
あたためようとしている姿がわかる・・・。
そして携帯を取り出すかごめ。
「樹さん、大丈夫・・・?待ってていますぐ
救急車呼ぶからそれまで・・・。って電池切れ・・・!???」
電源を押してもつかない。
昨日、充電するのを忘れていたかごめ・・・。
(そうだ。ここに電話って・・・)
レジの横の公衆電話。
だが電話線が切れていて・・・。
「・・・。もう・・・。どうしてこんなときに・・・!!はぁ・・・。樹さん
ごめんなさい・・・」
樹はかすかに首を横に振った。
「と、ともかく少しでも温めないと・・・!!」
かごめは震える樹の頭を膝に乗せ、樹の両手をこすって温める。
「ふう・・・ふう・・・」
息を吹きかけて必死でこする・・・。
かごめの甘い吐息と心地いい膝枕・・・。
体の冷えさえ忘れそうだ・・・。
「樹さん・・・どう・・・?少しはあったまってきた・・・?」
樹は静かにうなづいた。
「・・・よかった・・・。でも、このままじゃ・・・」
樹はかごめの手を握った。
「だい・・・じょうぶです・・・」
「でも・・・」
「このままでいたい・・・。お願いだ・・・。このままで・・・」
自分の手を包むかごめの手を樹は握り返した・・・。
切に願うように・・・。
(・・・樹さん・・・)
「かご・・・めさん。僕のせいで・・・すみません・・・」
「樹さんがあやまることじゃないです。悪いのはアイツ・・・」
怒りがこみ上げてくる。
きっと今もどこからか、自分達を見ているかもしれない。
人の心の弱い部分をえぐるようにもてあそぶ・・・。
「・・・。だけど・・・なんか夢みたいだ」
「え」
「好きな人の膝枕なんて・・・。アイツに感謝するわけじゃないけど・・・。
とても今、僕は幸せな気持ちでいっぱいだ・・・」
「・・・」
かごめの膝から伝わる肌のぬくもり・・・。
諦めていた想いが自然に言葉になる・・・。
「かごめさん・・・僕の話を・・・。聞いてくれますか?」
「・・・はい・・・」
樹は話し始める・・・。
知って欲しかった。
自分のことを・・・。
子供の頃から、音楽の世界しか知らず常に『天才指揮者』などと仰がれ、
そのもう一人の自分を演じることしか生きる術がないと思っていたこと・・・。
「空の匂いも風の音も知らなかった。それを教えてくれたのはかごめさん
貴方だ・・・」
「そんなことは・・・」
そして・・・。
桔梗を守りたい一心で世間から存在を消してしまったこと。
それは大きな間違いで、独りよがりな感情だったと後悔していること・・・。
「僕は桔梗にもう一人の”自分”を見ていたのかもしれない・・・。それを
押し付けていた僕は・・・。一番大切なことを忘れていた・・・」
「・・・一番大切なこと・・・?」
樹はうなづいた。
「”相手”の幸せを・・・願う心・・・」
大切な人なら尚更・・・。
想う人が、笑って幸せだったら自分も嬉しい・・・。
そんな気持ちを教えてくれたのも・・・。
かごめだった・・・。
「かごめさん・・・。あなたは本当にまっすぐで強い人だ・・・。僕は・・・」
(え・・・)
樹はすぐ真上のかごめの瞳をじっと見つめた。
「僕は・・・。そんな貴方に・・・心惹かれて・・・しかたない・・・」
「・・・」
「・・・好き・・・です・・・」
かごめはどう反応していい分からない。
膝の上の樹の視線を逸らした。
「・・・。樹さん、あ、あの私・・・ッ」
「わかっています・・・だけど今だけ・・・。今だけ・・・。何も言わず・・・。
このままでいてください・・・。」
「樹さん・・・」
「貴方のぬくもりに・・・つつまれていたいんだ・・・」
樹は・・・
かごめの手を頬にあて擦りあてる・・・。
報われない愛だとしても・・・。
・・・独り占めしたい温もり・・・。
「・・・かごめさんの愛が欲しい・・・」
「・・・」
「ほんの・・・ひとかけらでいいから・・・」
今だけでいい。
一秒でいいから・・・。
(樹さん・・・)
切ない瞳の樹に応えるように・・・。
かごめは微笑んだ・・・。
「・・・ありがとう・・・」
一番・・・ほしかった・・・。
自分だけに向けられる笑顔・・・。
独占したかった・・・。
「・・・貴方を・・・。心から・・・愛しています・・・こころか・・・ら・・・」
今まで感じたことのない安堵感・・・。
樹の瞼はゆっくりと閉じ・・・。
眠った・・・。
(樹さん・・・)
冷たかった手に・・・。
ぬくもりが戻った・・・。
かごめが一晩見つめた”貴公子”の寝顔は・・・。
あどけなくて・・・。
少年そのものだった・・・。
「ん・・・」
朝日が二人を照らす。
壁に寄りかかっていたかごめが目を覚ます。
「おはよう・・・。ございます。かごめさん」
「あ、お、おはようございます」
何故か照れるかごめ。
「樹さん。あの・・・もう大丈夫なんですか?」
「・・・朝日とかごめさんのぬくもりで充分温まりました」
「・・・」
(人が聞いたらなんか誤解されそうな台詞をさわやかな顔で
言って・・・(汗))
「でも、病院に一度いったほうがいいわ。でもどうやって連絡を・・・」
携帯の電源は切れている。
樹はジャケットの内ポケットから自分の携帯を取り出した。
「・・・すみません。本当なら夜のうちに渡すべきだったのに・・・。
かごめさんとの時間が嬉しくて・・・」
「・・・」
「怒りましたか?」
かごめは首を振った。
「・・・よかった・・・」
かごめは樹の携帯からタクシーを呼ぼうと番号を押そうとしたとき・・・。
バタン!!!
レストランのドアが開いて・・・。
姿をあらわしたのは。
「かごめ・・・!!」
「犬夜叉・・・!」
ヘルメットを片手にもった犬夜叉と・・・。
背後から長い髪の主の姿が・・・。
「・・・桔梗・・・」
4人、顔をそろえたのだった・・・。
「・・・」