第64話 血染めの舞台
「えっと・・・。そのピンク色のチューリップください」
花屋で花束を買うかごめ。
樹に渡すためだ。
「かごめ様らしい花ですな」
「・・・そう?うふふ・・・」
チューリップの香りを嗅ぐかごめ。
珊瑚と弥勒とかごめ。
三人はコンサート会場の総合体育館へと向かっていた。
犬夜叉は一足早く会場入り。
スタッフ同等に入ってコンサートが始まる
前から桔梗にそばにつくために・・・。
珊瑚と弥勒はかごめの心中を思うと複雑だった。
「わ・・・ッ。すごい人・・・」
『月島桔梗ソロコンサート』
会場につくと入り口の階段から長蛇の列。
いかにこのコンサートが注目されているか分かる。
テレビカメラを持った人間も・・・
「・・・A席B列は前列でございます」
チケットを係員に渡し会場内に入る・・・。
流石クラッシック専用の会場。
天井が高く横に長い舞台。
音がどこまでも響くような形だ。
「なんかすごい前の席・・・」
一番前の席。
しかも真ん中。
桔梗がバイオリンを弾く台が目の前に・・・。
(篠原の奴。嫌みな席をわざわざ・・・)
三人は同時にそう思った・・・。
一方。桔梗の控え室。
花束が沢山送られていた。
「妙なモンはなかったみてぇだな」
「ああ・・・」
白いドレスに白いハイヒール
鏡の中の桔梗が微笑む。
「・・・緊張してんのか?」
「・・・柄ではないか?」
「別に・・・」
「今日は・・・私のスタートの日でもある・・・。色々な意味でな・・・」
犬夜叉をじっと見つめる桔梗。
”あんたの側にいたいっておもったんじゃない!”
犬夜叉の心にかごめの声が・・・。
ふっと桔梗から視線を逸らした。
(・・・犬夜叉・・・)
コンコン。
「桔梗。準備はできたか?」
燕尾服を着た樹が入ってきた。
「おう、樹。妙な奴とかはいなかったか?」
「ええ。警備員の方に全て服装チェックさせてますし
舞台下にも配置しますから・・・」
「そうか・・・」
篠原は昨日すぐに釈放されたと聞いた犬夜叉達。
会場には篠原の姿は見えないが・・・。
「樹。お前の方こそ大丈夫だったのか?氷づけにされた後・・・」
「はい。かごめさんのおかげで命拾いしました」
とても幸せそうな顔の樹。
誰もいないレストランで一晩一緒に二人はいたことを
犬夜叉は思い出す。
「・・・犬夜叉さん。今日、かごめさんは?」
「・・・来てるぜ。多分弥勒達と一緒に・・・」
「そうですか・・・。桔梗が狙われるとも限らないかごめさんかも
しれない・・・。でも珊瑚さん達がご一緒なら大丈夫ですね」
「ああ・・・」
「じゃあ、桔梗。僕は先に舞台裏の方にいっている。急がなくていいから
くれぐれも気をつけて」
「わかった」
樹は安心した顔で出ていった。
「・・・桔梗・・・。樹の奴は・・・」
「・・・」
複雑に見つめ合う・・・。
「・・・今日は余計な事は考えない・・・。コンサートの
事だけに私は専念したい・・・」
「ああ・・・。そうだな・・・」
それぞれ・・・。
想いを秘めて舞台の幕が上がる・・・。
演奏時間は約2時間。
休憩が途中15分ある。
前半の第一部では
クラッシック定番のが樹の指揮も元演奏され・・・。
「うーん。やっぱり生で聞くのはいいですな・・・」
指揮台で樹が体前進を揺らして指揮棒を操る。
すごい迫力・・・。
穏やかな樹からは信じられないエネルギーを
感じる・・・。
(・・・。やっぱり心底音楽が好きなのね)
生き生きしている・・・。
人はそれぞれに自分らしく輝ける場所がある。
(・・・私が私でいられる場所か・・・)
かごめの中である”決意”が固まろうとしていた・・・。
ブー・・・。
『これより15分間の休憩を取らせていただきます』
アナウンスが流れ、観客たちはトイレに行く者、飲み物タイムの
者・・・休憩する。
(・・・珊瑚ちゃん遅いな)
化粧直しにお手洗いに行った珊瑚をまつかごめ。
「かごめさん」
「樹さん!」
客席を探し回ったが見つからず、樹はロビーでかごめを見つけた。
「よかった。樹さん、元気になられたんですね!」
「お陰様で・・・。貴方のおかげです。ありがとう・・・」
優しげな視線でかごめを見つめる樹・・・
「・・・い・・・いえ・・・。あ、そ、そうだ。これ・・・」
かごめは花束を樹に渡す。
「僕に・・・ですか?」
「あ・・・は、はい。あ、あとききょ・・・じゃない月島さん
に・・・」
「・・・。可愛い花だ・・・。貴方みたいにいい香りがする・・・」
「・・・(照)」
今日はいつにも増してストレートな表現の樹に
かごめはちょっと戸惑う・・・。
「・・・。どうでしたか・・・?あの舞台の僕は・・・」
「とってもすてきでした!やっぱり樹さんって音楽が本当に
好きなんだなぁって伝わってくるようで・・・」
「・・・。嬉しいな。貴方にほめて貰うのが一番嬉しい」
「・・・」
人目もはばからずなんとも言えないうっとりするような
視線を送る樹・・・。
樹ファンが周りにいたらきっと
失神しそうな・・・。
「かごめちゃん!」
珊瑚があわてて走ってきた。
「ごめんね。お手洗いが混んでて・・・あ。樹さん」
「珊瑚さんこんにちは。今日は一段とすてきですね」
「え・・・あ、ど、どうも・・・」
「あっといけない。そろそろ第二部が始まる。じゃあかごめさん、珊瑚さん
失礼します」
深々とお辞儀をし、樹は舞台に戻っていった。
「・・・。かごめちゃん、樹さんってホント紳士だよね」
「うん・・・。ちょっと困ってしまうくらい・・・」
「かごめちゃんさ・・・。あの夜・・・」
”樹さんと何かあった?”
聞きたい衝動に駆られたが今は聞く雰囲気ではない。
「何?珊瑚ちゃん」
「ううん。なんでもない。って弥勒さまは?」
「あ、あそこ・・・」
ロビーで、一人、”やぁお嬢さん、私と愛の音色を奏でて、子を産んでみませんか”
などと言っておなごを物色する男一人あり。
珊瑚の拳が久しぶりにボキっと鳴る。
「弥勒様ッ!!いい加減にしろーーー!!」
ロビーで、珊瑚の空手技が披露されたのだった・・・。
ブー・・・。
「ただいまより第二部が始まります。観客の方は
すぐに席にお戻りくださいませ・・・」
アナウンスがなる。
「ふんッ!」
珊瑚の平手うちのあとがくっきり弥勒君。
もうフィアンセがいるのにお痛はいけません。
「弥勒さま、今後身を慎まなくちゃ駄目だよ」
「かごめ様もなかなかいいますなぁ・・・」
「茶化さないで・・・。珊瑚ちゃんのことちゃんと捕まえてあげてよ
私、珊瑚ちゃんには幸せになってほしいって思ってるから。珊瑚ちゃんにだけは・・・」
何か思い詰めたような表情に弥勒が気づく。
「かごめ様・・・?」
「あ・・・」
第二部の幕が開く。白いドレスの桔梗が登場・・・。
ワアアアアーーー・・・!!
桔梗の登場に一成に観客が沸いた。
そして樹の横に陣取り・・・。
観客に向かって一礼・・・。
その姿は凛々しく、美しい・・・。
晴れ晴れとして・・・。
樹が指揮棒をあげた。
桔梗のオリジナル曲『月光』の第1楽章が始まった・・・。
メロディラインに入る。
桔梗がバイオリンを構え・・・弦を動かしはじめると・・・。
シーン・・・。
観客席が静まり返る・・・。
バイオリンの音にくいいるように耳を傾けて・・・。
”バイオリンが語りかけてくる”
そんな表現がふさわしい。
小刻みに弦を操り、豊かな音色は会場内隅から隅まで
反響して・・・。
哀しい音色なのにどこか・・・。
懐かしい。
何十年ぶりにふるさとに帰ってきたそんな
気持ちにさせる・・・。
観客の中には自然と涙を流す客もいて・・・。
今までの”月島桔梗”ではない生まれ変わったような
希望に満ちた音色だった・・・。
樹の指揮棒が止まった。
ワァーーー!!
「ブラボー!!!最高だ!!月島桔梗は!!」
口笛を鳴らし、観客の拍手喝采・・・。
拍手はいつまでも鳴りやまない・・・。
桔梗は何度も何度も観客に頭を下げる。
さらに樹はマイクを取り出し観客に語りはじめた。
「今日、ご来場くださった皆様・・・。色々とお騒がせして本当に
申し訳なく思っております。自分のエゴで皆様から月島桔梗の音色を二年以上も
奪ってしまいました・・・。本当にすみませんでした」
クラッシック界の貴公子が頭を下げている。
観客の拍手は止み、樹に注目・・・。
「ですが、今日、今、新しく生まれ変わった月島桔梗がここにいます。
これからは思う存分、月島桔梗がみなさんへ、バイオリンの音を伝えていきたいと
思っております。諸悪の根元の僕が言うのも何ですが・・・。これからの月島桔梗に温かいご支援
ご指導、どうかよろしくおねがい申し上げます・・・!」
観客達に深く、深く頭を下げる樹・・・。
桔梗も更にお辞儀をする・・・。
パチ・・・。
パチパチパチ・・・。
「坂上樹!万歳!月島桔梗、万歳!」
桔梗と樹に再び暖かな拍手が観客から送られる・・・。
「ありがとうございます・・・!」
樹と桔梗の熱意が通じて会場内はなんとも感動的な雰囲気に包まれた・・・。
「月島さん!受け取ってください!」
桔梗のファンと見られる女の子数人が花束を持って舞台にむかった。
「ありがとう・・・」
優しく微笑み、握手する桔梗・・・。
その表情は何かふっきれたような晴れ晴れとしていた・・・。
その光景を。
幕の裏で犬夜叉は見守っていた。
(・・・桔梗。よかったな・・・)
”今日が私のスタートだ”
桔梗のコンサートの成功に犬夜叉は心から安堵した・・・。
(ん・・・?)
ふと幕の裏側の照明を見上げる犬夜叉。
グラ・・・ッ。
桔梗の頭上の白い大きなライトがぐらつき・・・。
ガタンッ!
(落ちる・・・!)
真下の桔梗めがけて落下する・・・!!
「桔梗ーーーッ!!!そこから離れろーーーー!!!」
舞台裏から犬夜叉が飛び出て、桔梗を抱えて倒れた・・・!
ガッシャーン!!!!!
ライトは犬夜叉が倒れた数p真横ずれて
落ちた・・・。
突然のことに会場は騒然・・・。
「犬夜叉さん!桔梗!!」
舞台裏から樹がに犬夜叉と桔梗に駆け寄る。
「大丈夫ですか!???」
額から少し血が流れる犬夜叉。
「・・・大丈夫だ・・・。それより・・・桔梗が・・・。おい!桔梗・・・!」
桔梗の体を揺らす。
返事がない。
「桔梗!おい、しっかりしろ!!桔梗!」
樹は脈を調べる。
(・・・。よかった・・・生きてる・・・)
「気を失って・・・。脳しんとうを起こしたのかも・・・」
「俺はたいしたことねぇ!桔梗を早く病院につれていってくれ!」
「わ、わかりました!」
樹は舞台裏から廊下の公衆電話を使おうと
通路を降りる。
すると黄色のスタッフジャンパーを着たスタッフが樹に
駆け寄ってきた。
「坂上さん!僕の携帯使ってください!」
「すまない!助かる!」
そのスタッフから携帯電話を受け取り後ろを向いて
かかりつけの病院の番号を押す。
「あ、もしもし!?すぐに救急車を・・・場所は・・・」
ザク・・・ッ。
「!????」
一瞬だった。
樹の背中を貫く・・・刃が・・・。
「あ・・・あ・・・」
カランッ・・・
携帯電話が樹の足下に落ち床に倒れる樹・・・。
「・・・救急車は2台の方がいいですよ。坂上さん・・・」
ニヤリと笑うスタッフの男が帽子をとる・・。
「お・・・お前・・・は・・・ッ」
「月島桔梗はフェイント。フェントだよ・・・。狙いは
あんただ貴公子さん・・・」
「しの・・・は・・・ら・・・。き・・・さま・・・」
血で染まった手で・・・篠原のジャンパーを掴む樹・・・。
「血染めの貴公子・・・。いいねぇ・・・。すてきですよ。プリンセス。
クックック・・・」
篠原は笑いながら・・・。
舞台裏の非常口から出ていく・・・。
(しのはら・・・)
眼がぼやけ・・・樹・・・。
(・・・かごめさん・・・。かごめさん・・・)
かごめを想いながら樹は舞台に戻るが・・・。
「樹!!?」
「・・・」
青ざめた表情の樹・・・。
「樹、どうした!いつ・・・」
ポタ・・・。
ポタポタ・・・ッ。
血が落ちる・・・。
バタン・・・!
「きゃああああああ!!!!」
「樹ーー!」
樹が舞台の真ん中で倒れた・・・。
大量に深紅の血が流れ・・・
舞台は赤く赤く染まったのだった・・・。