第66話 冬の空と静寂


「・・・」 ベットに眠る桔梗。 突然のかごめの訪問にも表情一つ変えない。 「あの・・・。とつぜんごめんなさい」 白いゆりの花をじっと眺める桔梗。 「・・・こ・・・これ。お見舞い・・・です」 「・・・」 ベットの横の戸棚にそっと花束を置く。 かごめは静かに白い丸椅子に腰を下ろした。 「・・・」 「・・・」 チッチッチ・・・。 病室にかごめと桔梗二人きり。 時計の秒針の音がやけに響く・・・。 (・・・。この独特の空気・・・。なんか息が詰まりそう。なにか 話さなくちゃ・・・) かごめが口を開きにかかったとき・・・。 「・・・。よく似ていると言われるか・・・?」 「えっ?」 「・・・私とお前だ」 「・・・。まぁ・・・。でも、みんな”あ、よく見たら違ってた”って すぐ誤解は解けるのだけど・・・」 「・・・ふっ・・・。そうだろうな・・・。形が似ていても違う人間だ・・・」 (・・・どういう意味よ) 桔梗の問いの真意がわからないかごめ。 「あ、あの・・・。樹さん、術後の経過よかったみたいで・・・」 「・・・。お前が助けたのだろう」 「わ、私は別に・・・」 かつて自分を想っていた男。 今、自分を想っていてくれる男。 かごめは複雑な気分にならざるおえない。 「・・・。礼を言う」 「えっ」 「樹がいなければ、今の私はいない。その樹の命が尽きようならば私も生きてはいられない」 「桔梗・・・」 近寄りがたいとずっと思っていた桔梗。 物事に対しては筋を通す誇り高い・・・。 少しだけ桔梗の素顔を垣間見た気がするかごめ・・・。 「・・・。篠原の奴はまだ逃げているのか?」 「え、ええ・・・。警察があちこち探してるけれど足取りは一行に・・・」 「篠原は、気に入った玩具を無理やり奪われた子供そのものだ。 知恵は回るけれど、思考は幼い」 「・・・」 「・・・。もっともそれに振り回されている私達も 押さないのかもしれんがな・・・」 いつになく語る桔梗。 だが、”核心”的な部分については触れない。 いやかごめも触れて欲しくない。 核心=犬夜叉について・・・。 「・・・。あ、あの・・・とにかく貴方も元気になって・・・。 じゃあ、私これで・・・」 かごめはなんとなくこれ以上いると辛くなってくる気がして立ち去りたい衝動 にかられた。 「・・・待て」 かごめを呼び止める桔梗。 「・・・私は・・・」 「・・・?」 桔梗の鋭い視線はかごめを射抜く。 ”何”をいいたいのか・・・。 心で解る・・・。 それは多分・・・ ”核心”について・・・。 「・・・。お前は・・・”これから”どうする・・・?」 かごめはしばし間をあけて 答えた・・・。 「・・・私は・・・。私のままで あるだけです・・・。ただそれだけです」 柔らかに微笑む・・・。 「・・・」 「じゃあ・・・お大事に。失礼します・・・」 桔梗に深々と頭を下げ、かごめは病室を後にした・・・。 「・・・」 桔梗は戸棚に置かれたチューリップの花束に目をやった。 「・・・私のままである・・・か・・・」 ピンク色のチューリップ。 微かに香る優しい匂いに桔梗は複雑な表情を浮かべたのだった・・・。 「ふう・・・」 桔梗への見舞いの帰り道。 枯れ木の公園を通り抜けて帰るかごめ。 木枯らしが吹いて枯れ葉が舞う。 ”お前はこれからどうする・・・?” 桔梗の問いが木枯らし以上に心を冷たく通り抜ける。 ”これから”なんて・・・。 (桔梗と犬夜叉次第じゃない・・・) 出口のない迷路。 答えを探してもヒントさえない・・・。 (どうするの・・・?どうなるの・・・?) 枯葉のじゅうたんの真ん中で立ち止まり 灰色の冬の空を見上げるかごめ・・・。 ボーンボーン・・・! 「!!」 公園の花時計からお昼を告げる音楽がに驚くかごめ・・・。 (もうこんな時間なのか・・・) 迷路で立ち止まっていても 時間だけは過ぎていく。 (”これから・・・”か・・・) これから。 まだつかまっていない篠原のことも気になる・・・。 そして犬夜叉との”これから”も・・・。 「・・・寒さやアイツ(篠原)なんて気にしてられない がんばるぞ!」 かごめは自分の頬をたたいて、枯葉の上を走り出した・・・。 「・・・気にしていられないねぇ・・・。悪いがまだ”ゲームは” 終わってないんだよ」 花時計の影から黒いコートで深い帽子をかぶった男・・・。 篠原だ。 枯れ葉の上にたばこを投げ捨て、キュッと革靴で消す・・・。 (まだ・・・。終わっちゃいないんだ・・・。すべてを消すまでは・・・!) 不気味にかごめの後姿を見詰めていた・・・。
篠原が姿を消し、どれだけの時間が過ぎただろうか。 世間ではクリスマスが過ぎ、新しい年を迎え、 そしていつもの毎日が始まり、テレビや週刊誌は次から次へと 目まぐるしく、取材対象を変える。 変えざる終えない程に世間では、篠原の事件より悲しい事件が相次ぐ・・・。 一月も終わりに差し掛かった頃。 桔梗は年が明けてすぐ退院し、樹の変わりに事務所を切り盛り し、樹も大分回復していた。 かごめは週に一度の割合で見舞いに来ていた。 病院職員の間では”樹の彼女はやっぱり月島桔梗似”などと そこはかとなく、噂になっており・・・。 「・・・。さっき、こっそり、病院の食堂のおばさんに まで”あんた、坂上樹の彼女さんかい!?篠原はどうなんたんだい”って 根掘り葉掘りきかれました。もう雑誌記者より手ごわくて。ふふ・・・」 病院の中庭を樹が乗った車椅子を押すかごめ。 「すいません。僕のせいで・・・」 「いえ。気にしないでください。私こそ光栄です。 天下の”クラッシク界の貴公子”の彼女さんに間違われるなんて。 ふふ・・・」 「・・・。間違われるんじゃなくて・・・。”本当”に僕はしたいなぁ・・・。 なんて・・・」 じっとかごめを見上げる樹・・・。 ドキ・・・。 (・・・樹さん) キィ。 かごめは思わず車椅子を止めてしまった。 「・・・。すみません。意地悪な質問でしたね・・・」 「・・・」 「”答え”はもう分かっているのに・・・。貴方がこうして過ごす時間が 嬉しくて・・・。ついわがままになってしまう・・・」 「・・・。樹さん・・・」 「・・・僕は一生、片思いでいいって覚悟で、貴方を 想っているのだから・・・」 樹は空を見上げた。 冬の雲・・・。 灰色で重たい。 その合間から・・・ちらりと見える青空・・・。 「いつか・・・。”冬の晴れた空が好き”って 言ってましたね・・・」 「はい・・・」 「僕も好きになりました・・・。寒さの中に 小さな花のみたいにあったかくて・・・。怪我人には何よりも薬にです。ふふ・・・」 積もった雪を少しだけ溶かす冬の陽。 春の陽のようにすべてを包み込むほどのぬくもりではないけれど・・・。 人の心の中の氷を溶かす”きっかけ”をくれる・・・。 「あ、樹さん、もうすぐ検温の時間じゃ!」 「そうだ。看護婦さんにまた叱られる。でももう少し、見ていてもいいですか 。冬の青空を・・・」 「はい。わかりました・・・」 樹とかごめはもうしばらく・・・。 灰色の中の水色の空を見上げ、薄く降り注ぐ微かな陽を 感じていた・・・。 その日の夕方のことだ。 かごめがアパートに帰ると・・・。 「弥勒さまの馬鹿・・・!!」 弥勒の部屋から泣きながら珊瑚が飛び出してきた。 「珊瑚、待ってくれ!話を聞いて・・・」 「知らないよ!勝手にすればいい!!」 カンカン・・・。 バタン! 自分の部屋に入ってしまった。 「珊瑚!頼む、話を聞いてくれ!珊瑚!」 「今は何も聞きたくないよ!一人にして・・・!」 珊瑚は一向に出てくる気配がない。 「どうしたの?弥勒さま、一体・・・」 「かごめさま・・・」 深刻な表情・・・。 「・・・いつもの単なる”浮気”じゃなさそうね・・・。その顔は・・・」 (いつもの浮気って・・・(汗)) 「ともかく今はそっとしておいたほうがいいわ。事情は 私が珊瑚ちゃんから聞くから・・・」 「わかりました・・・」 弥勒はとりあえずその場はかごめに任せ、自分の部屋に戻った。 コンコン。 珊瑚の部屋をノックするかごめ。 「珊瑚ちゃんあたし。入っていい・・・?」 「・・・」 「入るよ。タイヤキ、買ってきたの。一緒に食べよう」 部屋に入ると・・・。 うつむいてコタツに入っている珊瑚・・・。 あの珊瑚のこの落ち込みようは・・・ 「珊瑚ちゃん・・・。一体、弥勒さまと何があったの・・・?」 こたつの上にある、観光用のパンフレットに気づくかごめ。 「北海道・・・?弥勒さまと旅行でもするの・・・?」 「・・・うん。弥勒さま・・・一人でね・・・」 「一人でって・・・」 「・・・4月から転勤・・・決めたんだって・・・」 (え・・・!?) パサッとこたつからパンフレットが落ちた・・・。