第70話 悪夢の終わり
・・・あの時。 爆発の瞬間・・・。 かごめが生きるなら俺はどうなってもいいと 思った・・・。 生きて、幸せになってくれたら・・・。 何もしてやれなかった。 振り回して。 傷つけて・・・。 だから・・・。 俺みたいなハンパな男なんてやめて幸せに・・・。 ”犬夜叉・・・!” だけど・・・。 知らなかったんだ 死ぬのがこんなに怖いなんて・・・。 死んで、お前と会えないなんて・・・。 ・・・笑顔が見られなくなるなんて・・・。 本当に・・・本当に怖かった・・・。 ・・・やっぱり俺は・・・。 生きてぇ・・・。 生きていたい・・・。
病室の廊下・・・。 自動販売機コーナーの 珊瑚と弥勒と鋼牙が深刻な顔で長いすに座っている。 静まり返った廊下は・・・。 不安と恐れを増大させる。 「・・・かごめ様は・・・」 「大丈夫・・・鎮痛剤打ってもらってよく眠ってる・・・。さっきまですごく 興奮していたから・・・」 犬夜叉とは別々に救急車で運ばれ、処置室に・・・。 ”ねぇ珊瑚ちゃん、犬夜叉は!?ねぇ珊瑚ちゃん、ねぇぇ、 珊瑚ちゃん!!” かごめは打ち身とかすり傷だったが、看護婦が体を抑えて治療をするほど かごめは混乱し、珊瑚の腕をひっぱり、 執拗に犬夜叉の安否ばかり口にしていた。 「・・・。それで・・・。弥勒さま犬夜叉の方は・・・」 「・・・」 弥勒の沈黙に、珊瑚に不安が走った。 「ちょ・・・。う、嘘でしょ・・・?」 珊瑚は息を呑んだ。 「・・・。大丈夫。生きてるさ・・・。あばら4本、背中に火傷おってるタフな奴さ・・・」 「そ、そんな紛らわしい顔しないでよ・・・。心臓に悪い・・・」 力が抜ける珊瑚・・・。 「鋼牙のおかげだな・・・。 あのままだったらどちらかしか助けられなかっただろうに・・・」 かごめと犬夜叉に覆いかぶさる家具を鋼牙が支え、 最初にかごめが出て・・・。 ”かごめ・・・!おれが支えてるうち、犬っころの腕、ひっぱれ・・・!! 早く・・・!” 二人で犬夜叉を引きずり出した・・・。 そして、煙が充満していた部屋から3人はすんでの所で 脱出した。 「お前と犬夜叉がかごめ様の命を守ったんだ。いいコンビだな」 「うるせぇ・・・」 頬に絆創膏をはった鋼牙。 ”犬夜叉・・・!お願い、目を開けて!!!犬夜叉ッ” 涙いっぱいにためて犬夜叉の腕をひっぱるかごめを思い出す・・・。 (・・・あんな涙は・・・。もう御免だ・・・) 刹那さと。 かごめが助かった安堵感が鋼牙の胸に去来していた・・・。 「・・・で弥勒さま・・・。篠原は・・・」 「あいつか・・・。アイツの安否なんてどうでもいいが・・・」 「・・・。死ぬほど嫌いな奴でも。”死んでいい”訳はないからね・・・」 篠原も生きていた。 「で。先生。この容疑者はいつ頃警察に・・・」 「さぁ・・・。ですが取調べはまともにできるか・・・。 完全に精神が退行していますから・・・」 刑事と医師がぼんやり天井をながめる篠原の横で話している。 そう・・・。 『体』は生きているが・・・。 復讐心と片腕の機能を失った・・・。 「兄さん。兄さん・・・」 「ねぇ!そっちにいた!?」 ナースステーションがなにやら騒がしい。 看護婦数人がドタバタ走り回る。 「あの。どうかしたんですか?」 「304の日暮さんがいなくなったんです!点滴を自分で 抜いて・・・」 「かごめちゃんが!?」 顔を見合わせる3人。 「もしかしたら・・・」 珊瑚たちは急いで犬夜叉の病室に向かった。 ガラ・・・っ。 扉を開けると・・・ 「・・・。か・・・かごめちゃん・・・」 病院の患者服を着たまま・・・ひざまづいて 犬夜叉の手を握り締めるかごめの姿があった・・・。 点滴を無理やり引き抜いた後の血が服に染みて・・・。 「犬夜叉・・・。ごめんね・・・。あんたにまだあやまってなかった・・・。 だから早く目・・・覚まして・・・。お願い・・・お願い・・・」 冷たい床にひざをつき、犬夜叉の手を頬にあてるかごめ・・・。 「犬夜叉・・・。あたし・・・。もっと強くなるから・・・。だから 目を覚まして・・・」 白いシーツが雫で湿る・・・。 「あんたが目を覚まさなかったら・・・。私・・・。生きてても 意味ない・・・お願い、目・・・あけて・・・。桔梗をずっと 想っててもいいから・・・。会いに行ってもいいから・・・。お願い・・・。目、開けてよ・・・」 震えるかごめの声・・・。 切実な想いが珊瑚たちにも伝わる・・・。 大切な人が消え行くとしたら。 人はどんなことをしても助けたいと思う。 助かって欲しいと願う。 それが人間。 それが想い。 それが・・・一番尊い愛・・・。 「・・・ごめ・・・」 「!犬夜叉・・・!?」 犬夜叉が微かにつぶやいた・・・。 「・・・ごめ・・・か・・・」 包帯が巻かれた痛々しい手が・・・震えながら 誰かを探す・・・ 「あたしはここにいる・・・。ここにいるよ・・・」 自分を探す震える手を・・・ かごめは確かに強く・・・握った・・・。 手の限りなく優しいぬくもりに・・・ 犬夜叉の瞳がうっすらだが開いた・・・。 「か・・・かご・・・め」 「犬夜叉・・・。よかった・・・。よかった・・・ 。おかえり・・・」 握り合った手と手・・・。 生きていることを確認しあった・・・。 「かごめちゃん。犬夜叉は大怪我だけど大丈夫だよ。だから病室に・・・」 「・・・」 珊瑚の声も聞こえていない。 かごめはずっとずっと・・・握っていた。
爆発事件から二週間がたった。 爆発事件のことは、やはりマスコミは大きく取り上げた。 『警察に追い詰められ、情緒不安定になったことでの犯行・・・』 容疑者は篠原ということだけは伝えたが犬夜叉やかごめについては 一切触れられていない、いや、触れられなかった。 樹が全て手配したのだ。 だが、爆発が起きたアパートは・・・。 「楓荘さんは前から色々騒ぎがあったけどまさかこうなるとは思わなかったわよ」 「本当よね。今だってマスコミが群がって歩道はゴミが多いし・・・」 近所の主婦達が、ブルトーザーで解体される楓荘を見上げながら話す。 「ふぅ・・・。きっといつかは・・・。こんな日が来ると思っておったが・・・。 こんなに早いとはのう。な、ゴマや」 ワンワン・・・【そうね・・・。あたしの家も壊されるのね・・・。熱い思い出と共に・・・】 ゴマちゃんの最近ちょっと太ったお腹を撫でる 楓と珊瑚は解体作業を見守る。 「ごめんね。楓おばあちゃん。かごめちゃんもそう言ってた。」 「お前達が謝ることはないさ。このアパートはもうワシのようにガタが きておったんじゃ。それよりお前達の方が何かと大変じゃろ」 爆発は一部だけだったとはいえ、その損傷は一階の屋根やガラスをにも 与えた。 修復すると数ヶ月かかるという。 だからかごめ達はそれぞれ、別々の場所に今は身を寄せている。 「だけど・・・。このアパートはおばあちゃんの思い出がいっぱい つまってるんじゃ・・・」 「・・・。形あるもはいつか消える。だが 思い出までは消えない。な、ゴマや」 ワゥワゥ・・・【楓ばーちゃん。あんた、今日は哀愁あるいい女だわよ・・・。 ちょっと酒臭いけどね・・・】 ゴマちゃんも、短い間だったが住み慣れた我が家が消えていくさまを ちょっと切なげに見つめていた・・・。 「それで。犬夜叉の方はどうじゃ?」 「あー。もう元気元気。・・・”口だけ”はね」 犬夜叉の病室。 丁度昼食の時間だ。 「はい、あーんして」 ご飯を口元にもっていくかごめ。 「自分で食うからいいつってんだろ!」 あばらと利き腕が骨折している犬夜叉。 食事がうまくとれずイライラする日々。 かごめに食べさせてもらうのが恥ずかしくてたまらない。 「わがままいわないの!一人じゃ食べられないくせに」 「食える!」 「そういってさっき、スープこぼしたでしょ!ほら、たくさん食べなきゃ 治らないわよ。フーフーしてあげるから」 かごめはスプーンでスープをすくい、息をかけて覚ます。 「だから、ガキみてぇなことできっか!でき・・・」 「はい、あーん・・・」 にっこりかごめ。 なんだかママのような・・・ 「・・・(照)ちっ。仕方ねぇな」 結局食う、犬夜叉君でありました。 「はい、ごはん終わり。犬夜叉、ごちそうさまは?」 「う、うるせぇな!かごめ、お前、ちょっと調子乗りすぎだ!」←本当は嬉しい。 「ふふふ。ごめんごめん」 犬夜叉が元気。 いつもの生意気な言葉も素直じゃないところも 戻ってる。 (大切な人が・・・生きてるだけでいい。それ以上望むことは ない・・・) かごめは改めてそう思っていた。 「かごめこそ・・・どうなんだ」 「え?」 「頬の・・・」 かごめは髪を耳にかける。 小さな水ぶくれができて治ったが、その後が少し赤く 丸くのこっている。 「ああ、かさぶたはってきたし大丈夫よ」 「・・・でも・・・女の顔に・・・」 心配そうに頬を見つめる犬夜叉。 残ってしまったらどうする。命は守っても かごめを傷つけてしまったら意味がない。 「・・・。じゃあ痕が残ったら。犬夜叉、あんたが お嫁さんにもらってくれる?」 「・・・なっ・・・。ばっ(照)」 「ふふふふー。冗談よー。あんたにそんな度胸ないものね」 「・・・けっ」 照れ笑いする犬夜叉。 犬夜叉とのこんないつもやりとりが・・・ すごく大切に思う。 「そうだ。屋上の洗濯物とってこなくっちゃ。もし看護婦さん検温に きたら、いい?犬夜叉、 ちゃんとじっとしてるのよ?」 「・・・うっせぇな。ガキ扱いすんなつってだろ」 「わかったわね?看護婦さん困らせちゃだめよ!」 かごめ、犬夜叉をにらむ。 「・・・わ、わかったよ!」 「うふふ。それでヨシ!じゃあね!」 嬉しそうにかごを持って部屋を出て行った・・・。 (・・・くそ。アイツ完全に女房気取りだぜ・・・) 「!?にょ、女房!?何言ってんだよ!」 犬夜叉こそ、何を一人で叫んでいるのやら。 (・・・けっ・・・(照)) 犬夜叉、自分で照れて不貞寝する・・・。 「はぁーそれにしても早くなおさねぇと、気持ちの方が 参ってくるぜ」 窓から入る新鮮な空気。 かすかに梅の花の香りがして、心が穏やかになる。 そして何よりも。 かごめが元気。 笑いながらそばにいる。 こんな幸せ。 それが幸せ。 命がけで守ったものの尊さを肌で感じる・・・。 「・・・少し寝るか」 そのとき。 コンコン。 小さなノック。 「誰だよ。かごめか?文句ならもうきかねぇぞ」 返事がない。 「?誰だ?弥勒か?珊瑚・・・?」 やはり返事がない・・・。 (・・・!) 犬夜叉はすぐに悟った。 ドアの向こうの訪問者を・・・。 キィ・・・。 ドア越しに黒髪が流れる・・・。 「・・・。き・・・桔梗・・・」