「・・・」
「・・・。桔梗・・・」
緊張感が漂う。
桔梗はすっとカツラと帽子をとる。
「お前・・・」
「ふふ。可笑しいか。私が変装なんて・・・」
「・・・わざわざどうしたんだ・・・こんなところまで・・・」
「・・・。わざわざ来たらいけないか・・・?心配していたと・・・」
細い手で犬夜叉の髪を撫でる・・・。
「・・・。桔梗・・・」
「また私のせいで・・・。お前に迷惑をかけたな・・・」
桔梗は窓の外に視線を送る・・・。
「3年・・・か。もうお前と出会ってから・・・。もっともそのうちの半分以上
私は眠っていたが・・・」
「・・・」
「・・・3。年前・・・。勝手に裏切られたと思い込んで・・・。お前を恨んで・・・。
私はお前に何もしてやれなかった・・・」
「それはお前のせいじゃねぇだろ。桔梗。俺だってお前に何もしてやれなかった・・・」
「・・・犬夜叉・・・」
自分を気遣う犬夜叉の優しさ。
嬉しい気持ちと同じ何か感じる違和感。
明らかに3年前とは違う・・・。
人を信じず、誰も寄せ付けないそんな目が好きだった。
刺々しい心を同じ痛みをもつ自分なら癒せると思った。
自分しかいないと思った・・・。
「・・・。怪我は・・・どのくらいでなおる・・・?」
「あぁ・・・。医者は当分はじっとしてろって言ってたが仕事があるから
そうも言ってられねぇ。春になりゃ仕事も増えるしな」
「・・・そうか」
3年。短いようで長い。
心の距離と時間。
犬夜叉には犬夜叉の時間があきらかに流れている。
「・・・。春か・・・。春はあまり好きな季節じゃなかった・・・。新しい
ことが始まることが怖かった・・・」
「・・・桔梗?」
桔梗は窓をあけ、部屋に風を入れる。
(何が・・・いいたいんだ・・・?)
「でも・・・。今は違う。新しく始めることに恐怖はもう・・・ない。
犬夜叉」
桔梗は麗しい瞳で犬夜叉を見詰めた・・・。
(桔梗・・・)
「犬夜叉。お前は・・・。私を見ていてくれるか・・・?新しい私を見てくれるか・・・?」
影のあった桔梗の瞳。
今は強い意志を感じる・・・
「・・・。ああ・・・。お前が・・・胸を張って生きていくなら・・・。
俺は目を離さず見てるさ・・・」
「犬夜叉・・・」
新しいことが始まるならば
新しい関係がまた作れるかもしれない。
例えそれぞれの生活が変わったとしても
気持ちまで変わるはずがない・・・。
コンコン。
「検温ですー」
看護婦が入ってきた。
桔梗はすばやく帽子をかぶり、ささっと病室を出て行った・・・。
「あれ?今の人・・・」
犬夜叉は月島桔梗だとばれたのかと少し慌てる。
「貴方のお世話してる子よね?おっかしいなぁ。今さっき、
すれ違ったのよ」
「え・・・」
「私がここに来る前になんだかあわてて洗濯物持ったまま
屋上いったわよ」
(・・・かごめ・・・もしかして・・・)
命がけで大切な人を守れても
”心”は守れない。
傷つけるばかり。
(俺は・・・俺はまた・・・!)
シーツをしわくちゃに握り締める犬夜叉だった・・・。
病院の屋上。
物干しに真っ白なシーツが何枚も干され、風になびいている・・・。
シーツの一番奥。
かごめのパンプスがちらりと見える。
犬夜叉のパジャマをぎゅっとにぎりしめる・・・。
「やだ・・・犬夜叉ったらおしょうゆの汁つけちゃって・・・」
”ずっと・・・私をみていてくれるか・・・?”
”ああ・・・。お前が胸を張って生きていくなら・・・”
二人の声が離れない。
自分には決して聞かせない、出さない落ち着いた男らしい声・・・。
心臓が捻られる。
嫉妬じゃない
これは・・・
憎しみ。
”頬の傷が消えなかったらお嫁にもらってくれる?”
(何・・・浮かれていたんだろう。私・・・。一人で・・・)
何も変わってないのに。
犬夜叉と桔梗・・・
そして自分の関係。
(・・・けじめつけようって決めなくちゃ・・・決めなくちゃ・・・)
犬夜叉のパジャマを握り締めたまま・・・
かごめはパジャマに顔をうずめて・・・
しゃがんだまま
泣いた・・・
シーツがはためく
寂しく・・・。
※
犬夜叉は朝からそわそわしていた。
ドアがあけば、首をぐんときりんのように伸ばし
「なんだ。婦長のばばあか」
と、待っている。
「なんです?彼女じゃないからってそんなモロ、残念そうにしないで
くださいよ。失礼しちゃいますよ!」
「ぐえッ!!」
婦長を怒らせ、包帯をきつく巻かれる犬夜叉・・・。
一昨日、桔梗が来てからかごめと一度も会っていない。
気になって気になって仕方ないが動くことができず
ひたすらかごめを待つ日々。
(・・・。やっぱ全部聞かれた・・・よな・・・)
これで何度目だろうか・・・。
このことでかごめとぎくしゃくするのは・・・。
(・・・。俺は・・・。どうするんだ・・・俺は・・・)
ガラガラッ。
勢いよく開いたドアにビクッと犬夜叉の心臓が鳴る。
「犬夜叉。おはよ!」
「かっかごめ・・・」
かごめは犬夜叉の着替えが入った紙袋をどさっと戸棚に置く。
「男物の洋服とか買いに行くの大変だったんだから。あと
日用品ね、ティッシュにタオルにポット・・・。あ、退院したらちゃんとお金
もらうからね」
「・・・あ、あの・・・かごめ・・・あの・・・」
何をいっていいのか口ごもる犬夜叉。
「・・・。一昨日来てたんでしょ?桔梗が」
「・・・あ、ああ・・・」
「まぁこんな狭い病室で二人の世界作ってくれちゃってさー。
あーあ。私あんた達のあの空気だけには慣れないわ。」
「かごめ・・・あの」
「・・・。ふふっ」
かごめが吹き出し、首を傾げる犬夜叉。
「何そんなにビクビクしてるの?犬夜叉」
「ば、ばか言えっ。お、お、俺はだた・・・っ」
「ったく。あんたって学習しない男ね。あたしを気遣うのは嬉しいけど
そういう優しさはかえって人を傷つけるっていい加減覚えなさいよ」
かごめは林檎の皮をむきながら
淡々と話す。
「・・・じゃじゃあ、お前を嫌な気持ちにさせちまって俺は・・・。あぐっ」
犬夜叉の口に切ったりんごをくわえさせるかごめ。
「・・・一生悩んでろ。。ふふふ」
かごめはにこっとわらって
残りの半分の林檎を豪快にかぷっとかじった。
「あー。おいしいー」
「・・・かごめ。お前な」
「とにかく今は、怪我を治して。暖かくなる頃には・・・
終わるから・・・」
かごめは一瞬犬夜叉から目をそらした。
「・・・終わる?何が」
「・・・。何でもないわよ!もう一個食べる?林檎」
「お、おう・・・」
”終わるから・・・”
後に。
かごめが漏らしたこの一言の真意を犬夜叉は痛感することになる。
桜が咲く頃に・・・。
そしてかごめはあることを心に決めていた。
(今・・・私ができること・・・。私の大切な人たちのためにできることを・・・
したい。一つ一つ・・・)
・・・桜が咲く頃までに・・・。
※
刑事ドラマなんかではよく見るが・・・
現実のものはもっと緊張感がある。
大きな塀や鉄柵。
中の建物はコンクリートで冷たげ。
あちこち警備員が立ち、監視している。
かごめが今いる場所。
逮捕された篠原がいる場所・・・そう拘置所だ。
狭い部屋。目の前には透明のこちら側と向こうをさえぎる透明の壁。
会話するための穴が真ん中にあるだけで殺風景な部屋だ。
(テレビで見るより・・・)
ガチャン・・・
思い扉が開く音が重々しく響く・・・。
監視員と共によれたワイシャツ姿の篠原がかごめの前に静かに座った・・・。
少し痩せたのか頬がへこみ、無精ひげが伸びている・・・。
自分達を散々苦しめた男。
皆の居場所だった楓荘まで奪った男。
顔を見れば怒りが沸いてこないはずがない。
だが・・・。
今日は怒りをぶつけにきたわけじゃない。
「・・・。ぶーんぶぅーん・・・。ひこーきがちゃくりくしまぁす・・・」
おもちゃの赤い飛行機で遊ぶ篠原。
爆発のショックのせいでなのか。
篠原は怪我は治っても子供返りした心のままだ。
それを哀れむことはない。
哀れむほどの価値もない。
「・・・。現実が受け止めきれなくなると青い青い空に帰るのね。
でもそこにお兄さんはいないわよ」
「・・・ぶぅーんぶぅーん・・・」
やつれた外見。
幼い子供は抱えきれない程の辛さをなんとかするために
更に赤ちゃん返りするという。
それはその子の心がなんとか立ち直ろうとしている過程の一つでもあると・・・。
だが、目の前にいるやつれた男は子供ではない。
自分のしたことから
自分の柵から
逃げているだけ。
いや・・・もしかしたら演じているだけなのかもしれない。
かごめの心は篠原の確信的な行動を見抜いていた。
「・・・演技下手ね。子供の心はそんな・・・
荒んだ瞳はしていない」
「・・・」
かごめの言葉に一瞬、篠原の目はギロっと憎悪に満ちた目に戻った。
ほんの一瞬だがかごめは見逃さない。
「今日・・・私がここに来たのは貴方のその摺れた心と闘うためにきたの」
「・・・。ぶぅーんぶぅーん・・・。ちゃくりくせいこうー・・・」
「貴方はまだ誰かを憎んでる。ううん。憎むことでしか生きられない。
もしたしたら哀れな人なのかもしれない」
「ゴー・・・。りりくしまーす・・・」
篠原はだた飛行機を振り回して遊ぶ・・・。
「でも・・・誰かを傷つけることは許されない。踏みにじるのは
絶対に許さない・・・!!」
「ぶーん・・・」
「あたしは絶対に許さない・・・大切な人の笑顔を守りたいから・・・」
「りりくしまぁーす、ぶぅーん・・・くすくす・・・」
バン!!!
「!!」
狭い部屋に・・・
響く・・・。
「逃げるな・・・!篠原!!!」
机を叩くかごめの拳に篠原は思わず飛行機を落とした・・・
篠原を見据えるかごめの瞳は・・・
強い意志と勇気が秘められている・・・。