第72話 自己満足だったとしても
”逃げるな・・・忠・・・” 幼い頃・・・ 大好きだった兄の声が篠原の耳に響く・・・。 初めて兄に叱られたとき。 大好きだった兄に突き放された瞬間・・・。 助けてくれると思ったのに。 兄だけは・・・。 「・・・あたしはもう貴方は怖くない。貴方のその心が大切なことに 気づくまで私は許さない・・・!!」 自分を叱る。 自分を否定する。 かごめの強い瞳は・・・ 篠原の封印していた記憶を呼び覚ます。 「・・・」 ”・・・いい加減。俺から卒業しろよ・・・。うっとおしい・・・” ”俺の全ては月島桔梗さ。わかるだろう・・・?” 「う・・・うわぁああああ!!!嘘だ、そんなこと嘘だーーーー!!」 ガシャン!!! 「わぁあああッ!!!」 パイプ椅子を振り回し暴れだす篠原。 「こ、こらやめなさいッ!!」 看守が取り押さえようとするがすごい力で払いのけ、 自分の頭を壁に打ち付ける。 「俺は何も悪くない!!!悪いのは世間だ!!! 俺を否定する奴ら全部だ!!!兄貴もお袋も・・・みんな俺は何も 悪くないーーー!!!殺してやる!!全部殺してやる!! わぁあああああ!!!」 壁に血がつく・・・。 かごめはその迫力に一瞬たじろぐが・・・。 これが篠原の本当の姿なのかもしれない・・・。 「みんな消してやる!!俺を否定する奴らみんなみんな・・・っ 破滅させてやる!!!」 「自分を否定しているのは貴方自身よ・・・!!!」 看守に両手を押さえられた篠原がピタッと止った。 「・・・。自分を否定している人に・・・。誰も心は開かない・・・」 「・・・」 ”自分に自信がない奴は嫌いだ・・・忠、お前はどうだ・・・?” 兄しかいない。自分を認めてくれるのは。 でも自分自身は・・・。 ぼんやり・・・ 座り込む篠原。 「・・・。そろそろ時間だ・・・」 看守に抱えられ、部屋を出て行く篠原・・・。 その篠原に最後・・・ かごめはこう言った。 「・・・私はまけない。例え思い通りにならない現実だとしても 私は・・・自分に負けない・・・」 パタン・・・ 「・・・」 壁についた血・・・。 子供が癇癪(かんしゃく)を起こして暴れることはある。 それは誰かに何かを伝えたいとき。 自分の存在を必死に知って欲しいから・・・。 その心を受け止めてあげる誰かが 温かな手が ないと、その叫びはゆがみ、そして 心を支配してしまう。 最後は自分以外の人間、世間に心の歪みを吐き出そうとする。 そして関係のない誰かが傷つく・・・。 「・・・負けない・・・。私は・・・」 捻じ曲がった心。 もう二度とまっすぐになることはない・・・。 大きな塀や鉄柵を見詰めながら かごめは静かに歩く。 心持重たく・・・ (あ・・・) 微かにかごめの鼻を掠める。 街路樹の梅の花のつぼみ。 (春が来るまで・・・か) ため息をついている一瞬も時間が過ぎている。 (・・・あたしは・・・”今”の私に何ができるんだろう) 自分の恋に決着もつけられない私が。 ただわかることが一つ・・・ (思いつくこと一つ一つ、ただしたいだけ・・。自己満足 かもしれないけれど・・・) アパートが崩壊してばらばらになってしまった住人達。 心まで離れないように 壊れないように・・・。 (みんなに笑顔が戻るように・・・みんなの笑顔が・・・) 「・・・かごめさん」 歩道に銀のベンツが止る。 「樹さん」 運転席から樹が降りてきた。 「お久しぶりです。あの・・・犬夜叉さんの具合はどうですか?」 「・・・ええ。もう、口と食欲だけは元気で(笑)」 「そうですか。よかった・・・。あの・・・かごめさん、よろしかったら 車に乗っていかれませんか?」 「え・・・」 かごめは一瞬迷った。 「あ、ごめんなさい。今日はなんか歩いて帰りたい気分なんです。ほら、梅の花も咲いてて・・・」 街路樹を見つめるかごめ・・・。 優しい眼差しはいつもと変わらないが・・・ (何だか・・・) どこか遠くを見ているような・・・。 「そうですか・・・」 「すみません。せっかくのお申し出を・・・」 「いえ。季節を感じながら歩く・・・素敵です。僕もスピードを落として 木々に気を配ってみたいと思います」 「はい。じゃあ失礼します」 にっこりかごめスマイルでおじぎ・・・。 ふわっとカールする髪をなびかせる・・・。 叶わぬ想いだが、かごめを好きになってよかったと 心底思う・・・。 「だけど・・・」 かごめの後姿・・・ どこか遠くに・・・ 遠くに行ってしまうような・・・。 (僕の気のせいか・・・) 梅の花と同じ色のスカートをじっと見送る樹だった・・・
日曜日。 駅前にできたカフェ。 かごめは時計を見ながらある人物を待っている。 「かごめちゃん、ごめん。遅くなって・・・」 慌てながら珊瑚が走ってきた。 「こっちこそごめんね。突然呼び出して・・・」 「ううん。久しぶりにかごめちゃんと会えるんだもん。 嬉しかったよ」 珊瑚は友人のマンションに。 かごめは楓と共に楓荘に一番近いアパートに引っ越して いた。 ちなみにゴマちゃんは、楓の知り合いに預けてあります。 「かごめちゃんの方はどう?アパート慣れた?」 「うん。楓おばあちゃんのおかげ。一緒の部屋だけど朝ごはんとかつくって くれて助かってるの」 「そう・・・。みんなばらばらなっちゃったけど・・・ とりあえず落ち着いたみたいでよかった・・・」 「うん・・・」 珊瑚はコーヒーを頼み、砂糖を入れる。 「・・・。珊瑚ちゃんの方こそどうなの・・・?」 「え?」 「弥勒さまと・・・会ってる・・・?」 カップを混ぜるスプーンが止る。 「・・・。連絡とってないんだね・・・その様子じゃ・・・」 「・・・だって・・・。もう向こうは北海道行き決めてるみたいだし・・・」 「じゃあ。今ここで話せばいい」 「・・・え?」 珊瑚は背後に気配を感じて振り向くと・・・。 「・・・!み、弥勒さま・・・」 茶色のレインコートを着た弥勒が立っていた・・・。 「かごめちゃん。もしかして・・・あたし達を会わせるために・・・?」 「・・・。私・・・みんなの笑顔が見たいから・・・」 コーヒーにかごめの優しい微笑みが映っていた・・・。