川沿いに植えられた桜の花が一斉に咲いた。
風が吹けば花子夢の町は一斉にその名の通り、花吹雪でまるで夢の様に情緒が溢れる風景になる。
「今日は本当に風が強いわね。花が早く散ってしまわないかしら」
宿の二階から桜吹雪に彩られる街を見つめながら、自分の着物を繕うかごめ。
花子夢町一の芸者のかごめは全ての着物は自分でぬってつくる。
季節の変わり目になってきて、少し薄手の反物を買ってきて全て自分でこしらえる。
「殺生丸様。風は強くありませんか?格子、閉めましょうか・・・?」
「別にかわまん」
「そうですか・・・」
着物を繕うかごめの目の前。刀を抱え胡座をかいて座っている殺生丸。
ただ何をするというわけでもなく、ただ、かごめの目の前に座っている。
交わす言葉も少なく。
最近かごめに会いにきている殺生丸。
会い来ているというと本人は否定しそうだが、必ずかごめを呼び出し、ただかごめの前にしばしすわっているだけ・・・。
そんな状態がずっと続いている。
「寒くはないですか。殺生丸様」
「寒さなど感じぬ」
「そうですか」
かごめも言葉少ないが、それでいいと言うようにただ、ありのままの自分で居る。
殺生丸にはそれが居心地がいいか・・・。
酒も飲まず、ただ、かごめを呼びそばにいる。
沈黙も二人にとっては会話の一部なのだ・・・。
「ふぅ・・・。やっと襟の部分はできたわ・・・。あとは裾直しをして・・・」
針山に針をさして、着物の出来具合を確かめるかごめ。
(・・・あら?)
かごめがあることに気づいた。
(殺生丸様の羽織・・・。糸が解れているわ)
なかなか気品のある殺生丸の羽織。白い生地で背中にはさざ波が描かれていた。
「殺生丸様。羽織の糸が解れておりますね。もしよろしかったら、お直し致しましょうか?」
「余計な世話などやくな。迷惑だ。女に着物を触らせたくなどないわ」
「そうですか。でもいつでも言ってくださいましね。私ならいつでもお直しいたしますから」
かごめはにこりと笑って、自分の着物の直しを再び続ける・・・。
何事もなかったように・・・。
「・・・」
殺生丸は不思議でならない。
どうしてこの女は自分の目の前で、こう淡々としているのか。していられるのか・・・。
刀をちらつかせても、脅しても、怯まない。
怯むどころか笑う・・・。
漠然とした不思議さを感じている自分を殺生丸は認めたくないものの、何故か足がかごめのいるこの宿に向いてしまう衝動を抑えることはできなかった。
「殺生丸様。殺生丸様は桜はお好きですか?」
「・・・」
「私は好きです。でも桜はどこか怖い・・・。どうして怖いのか分からないけど、人を魅了する不思議さが怖いのです。ふふ、私って変ですね・・・」
「・・・」
かごめの語りかけにも何も応えない殺生丸。だが、かごめの話に耳を傾けている自分がそこにはいた。
「人は桜は綺麗だという・・・。でもその根本に生えている草や木には目を向けない・・・。外見は目立たなくでも、精一杯地面に根を張り、生きている。それは桜も地面の草木も変わらないのですよね・・・。外見の華やかさに惑わされてはいけないと教えられます・・・」
「・・・」
かごめの言葉一つ一つが心に入ってくる・・・。
新しい言葉を覚える赤子の様に実に新鮮に、実に・・・温かく・・・。
「足下に咲く菫の花も小さくて好きです。可愛らしくて。ほら、この花です」
かごめは懐から白い紙に包んだ菫の花を殺生丸に見せた。
殺生丸は手に取ることもしないが、じっと菫の花の香りは感じていた。
「もしよろしかったら持っていって下さい。お守りです」
「・・・」
お守りなど自分には必要ない。でもかごめが言うと何故か必要かもしれないと思えてしまう・・・。
「さて・・・。そろそろ格子、閉めますね」
そう言って立ち上がった瞬間。
ビュウウーーーッ!!!
竜巻の突風が部屋の中に流れ込んできた!
「きゃッ・・・」
あまりに強くかごめは一瞬よろめいた。
「・・・?」
吹き込んだ風が当たらない。
かごめが目を開けると、殺生丸が自分の体を受け手止めてくれていた・・・。
そして盾になるように背中を向けていた・・・。
「殺生丸さま・・・。ありがとうございます」
「・・・」
かごめが自分の胸元にいる・・・。
桜のような優しい甘い香りが殺生丸の鼻をくすぐった・・・。
やがて風は止み、畳の上には花びらが散乱した。
「はー・・・。すぐにお掃除しなくては。夜にはこの部屋は使うことになっているから」
「・・・帰る」
殺生丸は立ち上がり、部屋を出ようとした。
「殺生丸さま・・・。またのお越しをお待ち申し上げております」
「・・・」
手をつき、変わらぬ笑顔を殺生丸に見せるかごめ・・・。
「・・・」
黙って帰る・・・。
かごめは殺生丸の姿が見えなくなるまで笑顔でいた・・・。
花吹雪の中・・・。
殺生丸の白く長い髪が靡かせ歩く・・・。
「・・・!」
懐についていたのは、かごめがさっき自分に見せた菫の小花・・・。
いつのまにくっついていたのか・・・。
風によろめいたかごめを抱き留めたとき・・・?
「・・・」
まだ・・・。かごめの移り香が残っている・・・。
菫の小花の香りと共に・・・。
”殺生丸様にお怪我がないように・・・。お守りです・・・”
「・・・」
かごめの声・・・。
耳の奥で響く・・・。
「・・・花・・・か・・・」
手の中の小さな花。
懐に静かにしまう。
不思議と温かく・・・。
殺生丸は桜吹雪の中、雑踏に紛れ消えていった・・・。