料亭・花子夢屋の女将・かごめ。 美貌と不思議な存在感で江戸の男達は皆、生涯で一度でいいからその肌を感じたい、 そう思う。 今日もそんな男たちの一人が・・・ 「かごめや・・・。これでお前を身請けしたい・・・」 分厚い小判をスッと差し出すのは漆問屋の店主・長次郎。 かごめと同じ年の娘がいるのにもかかわらず、かごめに魅入られてしまったらしい。 しかし、かごめは小判をすっと長次郎に突き返す。 「・・・ワシのところに来れば、もっといい暮らしができるのだぞ・・・」 「せっかくですが越後屋様。私はこの料亭の女将。お金でどうこうしようという 貴方様のご意思ははっきりいって迷惑この上ありませぬ。お帰りくださいまし・・・!」 強い意思をもって長次郎を睨むかごめ・・・ 金で人を動かそうとするヤカラが一番かごめは気に入らない。 「・・・その怒った顔にもワシはやられておるのだ・・・。なぁ。ワシの 気持ちをわかってはくれぬか・・・!!」 「何をなさいます!」 長次郎は無理やりかごめを引き寄せ、着物の懐に手を突っ込もうとした・・・ ザク・・・ッ!! 「ひっ・・・」 長次郎の頬をすり抜け、隣の部屋から 一本の小刀が飛んできた。 長次郎の頬が少し切れている・・・ (・・・確か隣の部屋には殺生丸さまが・・・) 「私に妙なことをなさいますと、貴方様の命に関わります・・・。 これでも私を貰いたいとおっしゃいますか?」 「ひ、ひぃいいっ。い、いらんっ。命の方が惜しいに決まっておる!!」 どたたた・・・ 長次郎は完全に慄き、部屋を逃げていった・・・ かごめは乱れた着物をすっと整え、隣の部屋に続く襖を開ける・・・ 「殺生丸さま・・・。有り難う御座いました・・・」 刀を抱え、座る殺生丸に三つ指をついて礼を告げるかごめ。 「・・・。酒が不味くなる声が聞こえただけだ・・・」 「はい・・・。でも有り難う御座いました・・・」 再び頭をさげ、礼を言うかごめ・・・ かごめは静かに立ち上がり、殺生丸のそばに座った。 「お注ぎいたしましょうか。殺生丸様」 「・・・いらん」 徳利(とっくり)をかごめは膳に置いた。 それから殺生丸は暫く黙す・・・ かごめもただ無言で側ですわり・・・ 涼しい風が入り、風鈴が聞こえてきた。 かごめが団扇(うちわ)で殺生丸を扇ぐ。 「・・・殺生丸さま。御暑うございますか・・・?」 「・・・暑くはない・・・」 「はい・・・」 交わす言葉は少なくとも・・・ 互いの存在を確かに感じあう・・・ 「殺生丸さま。私は誰にも身請けなどいたしません・・・」 「・・・」 「・・・。本当に好きな殿方以外の元には・・・」 「・・・」 殺生丸はただ・・・ 黙し外を眺める・・・ 「・・・。お前に注がれる酒が一番上手い・・・」 「・・・。殺生丸さま・・・」 「・・・。私以外の者に酒を注ぐ出ないぞ・・・」 「・・・はい・・・」 手すら握らない。 だが・・・ 殺生丸の言葉は かごめの胸を熱く熱くさせる・・・ チリリン・・・ 「よい風ですね・・・」 「・・・」 涼しい風。 だが、冷たき刃と乙女の心を 熱くさせる そんな夏の日の夕方だった・・・