母・・・。
白い肌に青い目。
細い指に透き通るような銀髪。
人間の男でも虜になるような美しさをもった殺生丸の母。
より強い子孫を残すために、一族の長との結婚が決まっていた。
そして、殺生丸が生まれた。
生まれたときから、その計り知れない妖力を持った殺生丸は、一族を背負って立つ次期の長として丁重に育てられた。
しかし、殺生丸は周りの期待などには全く興味はなかった。自分はどの妖怪よりも優れている、より強い力が欲しい、ただ、それだけだった。
しかし、そんな殺生丸に母は
『強い力は、誰かとために使うために在るものです。決して自分の欲望のためにあるのではありません。誰かのために使ってこそ生きるのですから・・・』
と、殺生丸を諭した。だが、殺生丸はまるで耳を貸さず、ただ、自分が強くなることのみ望んでいた。
そしてある時、自分に腹違いの弟がいることを知る。
父親が人間の女に惚れ、生まれた半妖だという。
一族は決して、半妖という中途半端な存在を認めかった。
最初は、殺生丸は自分に弟ができようがそんな事には興味がなかった。
しかし、殺生丸は思った。
『母上はどう思っているのか・・・』
自分の全てを一族のために捧げた母。そんな母が父の裏切りをどう思っているのか?
まだ、幼い殺生丸だったが、その疑問を母に直接ぶつけてみた。
「あなたはどう感じている。父上は人間の女などに惚れ、子まで産ませたというのに・・・。恨んではいないのか?憎くはないのか?」
「・・・」
母は、しばらく無言でそして、こういった
「・・・。お父上やお父上が心惹かれた人間、そして、生まれてきたその命までを憎もうとしている自分が憎いのです・・・」
そう言った母の頬に濡れた一筋の涙が殺生丸の知らないうちに胸に刻まれた。
『自分を憎んでいる・・・??』
その後すぐ、殺生丸の母は亡くなり、同時に殺生丸も一族から離れた。
そしてその時、殺生丸は父が自分と半妖の弟にそれぞれ刀を分け与えたことを知る。
『なぜ、この殺生丸が何も斬れんボロ刀がふさわしいというのだ!!しかも、半妖などに名刀鉄砕牙が・・・!!』
自分より半妖の弟の方が強いというのか・・・。そんなはずはない。私より強い妖怪などおりはせん・・・。
この、どうしようもなく腹立たしい感情は何なのだろう。
弟に鉄砕牙が与えられた事に対する嫉妬か?
ふん・・・そんな陳腐な感情は私はもたん。
ただ・・・私が強くなるために鉄砕牙が必要なだけだ・・・。
でも、殺生丸の胸に、あの母の涙が浮かぶ。
“憎いのは自分です・・・”
美しかった母。
その母の涙・・・。
ろうそくの灯を見つめながら蘇る。
「殺生丸様・・・」
「・・・」
美しい、切れ長の瞳から、ひとすじ、光ものが流れる。
「・・・。何だ?これは・・・」
自分でも気づかずに、涙が流していた殺生丸。
その涙をそっと自分の手で拭う。
「殺生丸様・・・。哀しいの?」
「哀しい・・・?何が哀しいというのだ・・・。哀しい理由など私にはないはずだ・・・」
「だけど・・・。今、殺生丸様はとても哀しい顔をしています・・・。もしかして・・・お母さんの事を思い出したの??」
「・・・」
思い出すはずもない、忘れたはずの母の記憶。
しかし、あの一度だけみた、母の泣き顔だけはずっと胸に残り続けていた・・・。
「そうだ!あたし、殺生丸様のお母さんの分の灯籠もつくるねっ」
りんはそそくさともう一枚笹の葉を取ってくると船を造った。
「はい。できあがり♪殺生丸様、灯をつけてください」
「・・・。私にはそんなものは必要ない。やりたければお前がやれ」
「でも、殺生丸のお母さんの心の灯です。殺生丸さまじゃないと・・・」
“しつこいぞ”という怖い顔をした殺生丸。
「わかった・・・。じゃあ、あたしが灯をつけるね・・・」
りんがたき火にろうそくを近づけようとした。
「えっ。殺生丸様・・・?」
「・・・。ふん・・・。ただの暇つぶしだ・・・」
殺生丸はろうそくをりんからうけとると、かがんで笹舟に立て浮かべた。
「こんなもので・・・死者をともらうというのか・・・さっぱりわからんがな・・・」
「あの灯は・・・殺生丸様の思い出の中のお母さん・・・。あの世できっと・・・殺生丸様の事を見守ってるよ・・・」
小さな灯に託されたそれぞれの想い。
記憶の中の母の涙と一緒に、灯籠がゆっくりと流れていく。
“強い力は誰かのために使ってこそ生きるのです・・・”
「・・・」
母の言葉。しかし、自分は自分のためにしか生きることはないはずだ。そう・・・思ってきた・・・。
「殺生丸様ー。もう、あんな遠くまで流れたよー」
ろうそくの灯。小さな風が吹けばすぐ消えそうな灯だが、しっかりと、そして力強く燃えている。
「ふっ・・・。誰かのために・・・か」
そして、今、殺生丸の側には小さい命が必死に生きて笑っている。
「きれーだね・・・」
その夜、細く長い小川には命の灯が絶えることはなかったのだった。