其の二十六 靄(もや)犬夜叉の職場は男の世界。 汗臭い男達の臭いはするが木の香りで汗の臭いは消える。 (ん?何だ。この匂いは・・・) 柱になる木を切っていた犬夜叉のノコギリの動きが止まる・・・ この切ないような香りは・・・ (・・・桔梗が使っている香・・・??) 犬夜叉は思わず振り返る。 そこに居たのは・・・ (・・・桔梗じゃねぇ) 全くの別人・・・。犬夜叉の知らない若い女性が立っていた。 「・・・貴方が・・・犬夜叉さん?」 「ああ。お前誰だよ」 「私は・・・。こういう者です」 女はハンドバックから名詞を取り出した。 『レコード会社VBIEX 宣伝部 桔田 梗子』 犬夜叉は女の名前になんとなく引きつる。 (どういう名前だよ(汗)) 「・・・。貴方の元・恋人と同じ名前ですよね。私の名前、略せば。ウフフ」 桔田の小賢しい笑いに犬夜叉は少しムカついた。 「何だよ。てめぇは・・・。オレになんの用だ」 「私・・・。この度、月島桔梗のCD製作責任者に任命されました」 犬夜叉は桔田の用件を直感的に感じ取る 「・・・。何の用かしらねぇが邪魔だから帰れ」 犬夜叉は桔田を無視して仕事を続ける。 「単刀直入に言うわ。月島桔梗とよりを戻してほしいのよ」 「・・・。馬鹿なこと言うな。オレには結婚する女がいる」 「でもまだしてないでしょ。ならいいじゃないの」 犬夜叉はカンナで木を思い切り力強くけずって 桔田の声を遮る。 「月島桔梗が命にかかわる病気・・・だって言っても関係ない顔するの」 「・・・!?」 カンナの動きがピタ・・・と止まり犬夜叉は桔田のかおを思わず見てしまった。 「・・・なんてこと言ったら・・・少しは桔梗とのこと考えてくれるー?」 「なっ・・・てめぇ、嘘ついたのか!?」 「フフ。貴方の反応が見たかったの。今の真剣な顔、携帯でとって桔梗に 送ってあげたかったわ・・・。まだ気はあるみたいねーvvよかった」 「・・・」 桔田の人を小ばかにした物言いに犬夜叉は殴りたい気持ちに駆られたが 女を殴るわけにもいかずグッと拳に怒りを留めた。 「病気ではないけれど。桔梗、スランプみたいなのよねぇ。いつも 日本の方角の空を見上げているわ。きっと貴方を想っているのね・・・」 「・・・」 「アーティストの創作意欲を高めるのも私達の仕事。そのためだったら なんでもするわ。貴方の今の彼女を例え傷つけてもね」 バキ・・・!! 犬夜叉は思わず削っていた木を拳で真っ二つに割る・・・ 「・・・かごめに余計なこと言ってみろ・・・。女だからって 容赦しねぇぞ・・・ッ!!人の心弄ぶ真似は・・・ッ」 「あらぁ。怖いこと。ふふ。でも貴方達の気持ちがしっかり繋がっていれば 私みたいな邪魔者なんてどうってことないはずでしょ? 私がチャチャをいれて壊れるような仲ならその程度ってことよね?」 「・・・。う、うるせぇッ」 「ふふ。まあいいわ。気が変わったら私の携帯に連絡ちょうだい。 じゃあね・・・」 犬夜叉の心の揺れを見抜くように、桔田はニヤリと笑みを浮かべて犬夜叉のポケットに 名詞を入れ、立ち去った・・・。 「誰が連絡するか・・・っ!!!」 犬夜叉は名詞をビリっと破り捨てる・・・ (・・・もうかごめを傷つけるようなことできねぇ・・・。オレの気持ちは一つだ・・・) 何度かごめを泣かせたか。悩ませたか・・・。 犬夜叉は自分自身に誓う。 (もう揺れない。オレはもう・・・) 犬夜叉は携帯を取り出し待ち受け画面のかごめの写真を見つめた・・・。 「ただいま」 なんとなく心苦しい気持ちを抱えて犬夜叉は帰宅。 別にやましいことはないのだがかごめと顔を合わせづらい心境だった。 (オレがしっかりしてりゃあいい話だ) 犬夜叉は自分の顔をペチっと叩いてかごめの部屋を尋ねた。 「かごめ。いるか?」 「・・・なあに?」 「たこ焼き買って来た。一緒に食おうぜ?」 「・・・。今はいい・・・」 かごめの声のトーンが低い。 (・・・。なんか暗いな。なんかあったのか) 「犬夜叉・・・。今日保育所にね・・・。桔田って女の人が来たの・・・」 「・・・!」 犬夜叉はポトリとたこ焼きが入ったビニール袋を落とす。 (あの女・・・!!) 犬夜叉の手は怒りで一瞬震えた。 「・・・。かごめ、わかってると 思うけどあの女の言うことなんて真に受けるんじゃねぇぞ・・・。」 「・・・ウン・・・」 「・・・なんだよ。その返事・・・。お前、まだ疑ってるのか?」 「違うわよッ。でも・・・でも・・・!」 (この胸のもやもやが・・・暴れしまう) 犬夜叉には分からない黒い塊。嫉妬という名の・・・ 「ごめん。犬夜叉・・・。今は一人でいさせて・・・」 「・・・。わかった・・・。でもこれだけは信じろよ。オレには・・・。お前一人だから」 「・・・ウン・・・」 重たい空気・・・。 ドアの向こうも廊下も・・・。 桔梗という名の重たい幻影が二人に影を落とす・・・ この夜。二人はこれ以上言葉を交わすことはなかった・・・。 翌朝。 「・・・」 かごめは犬夜叉より1時間早く出勤していた。 (かごめ・・・) 犬夜叉の朝食はきちんと作られてテーブルに茶碗が置かれている・・・。 「・・・犬夜叉。かごめ様とケンカか?しかも月島桔梗絡みの・・・」 犬夜叉の耳元でぼそぼそっと呟く弥勒・・・ 「・・・な、なんで・・・」 「何年お前達と付き合ってきてると思う。すぐ空気で読める。 それより・・・。(はっ。殺気・・・)」 希を背負った珊瑚が仁王立ち・・・ 「桔梗絡みのケンカだって・・・?犬夜叉・・・」 「い、いや・・・(汗)」 目が据わっている珊瑚。 「あんたって人はもーーー!!きー!!花嫁を置き去りにした後は また過去の女の噂でかごめちゃん傷つけるのか!??そこに直れーーー!! 私がその根性たたきなおしてやる!!」 珊瑚は犬夜叉に向かって拳を上げる。 「犬夜叉、逃げろ。珊瑚、お、落ち着けー!」 珊瑚を必死に取り押さえる弥勒・・・犬夜叉はそそくさと仕事場に向かう・・・。 (弥勒・・・。無事でいろよ(汗)) ”いつまでかごめちゃんに気負わせなきゃいけないんだ。 死ぬまでそのつもりなのか!??” 珊瑚の一言が効いた・・・ 打ち抜かれた。 ”死ぬまで・・・。一生、かごめちゃんに桔梗の影を背負わせるわけ!??” 「おい!犬っころ!何ぼやっとしてやがる・・・!」 棟梁からの注意を受けはっと我に帰る犬夜叉・・・。 「疲れた顔してやがるな・・・。今日はもういいあがれ」 「え・・・」 「しけた面した奴と仕事はしたくねぇ 何を迷ってるかはしらねぇが・・・。男って奴はけじめだけはつけておかねぇと・・・な」 「・・・棟梁・・・」 犬夜叉は棟梁の背中に深くお辞儀をして その日は早退し・・・ かごめにメールを送った。 『かごめ・・・。会いたい。日暮神社の境内で待ってる・・・。お前が来るまで ずっと待ってるからな・・・』 日暮神社の境内にある御神木・・・。 それはかごめと犬夜叉が始めて出逢った場所・・・。 (そこで・・・。お前を待たなければ。いつもオレは待たせてばかりだった・・・) 犬夜叉は御神木にもたれ掛りメールを見つめていた・・・ (犬夜叉・・・) 犬夜叉からのメールを受け取ったかごめ・・・。 保育園が終わり、かごめの足は日暮神社へと向かっては・・・いた。 だがその足取りは重たく・・・。 (・・・まだ駄目・・・。今犬夜叉に会ったら私何を言うか・・・) 昨日、桔田に吹き込まれたことがかごめの心でどす黒い泥になって 蓄積している・・・ ”貴方に何かを指図される覚えはないわ!!私は私の意志で犬夜叉のそばにいるの。 帰ってください!!” そう最初は突っぱねられた・・・。自信もあったのに・・・。 ”健気ねぇ・・・。でも貴方考えたこと・・・ない?” ”何をですか?” ”彼と桔梗って・・・。キス以上のことしてたのか・・・とか” ”!?” 桔田の香水が・・・まだ鼻について残っている・・・ 嫌らしい微笑とともに。 ”所詮生身の男と女。 桔梗を抱いた腕で貴方も・・・。女としてこれ以上の屈辱は・・・ないわよねぇ・・・” 煙草の煙が・・・ヤニ臭かった・・・。 かごめの心の奥底の黒い塊が・・・疼いて・・・。 ”所詮男と女・・・。結局貴方を抱きしめながらも彼は 心のどこかで桔梗を求めてるんじゃない・・・?” ”桔梗の匂い 桔梗の肌の感触 桔梗の微笑・・・。桔梗の全てを” 「・・・嫌・・・もうやめてぇッ・・・!!」 歩道今日の真ん中・・・。 かごめは重たい何かから身を守るように・・・蹲る・・・ 「・・・。このままじゃ幸せになれない・・・。いつまで・・・。どこまで・・・。 この靄(もや)は続くの・・・?もうやめて・・・」 通行人がかごめを見下ろしていく・・・。 かごめの周りだけが・・・”桔梗”という名の靄に包まれていた・・・ (犬夜叉・・・) 社の影から・・・かごめは御神木の下で待つ犬夜叉を見つめている。 犬夜叉は腕時計で時間を確かめつつ・・・。 (犬夜叉・・・) 本当は今すぐ犬夜叉の元へ駆け寄りたい。 (でも・・・) 今、犬夜叉の顔を見たらまた酷いことを言い出しそうで・・・・ ポツ・・・ かごめの肩を濡らす・・・。小雨が降ってきた・・・。 石畳の境内に水溜りができていく・・・。 かごめは傘を差す。だが犬夜叉は持っていない・・・。 かごめの右足が一歩前に出ては一歩下がる・・・ 行きたいけど行けない・・・ (犬夜叉・・・) かごめの迷い。 犬夜叉は御神木の下に身を寄せて雨を避ける。 かごめの姿がないかとあたりを何度も見渡して・・・。 (犬夜叉・・・) すぐにでも出て行きたい衝動に駆られるが・・・。 「おう。小僧・・・。一人で雨宿りか?」 柄の悪い男2人が犬夜叉を囲んだ。 ギロリと犬夜叉は男達を睨む・・・ 「なんでい。てめぇら」 「なぁ。お前、一人で雨宿りなんて寂しいだろ?いい女、いっぱい しってる店しってんだ・・・」 男達は懐から、女性の裸身の写真が入ったビラを犬夜叉に見せる。 ・・・どうやらいかがわしい店のチラシの様で・・・。 「・・・。1時間、今なら1万ぽっきり。どうだー??安くしとくぜ?」 「・・・くだらねぇ」 犬夜叉はチラシをくしゃっと丸め、捨てる。 「なにしやがる!」 「てめぇらな。もっとまともな仕事しやがれ。カタギの仕事しろ」 男は犬夜叉の襟を掴む。 「おいアンちゃん・・・。下出に出てりゃ付け上がるんじゃねぇぞ? オレはお前みてぇなガキより数倍長生きしてんだ」 「数倍長生きして、そんな生き様か。寂しい長生き者だな」 ・・・ガッ!! (犬夜叉!) 男の拳が犬夜叉の右頬に当り、かごめは思わず身を乗り出した。 「アンちゃん。年上をナメルナよ??」 「誰が舐めるかんな汚ねぇかお。女を商売道具にしてる男の顔なんかな」 犬夜叉は反撃しようと拳を握るが ”暴力は駄目・・・!” かごめの声が頭の中で響きスッと拳がとかれた・・・。 「なんだぁ?威勢がいい割には反撃もねぇのか・・・。このガキが・・・ッ」 「グ・・・ッ!!」 犬夜叉はモロに腹の真ん中に拳を食らい、地面にひざまずく・・・ 構わず、男は犬夜叉の髪を鷲づかみ・・・ (犬夜叉・・・!!) 「誰か・・・!!誰か来て!!誰か・・・!」 かごめの叫び声に男達は驚き、慌てて階段をかけおりていった。 「犬夜叉・・・!」 傘を放り投げ、倒れこむ犬夜叉を抱き起こすかごめ・・・。 「犬夜叉・・・!しっかりして・・・!!」 「か・・・かご・・・め」 「ごめん・・・。私が犬夜叉を待たせたから・・・。ごめんね・・・ごめんね・・・」 かごめは目に涙を溜めながら犬夜叉の口元の傷をブラウスの袖口で拭う・・・。 「・・・かご・・・め。すまねぇ・・・。嫌な想いさせて・・・。でも信じてくれ・・・。オレは・・・」 掠れ声の犬夜叉・・・。 (こんな犬夜叉の声聞いたこと・・・ない・・・) 「信じてくれ・・・。オレは・・・オレは」 「・・・もういいから・・・。ホントにもういいから・・・」 「かごめ・・・」 犬夜叉はかごめに縋るように抱きつく・・・。 「・・・こんなオレだけど・・・。そばにいてくれ・・・」 「犬夜叉・・・」 「・・・。もう・・・。お前と離れたりしたくねぇ・・・。もう・・・」 「犬夜叉・・・」 「・・・お前だけを見てるから・・・。24時間・・・。お前のこと考えてるからだから・・・」 口の元の傷が 痛々しく雨に凍みて・・・ 「・・・。犬夜叉・・・」 雨に・・・ かごめの涙が混じって犬夜叉に頬に落ちる・・・ 「かごめ・・・」 「・・・犬夜叉・・・」 愛しい。 愛しいという気持ち。 明日、もしどちらかがいなくなったら。 遠くへ行ってしまったら。 きっと 生きていく希望を失うだろう・・・ 「・・・かごめ・・・」 かごめは犬夜叉を両手で包む・・・ 母親のように ありったけの温もりで・・・ 「・・・この先・・・ずっとずっと一緒にいようね・・・。辛くても哀しくても・・・切なくても・・・」 かごめの胸の中で・・・ しっかりと頷く犬夜叉・・・。 冷たい雨が二人を濡らす・・・ けれど二人の体と心の熱は覚めない・・・ いつまでもいつまでも 熱い。 冷たい雨も痛い雨も 二人なら・・・ きっと平気。 ずっとずっと一緒にいるから・・・。 (この靄(もや)を乗り越えたらきっと・・・。虹が見える・・・。きっと 越えられる・・・きっときっと・・・) 信じてる・・・ 二人でならきっと・・・