其の三十六 姉
(この人が・・・。桔梗の実のお姉さん・・・?) 桔田のペンダントには、赤ん坊を抱いた少女が映っていて・・・。 「詳しい経緯を話すのメンドクサイから・・・。でも、私はね、 とにかく、桔梗の音楽をもっともっとこの世の中に広めたいの。 もっと、もっともっと・・・!!」 「桔田さん・・・」 意地悪い、嫌な目つきではなく。 何か、必死めいた瞳。 初めて見た・・・ (この人の・・・。人間らしい・・・生身の表情を・・・) 「・・・というわけで・・・。姉が妹を想う強い気持ち、 わかってくださったかしら?」 「・・・はい。でも私は貴方のために出来ることはありません 私の居場所は・・・。犬夜叉の・・・。彼の隣しかないから・・・!」 「そう・・・。残念だわ」 「・・・失礼します」 かごめはテーブルに小銭を幾らか置いて立ち上がった。 「・・・日暮さん」 桔田の声に立ち止まるかごめ。 「あの二人は・・・。あの二人は終わってなんか無い。終われる訳ないのよ 貴方が一番分かってると思うけどね・・・」 「・・・」 かごめは軽く一礼して喫茶店を出て行った。 窓から、横断歩道を小走りで渡るかごめの背中を桔田は・・・ 眺める。 煙草を一本吸いながら・・・。 「・・・。貴方には悪いけど・・・。桔梗のために私は鬼にでもなんでもなるつもり・・・。 ごめんなさいね・・・」 手の中のペンダントを少し切なく見つめる桔田だった・・・。 ”あの二人は終わってなんか無い。終われる訳ないのよ” (・・・) 桔田の言葉が焼きついてはなれない。 信号が青になっても、気がつかないほどに。 (・・・どうしてあの人は・・・。私の心を突く言葉を知っているの・・・。 一番堪える言葉を・・・) 終わってなんか無い。 だとしたら、自分はいつまで待てばいいのだろう。 「・・・。駄目よ。揺さぶられちゃ・・・。私はもう迷わない。迷ってる 暇もない・・・」 かごめは一つ、息を吐いて、歩き出す・・・。 (早く次の職場を見つけて・・・。頑張らなくちゃ!) 恋だけが人生じゃない。 自分が成すべきことを精一杯することも大切。 「すみません。履歴書ください!」 迷いを吹き飛ばして・・・ 文房具屋から出てきたかごめは青い空を見上げた・・・。 「犬夜叉。お前に小包届いてたよ」 「あん?」 食堂で珊瑚が犬夜叉に少し厚手の封筒を手渡した。 差出人は書いてあるが身に覚えの無い名前で。 カサ・・・。 紙袋から出てきたのは・・・。 「・・・!こ、これは・・・」 女物の髪留め・・・。それも桔梗の花の絵が掘ってある・・・。 そう。犬夜叉が以前、桔梗に買ったものだ・・・。 犬夜叉の緊張した空気は一気に食堂の空気に混じり、 珊瑚や七宝、皆が敏感にそれを感じてシーンと静まり返る。 「・・・犬夜叉・・・。それ・・・。もしかして桔梗の・・・」 「・・・」 犬夜叉はだまって静かに頷く。 一気に固い空気が濃くなる。 「・・・また・・・。桔田さんね・・・。きっと・・・」 「ああ・・・」 だが、かごめは分かる。 桔田が桔梗の髪留めを送ってきたことより、犬夜叉が気にとめたのは ”桔梗がずっと今まで髪留めを持っていた” ということ・・・。 「あ・・・、な、なかなか綺麗な髪留めだね!犬夜叉、何なら私、預かっててもいい・・・?」 「・・・あ、ああ・・・」 「じゃあ、暫く借りておくね。ほ、ほおら希。綺麗だね〜」 珊瑚は膝の上の希に髪留めを見せる。 必死の珊瑚の繕いが・・・ かごめも犬夜叉も返って切なく・・・。 その日の楓荘の食堂はなんともおもくるしい空気がずっと漂っていた・・・。 食事が終わり・・・。 無言のまま二人は自分の部屋に向かう・・・ 「・・・かごめ」 「・・・ん?」 「あの・・・」 この気まずさ。 桔梗絡みのことで何度、幾度、かごめを惑わせたか・・・。 「犬夜叉。そんなに畏まらないでいいよ・・・。もう私は 迷ったりなんてしてないから」 「かごめ・・・」 「・・・。私が桔梗だったとしても・・・。好きな人との思い出の品は 簡単に手放したりしないもの。きっと・・・」 かごめは犬夜叉の手をそっと握った。 「かごめ・・・。お前って・・・」 「何・・・?」 「・・・。いや・・・」 言いかけた言葉を飲み込んで、犬夜叉はかごめの手を握り返す・・・。 「・・・。まだ寝るまで時間・・・。あるだろ・・・。オレの部屋で・・・」 「・・・ウン・・・」 かごめと犬夜叉は夜遅くまで 途中だったビデオを見ていた・・・ 手を繋いだまま・・・。 ずっと・・・。 同じ頃・・・。 桔梗が泊まっているホテル。 犬夜叉から貰った髪留めの行方を桔梗は捜していた。 「・・・。あれ、返しておいてあげたわよ。”送り主”に」 「・・・」 桔田がワインボトルを持って入ってきた。 そしてワイングラスに静かに注ぐ。 「・・・男と女はね。”別れ際”をきっちりしておかないと お互いの人生、引きずるだけなのよ。思い出の品をずっと持ってるなんて 貴方のキャラクターじゃないわ」 「・・・」 「それともどうしても忘れられない・・・?なら正々堂々、奪い返す? なら私はどんな協力も惜しまないわよ・・・?恋のエネルギーは 貴方のバイオリンの音色をもっと魅力的にする・・・」 赤紫のワイン・・・ 桔田の口紅と同じ色で 人を惑わしそうに深い・・・ 「・・・桔田。私の音楽は私自身が決める。お前の協力を乞う程、安くはない」 「そうね。そうよ・・・」 「・・・。これ以上犬夜叉に関わろうとするなら私はもう、バイオリンを捨てる。 犬夜叉に迷惑をかけることは許さない・・・」 「・・・」 「・・・”実の姉”でもな・・・」 桔梗はワイングラスをそっと桔田に返す・・・ 「・・・。桔梗・・・」 桔田はコツンとワイングラスをぶつからせる。 「・・・貴方の体の中には・・・。”お父様”の血が流れてる・・・。 ”月島保”の・・・」 「・・・」 「お父様は下らないスキャンダルで命を絶たれて・・・。幼かった私達は バラバラになった・・・。でも貴方にはお父様の受け継がれ・・・才能が溢れてる」 桔田は艶やかな桔梗の髪を撫でる・・・ 「・・・触るな・・・ッ!!」 パリン! 桔田の手を払いのけた桔梗・・・ 床にワイングラスが転がり、絨毯にワインが染み込む・・・。 「・・・。私に姉などいない・・・」 「・・・桔梗・・・」 床に転がったワイングラス・・・ 「貴方は私の妹・・・。桔梗よ・・・」 桔田の執念に満ちた顔が 映りこんでいた・・・