其の三十七 人と人との繋がりというものは
「どうしたものかなぁ・・・」 楓の部屋。日あたりのいい縁側で、希に哺乳瓶で授乳中の珊瑚・・・。 手のなかにある、犬夜叉が桔梗に送った髪留めの所持に困っていた。 「・・・なんか重たいな・・・。でも犬夜叉やかごめちゃんに返すわけにもいかないし・・・」 「・・・ならばワシが預かろうかの」 珊瑚にお菓子入れからおせんべいを渡す楓。 「おばあちゃんに・・・?」 「ふふ。その櫛の行く当てが無いのならこの老いぼれが預かろう。・・・ワシが生きている 間だけじゃがの」 「・・・うん。じゃあお願いします」 楓に髪留めを手渡す珊瑚。 「・・・桔梗は・・・。これをまだ持ってたってことはやっぱり まだ犬夜叉に未練があるってことなのかな・・・」 「・・・女はそういうものじゃ。人と人の繋がりはそう簡単には切れん。 じゃが、それにいつまでも拘っていては・・・。前には進めん」 「おばあちゃん・・・」 「ふー。年よりは説教臭くなってしまう。どれ、希ちゃんや、 このばあちゃんの膝においで」 希の小さな手に握らされた髪留め・・・。 髪留めに掘ってある桔梗の花は 何かを物語るように・・・ 儚げに咲いていた・・・ 楓の言うとおり 人の縁というのは人間が考える理屈では切れない。 ほら・・・ 例えば街中で・・・。 「ねぇちょいとそこのおにーさん」 「あん?」 繁華街。犬夜叉は外国人風の露天商に呼び止められる。 「やっぱり”あのときの”おにーさんじゃねぇかい」 「はぁ?オレはお前なんてシラネェゾ」 「またまたぁ。すんげえべっぴんさんな彼女に髪留め、買ってあげたでしょう??」 「・・・!?」 犬夜叉の脳裏に蘇る・・・ ”・・・女は・・・こういうモン好き・・・。なんだろ・・・?” 生まれて初めて。 誰かに自ら贈り物をした・・・ 生まれて初めて・・・自分以外の誰かを 想ったあの日を・・・。 「・・・兄さん、どうかしたのかい?」 「・・・い、いや・・・」 「そういえば、この前、彼女さんに会ったっけなぁ・・・」 「え・・・」 「・・・兄さんが彼女さんに買ってあげた髪留めと同じものないかって・・・尋ねてねぇ」 (・・・) 時計の針・・・ あのときに戻っていく・・・ 心の針は・・・ 「おろろ・・・。話をしている合間から・・・」 (え・・・) 振り返る・・・ スローモーションのように 人の雑踏の中に その姿を見つけて・・・ 「・・・き・・・桔梗・・・」 どうして どうしてなんだ 別々の道を歩いていくはずなのに 見えない力が 昔に引き戻す・・・? 犬夜叉は心の中で運命の神を何度も何度も 呪った・・・ 枯れ草が冷たい風に吹かれ震える。 人気の無い川辺・・・。 一緒に生きていこうと約束した場所と よく似ていて・・・ 二人の脳裏には あの頃がまだ・・・。鮮明に残っていた 「・・・寒くねぇか」 「ああ・・・平気だ」 ”寒いか・・・?” ”少し・・・な・・・” 昔ならぎこちなく掛けられたコートの温もりに お互い至福の喜びを感じていた 今はもう・・・。 「・・・桔田がまた・・・。失礼をしたようだ・・・。すまん・・・」 「いや・・・」 ”あの髪留めはどうする・・・?” 互いにそれに 触れず・・・。 「・・・。聞いたかもしれんが・・・。桔田は私の実の姉だ」 「・・・!?」 「私は生まれてすぐ他人に預けられ・・・。姉の響子とは生き別れになった・・・」 かごめからは何も聞いていない犬夜叉は驚く。 「響子も若い頃は音楽家を目指したが・・・。挫折した・・・。その夢を 私に見ているのだ・・・。・・・哀しい人間だ・・・」 「・・・」 「・・・だからと言って・・・。桔田がしたことは許されない・・・。外道なことを して・・・。お前の大切な人間を傷つけた・・・。すまない。本当に・・・」 桔梗は 犬夜叉に深々と頭を下げた・・・ 「・・・やめろ・・・。そんな風に謝られても・・・オレは・・・。オレは・・・っ」 「・・・犬夜叉・・・」 刹那・・・ 冷たい風は・・・ 思い出という記憶の鮮やかさを 増させ・・・ 区切りをつけたはずの 刹那を 呼び戻そうとする・・・ 「犬夜叉・・・。私達は・・・。切れてしまったのか・・・」 「桔梗・・・」 「私達の糸は・・・。完全に・・・跡形も無く・・・。切れてしまったのか・・・?」 縋るような 桔梗の瞳・・・ 犬夜叉の右足は・・・桔梗の元へと 一歩前に出た・・・ (はっ・・・) 左足の真下に・・・ 季節外れの黄色い花が・・・目に止まった・・・ 小さな タンポポ・・・ ”犬夜叉・・・” かごめの小さな笑顔が 犬夜叉の足を止めた。 「・・・。桔梗・・・。すまねぇオレは・・・」 「何も言うな・・・。何も。分かっている・・・。わかっているのだから・・・」 冷たい 切ない風が 温かい風に変わった 灰色の雲の間から 太陽が顔を出して・・・ 「・・・。犬夜叉・・・。あの髪留めは・・・。もう捨ててくれ」 「え・・・」 「もう・・・。私が持っていてはいけないものだ・・・。私にはもう・・・」 「桔梗・・・」 「もう・・・。お前には会わない・・・。思い出はもういらないから・・・」 桔梗は穏やかに微笑んで・・・ 去っていく・・・ (桔梗・・・。これで本当の本当に・・・) サヨナラ・・・ 温かい風になびく黒い髪が 犬夜叉に・・・ 最後の別れを告げていた・・・ (・・・ごめん。かごめ・・・かごめ・・・) 冷たい風に耐えるように咲く黄色い花。 犬夜叉に笑いかけているよう・・・。 (オレにはもう・・・。思い出はいらない。オレには・・・) 過去というつながりは 切れるものではない。 残り続ける。 けれど・・・。 新しいつながりを作っていくこともまた・・・ 川辺を歩く桔梗と・・・その背中を見つめる犬夜叉の姿・・・ (・・・犬夜叉と・・・桔梗・・・!?) バスの窓から かごめの視界に入っていた・・・ 夜。 かごめは犬夜叉の部屋でビデオを見ていた。 「ふぁあー・・・。ようやく見終わったねー・・・」 「あ、ああ・・・」 どこか落ち着かない犬夜叉。 かごめを真直ぐ見られない。 「・・・今日。また。桔梗と逢引してたんでしょ」 「!!!!」 かごめのかなり低い声はグサーッと犬夜叉の胸のど真ん中を突き刺した。 「な、な、なんで・・・」 「あんたの態度みてりゃ分かるわよ。ま、今に始ったことじゃないし」 「な、なんかかごめ、お前、態度が落ち着いてるっていうか・・・」 「・・・誰かさんのお陰で度胸だけは人一倍ついちゃったみたいで」 済ました顔で淡々と ビデオをビデオラックにしまうかごめ。 「で。今回はなあに?髪留めのこと?」 「・・・。あ、あれはもう・・・いらないって・・・」 「そうか・・・。でも捨てられるわけ無いよね。気持ちの篭った品物だもの。 あんたにとっても桔梗にとっても・・・」 「かごめ・・・」 「桔田さんが言ってた・・・。あんたと桔梗は切れないって・・・。 やっと意味が分かった気がする・・・。誰にも消すことはできない。 心ってそういうものだって・・・」 人の心は誰にもどうにもできない。 無理に入り込むことも・・・。 同じように人とのつながりも 力ずくで変えられることも・・・ 「・・・。毎度のことだけど。”怒ってんのか”って台詞は もう聞き飽きたから」 「ぐ・・・」 明らかに怒った顔のかごめ。 「・・・今は許す。許すっていうのは変かもしれないけど」 「かごめ」 「だ、け、ど。結婚した後は別だよ。結婚した後でもまーだ 意味深な逢引した暁には・・・。即離婚!!」 「・・・!!」 「あんたからおかねたーくさんぶん取ってポイってしちゃうからね!」 「・・・」 かごめの冗談めいた宣言・・・ 犬夜叉の脳天にかなり効いております・・・ 固まる犬夜叉。 「って、あんた、間に受けすぎ(汗)冗談よ。冗談」 「ばっ・・・お、お前、言い方があんまりリアルだから・・・び、びびるだろ」 「いーじゃない。ちょっとドギツイ冗談くらい言わせてもらっても・・・。 あたしの気が晴れないわ」 犬夜叉、冷や汗を袖口で拭く・・・。 「り、離婚だなんて・・・。簡単に言うな」 「・・・犬夜叉」 「冗談でもそういうこと・・・。言うな」 「ごめん・・・。冗談でも軽率だった・・・」 かごめは自然に犬夜叉の肩にもたれかかる。 犬夜叉はそんなかごめをまだ少し不器用に肩を引き寄せる。 「・・・。今晩はもう少し・・・。オレの部屋にいろよ」 「・・・いるだけで・・・いいの?」 「///」 頬を赤く染めて返事をする。 時間はまだ9時半・・・ 「・・・そうね・・・。今日は冷えるから・・・くっついてた方があったかいね・・・」 頬を犬夜叉の胸にこすり付けて 身を寄せるかごめ・・・ 「・・・かごめ・・・」 思い出にサヨナラして 今は・・・ あったかい未来を抱きしめる。 「かごめオレは・・・。お前とずっと・・・繋がっていたい・・・」 「犬夜叉・・・。嬉しいけどなんかその言い方・・・」 「なっ・・・(爆照)」 初々しい気持ちも大切に あったかい未来を愛していく。 犬夜叉とかごめは改めてそう想いあったのだった・・・。