続 居場所を探して
〜タンポポの種〜

其の四十 親子慕情


ガガガガ!



新築ビルの工事現場。



犬夜叉とかごめ、そしてかごめに手を引かれた七宝が空の上で動く
クレーンを見上げている。



「ここで・・・。七宝ちゃんのお父さんが働いているのね」



「父ちゃん・・・」





かごめの手を握る七宝の手に力が入る・・・。



(七宝ちゃん・・・)


三人は、少し緊張した面持ちで建設会社のプレハブの事務所を尋ねた。




「あー。今日来てますよ。今呼んできますからそこにでも座って
お待ちください」



黒いソファに腰掛けて七宝の父親を待つ。



「まぁまぁ。はい。どうぞ。あそうだ。ぼうや。チョコレート」



事務の女性が3人にお茶、七宝にお菓子をくれた。





「・・・ありがとう」



七宝はポリポリとビスケットを食べる。



(七宝ちゃん・・・)



お菓子でも食べていないと心が持たない。


自分を捨てた父親に会う。



腹立たしいだろう。

でもそれ以上に・・・


会いたいだろう・・・。





(頑張って。七宝ちゃん)




心の中で祈るかごめ。




そして・・・。




「・・・七宝・・・」



顔を少し煤で汚れ、ヘルメットをかぶった七宝の父が
やっと見つかった・・・。




「犬っころ・・・。お前・・・」



「さん。久しぶりだな。・・・本当は一発七宝の涙の分だけ殴ってやりたいところだが
やめとく・・・」



「あの・・・。七宝ちゃんのお父さん・・・」



「帰ってくれ・・・!」




(え・・・!?)




七宝の父からの意外な言葉にかごめたちは驚く。




「オレが・・・。どんな想いで七宝を預けたと・・・!七宝にまで借金取りに巻き込まれる
と思って・・・!」



「何だと!??あんたの事情で勝手に子供置いていったくせにその言い草はなんだ!!」



犬夜叉がすごい剣幕で七宝の父の作業服を掴んだ。



「七宝はな・・・。あんたがいつ迎えに来るか、いつ来るか・・・ずっと待ってたんだぞ!!」



「・・・すまないと思ってる・・・でも・・・金を返済しきらないうちは・・・」



「それはアンタの事情だろ!!大人の事情に子供までまきこむんじゃねぇよ!!」



「犬夜叉!落ち着いて・・・」



かごめが割ってハイってあるものを七宝の父に見せる。




・・・一枚の画用紙。





「・・・学級参観の時に描いたそうです。本当は教室に貼られんだけど
お父さんにどうしても見せたいって先生に七宝ちゃんが頼んで・・・」





「・・・七宝・・・」



「・・・オラは・・・オラは・・・オラは・・・」




まんまるの目からポロポロと落ちる。





「・・・七宝・・・」



「オラは・・・。信じてる・・・。父ちゃんは父ちゃんは
頑張ってお金を返して・・・オラを迎えに来るって・・・。だから・・・だから・・・」




涙と鼻水で七宝の顔はぐしょぐしょ。



「・・・たく。男なのに泣く奴があるか・・・。ほら・・・鼻かんで・・・」


「ぐすっ。すびっ」


七宝は父親にティッシュで鼻をかませて貰う。



・・・風を引いたとき、よくこうしてもらった・・・。





「うぁおおおん・・・っ。父ちゃん・・・っ」



半年振りのだっこ・・・



七宝は父親の胸で思い切り泣いた。



赤ちゃんのように。




「七宝。ごめんな。ごめんな・・・」




父のでっかくてあったかい手のひら・・・。



撫でてもらうのが大好きだ。




「父ちゃん父ちゃん・・・」




(七宝ちゃん・・・。ずっとずっと・・・。お父さんにだっこして
ほしかったんだね・・・)




父親の胸で泣きじゃくる七宝を見つめながらかごめはそう思ったのだった・・・。






「・・・これからは必ず手紙も書く、時々会いに行く。だから
七宝それまで元気で頑張るんだぞ!」


「うん!」



父親とそう約束して七宝たちは、建設現場をあとにした。




もう日も大分落ちて・・・。



「けっ・・・。オレは結局コイツのおんぶ役か?」


犬夜叉の背中ですっかり夢の中の七宝。



嬉しそうに笑っている。



「・・・七宝ちゃん。安心したのよ。親が自分を捨てたわけじゃないって
分かって・・・。そして会えて・・・」



「・・・ふ。まだまだガキだな。甘えたい盛りって訳か」



「あんたも似たようなもんでしょー」



「ばっ。オレは大人だ。酒が飲める。だから大人だ」



(そういうところが子供っていうのよ。ふふ・・・)



かごめはふと考える。



(そういえば・・・。犬夜叉ってお父さんのことどう思ってるんだろう)



母親のことは粗方聞いてはいるが・・・。



(聞いてもいいかな。でも・・・。今はやめとこ。もう少し時機を見よう)


「なんでい。ヒトの顔じろじろみやがって」


「ん?犬夜叉ってかっこいいなって思って」


「んなッ・・・(照)ば、馬鹿いってんじゃねぇよ」



「ふふふ・・・」



赤信号。


犬夜叉の背中の七宝は二人のいちゃつきぶりに寝たフリ。



(オラが一番大人じゃな・・・)


と思った・・・。






翌日。かごめは楓に犬夜叉の父親のことをそれとなく尋ねてみた。 「・・・楓おばあちゃんは知ってるの?」 「・・・さぁな・・・。じゃが相手は妻子のある男じゃったときいておる」 「・・・。そっか・・・」 女が一人で子供を産む。何かしら訳ありだろうとかごめは思っていたので それほど驚かなかったが・・・。 「どこかの・・・旧家の男でな・・・。よくある話じゃが政略結婚 させられて犬夜叉の母親とは結ばれなかった・・・。だがお互いの想いは 消えず・・・」 「・・・。よかった。犬夜叉はお父さんとお母さんが愛し合って生まれたんだって わかって・・・」 「・・・。”貝塚月夜”一度だけ、その名前を聞いたことがある」 「え?」 楓はかごめにお茶を淹れ、湯のみを置いた。 「それ以上のことはしらん。・・・あまり詮索せぬほうがいいと思うぞ。 かごめ。犬夜叉もこのことは知っておるが・・・」 「・・・う、うん・・・」 (だけど・・・。犬夜叉自身はどう思ってるんだろう・・・) 好きな人のことは知りたい。 (でもいくら恋人でも・・・。踏み込んでいい心の領域ってあるから・・・) かごめは犬夜叉の心のうちを 知りたいと・・・複雑な気持ちだった・・・。 事の流れというのは次から次へと何かを呼び寄せる。 『犬塚夜叉丸様』 それは突然。犬夜叉の宛てに届いた手紙。 宛名は・・・『貝塚月夜』。 かごめは犬夜叉の部屋で手紙を見せた。 「犬夜叉・・・」 犬夜叉はその手紙を開けようともしない。 「・・・お前。読んでくれ」 「いいの?」 「・・・。ああ・・・」 複雑な想いが犬夜叉の顔を歪ませる・・・ カサ・・・ 手紙の中を開けると・・・。達筆な字が連ねられている・・・。 「読むね・・・」 『拝啓・・・。犬塚夜叉丸様。突然の手紙。お許しください・・・。 私は貝塚月夜の妻で貝塚陽子と申します。単刀直入に言います。夫にあっていただけないで しょうか・・・。 夫は数年前から病に倒れ床にふしております・・・。突然の申し出に困惑されると思います。 』 そう記されていた。 最後の行に・・・ 『夫とよくいく公園があります。日曜日になると毎週夫を車椅子に乗せ 散歩しております』 とそれとなく、さりげなく、会いに来て欲しいと書いてあった・・・。 「・・・。ふっ・・・。くだらねぇ・・・」 犬夜叉はベットに寝転がる。 「犬夜叉・・・」 「・・・。七宝のぶつけどころの無い八つ当たりの意味が・・・。分かる気がする・・・」 「そうね・・・。子供にとって・・・”親”は永遠な存在・・・。反対も然りだけど・・・。 私もわかる。自分が苦しいからって子供に愛情求めてくるなんて・・・。 ・・・愛情が欲しかったのは子供の方なのにね・・・」 かごめも以前、実母が病に倒れたという手紙をもらい、会いに行った経緯がある・・・ 「・・・でも・・・。犬夜叉・・・。親に対しての反抗心ずっと 持ち続けるのは・・・。キツイよ」 「・・・けっ。反抗心もなにもねぇ。オレには、はなっから”父親”なんていねぇ・・・」 「・・・でも・・・。犬夜叉はいつか”父親”になるかもしれないでしょ?」 「なっ・・・(照)」 照れる犬夜叉にかごめはくすっと笑う。 「犬夜叉・・・。自分の中で・・・”昇華”していない感情があるとしたら・・・。 それを抱えて生きていくことはつらいことよ・・・。犬夜叉にはそういう生き方してほしくないの・・・」 「かごめ・・・」 凝り固まった反抗心や憎悪をもったまま、自分は親になれるだろうか。 向き合って、やっぱり憎悪や反抗心、いや、虚しさだけが残るという 結果だったとしても 向き合わないままだったなにも出ない。 自分の中で”答え”は・・・。 「・・・。この公園。今、紅葉が綺麗なのよ。犬夜叉。 七宝ちゃん連れて、”お散歩”行きましょ」 「・・・。ああ・・・”散歩”だけならな・・・」 「・・・うん・・・」 戸惑いを隠せない犬夜叉を感じつつもかごめは思う・・・ (大丈夫。これを乗り切ったらきっと犬夜叉は・・・。また一つ強くなる・・・)
紅葉と銀杏の葉が舞い散る散歩道・・・ 白髪交じりの男が車椅子に乗り、着物姿の女性に押されて・・・。 「貴方。紅葉がとても綺麗よ」 「・・・」 男は無表情・・・ 妻の声もどこかとおく・・・ その妻の足元にころころと黄色いスポンジのボールが転がる。 ボールを追いかけてきたのは・・・ 七宝。 「まぁ・・・。可愛らしい・・・。はい。ボク」 女はボールを拾い、七宝に渡す 「アリガトウ」 七宝はペコリとおじぎをして戻っていく・・・ 女はふと思う。 自分達にも子供がいたらよかったのに・・・と・・・。 そう思いつつ七宝を目で追っていくと・・・ (あの人は・・・) 「・・・七宝ちゃんがお世話になりました」 七宝と手を繋いだかごめ・・・。 女にぺこりとお辞儀をするかごめ。 そしてかごめの後ろにいた犬夜叉・・・ 女は一瞬、犬夜叉一点に視線が集中させた。 「まぁ・・・。可愛らしい。あなた方のお子さんですか?」 「いいえ。ちょっと知り合いの子です。事情があって預かっていて・・・」 「そうですか・・・、こんにちは。ぼうや・・・」 七宝は恥ずかしそうに頭を下げた。 「・・・貴方。可愛らしい子が私達に挨拶してくれましたよ」 女性は車椅子の夫に静かに声をかける・・・ 夫は静かに七宝に視線を送る・・・ だが無反応・・・。 「・・・。この人にも・・・一人子供がいましてね・・・。若い頃・・・。 七宝くん位の男の子をいつも目で追っていました・・・」 女性は静かに夫にカーディガンをかける・・・ 「・・・そう・・・。生きていればそちらのハンサムな方ぐらいの息子がいます」 犬夜叉に微笑を送る女性。 「・・・」 犬夜叉はふっと視線を逸らした。 「・・・少しだけ・・・。並木を歩いてくださいませんか?一緒に・・・」 女性は車椅子を押し、犬夜叉達もその後ろをゆっくりと歩く・・・ イチョウが舞い散る並木を 皆が 歩く・・・ そして語り始める・・・ 「若い頃・・・。結婚する前、この人には 本気で好きだった女性がいました・・・。でも・・・。若い頃の私は愚かな女で・・・。 夫を想うあまり・・・。嫉妬に狂い、命を絶とうとしたのです」 「・・・」 犬夜叉達はただ黙って 聞いている・・・。 「本当に・・・。優しい・・・真面目な夫でした・・・。だから夫は好きだった女性 と別れ・・・私を選んでくれた・・・」 地面に舞い落ちたイチョウの葉を・・・ 七宝は嬉しそうに拾う・・・ 「けれど夫の心の中からその女性が消えることは無くて・・・。 私はずっと辛かった・・・」 「・・・」 己の嫉妬で男の気を引こうという幼稚な行動はかごめには理解できなかったが・・・ 惚れた男の心に別の女性の影がいつまでも見え隠れする 切なさは・・・少し分かる気がしたかごめ・・・ 「結婚して何年かして・・・。その女性が夫の子供を産んでいた ことを私も主人も知りました。そして彼女が子供を残して亡くなったことも・・・」 犬夜叉は女性の話を聞いているのか 聞いていないのか・・・ 空を見上げながら歩いている・・・ 「・・・夫はその子を引き取りたいと言いました。でも・・・。私が反対 したのです。・・・夫の中にまだ彼女への想いが残っていると 思うとどうしても賛成できなかった・・・」 「・・・。嫉妬というものは怖いものですね・・・。夫をこんな状態にしたのは 私の嫉妬なんです」 「え?」 女性は夫と車に乗っている最中・・・。犬夜叉のことで口論となり 事故を起こしてしまったことをかごめたちに話した。 「・・・私だけが無傷で・・・。この人が庇ってくれたから・・・」 「・・・」 「・・・私はその事実だけで十分・・・。この人の愛情を感じられたから・・・。 だから今度は私がこの人の望みを叶えたいと思ったんです・・・。 一人息子にずっと会いたいと願っていた・・・」 「・・・へっ。くだらねぇ・・・」 犬夜叉は立ち止まり、一言 呟く。 「あんたの”旦那の息子”とやらはきっと、こう思ってるはずだ・・・。 ”オレにはオヤジなんていねぇ”ってな・・・」 「犬夜叉・・・」 「・・・。そうですね・・・。大人の身勝手としか言えない・・・。でも優しい主人の ”息子”です。きっと主人の想いは通じていると私は思っています・・・。 ね?貴方・・・」 女性は車椅子を止め、夫にカーディガンを着せた・・・。 「・・・すまない・・・。夜叉・・・まる」 「・・・!!」 夫が発した、その言葉は。 犬夜叉の本名・・・。 「・・・貴方・・・。わかるの・・・!??」 「丸・・・」 夫は七宝に向かって名前を連呼している・・・ どうやら七宝を犬夜叉と重ね合わせているようで・・・ 「・・・。夫の記憶の中では・・・まだ幼い年の息子のままなのね・・・。 私」 「すまない・・・。則子・・・(妻の名前)」 「貴方・・・」 久しぶりに・・・。自分の名前を呼ばれ・・・ 「貴方・・・」 「すまない・・・。則子・・・則子・・・」 女性の瞳から涙がこぼれた・・・ 「・・・」 初老の夫婦。 白髪交じりの弱弱しい夫を懸命に尽くす妻・・・ 人生80年としたら、半分を生きた夫婦の姿に・・・ (・・・何の感情もわかねぇ・・・。ただ・・・) 第三者として、痛々しい夫婦にしか犬夜叉には見えない・・・ 「・・・おい。おっさん」 犬夜叉はしゃがんだ。 「”過去”のことはもいい・・・。”今”誰が一番大切か、それを考えろ・・・」 「犬夜叉・・・」 「今、一番大事な人間を労われねぇで・・・。あんたは”親”に なんかなれねぇ・・・。だから・・・。今を大切に・・・。生きろ・・・」 細い手に・・・ 静かに手を重ねる犬夜叉・・・ (犬夜叉・・・) 犬夜叉の背中を見つめるかごめ・・・ その背中から感じられるのは 憎しみでも 反抗心でも ない。 一対一の同じ人間として・・・ 生みの父と対峙している犬夜叉の 大きな背中・・・ (大人になったね・・・犬夜叉・・・) ”向かい合うことの大切さ” 犬夜叉の成長した心を確かに感じたかごめだった・・・ 夫妻との別れ際。 犬夜叉の実の父親がずっと持っていたという品を受け取った。 犬夜叉の母からもらったというネクタイピン・・・ 「・・・綺麗ね・・・」 「けっ・・・」 すっかりおねむの七宝・・・。犬夜叉の背中でぐっすり夢の中・・・ 3人は夕暮れの歩道橋をわたる・・・。 「犬夜叉・・・」 「あ?」 「・・・。あの人の手・・・どうだった・・・?あたたかった・・・?」 「・・・別に・・・。おっさんの手だろ・・・」 実の父のことを”アイツ”から”おっさん”にまで柔らかい表現に変わった。 「うふふ」 「なっ。なんだよ・・・っ」 「うん?犬夜叉・・・今日・・・すごくかっこよかったなって思って・・・」 「なっ(照)」 頬をオレンジ色に染め、犬夜叉は照れくさそうに少し足早に歩く。 「名言だったよ。”今一番大切な人間をいたわらねぇうちは親になんてなれない” びっくりしちゃった」 「///。お、お、思ったことを言っただけでいっ」 「ふふ・・・」 かごめは一歩先に歩く犬夜叉の前に回りこんだ。 「・・・また一つ。犬夜叉のこと好きになったよ」 「///こ、こんなところで言うんじゃねぇッったく・・・」 背中に七宝を背負っているので 逃げ場が無い犬夜叉。 「私嬉しかったよ。犬夜叉がちゃんとお父さんと向き合ってくれて・・・」 「・・・」 「それから犬夜叉のお父さんとお母さんが愛し合って犬夜叉が生まれてきたって わかって嬉しかった・・・」 「・・・けっ・・・」 どんな形であれ・・・ 自分は愛されて、愛し合って生まれた命だと 確認できた。 かごめはそれがうれしい。 何より・・・ 「・・・。かごめ」 「ん?」 「・・・オレは・・・。今、大事な人間・・・。労わるから・・・。 そういう・・・男になるから・・・。だからついてきて欲しい・・・」 「犬夜叉・・・」 かごめの手を握る犬夜叉・・・ 「・・・はい。ずっとどこまでも・・・」 ぎゅっとかごめは握り返す・・・ これから始る二人の共に歩く道。 握り合った手の中にあるのは 互いを労わる、思いやる気持ち・・・ 「このまま・・・。手を繋いだままかえろ?ね?」 「お、おう・・・(照)」 オレンジ色の空。 歩道橋を手を繋いで帰る二人・・・。 犬夜叉の背中の七宝は (・・・また寝たフリをせねばいけない。ふう。オラも かなり演技が上手くなったもんじゃ) 寝たふりをしたまま、若い二人の恋をひそかに応援していた・・・