其の四十一 私、もう・・・
「・・・で。とりあえず、桔梗と桔田とのいざこざはひと段落がついた、という わけか」 「・・・」 ガラスの日本酒。電子レンジで温めて、犬夜叉と弥勒が 食堂で寝酒。 「なら、あとはかごめ様と即効結婚へ一直線!じゃないか。 何をそんなに浮かない顔をしている」 「・・・別に・・・」 枝豆の皮をボールにいれてパクパク食べる弥勒。 「ったく・・・。今のお前じゃ駄目だな」 「・・・なっ」 「愛がないんだよ。愛が」 「お前の口からそんな台詞聞きたくねぇ」 二人とも、顔がかなり赤い。 酔いが回ってきたらしい。 「・・・怖いンだろう?犬夜叉」 「何が」 「かごめ様にまた哀しい思いをさせるんじゃないかってね」 ポト・・・ 犬夜叉がむいていた枝豆から中身が落ちた。 「”オレと結婚してもかごめは幸せになれるんだろうか” なーんて安っぽいお涙ちょうだいドラマみたいな事、考えてんだろ」 「・・・べ、別にオレは・・・っ」 「ま、かごめ様も似たようなこと 考えているだろうが・・・」 「あ・・・?かごめは何を考えてるってっていうんだ」 「・・・。自分で考えろ。ひっく・・・。こんの日本一 鈍感&贅沢男が・・・。ういっ。お前に天女如きかごめ様は勿体無い!」 徳利をがぶのみする弥勒。 「うるせぇ・・・っ。ひっ。助平親父にせっきょーされたかねぇ・・・」 弥勒から徳利と奪い、犬夜叉もがぶのみ。 そして・・・ 「ぐー・・・」 二人まとめて、食堂の床に大の字になってオネムとあいなりました。 「ねぇ。かごめちゃん。この酔っ払い達、どーする?ここで 寝かせておこーよ」 醒めた顔の珊瑚。 「でも毛布だけかけておこう。冷えるから・・・」 かごめは二人にそっと毛布をかける。 「・・・かごめちゃんは本当に優しいよね・・・。優しすぎる 位に・・・」 「そんなこと・・・」 「でも・・・。優しすぎるっていうのは・・・。とっても 辛いよ・・・。我慢しすぎて・・・。かごめちゃん」 「・・・。優しいのは珊瑚ちゃんよ。さ。希ちゃん、寝かせてあげよう?」 「う、うん・・・」 希をだっこしてかごめは二階に上がっていく。 (・・・かごめちゃん・・・) 「ぐおー・・・」 「ったく。この男達は・・・。女のこともっとべんきょー しろっての・・・」 食堂で大の字で寝転がる犬夜叉の頭をかるくツン!とスリッパで突付く 珊瑚だった・・・※ここは隣町の保育園。 スーツ姿のかごめが園長室で面接中。 「・・・。あの・・・。もしかして日暮さんというのは、園児がアレルギー症状起こした 保育所の・・・」 「え・・・。あ、はい。でも私は気持ちを新たに気を引き締めて 子供達を接します・・・!」 必死に園長に訴えるかごめだが・・・ 園長はかごめの履歴書を突っ返した。 「・・・申し訳ありません・・。貴方は優秀な保育士だということは 分かりますが、何分、あの一見以来、うちでも園児に出す食事に対しては 神経質になっていて・・・」 「・・・。そう・・・ですか。そうですよね・・・。分かりました。 お時間とって頂いてありがとうございました・・・」 これで断られたのは5件目だ・・・。 あの一見がここまで広がっているとはかごめも思った。 中には電話で面接を頼んだだけでも すぐ切られたしまったところもあった。 (・・・現実を甘く・・・見てた・・・な・・・) キィ・・・ 保育所の門を出て行く・・・。 子供達がかけっこをして遊んでいる姿が目にはいる。 早く子供達と接したい。 (・・・がんばるしかない・・・うん!) かごめは手帳の保育所の住所に線を一本引っ張って、 次の保育所へ向かう・・・。 「・・・寒・・・」 厚めのマフラーをしているのに・・・ 木枯らしが・・・ 身に凍みた・・・※重たいため息をついて、かごめが家に戻ると・・・。 食堂で犬夜叉と七宝がつかみ合いのケンカ。 「・・・うえーん!かごめぇ・・・!」 いつもの通り、七宝はかごめに泣きつく。 「あ、こら、七宝!てめぇ、またかごめに・・・」 かごめは七宝を抱き上げて、犬夜叉を阻止。 「・・・ケンカの原因はなんなの」 「けっ。コイツがオレの昨日残しておいたラーメンを食いやがった。 このガキ!」 「大人のくせに食い意地はってどーするんじゃ。バーか」 ・・・今日。10件も保育所を回り全て断られた。 足を棒にして頑張ってきたのに。 (こいつらは・・・!) 「くっだらないことでぐちゃぐちゃ言ってんじゃないッ!!」 かごめの怒号が食堂に響く・・・。 犬夜叉も七宝も固まっている・・・ (か、かごめ、怖い・・・(汗)) 「ゴメン。先にご飯食べてて。ちょっと私休んでくる・・・」 疲れた顔のかごめ。 足を重そうに階段を上がるかごめを犬夜叉は心配気にみあげる・・・ (・・・かごめ・・・) 一方、気落ちするかごめは・・・。 「ふー・・・」 バフ・・・ッ。 ベットに伏せるかごめ。 (・・・私って最低・・・。犬夜叉や七宝ちゃんに八つ当たりなんて・・・) コンコン。 このちょっと申し訳なさそうなノックの音は・・・。 (犬夜叉か・・・) 「かごめ・・・。あ、あの・・・何かあったのか」 「別に・・・。ちょっと疲れただけ・・・」 「そ、そうか・・・。あ、あの。メシ食ったら、ゲームでもしねぇか?七宝が 遊びたいってうるせぇし・・・」 「・・・ごめん。今日はそっとしておいて・・・」 枕の顔を伏せるかごめ・・・ 犬夜叉の気遣いは嬉しいけれど 体の疲れと心の疲れがかごめを支配する。 「で、でも、気晴らししたほうが・・・」 「うるさいな!もう!一人にしてってば!!」 「なっ。何だよ!!人が心配して・・・っ」 「心配してって頼んだ覚えないっ。お願い。今は一人にして・・・」 (これ以上、嫌な私、犬夜叉に見せたくないから・・・) 切羽詰ったかごめの声に・・・ 犬夜叉はこれ以上何も言えず・・・ 「わかったよ・・・。メシだから・・・早めに降りて来いよ・・・」 「・・・」 ドア一枚向こう・・・ この扉を開ければかごめがいる。 でもこの薄っぺらいドアが・・・ (・・・かごめ・・・) 見えない心の壁に犬夜叉には見えた・・・。※「・・・申し訳ありません。保育士は足りておりますしそれに・・・」 そんな同じ台詞をかごめは今日、10回聞いた。 遠まわしだが、あの一件が理由で断られていることは確かだ。 この街の保育園中に伝わっていることをかごめは肌で感じた。 (やっぱり・・・。不祥事を起こした職員なんて問題あるわよね・・・。 雇うほうとしたら・・・) 例え自分に非がなくとも、一度貼られたレッテルはなかなか剥がれない。 まして、子供の命を預かる仕事ならばなおの事・・・ 「・・・はぁ・・・。でも早くなんとかしないと・・・」 (・・・楓おばあちゃんはお家賃のことは気にするなって言っていたけど・・・ 甘えるわけにはいかないわ) かごめは公園のベンチで8枚目の履歴書を書き直していた。 遊具の方から子供達の遊び声が聞こえてきた。 (あ・・・) よく見ると、かごめが担任していた組の子供達が元気に遊んでいる。 (まあくんと、たくやくんもいる・・・。よかった。元気そう・・・) 「あ!かごめ先生だ!」 かごめの視線に、子供達は気がついてワーッとかごめ向かって走ってきた。 「かごめ先生!こんにちは!」 「こんにちは。まあくん、みんな、元気?」 「うん!」 桃色のほっぺ。かごめは小さな手をぎゅっと握る。 無邪気な園児達の笑顔が 落ち込むかごめの気持ちを和らげる。 「ねぇ先生。かごめ先生は”わるい先生”なの?だからやめたの?」 「え・・・?」 「かわかみ先生がやママが言ってた。かごめ先生は良くない先生だからやめたんだって」 「・・・」 園児の言葉にかごめは返す言葉も出ない・・・ 自分ひとり、悪者になっているという現実を・・・ それも・・・一番好きな笑顔から 知らされるなんて・・・。 「まぁくん!こっちに来なさい!」 付き添いのかごめの同僚が園児たちをかごめから引き離す。 「あら・・・。日暮先生。お久しぶりです」 「・・・川上先生・・・」 何かとかごめを目の敵にしていた元同僚の川上だ。 「スーツ姿で・・・。ふふ。新しい職場は見つかられました?」 「・・・いえ・・・」 川上の口元がニヤっと嫌味につりあがった。 「大変ねぇ・・・。でも日暮先生は無理に就職しなくてよろしいんじゃなくて?」 「え?」 「”永久就職先”幾らでもあるんでしょう?素敵な素敵な彼氏さんたちが・・・」 「・・・」 かごめはスカートの裾とぎゅっと握り、悔しさを抑える・・・。 「それから一言・・・。もうあまり、園の子供達とは一切、関わりに ならないでくださいねぇ。子供達は”悪い先生”とお話しちゃいけないって 言ってあるので・・・。じゃ、就職活動、頑張ってください。ごきげんよう・・・」 「・・・」 子供達がいなかったら 多分自分はこの元・同僚の頬を強く平手していたかもしれない。 それほどに 悔しさがかごめを襲う。 (・・・。まぁくん・・・。私は悪い先生じゃ・・・ないよ・・・。みんな 大好きなんだよ・・・) 心の中で呟いても 子供達には届かない。 書き直した履歴書・・・ 長所の欄には 『笑顔を忘れない』 そう書いてあるけれど・・・。 (笑うことにも疲れた・・・) ただ 疲労感と喪失感だけがかごめを支配していた・・・ その夜。 犬夜叉はとある決意を胸にかごめの部屋を 訪れた。 「・・・なあに。話って・・・」 かごめは疲れた顔で部屋から出ていた。 「あの・・・。お前に見せたいものが・・・」 犬夜叉がかごめの部屋に入ろうとしたとき・・・。 「犬夜叉。電話じゃぞ」 七宝が食堂の電話の子機を持って犬夜叉のジーンズを引っ張る。 「・・・その・・・。月島桔梗からじゃ」 ”桔梗” その二文字。 ピリっとした空気に瞬時に変わる。 「か、かごめ・・・」 「・・・。いいよ。私は後で・・・」 「・・・すまねぇ・・・。すぐ・・・。すぐ切るから」 犬夜叉は子機を七宝から受け取りベランダにこそこそと 背中を丸めて出て行く・・・。 隠れるように・・・。 (・・・隠れるんだ・・・。ねぇ。犬夜叉。隠なきゃまだいけないんだね・・・) 苛苛。 桔梗という言葉と犬夜叉という言葉。 体全身に激しい苛立ちが走り抜ける。 隠れて。 こそこそして・・・。 いつまで続けるの。 どこまで続くの 切れないならどうして一緒にいるの。 私達。 桔梗も犬夜叉も私という人間をどう思ってるの。 私っていう人間を・・・。 ベランダ越しに見える犬夜叉の背中が・・・ 憎い・・・。 10分ほどして かごめの部屋に戻ってきた犬夜叉。 かごめは入り口のドアを背に正座していた・・・。 「・・・悪い。かごめ。桔梗・・・いや、桔田の奴がオレとお前に謝りたいって 言ってるって・・・」 「・・・」 かごめの背中が尖って見える。 (仕方ねぇ・・・。オレが悪いんだから・・・) 「かごめ。すまねぇ。気分悪くしたなら謝るよ。だから、こっちむいてくれ」 「・・・謝る・・・?何を?」 かごめの声が強張っている。 「・・・別に謝られるようなことされてないし」 「かごめ・・・?」 「それより・・・。結婚した後もこんなこと続くわけ・・・? やっていくわけ?馬鹿にしないでよ!!」 かごめは犬夜叉に枕を投げつけた。 「あんたも桔梗も・・・あたしの事なんだ思ってるの・・・!!生きてる人間だよ!? 何やっても許す、何言っても感じないなんてことないのよ!??」 「お、落ち着け・・・かごめ。オレの話を聞いて・・・」 「何を聴けって言うの!!あんたも桔梗も私を見下して・・・!! いっつもそう!!あんた達の前にいると私が何か悪い事したみたいに 思えて・・・。あんた達、何がそんなに偉いのよ!?犬夜叉!」 かごめは興奮して あたりの雑誌や服を犬夜叉に投げつける。 ただ、頭に血が上って・・・ かごめは湧き出る怒りと虚しさを抑えきれない。 「か、かごめ・・・」 「もういい加減にしてよ・・・っ!!私にだって私にだって・・・。 プライドあるのよ!??最低限人間としてのプライドあるのよ!??」 「わかってる。だから俺は・・・」 「分かってない!!全然、一つも欠片もわかってない!!! 分かってないから平気で桔梗もこっちに電話掛けてくるんでしょ!? あんたも出るんでしょ!?? 分かった様な顔してるだけじゃない!! 自分の筋を通せばいいわけ!?自分の信念だけがこの世の中で 正しいの!??それがそんなにかっこいいことなの!??」 「かごめ・・・っ!オレの話も・・・」 「もう嫌・・・っ!!もう限界だよ・・・っ!!」 ドン!! かごめの拳が 絨毯に打ち付けられ・・・ 犬夜叉の言葉も粉々・・・。 「・・・か、かごめ・・・」 「・・・できないよ・・・。こんな・・・こんな私じゃ・・・」 「え・・・?」 「結婚なんてできない・・・」 犬夜叉の手から・・・。婚姻届けの紙がポトリ・・・と落ちた・・・ 「ごめん。犬夜叉・・・。暫く離れよう・・・」 「は、離れようって・・・」 部屋を出て行こうとするかごめ・・・ 「待てよ・・・っ」 かごめの右手をがしっと掴む犬夜叉・・・。 「・・・。かごめ・・・。オレが・・・。オレがぜんぶ悪かった・・・。 だから・・・もっかい落ち着いて話・・・しよう・・・。な?」 「・・・せない」 「え・・・?」 「・・・もう・・・犬夜叉の事・・・。愛せない・・・」 愛せない・・・ (・・・か・・・ごめ・・・) かごめの右手を掴んだ犬夜叉・・・ フッとその手を緩めて・・・ 「・・・。ごめん・・・。時間・・・。頂戴・・・」 バタン・・・ 犬夜叉の耳には ドアの音も 聞こえず・・・ ”もう・・・。愛せない・・・” (かご・・・め・・・) 全身の力抜ける 犬夜叉は ただ・・・ かごめの部屋に残る かごめの匂いだけが 切なかった・・・。
かごちゃんは神様ではありません。 仕事もうまくいかず、貼られたレッテルは 剥がれず・・・。それを全部昇華してすぐ結婚って思うほど、 健気な女性じゃなくて良いと思う。一回ぐらい、 おっきく爆発しないと、ガス抜きにならないし。 でも最後には健気ないつもかごちゃんに戻ると思います。 犬君にも少しは気苦労してただかないと・・・ね。幸せはその先にあります。 ハイ・・・