太陽が通っている保育所だ。
もうすぐ運動会。園児達がその練習中。
小さなグランドで白線に4人の園児が並ぶ。
「位置について、よーい・・・ドン!」
保母の掛け声に合わせて、園児達が一斉に走り出した。
しかし一人だけぽつんと残っている。
空をぼんやり見上げているのは・・・太陽だ。
「太陽君?どうしたの?もうみんなスタートしたよ」
保母が太陽に声をかけるが太陽の視線は空の上。
ゴー・・・。
大きな翼のジェット機が飛んでいく。
白い雲の間を。
太陽はジェット機に夢中らしい。
「あらまぁ。太陽君は空の上でかけっこしてるのね」
保母の言うとおり、太陽の心は空の上。ジェット機と一緒に飛んでいる。
「でも太陽君、うしろのお友達が走らなきゃいけないから横でお空、見ていてね」
保母は太陽を白線の横に座らせ、次の走者に渡す。
他の園児達は元気よくスピード感たっぷりに走っていく。
しかし太陽は座ってもまだ、空をずっとずっと見上げていた・・・。
こちら水里宅。
夕食の支度中だった水里。エプロン姿で電話中。
シスターからの電話で水里はあることを頼まれた。
「え、私が太陽の保育所の運動会に・・・?」
シスターから頼まれたこと。それは、太陽の保育所の運動会の競技・『親子で障害物競走』というものに出てくれないかということだった。
「でもシスター。私が出てもいいんでしょうか・・・?」
「太陽がどうしても水里じゃないと嫌だと言って・・・。でも類まれなる運動神経がない水里に頼むのは私の心配なのですが・・・」
「シスター・・・。時々、さり気なく棘があることたまに言いますね・・・」
というわけで、水里に思わぬ晴れ舞台(?)が巡ってきたのだが・・・。
運動会二日後。似顔絵がきはも今日はお休みにして、水里は学園から太陽を連れ出して公園にいた。
「よーし!そうとなれば練習あるのみだ!太陽!一緒に一等目指して頑張るぞ!オー!」
太陽も小さなこぶしを空に挙げた。
やる気満々の二人。
太陽が出る競技は障害物競走。
第一のポイントはまずは平均台。
バランス感覚を鍛える必要がある。そこで水里は丸い噴水の縁(へり)に太陽を登らせ、一周させる。
「太陽、バランスをとって。そう、ゆっくりでいいから、一歩一歩・・・」
太陽はちょっと不安定ながらもひょいひょいとあっという間に一周した。
結構バランス感覚が備わっている太陽。むしろ水里の方が・・・。
バッシャーン!
見事噴水に着水。
「あはは・・・。太陽君。次の種目いこうか」
太陽は呆れ顔で手で顔を覆った。
そして第二ポイントはダンボール転がし。
底を開けたダンボールの中に入り、ハイハイするように前に進む。
「太陽、かめさんだよ、かめさん!」
亀の様に背中を丸くして四つん這いになる太陽。ダンボールの中にはいってパタパタと早く進む。
「太陽。なかなか早いね〜♪よーし私も・・・」
水里もやってみるが・・・。
何故だか前に進まずダンボールと絡まる。
「う、動けない・・・。た、太陽先生、次の関門いきましょう」
いつのまにか太陽が先生になってしまった。
そして第三関門は跳び箱。
跳び箱の代わりに公園のタイヤをつかって練習だ。
「太陽、高くても高いと思うな、思いっきり」
太陽は「うん!」と深くうなづき、タイヤに向かって走った。
太陽はひょいひょいと自分の腰ほどあるタイヤを軽く飛んだ。
「おー!太陽!すごい!運動神経あるじゃない。よおし!!私だって・・・」
ポン、ポン、ポンと順調に飛び越していった水里だったが・・・。
「わぁっ!」
水里、芝生に顔面から落ち強打・・・。
太陽はしゃがんで水里の顔を心配そうに覗き込んだ。
鼻の頭をすりむき赤鼻のトナカイ。
「・・・。救急隊員太陽君、今すぐ私のバックから絆創膏を至急もってきてくれたまえ!」
”ラジャー!”
と言わんばかりに敬礼して、太陽救急隊員、水里のバックへ直行。
水里の鼻の頭には絆創膏がぺったりと張られたのだった・・・。
どうやら『特訓』が必要なのは水里の方らしい・・・。
その夜。
結局そのまま太陽は学園には帰らず水里のところでお泊り。
チャポン。
二人で入浴中。
「痛・・・凍みる〜。」
擦り傷がお湯に凍みる。
太陽が水里の頭をなでて、『チチンプイプイ、痛いの痛いの飛んでいけ〜』のおまじない。
「さすが救急隊員!治療、ありがとうございます!」
太陽隊員、シャンプーハットをかぶったまま敬礼!
「ふふ・・・。しかしなぁ 。ねぇ太陽。本当に障害物競走でるの、あたしでいいの?あたしの方が足手まといになっちゃうかもよ?」
太陽は「うん!」とふかくうなずく。
「よし!太陽にここまで頼まれたんじゃぁ頑張るしかないな!うおーし!俄然ファイトが沸いてきたー!エイエイオー!」
お風呂の中でも気合を入れる二人。
できれば一位を取りたいが、とにかく、二人で頑張ることが嬉しい。
学校や保育所の行事では何かと親子参加が多い。
幼いとき、誰も一緒に走ってくれる人がいなくて、水里は学校の先生と一緒に走った。
一人、先生と・・・。
だから、太陽と一緒に運動会に出られるだけで、それだけで嬉しい。
「ようし!太陽、お風呂から上がったら体力づくりだよ!さ、早くあがっちゃお〜!」
パジャマに着替えた太陽。勿論、ポケモンのパジャマだ。
二人は布団の上で、ストレッチ体操。
手足を伸ばして体をほぐします。
「いち、にぃ、さん、いち、にぃ、さん・・・」
小さ楓のような手を必死に伸ばす太陽・・・。
水里も負け背伸びするが・・・。
グキッ。
(え。グキって何グギって・・・)
肩が回らない。回そうとすると・・・。
「うっ・・・」
激痛が・・・。
どうやらぎっくり肩をひねったようだ・・・。
「た、太陽隊員・・・。至急、押入れの救急箱をもってきてくれたまえ・・・」
”ラジャー!”
と敬礼し、太陽隊員、救急箱を急いで持ってきた。
「痛てて・・・」
五十肩が痛む。そっとシップを貼る水里・・・。
慣れない運動を急にしたせいか体のあちこちが急に痛み出して・・・。
太陽は心配そうに水里の背中を優しくさすった。
「ごめんね。太陽、心配かけちゃって・・・ちょっとはりきりすぎたかな。でも大丈夫。明後日までには必ず直すから。・・・え?」
太陽は顔を横にふった。
「え?私は休んでた方がいいって・・・?大丈夫。今日寝ればなおるから」
しかし太陽は必死で顔を横に振る。
「心配してくれてるんだね。ありがとう。でも、私が出ないと太陽、誰と走るの?」
太陽はにこっと笑うと台所にちょこちょこっと走って何かを取ってきた。
戸棚からコーヒーカップを。
「・・・。コーヒーカップ?」
太陽は元気にうなづく。
「・・・もしや・・・。マスターのことをいってるの?」
”ピンポーン!”
といわんばかりに手でわっかを作る太陽。
「太陽。それは駄目だよ。マスターに頼むなんて・・・。マスターにはお店はあるし・・・って太陽、何故受話器を持っている?」
ピ、ポ、パ。
なにやらマッチ箱を見ながらボタンを押す太陽。
そしてコードレスの受話器を水里の耳にあてた。
「はい、もしもし、喫茶『四季の窓』です」
(・・・!ま、マスター!!)
受話器の向こうからは低く、それでいて優しい陽春の声が聞こえてきた・・・。