デッサン3
〜君と共に生きる明日〜
第17話 スタートラインはどこからでも・・・!
「・・・兄貴。体調は大丈夫か?」
「はい。昨夜はよく眠れましたし・・・」
鏡の前。
スーツ姿の陽春。夏紀にネクタイを選んでもらい、つけている。
今日は陽春が受けた福祉専門学校の入学式。
夏紀は心配でたまらなかった。
「・・・式ってのは体育館で長いこと、堅苦しい雰囲気に包まれてなきゃ
いけねぇもんだ。兄貴・・・大丈夫か?」
「はい。僕にはお守りがあります」
陽春は内ポケットから水色の小袋を取り出した。
その中には水色の絵の具が・・・。
”私も一緒です。だから・・・。息を抜いていって来て下さい”
水里がそう言ってくれた・・・
(・・・オレの励ましは不必要ってか。ふふ。まぁいいけど)
「・・・じゃあ、百人力だな」
「はい」
絵の具を見つめる陽春・・・。
水里の笑顔を思い浮かべて
陽春は、新しい気持ちで家を出て行ったのだった・・・
陽春が学び舎は近代的なデザイン。
お洒落なアーチ型の屋根の校舎で隣の病院とつながっている。
(すごいな・・・)
講堂に新規の入学者が続々入っていくが・・・
辺りを見回せば
(・・・。なんだか・・・オレより若い人がやっぱり多いな・・・)
10代そこそこの茶髪の男女も目立つ。
若い世代の新鮮な雰囲気が陽春の前向きな気持ちを少し絶えさせていく・・・
(・・・。気にしない・・・。オレは・・・オレだ)
学長とよばれるお偉いさんが日の丸の旗の前で長々と祝辞を
述べている
ふと陽春の脳裏を過ぎるのは”前”の自分・・・。
記憶はないのに
世間から”誠実な若手の医者””一途な愛を貫いた夫”
いくつもの”顔”だと指摘され・・・
(・・・何もない・・・。一からやり直しなんだな・・・)
せめてあと10歳若ければ。
周囲の初々しいさに溢れた若者達の空気は陽春に時間の”重さ”を
嫌がおうにも感じさせる。
(10年分の差か・・・。いや、何か始めようと思うことに時間なんて関係ない・・・。
そうですよね・・・?)
内ポケットから絵の具を取り出す陽春・・・。
式が終わり、割り当てられたクラスに案内され、
今後の手続きなど色々など行う。
一通りの出来事が終わり教室を出る。
「藤原さん」
「・・・!?た、高岡さん!??」
廊下で陽春を呼び止めたのはなんと咲子。
「ど、どうして・・・」
「私もこの学校二次募集で受験したんです」
「受験したんですって・・・。あ、貴方病院は・・・?」
「・・・辞めました。私も自分のステータスを増やして・・・。今後の
仕事に生かそうと思って」
「・・・そ、そうですか・・・。でも驚いたな・・・」
驚いたというより・・・。
(気のせいか妙なプレッシャーを感じる(汗))
二人は玄関まで一緒に階段を降りていく・・・
「・・・何だか・・・。学生時代に戻ったみたい」
「え?」
「医大時代、一緒の学科だったりしてこうして
並んで歩いたりしたんですよ」
「・・・」
咲子は少しわざとらしく会釈した。
「あ、ごめんなさい。つい・・・」
「いいえ。気になさらないでください。こういうことに
僕もなれていかなくては・・・。前の自分を受け入れてこそ
新しい自分を作れるんですから」
「・・・藤原さん・・・」
頬を染める咲子。
「あの・・・。藤原さん。これから一緒に頑張りましょうね」
「え、あ、は、はい・・・」
「一緒に・・・。”また”勉強して・・・頑張りましょう・・・」
陽春をなんとみ意味深な視線で見つめる咲子・・・
(・・・。な、なんなんだ。あ・・・!)
校門に・・・
見慣れた三つ編みの後姿。
(水里さんだ!)
「あの・・・高岡さん、今日はこれで」
「えっ」
「明日から宜しくお願いします。じゃあ・・・!」
足早に校門へと駆ける陽春。
その急ぐ理由を咲子をすぐに理解した。
(山野さん・・・)
校門から、二人で楽しそうに帰っていく姿・・・
(・・・藤原先輩・・・)
10年前と同じ光景だ。
陽春の背中をこうして一人・・・ただ見つめていた。
激しい想いを秘めて・・・
(・・・先輩・・・。私・・・。もう一度・・・。あの頃の私に戻っていいですか・・・?
もう一度・・・)
校門の桜の花。
10年前と同じ桃色に・・・咲子には映った・・・
「・・・え。高岡さんが?」
「ええ。僕も驚きました。病院はやめたって・・・」
歩道橋の真ん中。
水里と陽春は下の道路を通り過ぎていく車を
見下ろして話している。
「・・・。高岡さんが・・・」
「水里さん・・・。どうかしましたか?」
「え、あー。いや・・・。なんか恋愛のパワーは凄いなって思って」
(・・・キャラが強いとも言うが(汗))
「高岡さんはきっと・・・。昔から春さんのことが好きで・・・。
きっと今でもその気持ちは変わってないんだと思います」
「・・・」
「恋愛の力って凄いなぁって・・・。ドロドロした愛憎劇のドラマじゃないけど、
+のパワーを生むんだなって・・・」
水里の三つ編みが風になびく・・・
一枚、花びらがついた・・・
「でも・・・。その力は・・・。”本当に好きな人”だから出てくるんです。
僕の場合は貴方から沢山貰ってる・・・」
「・・・(照)」
陽春はそっと・・・
水里の三つ編みについた花びらを取った・・・。
「・・・。正直、不安で一杯です・・・。情けないけれど・・・。
周りは僕より10以上も若い世代の人ばかりだし・・・。またいつ、
発作が出るか、分からないし・・・」
「年なんて関係ないですよ!!私なんて逆に
実年齢より10歳は子供に見られて、映画館なんて高校生料金OKで、
なんか虚しいし・・・って、は、励ましになってないっすね・・・(汗)」
しどろもどろになる水里・・・
なんとかして、励ましの言葉を見繕うとする
水里が可愛く・・・
「ふふ・・・でも・・・。僕には”目標”があるから・・・。大切な目標があるから
沸いてくる不安も薄らいでいく・・・」
「春さん・・・」
「・・・まだまだ情けない僕だけど・・・。頑張ります。
貴方に見合う男になるために・・・。新しい自分を見つけるために・・・」
「春さん・・・。私に見合う・・・なんていわないでください。
それに”頑張る”じゃなくて”やわやわ”と。です」
「はい。そうでしたね・・・。”やわやわと”ね」
水里の水里の右手を握りしめる・・・
そして水里も握り返す・・・
不安でも自分を想ってくれる誰かの手が在れば
強くなれる・・・
「うおッ!!」
歩道橋の階段を降りていた水里がつまずきそうになりバランスを
崩した。
「大丈夫ですか!?」
「はい。ちょっと風に吹かれてしまいました。」
「・・・ふふ。本当に面白い人だなぁ・・・。はい。僕の手でよかったら・・・
掴まってください」
手を差し出す陽春・・・
一瞬・・・
同じ場所でこうして自分に手を差し出してくれた陽春の以前の姿が
過ぎる。
「水里さん・・・?」
「え・・・あ、い、いえ何でも・・・。では腕をお借りします」
水里は少し照れくさそうに腕に掴まった。
(・・・。春さんは変わってない・・・。私が憧れた・・・人・・・。
こうして・・・生きていてくれる・・・)
隣にいて
一緒に同じ道を歩いて・・・
生きてそばにいられる今が一番大切。
それ以上大切なことなどない。
(やわやわと・・・。一緒にスタートしようね・・・春さん・・・)
スーツが少し皺になるくらい
強く掴む・・・
まだまだ恋も夢も季節も始ったばかり・・・
新しい風が
花びらを乗せて吹いている・・・