キィ・・・ 水里の家には屋根裏がある。 そこには父・水紀が残した絵画が100ほどあり、水里は丁寧に管理して 守っている。 (父さん・・・) 我が子を施設に預け、あちこち日本中を放浪の旅をしていたなんて 普通に見ればとんでもない親と思われるだろう。 確かに水里は寂しかったし一緒に父といたかった。 けど・・・ 時々自分に会いに戻る父。 その都度、持って帰ってくれた絵を水里は楽しみにしていた。 1週間ほど水里と過ごした後、またふらりと水紀は行ってしまう・・・ ”今度は北海道のラベンダーを描きにいってくるよ。おみやげ待ってておくれ・・・” 優しい父だった。 普通の父親のようにいつも一緒に遊んだりということはなくとも・・・ 水里は確かに父の愛情を感じていた・・・ (父さん・・・。私・・・。一人で頑張るから・・・) キャンバス一つ一つ 父の心の破片のように水里には思える。 (見守っていてね・・・父さん・・・) 世間に父親を晒すのがいやだ。 お金が絡むのが嫌だ。 (父さんの絵は・・・。本当に父さんのを必要としてくれる 人の元だけに在るべきなんだ・・・) 水里は改めて父の絵を守っていこうと心に誓う・・・ だが。 世の中はやっぱり金、金、金・・・ 水紀の絵が水里のしらないところで評価が上がり、画廊やアート関係の人間達が こぞって最近、水里の元へ押しかけるようになった。 水里が水紀の娘だと業界で噂が広まって・・・ 「・・・。帰ってください」 今日も水里の元に絵を売って欲しいという男がやってきた。 「そういわないで。一点でもいいんです。お譲りください。勿論、ソレ相応の 値段を提示させていただきますから・・・」 電卓をカバンから取り出す画廊の男。 「帰れっていってんだよ!!!」 水里はホースの水をびしゃっと男にかけた。 「・・・何すんだよ!!あんたなぁ、持ってる絵、全部金になるんだぜ!?? 何いい子ぶってんだよ。ったく・・・」 「うるさい!!お前らみたいな奴が父さんの絵に触るなんて汚れる!!帰れ!!」 ピシャッ 水里は思い切りホースの水を男にかけ、男はぺっと唾を吐いて去っていった・・・ 「・・・。絶対に渡すもんか・・・あんな奴らに・・・」 何度ハイエナのような金目あてな者たちに出逢ったことか・・・ そのたびに水里は痛感する。 (・・・。やっぱり・・・。世の中は何もかも金に変わってしまうの・・・?) お金は必要なものだ。 けれど 心が在るものまで金に代わってしまうなんて・・・ (金、金、金・・・。もううんざりだ・・・) 水里は背地がない閉塞感漂う 最近のこの世の中に 時々負けそうになるのだった・・・ でも。お金じゃ買えない場所もある。 物もある。 「そんなことが・・・」 「私も自分で子供っぽいって思うんですけど・・・。でも父さんの絵が 商売道具になのだけは嫌で・・・」 「・・・。水里さんにとってお父さんの絵は唯一。お父さんとの思い出が つまったものなのですよね。大切にしたいって思って当然だと思います」 「・・・ありがとう。春さん・・・こんな愚痴聞いてくれて・・・」 「・・・聞くだけしかできないけれどそれで貴方が楽になるなら・・・」 二人はみつめあって 微笑んだ。 「・・・水里さん。美術館行きませんか?」 「え?」 「天然の”美術館”ですが」 「天然?」 陽春は巧みに笑い、水里を誘う・・・ 店を小一時間閉めて水里は陽春に隣町の地下道。 駅の正面口に繋がる道として通勤通学者でいつも人通りが多い。 白いタイルの壁と大理石のような艶々の長い100メートルほどの 一直線の床。 「これ・・・」 白い壁に飾られているのは、外国の子供達が描いた絵と写真だ。 災害地域の様子のパネルや日本がどんなことを援助しているかが書いてる。 「ここなら、いつでも誰でも見てくれる。厳しい現実で生き抜いている 子供達のことを知ってくれる・・・」 陽春が関わっているNGOの団体が企画した。 非営利団体として法的に認められてはいるといっても経済難。 なにかイベントを企画するとしても費用がなかなか工面できない。 そこで考えられたのが 『地下道で子供達の絵や自分達の活動をアピールしよう』という企画だった。 「すごい・・・。とってもいいアイディアですね!これならみる側も 自然に見られる・・・」 「・・・まぁ・・・。市から許可が下りるのにかなり苦労しましたけど・・・」 水里は子供達が描いた絵をゆっくり歩いて鑑賞する・・・ クレヨンひとつ、マジック一つ・・・ それぞれ想い描いたものを画用紙の中で爆発させている。 好きな食べ物、好きな花・・・友達を遊んでいる様子・・・ 楽しいものに溢れているが 中には街が壊れて泣いている人間たちを描いたものも・・・ 水里は真っ黒に焼け焦げた村の絵の前で立ち止まり静かに触れた。 「・・・。ごめんなさい。私・・・貴方達の痛み・・・知らなくて・・・。 ごめんなさい・・・」 真っ黒な色は子供達の絶望の色。 水里はこの地上で自分の知らない何所かで、厳しい現実の中で生きている 子供達の存在を確かに心に刻まなければいけない・・・ そう想った・・・ 「・・・。お金に代わる絵だけが価値があるわけじゃない。むしろ、この子供達の 絵の方が数倍価値があって然るべきと・・・。僕は思います」 「はい・・・。私も・・・。著名な作家たちが創りだす物だけが”価値”がある わけじゃない・・・」 ゴッホの絵だろうがピカソの絵だろうが 皆、同じ。 一億の価値がつけられようが100円の画用紙に描かれた絵だろうが たった一人の誰かが描いた世界で一枚しかない絵なのだから・・・ 水里と陽春はゆっくり何度も地下道を往復して 子供達の絵をじっくり見て歩いた・・・ 「・・・ありがとうございました。なんかすごく・・・気持ちが 落ち着けてパァって開けて・・・」 「よかった・・・。でもどうしても僕は貴方に子供達の絵を見て欲しかったんです。 見せたかった」 水里は深く頷く 「・・・見せてもらえてすごくすごく・・・。よかったです。私はとても 貴重な時間をもらえました・・・」 運転席の陽春にぺこりと会釈する水里。 陽春も微笑み返す・・・ (・・・なんか・・・) 自惚れじゃないけれど 陽春と心が通い合っているのかな・・・と幸せな錯覚を覚える水里。 (私だけそう思ってるのかもしれないけど・・・) でも陽春の心遣いが本当に嬉しい 落ち着いたふんいきが車内に漂う。 と。 突然サイレンが道路に響いてきた。 「・・・ん?どこか火事なのかな?」 陽春がと水里は窓を覗く・・・ (私の家の近く・・・?) そう思いつつ見ていると・・・ (え・・・!???) 水色堂の前に人がわんさかとごったがえし、黒い煙がたちあがってるではないか!! 陽春はすぐに車を止め、二人は人ごみを掻き分け水色堂に走る・・・ 「う、嘘・・・」 目の前に広がる光景・・・ 我が家が 自分の店が 激しい炎で包まれている・・・ 噴きあがって 天に火の粉を舞いあがらせている・・・ 水里の思考は固まり 動けない・・・ だが水里の心に浮んだのは あの炎のなかにある 父の絵 「・・・。そうだ・・・。父さん・・・。父さんの絵が・・・!!」 「水里さん!!」 水里は消防士たちのを振り払って玄関のとびらを蹴破って中に入ろうとした・・・!! 「父さんの絵が!!父さんの絵が!!燃えてしまう・・・!!」 「水里さん!!!危険だ!!!戻ってください!!!!」 「父さん・・・父さん・・・。父さんの絵が、絵が・・・っ!!えがぁ!!」 水里は完全に錯乱し、 陽春の手を振り払おうとする・・・ 「離して・・・っぇ!!父さんの絵が・・・。絵を守らなくちゃいけないんだ・・・。離してッ!!」 「離さない・・・!!離せるもんか・・・っ!!オレは君を守るといった 筈だ・・・っ!!」 水里の両手をぐっと掴む陽春・・・ 「・・・。春・・・さ・・・ん・・・」 真剣な陽春の瞳に・・・ 水里の意識は呼び戻される・・・ 「・・・。命はたった一つしかないんだ・・・。一つしか・・・。頼むから・・・。大切に してくれ・・・」 少し目を濡らして・・・必死に訴える陽春・・・ 「春さん・・・」 「・・・。頼む・・・。頼む・・・」 水里の手を頬にあてて・・・ 陽春は訴える・・・ 「・・・。春さん・・・」 陽春の涙に・・・ つられる様に水里の瞳にも涙が溢れる・・・ 「・・・。春さん・・・。うう・・・」 水里は陽春の胸に額をあて 泣いた・・・ それは 父の絵が消えていく哀しさと・・・ 陽春の心の痛みが交じり合って・・・ 水里の瞳からあふれ出す・・・ そんな二人を嘲笑うように・・・ 炎は水里の思い出全てを焼き尽くしたのだった・・・