陽春が17歳の頃。
一匹の子猫を拾って来た。
そして『ミケ』と名づけて可愛がっていた。
寝るときも
勉強しているときも
始終一緒だった。
(あんな野良猫のどこがいいんだ?)
中学生だった夏紀が妬くほどに
可愛がり方だった。
(・・・あんなリラックスした顔の兄貴はみたことねぇ)
成績優秀。学校でも家でも人望が厚く・・・
どこからみても典型的な優等生だった。
(・・・優等生に限って・・・。心の奥で色々ストレス
持ってるもんだ)
小さな無垢な子猫だけが
心のうちをしっている。
兄の複雑な状況に中学生の夏紀は心配そうに
見守っていた。
ところが・・・
ミケが死んだ。
動かなくなっていた。
夜中。
土を掘る音で夏紀が目を覚ます。
「・・・兄貴・・・」
陽春が庭さきでスコップで小さな穴を掘っている・・・
「・・・オレのせいだ・・・」
「え・・・?」
「朝・・・食欲なかったのに気づかなくて・・・。
オレのせいだ・・・」
うな垂れた陽春の肩・・・
「兄貴・・・」
サク・・・
サク・・・
静かな庭に
不気味に・・・響く・・・
(ネコ一匹にそこまで・・・)
サク・・・
つきの明かりに照らされて頬を伝う陽春の涙。
サク・・・
「ミケ・・・ごめんな・・・。俺のせいで・・・」
動かなくなった小さな命を抱きしめる。
そして温い土の中へ静かにおいた。
「ごめんな・・・。ごめんな・・・ごめんな・・・」
(兄貴・・・)
陽春の背中が震えている
(・・・そこまで泣いて・・・そこまで想いが強いのか・・・。
って驚く俺は冷たい人間か・・・?)
中学生の夏紀。
真っ直ぐな心の深さが少し不安に
でもそんな兄が
愛しかった中学の夏の出来事だった。
「・・・ってなんですかい。あたしゃ、子猫より
可愛げないと。そういうオチデスカ」
カチッと缶コーヒーの栓を抜く水里。
「ギャクってるもりはないが。・・今の兄貴の表情・・・。そんときと同じなんだよ。
・・・なんていうか・・・まっすぐ過ぎるっていうか・・・」
歩道橋の上で夏紀と水里が
缶コーヒーを飲みながら話している。
「・・・兄貴の”今”は17歳から始まってる気がする。
30代の兄貴は本当にどこから見ても”良識な大人”で・・・。
見ててこっちが疲れるほど」
「・・・。春さんは本当に愛情が深い人なんだね」
ぼんやりと・・・
通り過ぎていく車を見下ろす水里・・・
「・・・。夏紀君。でも私は・・・。子猫じゃないよ」
「ったりめーだろ。こんな小うるさいのが可愛いもんか」
「・・・毒舌ありがとう(怒)でも冗談はともかく・・・。
今でもやっぱり時々、一緒にいるのが私でいいのかなって思うよ・・・
小さな子猫の方がよっぽど春さんの心を和ませられるんじゃないかな・・・なんて」
「・・・。渇!!!!」
「わッ」
夏紀は水里の耳元で大声で叫ぶ。
「いちいちマイナス思考になってんじゃねぇよ。兄貴が、じゃなくて
お前が、どうしたいかどうありたいか、だろ!?」
「・・・。うん」
「ったく。やっぱりこんな話しなきゃよかったぜ・・・」
ポケットに手を突っ込んで珈琲を一気飲み・・・
毒舌は毒舌でも
夏紀の言葉は半分エール。
(・・・ほんとにお兄ちゃん子なんだなぁ・・・。そう思うと
可愛く思えてくるよ)
茶髪の頭をなでなでする水里。
「・・・何の意味だ。それは(怒)」
「いやいや。お兄ちゃん大好きっ子はえらいなぁと思って。
いいこ、いいこ・・・」
「・・・顔に珈琲ぶっかけるぞ(マジ)」
「・・・ふっ。そのまえに蹴り入れるからね♪(笑い顔マジ)」
歩道橋の真ん中で
火花を散らす二人。
やっぱり反りが合わないけれど
大好きな人が一緒で
その人のの笑顔が見たいっていつも思ってる。
だから
けんかもどこか楽しい・・・。
陽春と水里が一緒にコンビニに行った帰り。
「・・・あ。雨だ」
雨が降り出して持ってきた傘を開く。
水里のカサは水色で。陽春のカサは紺色で・・・
「・・・雨の日も・・・いいですね」
「いいですね」
ならんで一緒に夕方の歩道を歩く・・・
陽春は水里より顔一つ分高い。
陽春の肩ぐらいの身長の水里は見上げてしまう。
(17歳・・・か・・・)
「・・・何か?」
ばちっと陽春と視線が合った。
「あ、い、いやぁ。背が高いってな、眺めいいのかなって思って・・・。
私、チビだから」
「・・・ふふ。じゃあ抱っこして帰りましょうか。僕が」
「・・・けッ結構ですッ。春さん、あの、さわやか笑顔で
言わないでください・・・(困惑)」
「ふふふ・・・」
(この天然笑顔が・・・17歳の春さんか・・・。天然ぶりも
凄みがある(汗))
純粋という言葉がそのまま当てはまりそうな・・・
(でもどんな・・・春さんも春さんの一部だもんね・・・)
17歳の陽春を知ることができて
反対に嬉しい。
「・・・あ・・・」
「しゅ、春さん!?」
陽春が突然、電信柱に向かって傘を放り出して掛けた。
ごみ置き場の中を何かを探すように掻き分ける。
ミャー・・・
ダンボール箱の山の中から小さな子猫が出てきた。
お腹に茶色と黒の丸い模様がある。
タオルに包まれてはいるが・・・
「・・・一瞬ネコの声が聞こえた気がして・・・」
「凄いな・・・私は雨音で気がつかなかった・・・」
陽春は震える子猫を抱き上げた。
「・・・捨てられたんだな・・・。どうして・・・。
しかもこんな場所に・・・」
陽春は声を荒げた。そして哀しそうな瞳で子猫を見つめて・・・
”真っ直ぐなんだよな・・・とにかく”
「・・・」
夏紀の言葉が脳裏によぎった。
「このまま放っておけないけど・・・。
どうしよう・・・。私の部屋じゃ飼えない・・・」
「・・・僕が面倒みます。だから安心してください」
「・・・はい。あ、春さん、これ、遣ってください」
水里はバックの中から水色のタオルを出して
子猫をくるんだ。
「・・・ふふ。水里さんのタオルだ。温かいぞー・・・」
陽春は子猫に満面の笑みを零して話しかける。
(・・・きっと・・・こんな感じだったのかな。”ミケ”を
可愛がる17歳の春さんって・・・)
心置きなく
自然にこぼれだす微笑み・・・
優しい・・・というより柔らかくて・・・
「・・・よかったな。可愛いタオル貰えて・・・。水里」
(ええッ!??)
突然、呼び捨てにされかなりドキっとした。
「あ、ご、ごめんなさい・・・。コイツの名前今、考えたら・・・
貴方の名前が浮かんで・・・。嫌・・・ですか?」
(上目遣いで見ないでください(汗))
「・・・(照)い、いやあの・・・。嫌ではないですが、その
し、刺激が強いというかなんと言うか・・・あ、そ、そうだ。
ミケ、ミケちゃんはどうでしょう・・・」
水里は恐る恐る言った。
「・・・ミケか・・・。うん。いいですね。ミケにしましょう。
今日からお前はミケだぞ〜・・・」
(よかった・・・)
自分と同じ名前の子猫が四十夜陽春と共にしているかと
考えると何だか身が持たない水里。
何だかちょっと興奮した水里を余所に陽春はミケを
コートの中に閉まって顔をチャックからひょこんと顔を出させた。
「さ・・・帰りましょう」
「はい」
二人と一匹。
雨は小降りになって
水溜りができた歩道を歩いて帰っていく・・・
自分の家へと。
夜。
「沢山飲んでいいからな」
ミケはよほどお腹が減っていたのか一気にミルクを飲み干した。
そして体をお風呂場で洗ってもらい
ドライアーで乾かす。
「ふわふわの毛だな。ふふ。触ると気持ちがいい」
みゃー・・・
脱衣所でミケの体を乾かす陽春の背中を夏紀が
見つめて・・・
(・・・やっぱり・・・兄貴の背中だ。
・・・よかったな。兄貴・・・。心和むものがもう一つできて・・・)
ミケを可愛がる陽春の背中の広かったことを思い出す夏紀だった・・・
「寝たのか」
ミケが陽春のベットの下で水里のタオルを布団にして
体を九の字にして眠っている。
すやすや・・・
安住の地を得たと思ったのか
よほど楽しい夢を見ているのか・・・
心くすぐられる寝顔だ。
「・・・。お前の名前はミケだけど・・・。
水里って時々、呼んでもいいかな・・・。ふふ・・・」
お腹の辺りを人差し指でくすぐる陽春。
「・・・オレの好きな人の・・・名前だから・・・」
ミケは眠りながら鼻先をネコ手で可愛らしくかく。
そんな仕草は誰かに似て・・・
「・・・水里・・・」
(・・・!?)
こたつでうとうと眠っていた水里。
何だかただならぬ背中の感触と呼ぶ声に
目を覚ました。
(い、今なんだかとっても心地いいくすぐったさが・・・。
気のせいか)
そして再びうとうと目を閉じて夢の中へと入っていく・・・
そしてそれはミケの夢・・・
陽春の微笑みをうけるミケの夢・・・
(よかったね・・・。ミケ・・・)
子猫が結ぶ夢。
しあわせで限りなくあたたかな夢に違いない・・・