前編
いつも一緒だった。 3人。 男とか女とか・・・。 恋とか愛とか・・・。 わからない。 陽子と和兄が『男』と『女』なった。 急に。二人が生々しい男と女に見えた。 子供が無理やりに大人向けのビデオを見せられたような 生々しく・・・ 何だか怖かった。 気持ち悪かった。 リアルな感触と光景を残して あいまいな気持ちのまま・・・ 2人間が私の前から姿を消した・・・※春だ。 校庭の桜は満開。 美術室の窓からは校庭の桜が一望できる。 「山野さん、まだ描いて行くの?」 「・・・はい」 「じゃあ、美術室の鍵、悪いけど閉めていってね」 部長が水里に鍵を手渡し、美術室を出て行く。 一人、キャンバスに向かう。 真っ白・・・。 タイトルは決まっているのに。 『友』 その”友”は半年前に自分の前から姿を消した・・・ キャンバスと同じ・・・ 水里の心も真っ白。 何もかけない。 何も浮かばない・・・。 ただ・・・ 虚しさだけが重く・・・。 カタン・・・。 水里の手から筆が落ちた・・・。 ただぼんやり・・・夕日を眺めていた・・・。 「ハァ・・・」 ため息が止らない。 町を歩いていても。 すれ違う髪の長い制服姿の女子学生を見るとつい、振り返ってしまう。 (陽子・・・) 会いたいのか会いたくないのか・・・ わからない。 だた・・・ 解けない紐が胸にひっかかっているような・・・。 (なんかもう・・・息が詰まりそうだよ・・・) パッパー! 「!!」 信号が点滅して、トラックのクラクションに驚いた水里が あわてて走る。 「ハァ・・・ハァ・・・」 雑踏の中、一人、 ぽつんと再び歩き出す水里・・・。 ぼんやり、人ごみを歩く・・・。 迷路を歩くように・・・。 そのとき・・・ (え・・・) カールした髪。 トレードマークのおさげ髪・・・ あれは・・・ (陽子・・・) 間違いない。 陽子もこちらに気づき立ち止まる・・・。 「み・・・水里・・・」 「よう・・・こ・・・」 『水里・・・。ごめん』 走り書き一枚学園に残し、半年前に消えた陽子・・・。 ずっと気になっていた人・・・ 会いたいような会いたくないような・・・ お互い戸惑い、言葉が出ない・・・ (な、何を話したらいいんだ・・・なに・・・を。ってえ・・・?) 視線をそらす水里・・・。その視界にはいってきたのは・・・。 少し膨らんだ陽子の下腹部だった・・・。 水里の視線に気づいた陽子はさっとお腹を隠すように水里に背を向けた。 「・・・み、見ないで・・・」 「・・・よ・・・陽子、も、もしかして・・・」 「・・・。さ、さ、さよなら・・・っ」 「ま、待ってよ・・・!!」 逃げようとする陽子。 水里はとっさに手を掴んだ。 「離してよッ!!私、あんたに合わせる顔ない・・・」 「陽子・・・っ」 水里の手を振り払った勢いで紙袋をポトリと落ちた・・・。 「これ・・・」 ブルーの毛糸が転がる・・・。編み棒に編みこまれているのは小さな 小さな靴下・・・。 それを拾う水里・・・ 「・・・。話・・・しよう・・・。陽子・・・」 「・・・」 夕暮れの公園。 水里たちがよく遊んだ公園だ・・・。 ベンチに座り、ただ、懐かしい砂場を眺める水里と陽子・・・。 水里が顔中砂だらけで、いっつも陽子のスカートで顔を拭かれていた。 「・・・。何か言ってよ・・・。話をしようって言ったのは水里でしょ・・・」 「・・・」 「・・・。聞きたいんでしょう・・・?」 「・・・」 「聞けばいいじゃない!そして私を責めれば いい・・・!怒れば!?どうして黙ってるの・・・どうして・・・っ」 水里の手がさっと陽子の口を塞いだ。 「・・・責めることなんてできない・・・。私・・・。責める言葉も 知らないから・・・」 「・・・そんな・・・。責めてよ・・・。でないと私・・・。この子産めない・・・。 産んでもいいかってずっと・・・ずっと・・・」 「陽子・・・」 肩を震わせる・・・ 子供頃は近所の子供とケンカをしたら水里を諭したのは陽子だった・・・。 (陽子の肩・・・。こんなちいさかったっけ・・・) ”悲し虫とんでけとんでけさよーなら!太陽見上げてこんにちは!” そんな呪文を言いながら励ましてくれた・・・。 「・・・。もう泣かなくていいから・・・。私・・・。陽子と今日会えてよかった と思ってる・・・。本当だよ・・・」 「水里・・・」 水里はそっと制服の袖口で陽子の涙を拭う・・・。 それはとても優しい手つきで・・・。 「”悲し虫とんでけ、太陽さん見上げてこんにちは!”・・・陽子の呪文 まだ効き目あるかな・・・?」 「水里・・・」 制服から・・・。 絵の具の香りがする・・・。 水里の匂いだ・・・。 「水里・・・ごめん・・・ごめんね、ごめんね・・・」 張り詰めていた糸が切れたように陽子は嗚咽を漏らして 泣いた・・・。 日が暮れ、水里は陽子と別れた。 水里は学園にとりあえず戻ってはと勧めが、陽子は断った。 代わりに今、すんでいる住所のメモをくれた。 いや、水里が聞き出したのだ。 ”何かあったら学園に電話するんだよ・・・” そう言い渡して・・・。 18の女の子が一人きりで子供を生む・・・。 そもそも、『子供を産む、命が生まれる』ということ への”現実感”が水里にはない。 唯一感じたのが、陽子の下腹部の膨らみ。 確かにあの中に命が”居る”ということを実感したけれど・・・ (子供を産むって・・・やっぱ大変なのかな) ドラマではコマーシャルが終われば簡単に産んでしまっている。 現実はどうだ。 別の命を10ヶ月もお腹で育てるのだ。 妊婦という存在の一般的な知識。 (つわりとかひどかったりするのかな) 想像するしかない。 単純に考えてもとてもとても大変なこと。 それも18の女の子が一人きりで生むとなると・・・。 (経済的、世間的・・・色々難しいこと沢山あるのかな・・・) 学園に戻り、教会で一人、マリア像の前に座って考え込んでいた。 「水里。どうしたの・・・?」 「シスター・・・」 ランプを持ってシスターが水里の横に座る。 (シスターに・・・ようこの事やっぱり話すべきだろうか・・・) 「・・・陽子に会ったのね・・・?」 「!?ど、どうして・・・」 「・・・実はね。私、ずっと陽子の居場所を知っていたの。貴方達3人に ”何が”起きたのかも・・・」 「・・・。”地獄耳のシスター”。さすが・・・」 シスターには嘘もつけない。 全てお見通し。 「・・・じゃあ。シスターは陽子に赤ちゃんができたことも全部知ってるんだね」 「・・・。”未婚の母”なんて普通なら反対すべきなのでしょうね・・・。私も子供を持つという 厳しさ、大変さを陽子に聞かせつもり。だけどあの子は絶対に産むと 譲らなかった・・・」 ”シスター。宿った命・・・。消せない。絶対絶対消せないの・・・” 「でも、貴方のことで迷っていたの・・・。水里のことを 想うと辛いって・・・」 「・・・」 「水里。貴方はどうなの・・・?陽子を許せる心がある・・・?」 シスターは真剣な眼差しで水里に尋ねた。 「・・・。許すも何も・・・あたしは別に・・・。ただ分かるのは・・・。 陽子の赤ちゃんがうまれると言う事・・・。その子は・・・何も悪くないってことだけで・・・」 シスターの視線は水里の心のおくの戸惑いを見透かすよう・・・。 「・・・。ふふ。正直ね・・・。でも無理にね・・・私の前では”いい子”に ならなくてもいいのよ・・・ 」 「・・・別に・・・”いい子”演じてるわけじゃ・・・正直色々複雑だけど・・・。陽子のこと・・・応援したい。 今日・・・。泣きながら謝る洋子を見てそう思ったんだ・・・。変・・・かな・・・」 「ううん。全然・・・。変じゃない・・・。あなたに陽子のことを 応援してほしいってずっと思っていたから・・・。きっと言ってくれるって 信じていたわ」 「シスター・・・」 シスターは水里を抱きしめた。 シスターの匂い。 ミルクの甘いにおいがする・・・。 とても安心する匂い・・・ 「シスター・・・。ありがとう・・・」 安心して・・・。 どうしてだか涙が出た・・・ あの雨の日の光景・・・。 裸の二人が脳裏に焼きついて離れない。 その生々しさが ベタツクように残っているけれど・・・。 ミルクの匂いで和らいだ・・・。 そして。 水里と陽子、掛け替えのない太陽が生まれるまでの 話に続く・・・。