中編
「えっとメモによるとこの辺りなんだけどな・・・」 制服姿の高校生。 かなり目立つ。 (それにしてもここは・・・) カラフルな看板が立ち並ぶ歓楽街・・・。 「あ、ここだ・・・」 メモの住所と番地。そこは・・・ ラーメン屋だった。 味噌ラーメンのいい香りが暖簾越しに漂ってきた。 「いらっしゃいませー!」 元気に働く陽子の姿が・・・ (・・・明るい陽子の笑顔・・・。だけど体は大丈夫なのかな・・・) 住み込みで働いているとシスターから聞いていたが・・・。 ガシャーン! 陽子が運んでいたチャーハンが床に落ちた。 「何してんだ!全く」 「すいません・・・」 「・・・身重だからって甘ったれてんじゃねぇ!!」 「す、すみません・・・」 お腹を押さえながらお皿を拾う陽子・・・。 意地悪そうな頭の薄い店のオヤジが陽子にむかってまくし立てる。 「ったく・・・。雑用でも何でもします、だから働かせてくださいって 土下座するからその根性かってやったってのに・・・身重の女なのに 二階に置いてやってるだけでもありがたいと思え!この、破廉恥な女め!!」 バキッ!!! ガタタタン! 水里、怒りのパンチをオヤジに食らわす。 「破廉恥なのはてめぇだ、このハゲじじいが!!!!!」 「な、なんだ、てめぇは・・・!」 水里のパンチはかなりきいて、オヤジは腰をぬかしてしまった。 「何でもいいだろ!陽子、こんなところで出産なんて環境悪すぎる!! おいで!!!」 「お、おいでってちょ、ちょっと・・・っ」 水里は陽子の手を掴み、店を出ようとした。 「荷物はあとで取りに来るから。あ、そうだ、今日までのお給金は キッチリ払ってもらうからね!もし拒否したら、この店のラーメンはまずいって いいふらしてやるから、いいね!!」 バタン!! 物凄い剣幕でラーメン屋を後にした水里・・・。 近くの駐車場で二人は話をすることにした。 「ちょ・・・ちょっと待ってよ、水里!!」 手を払いのける陽子。 「待てないよ!!あんな乱暴な奴がいるところで出産なんて・・・。 やっぱり学園に戻っておいでよ。陽子」 「・・・。それはできないわよ・・・。これは私の責任なんだから・・・。みんなに 迷惑かけられないわ・・・」 「責任って・・・。責任っていうなら赤ちゃんに対してでしょ!? 赤ちゃんが健康で安心してうまれてこられるようにするのがお母さんの責任じゃないの!?」 陽子はエプロンを脱ぎ、投げ捨てた。 「わかったようなこと言わないで!!」 「わからないさ!!でもあたしは赤ちゃんには暖かい場所で、みんなに祝福 されてうまれてきて欲しいんだよ!!せっかく産まれてくるんだから・・・」 「水里・・・」 力が入った水里の言葉にはっとする陽子・・・。 水里の生い立ちを思い出す・・・。 「・・・。水里・・・。貴方の気持ちは嬉しいけど・・・。でも私・・・自分の力で やっていきたいの・・・。学園に戻れば皆に甘えてしまう・・・」 「甘えたらいいじゃないか・・・。みんな迎えてくれるよ」 「それが嫌なのよ・・・」 「強情だな・・・。わかった。じゃあ、こうしよう・・・。ちょっと一緒に来て!」 「え?」 水里に妙案が浮かんだ。それは水里にとっても一大決心で・・・。 陽子を連れてきた場所は・・・ 「ええ!?”水色堂”を復活させる?」 「そう!あたしね。高校卒業してから・・・って思ってたんだけど すぐはじめることにした!」 シャッターの閉まった画材屋水色堂。 父のみずきがなくなってから2年ぶりに店を開ける。 中は案外綺麗で・・・売れ残った商品のダンボールが山済みされている。 「二階が住居なんだ。とおさんがあたしに残してくれた唯一なんだ・・・」 「で、でも復活させるって・・・」 「陽子、今日から一緒に住もう。ここで。ここだったら病院も近いし、 乱暴なオヤジもいない。あたしが学校言ってる間、お店番とか陽子にやってほしいんだ」 「え?で、でも・・・。そんなこと・・・」 「これはさ・・・。陽子のためじゃない、あたしの”夢”のために協力してくれないかな・・・ 。父さんの店を閉めたくない・・・。頼むよ・・・」 「・・・水里・・・」 父のため・・・だが明らかに自分のために水里が申し出ていることは陽子にはすぐ分かる。 「陽子が良いって言うまでここからださないからな!」 ガチャリと店の鍵を閉める水里。 「・・・。もう・・。負けた・・・。水里の強情さには」 「うん。あたしの決意は墓石より固いのさ」 水里はえへん!と鼻高々に言った。 くすっと笑う陽子・・・ 「・・・水里・・・。本当に・・・本当にいいの・・・?」 「いいよ。言ったでしょ。あたしの意志は固いって」 「水里・・・」 「さぁて。早速そうじでもおっぱじめますかいなー!」 制服の袖口をまくってダンボールを片付け始める水里・・・。 自分と差ほどかわらない広さの背中なのに・・・。 とても頼もしく・・・。 「はぁー。こりゃ半日かかるなー・・・。ね、陽子・・・よ・・・陽子?」 陽子はそっと水里の背中に顔を寄せた。 「水里・・・ありがとう・・・。本当にありがとう・・・」 「・・・」 水里は陽子の背中をポンポンと撫でた・・・。 あの雨の日がまだ・・・ 心の中に降ってる・・・ (けど・・・陽子ほおっておけない・・・。”いい子”とかじゃないけど・・・ 新しい命が産まれてくるんだから・・・) 新しい命。 どんな状況でどんな事情を抱えていたとしても。 産まれてくる、産まれようとする命には何の罪もない。 いや、産まれてくる”権利”があるのだ。 宿ったその一瞬から・・・。 こうして。 陽子は水里の家で暮らし始めた。 同時に水里も学園を出て、水色堂に戻った。 店を始めるには何かと時間がかかる。 とりあえず、店を営業は陽子の出産が終わってからと水里は考えた。 ・・・出産準備に入る二人。 「うわ、すごい。産むときってこんなカッコウするのか。 人間も動物ってことなんだなー」 出産本を書店で買いあさり、くいいるように眺める。 「ふふ。生むときは格好もあられもないのよ。必死なんだから。 水里だってそんな風にして生まれてきたのよ。お母さんから・・・」 陽子ははっとした。 水里の前では”母親”のことは禁句に近いほど、触れてはいけない 部分・・・。 「・・・気を使わなくて良いよ。ストレスは母体によくないからね」 「う、うん・・・」 サラッと水里はかわしたけれど・・・。 陽子はそれ以上言わない・・・。 「それより、お腹の方、またなんか膨らんだよね。ここに人一人いるだね・・・」 「うん。いるんだよ」 「いるんだぁ・・・。なんか・・・。すごいね・・・。不思議だね・・・」 陽子のお腹を静かに撫でる・・・。 ただ不思議で。 一つの体の中にもう一つ魂が存在する・・・。 自分もこうして母のお腹で10ヶ月で育った。 そして産まれた・・・。 「・・・水里・・・」 「ん・・・?」 ベットにごろんと寝転がる水里。 「私・・・。本当に本当にこの子・・・産んでもいいのかな・・・?」 「・・・。お母さんが、”産んでもいいの?”なんて聞いたら赤ちゃんが 可哀想だ・・・。だから・・・頑張って産んであげてよ・・・。頼む・・・」 「水里・・・」 「じゃ、先寝るね、おやすみ」 電気を消し、布団にもぐりこむ水里・・・。 水里を見つめながら陽子思い出す。 ”水里、和兄のこと、どう思ってるの” この質問の応え・・・。 今も聞けない。 水里の優しさに甘えてしまっている自分が許せない だけど・・・。 一人で子供を産むという過酷な現実に耐えられる強さもない・・・。 (ごめん・・・。それから・・・やっぱりありがとう・・・) そして二人は4ヶ月後に控えた出産のため忙しい日々が始まった。 大分お腹が目立ってきた陽子。無理はするなと水里は言うがじっとしている 性分の陽子ではない。 「水里、はい、お弁当」 「あ、サンキュー!」 学校へいく水里にピンクのお弁当箱を渡す。 「あ、そういえば、今日、病院に行く日だったよね?早退してくるよ」 「え?い、いいよ。別に一人でいけるから」 「うんにゃ!何があるかわからんからな。ボディガードするよ!じゃあいってきまーす!」 バタン! お弁当箱を郵便受けの上に置いて行ってしまった水里。 「もうー。おっちょこちょいなんだから・・・」 元気いっぱい。笑顔いっぱい。 水里のそばにいると不思議と力が湧いてくる。 ここに自分はいても良いのかとやっぱり思うけれど・・・。 (水里・・・。いつか、いつか貴方にこのお返し絶対する・・・。 私・・・。強いお母さんになるからね・・・) 「・・・さ、産婦人科ってなんか妙に緊張するね」 「そう・・・?女の人は妊娠出産だけじゃなくても 来るものよ」 産婦人科の待合室、やはりお腹の大きな人、中年の女性など が雑誌を読んで待っている。 独特の緊張感と静けさ・・・。妊婦さんのためなのかリラックスするBGMが かかって・・・。 「ふあ・・・」 あくびが思わず出る水里。 そんな水里が一緒にいる。 心強いし、あったかい。 「吉岡陽子さーん。お入りください」 診察室に呼ばれた陽子。もちろん、水里もついていく。 「なんです?あなたは」 「・・・付き添いです」 「申し訳ありませんがご本人以外は外で・・・」 「・・・付き添いです。付き添いなんです。いいでしょう!ね、いいでしょう!」 水里、看護婦を強引に詰め寄り、診察室に動向・・・。 ”陽子の妹”ということで無理やり入った。 だがそこで水里が目にする光景はかなりリアルなものだった。 診察台に陽子があがり、スカートを脱ぐ。 足を乗せる台に両足を乗せ開く。 かなりリアルな格好だ ぎょっとする水里。 「・・・あ、あの。カーテンの中で何を見るんですか?」 「内診するんですよ」 「内診て・・・。あの・・・もしかして下、せんぶ脱いで・・・?」 「当たり前でしょう。内診しないと赤ちゃんの位置とか確認できんからねぇ」 (当たり前って・・・(汗)) 70過ぎの高齢の医者とはいえ、相手は男・・・。 こんな診察を妊婦は定期的に受けなければならない。 赤ちゃんの状態を知るためには仕方ないのだろうけれども、やはり同じ女性としては 戸惑いを隠せない。 「ちょいとお医者さんよ」 「なんだね。診察の邪魔するんじゃ・・・ってわ!」 医者を睨みつけて水里は詰め寄った。 「若い娘の体の全てを見てるんだからね、陽子の出産 ちゃんと無事にすまさないと、承知しないぞ!!じっちゃまさんよ!!」 「み、水里、脅迫よそれは・・・(汗)」 と、こんな感じで産婦人科は大騒ぎだった。 帰り道。 「はー。でも本当、出産って大変なんだな・・・。恥もなにもかも さらけ出さなくちゃいけないんだから・・・」 「そうよ。でもね、きっと赤ちゃんが産まれたらそんな恥ずかしい気持ち もすっ飛ぶくらいに嬉しさでいっぱいになるんだから」 「・・・どんな気持ちなのかな・・・。きっとすんごい幸せな気持ちなんだろうな・・・」 空を見上げる水里。 母との思い出がほとんどない水里にとって、出産という出来事は 特別な思いがある。 母と子供の結びつき。 初めての出会いの一瞬に立ち会える・・・。 陽子は水里の母親への憧れの心情を感じていた。 「あ、そうだ。これ、撮ってもらったの。男の子だって」 エコー写真をまじまじと見る水里。 「へー!!男の子か・・・。早くあいたいなぁ・・・」 「水里もこの子のお母さんになってね」 「・・・え?」 「だって・・・。水里と”一緒に”産むんだもの・・・。だから 水里もママになるのよ」 「あ、あたしがママ・・・?お母さんに・・・。そっか・・・。うん。 あたしも頑張るよ。この子がすっぽーんて生まれるように、うん!!」 水里はガッツポーズで気合を入れる。 「ふふふ。力強いお母さんになりそうね」 「うん!力だけは自信あるんだー!さーて家にかえったら ベビーベット作ろっと!!」 母親というより、弟が生まれることを喜ぶ”姉”みたいだ。 心の底から子供のように喜ぶ・・・。 素直な感情表現な水里が陽子が一番すきな所だった・・・。 そして。 いよいよ出産1週間前となった日。 水里が学校に行く朝だった。 弁当を手渡そうと玄関に行く陽子だったが・・・。 ガシャン! 弁当箱を落とす陽子。 「ど、どうした!?」 「・・・う・・・。き、きた・・・じ、陣痛・・・」 「ええ!???一週間は、早いじゃない!」 「う・・・」 かなりの激痛に陽子はうずくまって動かない。 あわてふためく水里。 「と、とにかく病院だ、タクシー!!!!」 電話をかけ、タクシーを呼ぶ。 水里は制服姿のまま病院まで付き添う。 「貴方、立ち会うんですか?申し訳ありませんが立会い出産は・・・」 「うるさいな、立ち会うったら立ち会うんです!!ね、いいでしょう!いいでしょう! 仁王立ちの水里。 「なら、この服着て早く分娩室にいらっしゃい!」 白いビニールの帽子と服を着せられ、水里は分娩室に入った。 (・・・うわ・・・) 分娩室はテレビではなんとなく見たことはあるが、実際に見ると そこは手術室のように色々な医療器具があふれている。 銀色に光るメスや真っ白なガーゼや綿。 心電図や血圧計・・・。 色々な薬品の匂い。 ブラウン管の画面では感じられない”現実の空気”を 水里は目と鼻で感じる。 「痛い痛い・・・!!!!」 痛がる陽子の声にはっとわれに返る水里。 少し遅れて医者も分娩室に入ってきた。 ひょろっとした老人医師。もう慣たもんだとすました顔でビニールの手袋 をはめて入ってきた。 その態度にむっとする水里。 「わっ。またなんだね、君は!」 「じっちゃまよ!!患者がいるのに遅刻しやがって!! 陽子と赤ちゃんに何かあったらその頭の毛、 全部抜いてやるからな!!」 水里にはっぱをかけられた老人医師。 こうして水里と陽子、8時間の闘いが始まった・・・。